暁よ、覚めないで(1)
三話目です。ちょっと急展開。
ボクの朝は早い。
どれくらい早いかと言うと、具体的にはエアリオより一時間は早い。
目が覚めてまあ色々とやることはある。 朝食を作ったり、学校の仕度をしたり。
ボクは前日には仕度は済ませているし、ボクは朝は食べなくてもいい派なので、両方エアリオのためだったりする。
あいつは朝食がないとものすごくへこむ。 表情はいつもと変わらないのに、なんというか、雰囲気がすごく落ち込むのである。
よって朝食は眠いけどボクが作らねばならない。 冷静に考えると何故ボクが作るのかわからないが、とにかくエアリオに料理は無理なのだ。
で、あいつはどこでも寝る。 廊下で寝ている事が三割。 二割は階段で、残りがベッドだ。
廊下に出てまずボクは廊下と階段にあいつが転がっていないかを確認する。 今日は転がっていないので部屋に行く事にした。
「エアリオ、入るよ・・・」
ボクも眠い。 目をごしごし擦りながらドアノブをひねる。
エアリオは部屋の外から呼んでもまず起きる事はない。 よってとにかく中に入る必要があった。
エアリオに使わせている部屋はボクの部屋の隣。 出来る限り近い方がいいというのは彼女の提案で、発案はどうせヴェクターだろう。
とはいえ部屋には何も無い。 必要最低限の家具しかない。 ていうかもうベッドしかないと言っても過言ではない。 元々ベッドも無かった部屋だ。
そのベッドの上でうつ伏せになって枕に埋もれているエアリオの肩を何度か揺さぶって呼びかける。
「おーい・・・・起きろ」
何でだろう、普通なんかこう・・・ボクが起こしてもらえたりするんじゃないんだろうか。
なんかふつう、こう・・・そういう展開になるのが正しい気がする。
無論起きないエアリオの寝顔はかなり穏やかで、非常に幸せそうに見える。 恐らく寝ている時と食べている時が一番幸せなんだろう。
ベッドに腰掛けて欠伸をした。 さて、今日はどうやって起こそうか。
とりあえず転がして仰向けにする。 それからほっぺたを引っ張ってみるが一行に起きる気配がない。
ボクも恐らく寝ぼけているのだろう。 ひたすらにエアリオの長い銀髪を三つ編みにしながらしばらくぼんやりしていた。
何故ボクは女の子の髪を三つ編みに出来るのか些か疑問だったが、出来るのだから仕方が無い・・・。
「じゃなくて、起きろ」
全くの無反応。 小さい寝息だけしか聞こえてこない部屋でじっとエアリオを見つめる。
完全なる無防備状態とはこういうことを言うのだろう。 ボクが何かしたところで彼女は絶対に気づかないと思う。
そう考えると何かしてみたい気もするのだが、そんなことをしたらボクはただの変態さんになってしまうわけで。
「・・・・・・・・・はぁ」
それにしても、前回の出撃からもう三日経つと言うのに・・・一行にエアリオと抱き合っていた記憶が抜け去らない。
まるで身体に刻み込まれたようなあの柔らかい感触・・・しかもそれは目の前にあって、多分抱きしめても彼女は起きないし怒らない。
生唾を飲み込んだ。 見れば見るほど柔らかそうだった。 気づけば手を伸ばしていて、それに気づいてボクは声にならない声を上げながら部屋から飛び出した。
「・・・・・・・・どうしてしまったんだ、ボクは・・・・」
嫌な汗が出ていた。 ボクはこんなキャラじゃなかったはずだ。 こんな低俗な愚行に陥りそうになるとは。
頭を掻き毟りながら溜息をつく。 そりゃたしかに日常は変わって欲しいと思っていた。 でもこんな変化ってアリか?
