プロローグ・パラドクス
初の横文字サブタイ。
これはリイドが居なくなってから一年後のお話で、続編に続くまでのプロローグ的なおまけです。
全部読んでからごらんになる事をおすすめします。
「『あれ』が『ああ』なったのは、お前のせいだぞ…カイト・フラクトル」
「俺のせいかよ…」
太平洋上を、二つの機影が飛行していた。
カラーリングは共に蒼。 青空の下、水しぶきを上げながら疾走する二機のうち片方のパイロット、カロードがため息混じりにそんな事を言った数分前。
『いいなぁ〜…』
嫌味たっぷりに、通信機越しに二人に文句をたれる少女の姿がモニターに映し出されていた。
本部の司令部でインカムを装備し、椅子の上で膝を抱えているエリザベスがジト目で二人を見つめている。
「いいなぁって、あのなぁ…。 これも一応仕事なんだぞ? 仕事」
『あのね、カイト…仕事だろうがなんだろうが、二人とも久しぶりの休暇なんでしょ? それなのに機体まで持ち出して…』
「だから、そういう仕事なんだってば…おいカロード、何とか言ってくれよ」
「何故僕に振るんだ? そもそも、何故お前がついてくる。 僕一人で十分なはずだが」
「お前一人に任せられないから俺がついてきてやってんだろうが」
「そんな事を頼んだ覚えはないし、そもそも実力的にもお前に劣った部分はない」
「んだとこの野郎…。 本気で可愛げのないやつだな…」
『うるさああああああああいっ!!!』
劈くような轟音に混じり聞こえてくる甲高い雑音に二人は同時に耳を塞いだ。
モニターの枠を勝手に拡大し、大々的に正面に映し出されたエリザベスが二人を指差し叫ぶ。
『どうしてお兄様とカイトはいつもいっつもそうなの!? ほんっと子供じゃないんだから、いい加減しっかりしてよ!!』
「いや、あのなエリザベス…。 俺は仲良くしようとしてるんだけどな…」
『だったらお兄様の安い挑発に乗らないの!!』
「…僕のセリフが、安い挑発…? ば、ばかな…」
『お兄様もいつまでもツンツンしてないで少しは仲良くしなさい!! ああもう、二人に行かせるくらいならあたしが行けばよかった!!』
頭を抱えうなっているエリザベスの姿に苦笑を浮かべるカイト。
「わかった、わかった。 ちゃんとしてくるから、もう勘弁してくれ」
『今日やるべきこと、ちゃんと判ってるんでしょうね!?』
「勿論だって…ええと…アレだろ? アレ!」
明らかに目的が記憶されていないカイトの態度にカロードとエリザベスの冷たい視線が突き刺さる。
冷や汗を流しながらも何とか必死に取り繕おうとするカイトの姿に盛大にため息をつき、カロードが応えた。
「しっかりしてくれ…。 元ラグナロク本拠地の調査―――それが僕たちの役目だろう」
オーディンの攻撃により破壊された元ラグナロク本拠地の調査。
あの戦いから一年が過ぎ去り、それぞれが新たな道を歩み始めている。
そんな中、どうしても消し去っておかねばならないいくつかの不安要素を、今日彼らは打ち消すつもりで居た。
⇒プロローグ・パラドクス
「ラグナロクという組織は、一枚岩ではなかった」
カロードのそんな言葉が響き渡る空間。 そこは、旧ラグナロク本拠地の地下空間だった。
照明も何もない暗闇の中、照明を片手に歩く二人の姿がある。 ところどころ海水が入り込んでいるのか、水溜りのような場所や頭上から海水が垂れて来る箇所もあり、傘と長靴を持ってくるべきだったなあ、なんてことをカイトは考えていた。
しかしカイトが何を考えていようが、真面目なカロードには無関係な事だ。 聞いても居ない事をぺらぺらと話し続ける。
「元々ラグナロクという組織はジェネシスから分岐したものだが、技術提供はSICだった。 いや、SICに技術提供したのがラグナロクであり、そのラグナロクに資金援助をしていたのがSICであったというべきだろう」
ヨルムンガルドは元来ラグナロクの技術で生み出された機体である。
さらにその大元はレーヴァテインプロジェクト…つまり、ジェネシスの技術力である。 いくらトライデントを回収したSICと言えども、事前に研究を進め、さらにスヴィアの協力を得ていたジェネシスの技術力に追いつける方がおかしい話だったのである。
無論、エアリオによる技術流出はあったものの、大本の技術はジェネシスからラグナロクを経由し流出し、SICにわたり、ヨルムンガルドが生まれたわけである。
「つまりSICはラグナロクの技術のおこぼれを頂戴していたに過ぎない。 ゆえにウロボロスのようなハイスペックカスタム機…いや、次世代機とも呼べる機体がSICではなくラグナロクに存在していた事も、おかしなことではない」
「…その話はもう何度も聞いたっつの。 それよりお前、革靴のまま水溜りに突っ込んでくなよ…。 めちゃくちゃ歩きにくいだろ…」
「特に気にしない」
「気にしろよ…。 ていうかな、お前が歩くたびにガッポガッポ言ってて、こっちが気になるんだよ」
「いちいち煩い奴だな…。 僕の話をきちんと聞いていたのか?」
「聞いてた聞いてた。 つまりアレだろ? ヨルムンガルドとヘイムダル、この二機の量産機の大本はジェネシスで、そのあと組織ごとに独立した技術で発展した…ってことだろ?」
「カイトにしては上出来な回答だ。 まあ次第点といったところか」
「…そりゃどうも」
少々イラっと来たものの、カロードがそういう性格であることはすでに承知しているので、カイトも突っかからなかった。
何よりここでケンカでも始めれば、天井が崩れて海水に飲まれて死ぬのではないか…そんな風に考えるほど、今にも崩れそうな状況だった。
「しっかし、ぼろっぼろだなここ」
薄暗い通路に響き渡る音は水滴が垂れる音のみ。
ラグナロク拠点は無人島の地下に建設されていた。 そんなものをどうやって作ったのかは事前に拠点を作っていたスヴィアに訊ねるしかないが、スヴィアがガルヴァテインで一生懸命に作った可能性も否定は出来ない。
そんな似合わない行動を平然と実行する男…それが、スヴィア・レンブラムだったのだから。
何はともあれ、地表は一撃で吹き飛ばされたラグナロクだったが、本当に大事な地下部分は完全に破壊されたわけではなかった。 無論、海中に沈んでしまったエリアも存在するが、海中につながる格納庫まで二人が何とかたどり着くのは難しいことではなかった。
とはいえ、機体のままうろつくだけの広さもない。 それ以前に巨大な機体で歩き回ったら崩れ去る程の強度であることは疑う余地もなかった。
ゆえに二人は生身のまま、暗い先も見えないような闇の中を行軍する事になったわけである。
「一発でこれだよな…。 今更だけど、オーディンってのはおっそろしいな」
「おいカイト、そっちは違う。 自分から水没地区に向かうつもりか…っておい!! 扉を開くな!!」
「え?」
カイトが開いた扉から大量の海水が通路になだれ込む。
何十メートルも流された二人はずぶぬれの状態で通路に横たわっていた。
「…あー、通路沈没するほどじゃなくてよかったな」
「何がいいものか…。 貴様、後で覚えていろよ…」
「水も滴るいい男っていうだろ」
「貴様が何を言いたいのかはさっぱり理解出来ないが、とりあえず馬鹿だってことはわかった」
立ち上がりカイトを蹴り飛ばし、先を急ぐカロード。
舌打ちし、それからカイトもその後を追った。
「で、ラグナロクは一枚岩じゃなかったって話だろ? 続きを聞かせてくれよ」
「ん? そんなに聞きたいのか…仕方のないやつだな」
隣に追いつき、そんなことを言うカイト。 カロードは典型的な『語りたがり』であり、喋らせている間はおとなしくなる事をカイトは知っていた。
ゆえに機嫌をとる意味も含め、カロードの話に耳を傾けることにする。
「元々、カスタムクローンを生み出す計画はレーヴァテインプロジェクト内では分岐していた。 バイオニクル計画というのが通称であり、その計画は…僕たちのような、『戦いに適応した人間』を生み出す事を主眼とし、非人道的な研究もいくつか進められていた。 その研究主任もスヴィアと同時にラグナロクに移籍していたわけだ」