もう三日もこんな状態だからいい加減うんざりしてきた。 エアリオのほうはいつもと変わらないから余計である。
「そしてこのままじゃ遅刻だ・・・・エアリオッ! ごはんできたよ!!」
「・・・・おはよう、リイド」
すぐにドアが開いて寝ぼけた目を擦りながらエアリオが出てきた。
なんなのだろう、こいつは・・・。
いや、もう、何も言うまい・・・。
頭を抱えて苦笑いを浮かべた。
⇒暁よ、覚めないで(1)
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぼんやりとレーヴァを見上げていた。
積み重ねられたいくつかの木製の武器コンテナの上に腰掛け、巨大なその機体を見上げている。
レーヴァテイン。 巨大ロボット。 ボクの日常を破壊し、新しい世界に導いてくれる大いなる力。
「でも、こいつに乗れば乗るほど、ボクは変わってしまうのかな」
レーヴァは答えない。 あらゆる動力が停止しているレーヴァはガラクタと一緒だ。 ボクらが乗り込まない限り、動く事はない。
エアリオもイリアもカイトも、今までこいつに乗って変わってきたんだろうか・・・・なんて考えてしまうのはボクが変わったからなのか。
いや、ボクは変わってなど居ない。 ボクという存在の本質は変化していないはずだ。 そこまで変えられてたまるか。
でも、エアリオに対しての感情は少しだけ変わってしまったような気がする。
そうだ、ボクはいままでアイツを『人間』だとも思っていなかった。
『どうでもいい』、『興味ない』。 だから隣の部屋であいつが暮らしていたとしても全然全く関係なんかなかったんだ。
でもあいつが実際に存在して・・・ああそうさ、わかってる。 いつもボクの後ろで戦いを見ていてくれる大事な相棒だってことも。
だからこそ、それを理解してしまったからこそ、今後はエアリオとの向き合い方を考えなければならないのかもしれない。
でもどうしてだ?
なんで『どうでもいい』とか『興味ない』とか・・・・・そんな風にあいつのことを思ってしまっていたんだろう。
まるで人間扱いしないのが、当然みたいに・・・。
「リイド! 何やってんだそんなとこで」
見下ろすとカイトが手を振っていた。 相変わらず元気そうだ。 ボクの悩みなんか彼にはわからないだろう。
そう考えつつもコンテナをいくつか経由して飛び降りているボクが居た。
「ちょっと考え事。 他のみんなは?」
「エアリオとイリアは何か向こうで揉めてたぞ」
「え・・・・なんで止めないの?」
「いや、あいつら元々よく揉めてるから。 でも殴り合いとかにはならねーし、大丈夫だろ?」
そういうものなのだろうか? ボクは彼らの事をまだよく知らないので何ともいえないけれど。
カイトがこうして笑っているのだから恐らくそうなのだろう。 本当に争っているのなら、彼は黙っていないはずだ。
カイト・フラクトルという少年はきっとそういう人間なのだ。 ボク自身そんなことがわかることに呆れるほどに。
「はいはい、皆さんお揃いですね〜? では、お話を始めましょうか」
ヘラヘラしながら歩いてくるのはヴェクターだった。 両手にエアリオとイリアを引っさげて平然と歩いてくる。
片手ずつで彼女たちの制服の首根っこを掴んでいるのだ。 イリアはじたばたしていて、エアリオはごく普通の表情を浮かべている。
「どうしたんですか、ヴェクター・・・」
「いえ、二人がいつまで経っても仲良くじゃれていたので強制的に連れて来たんですよ」
というか、片手ずつに女の子を引っさげてくるとかあなたこの図がおかしいと思わないんですか。