「…つまり、その研究主任とスヴィアとで勢力が別れてたのか?」
「そういうわけではない。 あくまでもスヴィアさんがトップにあり、その男はそのサポートのはずだった。 しかしお前も知っているように、スヴィアさんは基本的にラグナロク本拠地で行動しない人だった。 ゆえにあの男の行動は野放しになり…狡猾にもあの男の研究は進められ、時にはラグナロクを私的に動かす事もあった」
男の名は、サマエル・ルヴェール。
元ジェネシス研究員であり、ルドルフが入るよりも以前では、本部にてレーヴァテインの研究も行っていた男である。
年代は三十代後半。 朗らかな笑顔を浮かべる『狂人』…それがカロードの私見だった。
「とはいえ、僕はスヴィアさんのやり方よりも彼のやり方の方がいいと思っていた。 スヴィアさんのやり方はいちいち『甘かった』し、非道になりきれない彼の姿を僕はあの頃もどかしく感じていた」
結果、時にラグナロクは暴走する形で行動する事になる。
その行動の結果の一つがヴァルハラへの武力介入であり、強引なレーヴァテイン奪還計画なのである。
「スヴィアさんはリイド・レンブラムを重視していたが、僕はそうは思っていなかった…いや、クローンとして生み出された僕よりも、リイドを選んだ彼の判断を快く思っていなかったのかもしれないな」
サマエル・ルヴェールが開発した技術の中に、神をのコアに人間を代用し、動かすというものがある。
それはイリア・アークライトとホルスによって実行に移され、その有用性と同時に危険性を世に知らしめた。
その技術をハロルド・フラクトルに提供したのもサマエル・ルヴェールであり、ハロルドとサマエルはお互いを利用する関係にあった。
「何はともあれ、サマエルはその権力を使い、僕の知らないところでも様々な研究を進めていたようだが…あいつの研究が結局どうなったのかはよくわからない。 オーディンがこの世界に来る少し前に、あの男は尻尾を巻いて逃げ出してしまったからな」
「で、俺たちの今日の仕事は…そのサマエル・ルヴェールの行方の手がかりを捜すこと、だろ?」
頷くカロード。 そう、この地下空間にはサマエルが利用していた研究室も存在している。
一年が経つ今、世界はゆっくりと新しい形に変化しようとしている。 その変化を脅かしかねない存在は、出来る限り排除したい―――それは他の誰でもなく、カロードの願いだった。
廊下の突き当たりにある階段を降り、サマエルの研究室にたどり着いた。 巨大な扉に備え付けられた端末を操作するカロードの背後でカイトはポケットに手を突っ込みながらその扉を見上げる。
「なあカロード。 つまりサマエルってやつは、お前らの産みの親でもあるんだろ?」
「残念ながらそういうことになるな」
「まあ、確かに…お前らみたいなのを作ろうと考える時点で、どうかしてるか…」
「そうだな…確かにそうだ。 知っているかカイト。 僕たちクローン…バイオニクルの原料を」
端末を操作し続けるカロードは振り返らずに訊ねた。
腕を組み考えるカイトだったが、それほど明確な答えは見えてこない。
「いや? 試験管ベイビーとか、そういうのじゃねえのか?」
「プロジェクトが発足したのは四年前だぞ? ちなみに僕の実年齢は今のところおそらく十九歳だ」
「…じゃあありえないか。 で、答えは何なんだ?」
「人間の死体をベースに、ユグドラ因子で強制的に生き返らせて改造を施した人間、それがバイオニクルだ」
「あ?」
予想外の言葉にあっけに取られていると、扉がゆっくりと開き始めた。
しかし施設そのものが傾いているせいか、半分ほど開いて扉は動きを止めてしまう。 カロードはそこに足を踏み入れていく。
「ちょっと待てよ!」
カロードに続いて研究室に入り、カイトは我が目を疑う。
立ち並ぶ巨大な試験管の中身には、人間の部品がいくつも浮かんでいた。
蒼白い光りを放つ液体に浮かんだそれらは、どれも死んでいる。 当たり前のことだ。 そんな姿にされて生きているものなど居るはずがない。
乱雑した研究資料と機材の中、ところどころ割れた巨大な試験管の中からもれた液体が地面を濡らし、ぬるぬるとした靴底の感触にカイトは顔を顰める。
「なんだこりゃ…」
「人体の研究はサマエルのテーマだったからな」
「じゃあこりゃ全部、お前らの元になるもの…」
「少し違うな。 先ほどは死体をベースにと言ったが、実際に死者を蘇生する力などユグドラ因子にはない。 せいぜい多少の身体能力活性化と、回復能力の強化程度だろう」
「じゃあこりゃなんだよ…」
「僕らの成れの果て、だ。 バイオニクルのベースは…死者ではなく、死んでも問題のない子供…つまり、孤児やら何やらだ」
健康である必要はない。 例えば死ぬことが判っている入院中の患者などでも構わない。
改造を施された人間は過去を失い、自我を失う。 ベースとなるデータ、ユグドラ因子などは確かにスヴィアがオリジナルだったが、彼らが個性的な外見をしているのは基本となった人間がそれぞれ別であることを示唆している。
「その研究はつい一年前まで続いていた―――この場所でな」
「………こういう時、何ていえばいいのかよくわからねえんだが…」
「同情か? そういうものを求めてお前に教えたわけではない。 ただ…いつか、お前も知らなければならないことだろう? エリザベスも、ここで生まれたのだから」
「あいつがここで…?」
「エリザベスは僕らよりも後に作られた最新世代のバイオニクルだ。 よって生産もここで行われた。 あの子もまた、過去を持たないし名前を持たない。 僕らは本当の産みの親の顔も知らないし、自分の過去も知らない。 だからこそ、家族は同じバイオニクル以外にはありえなかった」
だが、と。 カロードは続ける。
「最近のエリザベスはとても楽しそうだ。 だから、僕は自分が正しかったのか自信がなくなってきた。 むしろ、もっと早く人間と一緒に暮らしていくべきだったのではないかと…そんな風にさえ思う。 あの子をそんな風に変えてくれたのは…カイト・フラクトル。 お前なんだろう」
振り返るカロード。 カイトは真っ直ぐにその瞳を見つめ、それから首を横に振る。
「俺は何もしてねえよ。 元々、エリザベスは悪い子なんかじゃなかった。 お前だってそうだろ? 何も知らなかっただけだ。 それに…『人間』なんて言葉を俺たちに向けるなよ。 お前だって十分人間だろうが」
「いいや、化物さ」
「ふざけるな。 さっきの話を聞けば、お前も元は人間じゃねえかよ。 ぐだぐだ言ってると張り倒すぞてめえ」
カロードの襟首をネクタイごと掴みあげるカイト。 静かにカロードは目を細め、その腕を掴み返す。
「短慮だな、カイト…。 言い争うような場面か?」
「場面だね。 俺はお前の事をちゃんと人間だと思ってる…! それをてめえ自身で否定してたら、何も始まらないだろ…!」
「…わかった。 わかったから離せ。 いい加減苦しくなってきた」
ばつの悪そうな表情で胸倉から手を離すカイト。
「…仕事を再開するぞ。 何かないかお前も調べて来い。 僕は生きている端末がないか探してみる」
「………ちっ、わかったよ」
近くに落ちていた機材を蹴り飛ばし、奥へ姿を消すカイト。
それを見送り、端末に指先を伸ばしながらカロードは静かに目を閉じた。
「やれやれ―――あんな男に妹が懐きさえしなければ、こんな面倒な事にはならなかったんだけどな」
ため息をつき、周囲を眺める。
崩れ去り廃墟となった施設。 自分たちのなすべき事はこの場所にしかなくて、世界もこの場所しかなくて、生きている全てが疎ましかった過去。
だが、今は違う。 せめてもうこんな悲しみを繰り返さないようにと、強く願う。 あの男がまだどこかで生きているのなら、同じことを繰り返すはずだ。
そう、何度でも繰り返す…。 サマエル・ルヴェールという男は、そういう男である事をカロードはよく知っている。
「運命に抗う、か…。 ふん、気安く言ってくれるものだ」