何はともあれボクら適合者、干渉者が揃った四人はレーヴァのハンガーに集合していた。 四人で一列に並んでヴェクターを見つめる。
「それでヴェクター、今日はなんで呼び出したんスか?」
学校が終わるなりすぐに全員集合、とのお達しだった。 だからボクらはまた例によって制服のままだ。
「そうですね、早速本題に入りましょう。 まずはご紹介したい方が居ます」
「紹介?」
腕を組んで眉を潜めるイリア。 まあ確かにボクよりずっと長くここに居る彼女たちに改めて紹介しなければならない人なんて居るのだろうか。
「なんだ、随分シケたメンツだなヴェクター? 本当にこいつらで大丈夫なのかよ」
四人同時に振り返ったその視線の先には・・・・子供がいた。
多分小学生だろう。 棒のついたキャンディーを舐めながら眼鏡の向こう側で鋭い目を光らせている。
白衣を翻しながらボクらの脇を通るとヴェクターの隣に停止した。
「紹介しよう。 彼がルドルフ・ダウナー。 ジェネシスのアーティフェクタ研究部門担当者・・・早い話がレーヴァを作った博士だ」
「えぇっ!?」
「お前ら揃いも揃って普通のリアクションだな・・・・」
そんなことを言われても、相手はだって子供だぞ。
大きすぎてだぼだぼの白衣のポケットに両手を突っ込んだまま無邪気に笑う少年・・・ルドルフ・ダウナー。 彼がレーヴァの担当者だということはカイトたちも知らなかったらしい。
二人は目を丸くしていた。 エアリオは相変わらず驚いているのかいないのかよくわからない・・・。
何はともあれ目の前の子供がこの驚異的なスペックを持つ兵器を生み出した天才、ということなのだろう。
「でも、カイトたちも知らなかったんだね」
「お、おう・・・」
「お前らはレーヴァを動かす。 俺様は動かせるように調整する。 別に接点を持つ必要性はねえからな」
ニヤリと笑うルドルフ。 子供のクセに何とも生意気だ。 しかし天才というものはそれだけで他人を見下す権利を持つ存在なのでボクはそれで構わないと思う。
イリアはあからさまにイラついていたようだけど、カイトは持ち前の気楽さでもうすっかりその事実を受け入れたようだ。 エアリオは・・・何も言うまい。
「ヴェクター、話を進めるぜ? 俺様がお前達の前の現れたという事は、つまりその必要性があるからだ。 既にお前ら全員の戦闘傾向を纏めたデータは拝見させてもらったが、リイド・レンブラムってやつはどいつだ?」
「ボクだけど?」
「あ、やっぱお前? お前俺様と同じ目ぇしてるもんな」
そりゃどういう意味なんだろうか。 まあ何はともあれ天才様に気に入ってもらえたのは光栄か。
「お前のレーヴァとの適合値は素晴らしいぜ? 常時開放20%は伊達じゃねえな」
「常時開放値20%!?」
イリアとカイトが同時に叫んで同時にボクを見たので思わずたじろいでしまった。
常時開放値20%とかいうのはすごいことなのだろうか? エアリオは目を閉じて頷いていたが、イリアは『何かの身間違いじゃないの?』とまで呟いていた。
それを聞き取った地獄耳なルドルフが笑いながら目を細める。
「残念ながら事実だ。 カイト・フラクトルの開放値は最高16%・・・平均的には12%がいいところだからな」
「えーと、その16%と20%には大きな差があるの・・・?」
「開放値ってのはな、レーヴァの性能を引き出している数値だ。 %が上昇すればするほど、レーヴァ本来の力を発揮できている、ということになる」
「え・・・・ちょっと待ってくれ・・・」
ボクの乗るレーヴァの実力がまだ20%・・・・?