その言葉を吐いた男も、少年も、今はもうこの世界にはいない。
しかしその力を受け継いだ自分に出来ることは、まだ残っているはずだ。
自分たちが犯してきた罪は拭えない。 ならばせめて、それを少しでも償うために、これ以上の罪を生み出さないために、努力するべきだろう。
少なくともそう前向きに思えるようになったのは…嫌悪していた『人間』のおかげなのだと、カロードはきちんと理解していた。
「おいカロード!!」
「なんだ、騒がしいな」
「いいから来いッ!! なんかスゲエことになってるぞ!?」
カイトに手を引かれて進む先、巨大な試験管があった。
人間一人が中に入ってももてあますほどの大きさのその中には、文字通り人間が一人まるまる入っていた。
隣並んだ試験管の中には人間の死体がいくつも浮かんでいるのだが、その試験管だけはまだ光りを失わず、中に浮かぶ少女もまた命を失ってはいなかった。
「まさか、こんな…。 生き残りがまだ居たって言うのか」
「見蕩れてないでさっさと出してやれよ! 俺は操作とか…機械とかそういうのぜんぜんわかんねえんだからよ!!」
「…自分に出来ない事を自信満々に口にするな…。 やれやれ」
愚痴をこぼしながら半透明のガラスを開放するカロード。
非合法な手段で強制的に開いたせいか、蒼白い液体が一気に流れ出し、二人のすでにずぶぬれの靴をさらにずぶぬれにした。
浮かんでいた小柄な少女…体格的にはエリザベスよりもさらに小さい少女を抱え、カイトが台座から飛び降りた。
「よっと…。 大丈夫だ、息してるぜ? すげえな」
「…奇跡としか表現しようがないな。 とりあえず僕は服を探して―――」
「んん…」
背を向けようとしたカロードが足を止めたのは、少女が小さくうめき声を上げたからである。
あわてて駆け寄ると、少女はゆっくりと琥珀色の瞳を開き、寝ぼけたような様子で二人の顔を見つめた。
「お、おいカロード…目を覚ましたぞ…? 俺はどうすればいいんだ…!?」
「ぼっ、僕に聞くな! とりあえず服、服…!?」
「お前下脱げよ! 俺が上脱ぐから!」
「何故僕が下なんだ!? お前が下を脱げばいいだろう!?」
パニック状態になる二人を沈静化させたのは少女のくしゃみだった。
冷静に考えてみれば、この大きさならばとりあえず上着をかけるだけで全身をすっぽり覆えることに気づく二人であった。
カロードの紺のスーツを肩からかけると、少女はぱっちりとした目を見開き、二人に頭を下げた。
「ありがとうです。 ええと、お兄さんたちは?」
「おいカロード喋ったぞ!? 俺はどうすればいいんだーっ!?」
「僕だって知るか!?」
「お前あれだろ。 バイオニクルとかそういうの面倒みるの得意だろ。 ほら、パス」
「ふざけるな!? うわあ落とすところだったぞこら!? あのな、子供の面倒を見ていたのは主にミリアルドであって僕は何もしたことがないんだよ!」
「つっかえね〜…つかえねーよこの長男」
「ふざけた事を抜かすな…殺すぞ…」
「ぷっ…あはっ、あはははっ」
にらみ合う二人を見て突然笑い出す少女。 天使のような微笑を浮かべ、それから首を傾げる。
「メアリー=メイ―――それが、メアリーの名前だよ。 お兄さんたちは?」
「…カロードだ」
「俺はカイト・フラクトル。 えっと、メアリー…? なんで自分の名前知ってるんだ?」
「カイト、違うぞ。 名前ではなくおそらくコードネームか…愛称のようなものだろう。 サマエルは僕たちの事は数字で呼んでいたから…恐らくは」
特別な実験対象…あるいは、カロードたちよりも後に開発された新型バイオニクルである可能性が高い。
「でもよかった。 ずうっと呼びかけてるのに、誰もきてくれないからもう死んじゃうかと思ってたの。 お兄さんたち、メアリーの声が聞こえたの?」
「声? いや、僕たちは―――」
その時、巨大な衝撃が施設全体を襲った。
何かが爆発するような音と共に、大量の海水がなだれ込んでくる轟音が聞こえる。
「っつう、イッテエ!? なんか降って来たぞ!?」
「コンクリの塊だ…。 むしろそれが頭部に直撃してなぜお前は平然としている」
「へへ…頭は頑丈なんだよ」
「何故誇らしげなんだ…。 それよりも崩れるぞ。 早く脱出しよう」
「ああ」
メアリーを抱きかかえたまま駆け抜ける二人。
しかし、格納庫に通じる道を走っていたところ、正面から津波のように押し寄せる大量の海水が出迎えてくれた。
「オイイイイ!?」
「カイトちゃん、こっち!」
「メアリー!?」
メアリーの指し示す方向へ全力で走る二人。 そうして扉を駆け抜けた先、上に続く非常階段があった。
「助かった…! カイト! メアリーを担いで上れるか!?」
「お前体力ないなあ…わかったよ、変わってやる」
走りながらメアリーを投げわたし、先を走るカロード。 カイトはメアリーを背負いなおすとニヤニヤ笑ってメアリーを見た。
「お前軽いなあ。 それによくこっちに水がないって判ったじゃねえか」
「てへへ〜。 メアリーはね、音が聞こえるから〜」
「カイト! 早くしろ!」
「あいよっ!!」
階段を駆け抜け、それからもメアリーの指示に従う。
すると不思議な事にそれから先一度も海水に直面する事はなかった。
格納庫に駆け込み、機体にそのまま飛び込む。 システムを起動させ、ヘイムダルとウロボロス、両方の機体で頭上を攻撃した。
吹き飛んだ天井から飛び出す二機の機影。 久しぶりに再会した太陽の光りの中、カイトが安堵のため息をもらした。
「ふいー…死ぬかと思った」
「メアリー、えらい?」
「えらいえらい! すごいじゃねえか! バイオニクルってのはみんなそうなのか?」
「いや、そんなことはな―――カイト、後ろだ!!」
後方より高速で、しかし静かに接近する機影があった。
繰り出された攻撃を回避し、後退するカイト。 空中に静止する襲撃者は巨大な鎌を肩に乗せ、禍々しい姿を太陽の下に晒していた。
黒いマントの下から覗くデザインはヨルムンガルドともヘイムダルともかけ離れている。 むしろより生物的であるそのデザインは、神の類に酷似していた。
「何だこいつ…!? どこの新型だ!」
「タナトスだよ」
目を丸くするカイト。 メアリーはカイトが何に驚いているのか判っていないのか、きょとんとしていた。
そうして呆けている間にもタナトスと呼ばれた機体は鎌を振りかざし迫ってくる。 すかさずフォゾンライフルで迎撃するウロボロスだったが、その攻撃はマントで弾かれてしまった。
「エクスカリバーのものと同じか!」
「ちっ!!」
振り下ろされた鎌を回避するヘイムダル。 しかし連続で仕掛けてくる攻撃をかわし切れず、パイルバンカーの杭部分で受けようとするが―――。
「杭ごと切断かよ!?」
「カイト!」
ブレードを携えたウロボロスがタナトスに斬りかかる。
空中で刃を交えるが、鎌という独特の形状は非常に受けにくく、何よりタナトスの動きは非常に難解で読みきる事が出来ない。
「何だ、この動きは…」
「おにいさん、右だよっ!!」
「っ!!」
メアリーの声に反応し、右側に剣を構える。 一瞬遅れ、そこにタナトスの鎌が叩きつけられた。
「―――何!?」
一番驚いたのは防御に成功したカロードである。 メアリーは次にタナトスがどこから襲い掛かってくるのかを言い当てた―――いや、予言して見せたのである。
「左! それから上! カイトちゃん、回りこんで!」
「あ、ああ…わかった!」
予想通りに襲い掛かってきた鎌を受け流し、次の出現地点である上に向かって剣を突き出すカロード。
まるで吸い寄せられるようにそこに出現したタナトスの腕部に突き刺さる剣。 さらに続けて側面からカイトが蹴りかかる。
強力な蹴りを側面から直撃されたタナトスは空中をきりもみ状に回転しながら吹き飛ばされ、それから空中で何とか体勢を立て直した。
「………ちっ」
そんな小さな舌打ちがタナトスのパイロットの最初で最後の台詞だった。