あれで、なのか? 百を越える天使を圧倒し、神を凍てつかせ、砕き、町を燃やす力がたったの2割程度・・・。
じゃあ100%の力を発揮したレーヴァはどれほど強いんだろうか・・・。
そうだ、%の上昇率はその100%がどれほどの数字なのかにもよる。 100の10%は10だが、10000の10%は1000・・・。
あれだけの力なんだ。 1%数字があがるだけでどれほど驚異的な上昇なのかは言うまでも無い。
カイトとボクの差、4%。 これはもしかしたらとんでもない差なのかもしれなかった。
「ま、お前の考えてる通りだ。 しかも適合者が増えて一人余ってると来てやがる。 ようやく俺様の計画を実行に移す日が来たぜ」
「何よ、計画って・・・?」
「レーヴァテインの量産化計画だ」
「レーヴァの量産化!?」
「・・・・だからお前ら、いちいち普通のリアクションしか出来ないのかよ?」
ていうかボクらにどんなリアクションを期待してるんだろうかルドルフは。
「まあいい。 とにかく手始めとして訓練室に戦闘シュミレータを置いておいたからやりこんでおいてくれ。 ゲームみたいな感覚で使えるし、反動もない。 お前らが蓄積したデータを下に研究が進むってわけよ」
「それは構わないけど・・・・」
ボクらとしても訓練が出来るのならば文句はない。 ルドルフは何度も頷いてキャンディーをボクらに突き出し笑う。
「これからは俺様がちゃんと司令部に居てやっから、ありがたく思えよ? レーヴァ専用武装の開発もとっくにスタートしてる。 どうせ光武装だけじゃそろそろ不便だと思い始める頃だろうしな」
その通りだった。 口惜しいがやはり天才というのは伊達ではないらしい。 ボクらにとってありがたいことしかないのだから、誰一人反論などするはずもなかった。
さて、ルドルフ・ダウナーという仲間も増え、ボクらは早速シュミレータに移動した。 恐らくこれをやらせるために呼び出したのだろう。
コックピットに似た巨大な機械があの部屋の中に二つ転がっているのを見た時は流石に驚いたが、もう何でもありだと割り切る事にした。
通常のレーヴァのコックピット同様副座式であり、重力制御などはないもののほぼ同じ感覚で使用することが出来るシュミレータだ。
カイトとイリア、ボクとエアリオに別れ何度かレーヴァを模したシュミレーション用の機体でプレイしてみる。
なんでもカイトの身体もこのシュミレータでは特に影響が無いらしく、久々にレーヴァに乗れると彼は喜んでいたのだが。
「なんでなのよ、もお〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「ちょっと・・・・イリア・・・おちつ・・・ぐえええっ」
シュミレータが停止するや否やイリアの首根っこをつかまれて振り回されるカイト。
今のところ戦績は8勝1敗・・・無論、ボクとエアリオが8勝だ。
イリアはその事実が気に入らないのか、負ける度にカイトを痛めつけているものだからもう見ていられない。
対戦型モードではボクらの行動を擬似的に協調させ、二つのレーヴァを戦って居るように仮想することが出来るらしい。
勿論対天使、対神のシュミレーションも可能なのだが、せっかくだからここいらで実力をハッキリさせて置きましょうよ、というイリアの提案に乗ったのである。
「そもそも何なのよあの流転の弓矢の射程と速度は! あんなの避けられるわけないでしょ!?」
確かに束ねて撃たれたら避けられないと思うけど、何故ボクらが怒られているのだろうか・・・。
「それはカイトの反応速度が遅いのと、イリアのサポートが遅いから」
そしてなぜエアリオは言わなくてもいいような事までわざわざ言うのだろうか・・・。
明後日の方向を向いているエアリオと正面から食って掛かっているイリアを遠巻きに眺めながらボクはネクタイを緩める。
擬似装置とは言え精神でレーヴァを操る以上、多少は疲労するらしい。 9戦も連続で行っておいてまだ平気なのだから疲労は微々たるもののようだが。
「やっぱりお前には才能があると思うぜ、リイド」
いつの間にか隣に立っていたカイトがボクの肩に腕を回して笑う。
馴れ馴れしい態度だった。 そういうのは気に入らないはずなのに、カイトの笑顔を見ていると仕方ないような気がしてくる。
しかしいかんせん恥ずかしいのでその腕を振り解き、溜息をついてみせる。
「当然だろ、ボクは一応天才なんだから」
「らしいな! あのエアリオがあそこまで素直に言う事聞くんだからすげえよ」
「・・・・エアリオってカイトの言う事は聞かないの?」
「全くきかねー。 俺が話しかけてもそっぽ向くんだぜ、あいつ」
意外だった。 確かにエアリオは誰に対しても無感情だけれど、そこまでなのだろうか。
いや、冷静に思い返すとエアリオはイリアとカイトに対しては妙に冷たかったというか、つれなかったような気がする。
ボクはそういう態度をされる事がないので気づかなかったが、元々三人の関係はボクがいなくてもアンバランスだったようだ。
「ま、あっちの二人は仲がいいのか悪いのかよくわかんねぇけどな」
「・・・・そうだね、ふふ」
全く何が楽しくてあんなに追いかけっこしているのだろうか。 女の子の考える事はよくわからない。
無表情なエアリオもイリアをからかっている時だけは少しだけ楽しそうに見えるのだから不思議だ。
「訓練の調子はいかがですか?」
扉が開き、両手を広げた奇妙なポーズのままヴェクターが入ってくる。 何故か両手にマラカスを持ち、しゃかしゃかと音をたてながら。
この人がここの副指令であるという事実を未だに受け入れられない僕がいた。
というかどうせこの人は訓練の様子もモニタリングしていたのだろうから、語るだけ無駄だろう。
「これ一般向けにして市販すればゲーセンとかで売れるんじゃないすか?」
「かもしれないですねえ。 ジェネシスはゲーム製作も一流ですからね」
「いいんですか? レーヴァのシステムを模造した訓練装置を市販したりして」
「わかっていないですねえリイド君。 レーヴァを動かすには、とってもお金がかかるんですよ〜」
まあそれはそうだろうけど。
「そんなわけで、これよりお金稼ぎに向かうとしましょう」
「は?」
僕とカイトは目を丸くした。
しゃかしゃかなり続けるマラカスの向こう、眼鏡越しのヴェクターの瞳がきらきら輝いていた。
この世界は『敵』の攻撃により人類の手より覇権が零れ落ちつつある。
毎日のように大気圏外から無差別に襲来する天使、神に対し、人類は主要都市を防衛するのがいっぱいいっぱいだからだ。
故に毎日を平和に過ごせる場所は世界広しとも恐らくこのヴァルハラのみであり、他の都市は常に敵の脅威におびえている。
そしてそれに真正面から対抗できる兵器が神を模造した兵器のみである以上、レーヴァが守るのはヴァルハラだけではないらしい。
司令部の巨大正面モニター前に並んだボクらはそんな話をざっと聞きながらそこに映った画像を眺めていた。
「では、今回の作戦行動を説明します」
ユカリさんが端末を操作すると恐らく上空・・・衛星軌道上から撮影したと思われる地上の様子が映し出された。
それを何度か拡大しより鮮明にしていくと、地上・・・森のような場所の上に卵のような円形の光体が確認できた。
しかもそのサイズは森の上に普通に乗っているくらいであり、レーヴァよりも一回り小柄・・・全長30メートルほどだろうか。
「卵だな」
「卵ね」
「卵」
三人は同一の意見を述べる。 ボクも同意だ。 卵、と言ってしまって差し支えないだろう。
問題はこれが何の卵なのかという部分にあるが、まあ言うまでもなく、こんなサイズの生命体は地球上に存在しないわけで。
「数時間前、大気圏外から落下してきた正体不明のフォゾンエネルギー体です。 言うまでもなく天使、神の類だと思われますが、詳細は一切不明です」
「とりあえずリイド君にはちゃちゃっとここまでいってこいつをやっつけてきて欲しいんですね」
「・・・・・ここ、どこですか?」
「旧オーストラリア大陸北部です。 レーヴァならサクっと行って来られる距離ですよ」
オーストラリア大陸は確か現在は天使の制圧により崩落し、現在は北部の一部地域を除き完全に自然環境が破壊されていたはずだ。
よってオーストラリア大陸という名称は既に意味を持たず、一般的にそうした大陸や都市は旧という記号をつけ呼称する。