流石に不利だと感じたのか背を向けるタナトス。 それを追いかけようとする二機だったが、タナトスの姿はゆっくりと背景に溶けるように消え去ってしまった。
「迷彩か!?」
「大丈夫、逃げちゃったよ?」
メアリーのそんな一言に気を抜く二人。
何とか難を逃れたのであった。
「ったく、なんだったんだ? さっきの死神野郎は」
地上に着陸し、腕を組んで考え込むカイト。
その傍らで楽しそうに世界中をきょろきょろと眺めているメアリーの肩を叩き、カロードが厳しい目つきで問いかける。
「メアリー。 何故あいつの行動が判った?」
「え…? い、いけないことだった…?」
「おい、カロード…そんな怖い顔すんなよ。 おかげで助かったんだからさ」
「馬鹿かお前は? バイオニクルにそんな力はない…こいつは明らかに特別な何かだ」
「え、ええとね…とりあえず、ケンカしないで?」
少女の哀願に二人は自重し、ため息をつく。
「メアリーはね、音を聞いただけだよ」
「さっきから言ってるその音ってのは何なんだ? よくわかんねーんだけど、教えてくれないかメアリー」
「うん、いいよ! 音っていうのはね〜、こう、ぴぴぴって、来るの!」
さっぱりわからなかった。
「とりあえずお前が電波ってことはよくわかったよ」
「う?」
「…音、か。 まぁ、詳しく調べるのは本部に戻ってからだな」
「それは同意するよ。 俺にはちょっと、こいつが何を言っているのかわからん」
立ち上がる二人の姿にメアリーは首を傾げる。
「どこに行くの?」
二人は振り返り、当たり前のように声を重ねた。
「「 家だ 」」
そうして自分たちの声が重なったことに驚き、視線をそらす。
「お兄ちゃんたち仲いいね」
「「 誰が!? 」」
二人の言葉がまた重なるのを見て、メアリーは無邪気に笑っていた。
「…分岐可能性感知端末、通称メアリー=メイ…。 目標の奪還を困難と判断…」
遠く離れた場所に迷彩状態を維持したまま二つの機影を見送る影があった。
タナトスと呼ばれる最新鋭の特殊機体の中、二つの影を見送る少年がいた。
幼さを残したままの外見…いや、実際に年端も行かない少年なのだろう。 メアリーが去ってしまったのを確認すると、背を向ける。
「…ジェネシス」
その呟きには感情がこもっていなかった。 無論、表情もない。 眉一つ動かさぬ抑揚のない言葉だったが、少年は確かに敵意を込める。
二人が去った方向とは反対方向に飛翔する死神の影は、水平線の彼方に姿を消し去った―――。
交替だと言って今度はウロボロスに乗せられたメアリーは耳をすませる。
それは、ずっとずっと、一年前から聞こえていた誰かの声。
助けを求めるような、そんな悲しい声。 どこか遠い場所―――世界の彼方で、戦い続けている音。
「…」
メアリーはその声に聞き覚えがあった。 どこか、遠き記憶の中、その少年の戦う姿を感じていたのかもしれない。
そして少女は自らもまた助けを待つ身でありながら、心のどこかで同じように救いを求める少年を助けたいと願っていた。
「あのう」
だから、顔を上げてカロードに訊ねる。
「リイド・レンブラムという人は…おにいさんたちの知り合いですか?」
ゆっくりと、物語が動き始めた―――。
突然ですが、『プロローグ・パラドクス』を持ちまして一旦霹靂のレーヴァテインは完結とさせて頂きました。
文章量がもう半端じゃないし、個人的になんだか見づらくなってきたというのも理由にあります。なんかもう、読了必要時間1200分とか書いてあるんですもん…もうやだ。
続編をいつごろ連載するのか、そもそも連載するのか、などなどはまだ決めかねていますが、ひとまずはこれにて終了です。
続きを書くとしたらなんかレーヴァテイン2とかそんなタイトルで新たに書きますので、そんなのが増えてたらよろしくお願いします。
さて、言いたい事は他のあとがきでも書いたのでもういいでしょう。
とにもかくにもひとまずありがとうございました。
また、皆さんの目にこの小説が触れることが在るように頑張りますので、見かけたら読んでやってください。
さようなら〜。