そもそも場所によっては地図どおりの地形などとどめていないところも多い。 そうした括りは今の時代にはナンセンスだ。
「とりあえず理由を聞いてもいいですか?」
「いいですよ? ユカリ君、お願いします」
ヴェクターの人任せな態度の矛先を向けられたユカリさんが立ちあがりインカムを手にとって振り返った。
「『彼ら』が地球の自然環境を破壊するのはご存知ですね?」
「それは、まあ」
天使はフォゾン生命体・・・つまりエネルギーの塊だ。
フォゾンの発生源は生命体であり、大気中に満ちたフォゾンを吸収する事で奴らは活動を可能とする。
逆にいえばやつらは餌場を求めて地上に降りてくるとも言えるだろう。 故に人を危めてフォゾンを奪い、自然を壊してフォゾンを奪う。
理由と動機は本来逆だ。 やつらは普通に食事を楽しみたいだけなのだ。 ただその食事というものが生命にとって必要不可欠であるが故に、奴らの搾取に生命が耐え切れず死滅する、というわけで。
無論自然が無くなれば人類は生きてはいけない。 故にどこでも自然を守るため天使や神を野放しにしておくことはまずない。
どんな犠牲を払っても、出来得る限りそれを滅する必要性があるのだ。
「旧オーストラリア防衛政府はこの卵型の敵を脅威視しています。 防衛政府は近日他の勢力からの攻撃を受け、戦力が疲弊しているため最早『敵』と戦う余力を残していないのです。 よって、ジェネシス本社に緊急の排除依頼が舞い込んだというわけよ」
他の勢力から攻撃を受けたっていうのは他の天使か何かだろうか? 何はともあれもう戦う力が残っていないのでろくに手出しが出来ないということか。
「報酬として防衛政府はジェネシス本社に資金提供、自然環境地区の提供を約束しています。 つまりこれはビジネスですね」
「世界がこんな状況で、相手は弱小組織なのにしっかり報酬は取るんですね」
「当然でしょう、リイド君・・・・さっきも言いましたが、レーヴァを動かすにはとてもお金がかかるんです。 社員である以上、貴方はそのために頑張ってもらいますよ」
これも契約、といういことらしい。 何はともあれボクはこれからオーストラリアまですっとんで敵をやっつけなければならないようだ。
学校帰りにやることとは思えないが、やらない限りは色々と問題もあるのだろうから仕方ない。
それにボクにしか頼めない事だというのもポイントだ。 他に頼めるやつがいないなら仕方ない、強い奴が行ってやらねばならないだろう。
「いいですよ? 敵を潰して戻ってくるくらいワケないですから。 今すぐでも構いません」
「・・・・あんた、敵の情報も分からないくせに凄まじい強気ね」
「まぁね。 情報なんて関係ないさ。 ボクが負けるなんて絶対にありえない」
「あっそう・・・・勝手にすれば? どうせジェネシスの英雄様が何とかしてくれるんでしょうからね」
イリアは嫌味を言うだけ言うと颯爽と真紅の髪を翻し司令部を出て行った。 相変わらず突っかかってくるのだから困ったものだ。
カイトはボクの肩を叩くと、
「まあお前ならそう苦労する事でもないさ。 頑張ってこいよ」
と、言ってくれた。
とっくに日は暮れて夜になっていた。 行って帰ってきたら恐らく深夜だろう。
明日の学校生活に支障をきたす可能性もあるけれど、学校生活と地球の平和とじゃ秤に載せるまでもないだろう。
レーヴァのコックピットに乗り込み、レーヴァテインを起動させる。 無論タイプはマルドゥーク、干渉者はエアリオだ。
『マルドゥーク、聴こえますか?』
「こちらマルドゥーク。 聴こえてますよ」
通信機越しに聴こえてくるユカリさんの声に耳を傾けながらカタパルトエレベータに移動する。
『旧オーストラリア北部へは通常通りカタパルトエレベータにて出撃後、大気圏外に離脱せず空中から向かってください。 エアリオが目印を出すので、それにしたがってね』
「わかりました。 向こうについたらアレをやっつければいいんでしょう?」
『ええ。 でも、気をつけて。 全く何の事前調査も行っていないから敵の能力、ランク、一切が不明だわ』
能力、というのはまあ連中の特技みたいなものだろう。 ランクというのは天使級か神話級か・・・。
無論ランクが高いほ神の名がつけられ、神話級と呼称される。 だがまあサイズ的にあれが天使級ということはありえないだろう。
精神を集中し空中にインターフェイスを展開する。 カタパルトエレベータに屈み、投擲に備える。
「大丈夫ですよ。 あんな奴楽勝です」
『・・・・信じているわ。 レーヴァテイン=マルドゥーク、カタパルトエレベータ使用許可』
「了解。 マルドゥーク、出撃!」
エレベータに火花が走り、一瞬で数百キロという速度に加速したエレベータはそのままどんどん速度を上げ、果てしなく空へ向かって伸びる塔の彼方へとレーヴァを吹き飛ばしていく。
打ち出された上空の漆黒の中、翼を広げマルドゥークは雲の上を引き絞られた矢のように急速に突き進んでいく。
カタパルトの投擲方向からほぼ直角に曲がったというのに抵抗も殆ど感じない。 やはりレーヴァは人類の技術の中ではあらゆる意味で最高峰だ。
空中に浮かび上がった実在しないビーコンが目印となり、何も考えずとも大空を迷う事無く飛ぶ事が出来た。
時々雲の隙間からのぞける世界は、ボクが思っていた以上に暗く・・・・人が生活を営んでいるようには見えなかった。
太平洋上のヴァルハラから南に移動しする間に見える景色といえば、人の住むことの無くなった島くらいなのだが。
「エアリオ、遠距離から流転の弓矢でケリをつける」
「確かに正体が知れない以上それが確実」
エアリオの同意も得られたところであとは真っ直ぐに進むだけだ。
実際に旧オーストラリアまでは一時間もかからなかった。 驚くべきはマルドゥークの飛行速度なのだが、まあ今更かもしれない。
海上スレスレを低空飛行し、既にユウフラテスを出現させて敵が視認出来るのを待つ。
それは大して時間を要せずすぐに訪れた。 エアリオがボクの目の前に表示させた拡大図にその姿が見えた、のだが・・・。
「・・・・・あれ? エアリオ、さっき写真でみた時・・・あそこの周りって森じゃなかったっけ?」
そう。 卵の周囲は荒野になっていた。 自然物など何一つ存在しない、砂漠と言ってもいい荒野だ。
写真でみた数時間前の様子には確かに森が・・・鬱蒼と生い茂る森が見えていたはずだった。
地形まですっかりなだらかになり、山も川も消え去っている。
エアリオもそれに違和感を覚えたのか、若干不思議そうに首を傾げたが、結局ボクらは歩みを止める事はなかった。
対象を確認し、弓を引く。 海上を凍てつかせながら光の速度ですっ飛んでいくその無数の矢。 対象は回避する素振りすら見えない。
「ありゃ、これはもう終わったかな?」
ユウフラテスが複数直撃すればいくら神と言えどもそれに耐え切る事は出来ない。 勝負はついた・・・そう思った直後だった。
無数の光は空中で霧散し、敵に届くその直前で消滅してしまった。
まるで最初からそこで消えるのが決まっていたかのように一斉に、スムーズに消え去ったユウフラテスの矢を見て慌ててマルドゥークの進行を止めた。
滞空しながらもう一度カメラを望遠し確認してみる。 対象は確かに何もしていない。 そこにただあるだけだ。
「エアリオ、どう思う?」
「・・・・・・・・強力な結界か何かか・・・・それか遠距離攻撃を無力化する・・・そんな特性か」
そうとしか思えなかった。 何はともあれここからいくら攻撃したところで無駄、ということだろう。
「もう少し近づいて攻撃しよう。 エアリオ、行くぞ」
次の瞬間だった。
ざこん。
奇妙な音が聞こえた。 一体何の音かも分からず、聞き覚えのないその音に首を傾げる。
それに気づけなかったのはそれがあまりに早すぎたからであり、認識できなかったのはボクが干渉者ではなく適合者だったからなのだろう。
「ぃ・・・・・あ・・・・っ!?」
小さなエアリオの悲鳴。 ゆっくりと振り返ると、エアリオは左腕を押さえて蹲っていた。
その身体が小さく震え、ぼたぼたと脂汗を垂れ流し、目を白黒させている。
「エアリオ?」
「あっ・・・・ああっ・・・・・! いや・・・・っ・・・うでが・・・・っ!!!」
え?
とも言えなかった。
次の瞬間、さっきまでちゃんとくっついていたはずのレーヴァの左腕が海中に落ち、盛大に水しぶきを上げた。
それよりも早く、レーヴァの後方で凄まじい熱量の爆発が起こり、真っ暗だったはずの夜は一瞬で昼よりも明るく染め上げられた。
続いてコックピット内部に流れる凄まじい警報。 制御不能に陥るレーヴァはそのまま海中に向かって落下していく。
それが不幸中の幸いだった。 レーヴァは前方から飛んでくる『何か』を頭上スレスレで回避し、海中へと落下する。
恐らく直線に飛んでいってまた爆発したのだろう『何か』はまた海の中からでも分かるほど盛大な爆発を巻き起こし、海の暗さも白く照らし上げた。
一体何が起こったのか判らず慌ててレーヴァの状況を確認すると、左胸部から先・・・腕がごっそり切断されていた。
その切断面はあと数メートルでコックピットにも達し、それがボクらを切断しなかったのはただの奇跡に過ぎなかった。
レーヴァを覆っていた光の装甲・・・マルドゥークの鎧も羽も消え去って、レーヴァは何も出来ないただのレーヴァテインになってしまう。
それはエアリオが鎧を構築する事をやめたということであり・・・彼女がそんなことが可能な状況ではないのは一目瞭然だった。
椅子から転がり落ち、床に蹲って肩口を押さえて身体を仰け反らせている。 あのエアリオが悲鳴も上げられないほど苦しんでいると言う非現実的な光景に一瞬頭が追いつかなくなった。
「くそ!!! 動けよ! 装甲がなくなって浮上くらい出来ないのかよ!?」
レーヴァは水中でもがくが、機械の塊であるこのレーヴァテインが何の推力も持たず浮上する事は不可能だ。
どんどん海中に向かって落ちていく。 幸いそこまで深くなかったらしい水位のお陰ですぐに海底には到着する事が出来た。
だが、浮上する事だけはどうやっても出来ない。 レーヴァは干渉者が作る装甲を纏わない限り、ここまで無力なものなのか?
これじゃあただの力も何もない人形じゃないか。 ボクに出来るのはこんな人形を動かす事だけだって言うのか。
「・・・・っ〜〜・・・・っ・・・・あ・・・・ぁ・・・っ・・・ひっ・・・ぐっ・・・!!」
もう何をやっても無駄だと判断した。 操作を放棄してエアリオに駆け寄る。 エアリオは自分の腕を見つめて虚ろな目で何度もそれを押さえつけていた。
「エアリオ! しっかりしろよ! どうしたんだよ!?」
「う・・・・で・・・・が・・・・・とれちゃ・・・って・・・・っ!」
「腕!? 腕ならついてるだろ! よく見ろエアリオ!!」
『それ以上彼女に手を出さないで! すぐに救助部隊を向かわせるから、そのままそこにいて!!』
通信機から飛び込んできたユカリさんの叫び声にようやく我に帰る事が出来た。
慌てて通信機に飛びつき、不安を隠しきれない声で問い掛ける。
「何が起きたんですか!? エアリオはどうしちゃったんですか!?」
『今はそんなこと説明している場合じゃないの! とにかく動かないで!』
「・・・・た、助けなんかなくても海底を歩いていけます!」
『馬鹿言わないで! エアリオの案内なしでは迷うだけよ! すぐにレーヴァの生命維持装置が作動してエアリオは落ち着くはずだから、とにかく安静にしてあげて! 絶対にそこを動かないで! これは命令よ!!』
それだけ言って通信は途切れてしまった。
ボクは力なくその場に座り込み、ウンともスンとも言わない情けないレーヴァのコックピットから海面を見上げていた。
「なんなんだよ・・・・・」
こんなはずじゃなかったのに。
こんな風になるはずがないんだ。 だってボクは天才で、だって、だって、カイトにも勝ってて・・・・。
なんでエアリオがこんなに苦しんでるんだ? なんでボクは一人じゃレーヴァも動かせないんだ?
何も出来ない。 何も出来る事が無い。
「こんなのってないよ・・・」
海面に映りこんでいた光が消えていく。
長い間夜の闇を照らし上げていた光はゆっくりと消滅し、再び夜に静寂が訪れた。