霹靂の、レーヴァテイン(3)
おわた―――。
太陽が、まぶしかった。
まだまどろみの中に居たい自分の弱さと話し合い、ゆっくりと身体を起こします。
規則正しい生活を心がけていたはずなのに、最近はいまいちちゃんとそれが実行に移せていない気がします。
「…ふぁう」
小さくあくび。
直ぐに着替えて外に出ると、空は晴れ渡っていい天気。
草原の中、私は静かに深呼吸する。 しばらくそうして空を見上げていると、遠くから声が聞こえてきた。
「おーい、アイリスー!」
「おはようございます、シド君」
相変わらず小さいシド君が手を振りながら元気よく走ってきます。
笑顔で迎えると、彼は何やらぺらぺらと町での出来事を話し始めました。
嬉しそうに語るシド君の話の内容は、いつも復興しはじめた町のことです。
今度は時計塔を作るんだとかで、その話題でいつも持ちきりですが、それ以外の事はあまり考えられていない様子。
「そういえば、今日ってあれだよな? 命日っつうか…」
「まだ死んだわけじゃないですよ?」
「そうだな…。 じゃあ、二周年さ!」
朗らかに笑うシド君に釣られて笑う。
リイド先輩。 貴方がいなくなってから、二年の月日が経ちました。
⇒霹靂の、レーヴァテイン(3)
先輩が居なくなってからの日々は、私にとって無価値なものになってしまいました。
ジェネシスはあの戦いから直ぐに立ち直り、まだ終わっていない神との戦争を終わらせるのにやっきです。
でも、私はもうヘイムダルに乗りたくありませんでした。 だから残って戦うというカイト先輩には申し訳なかったけれど、私はヴァルハラを去りました。
あの町には先輩との思い出が多すぎて、いるだけでも辛いんです。 だからもう、二度と行きたくない…そんな風に思っていました。
結局行くあてもなかった私は、こうしてルクレツィアさんのお世話になっています。 ヨーロッパはいいところです。
何より驚きなのは、このあたりは二年前まで全て白い砂漠だったのに、今は急激に植物が成長して森や草原が広がっています。 それも、滅んでしまう前よりもずっと綺麗な自然で。
世界は書き換わったのでしょうか。 私にはよくわかりません。 神様の行いがこうして星に元気を取り戻すなら、人類が守るというこの星はなんなのでしょうか。
あの戦いに意味はあったのでしょうか。 一生懸命駆け抜けた青春の日々は、今思うともう悲しくて仕方がなくなります。
でも、少しは私も進歩しました。
毎日毎日死んだような生活をしていた私も、今じゃちゃんと町の復興のお手伝いを努めています。
先輩、ほめてくれるかな。
青空の下に居ると、この世界が滅びかかっていることさえ忘れてしまいそうになります。
なんだか夢をみていたみたいで、胸の中がほわほわしてきます。
先輩なんて人は本当はいなくて…私の淡い思春期の心が生み出した幻影なんじゃないか。 そんな気さえしてきます。
でも違いますよね。 だってまだ胸がずきずき、痛むんです。 貴方がいないこの世界を守っていくって誓ったのに。
私は待っていられませんでした。 馬鹿な女です。 弱い女です。 貴方が戻ってくると約束してくれたのに、それを信じられませんでした。
だって、仕方ないでしょう? 他の世界なんて、途方もないほど遠い場所に貴方は行ってしまったんですから。
「アイリス」
懐かしい声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはカイト先輩が立っていて、あの頃と変わらない笑顔を浮かべていた。
「わざわざヨーロッパまで私の顔を見に来てくれたんですか?」
「まぁな。 それに今の技術ならひとっとびだぜ」
先輩は背がまた伸びました。 相当大きいです。
私はあんまり伸びなかったので、まだ先輩を見上げる状態です。
「そういえば髪、ばっさり切っちまったんだな」
「ええ、まあ」
長く伸ばしていた髪も、綺麗に整えていた髪も…もう、見せる人もいませんしうっとうしいだけです。
それに姉さんにあこがれて伸ばしていたところもありますし…もう、そういうの追いかけるのに疲れてしまったので…きることにしました。
先輩は二年ですごくかっこよくなりました。 いまだにお馬鹿なところは直りませんが、随分しっかりしているようです。
「カイト先輩、ほっぺたどうしたんですか? 腫れてますけど」
「ああ…エリザベスにぶったたかれた。 グーだぜ、信じられるか? 女とは思えない…」
「相変わらずですね」
あれから拠点をうしなったラグナロクは、ジェネシスに戻るような形になりました。 今ではジェネシスで蒼の旋風隊をやっているとか。
今となってはあまり関係のないことですが…。
「リイドがいなくなっちまってから、もう二年かあ…」
草原の仰向けに寝転がり、カイト先輩…いや、もうカイトさんか…は、空を見上げる。
ゆっくりと流れていく雲を眺めながら、静かに言葉を続けた。
「これからどうするんだ、アイリス。 家にも…戻らないのか?」
「………」
私は何も答えなかった。
カイトさんは真剣に私の事を心配してくれているのに。
「リイドのやつ、戻ってこねえなあ〜〜〜〜」
あえて気楽にそんな事を言ってみせる。 あの頃から変わらない、尊敬すべき兄のような人がそこにはいた。
私は、先輩に胸を張っておかえりといえるような生き方をしてきませんでした。 この二年間、泣いたり、引きこもったりしただけです。
だからきっと先輩が戻ってこないのも私のせいで…私がそんな風に、努力を怠ったからで…。
ああ。 二年前は全てを諦めないと、努力し続けるのだと、未来を掴みとるのだと、誓ったのに、
決意を貫き通す事のなんと難しいことでしょう。 たった一つ、大切なものが抜けてしまっただけで、私の世界は崩れてしまいました。
さしずめピースを一つ失ったジグソーパズルでしょうか。 絶対に完成し得ない、永遠に私を縛り続ける額縁。
「あいつ、そろそろユピテル倒して戻ってくるんじゃねえかな…って、毎日思うよ」
「…カイトさん」
「…辛いよな」
私を抱き寄せ、頭を撫でてくれる。 その優しさはとてもありがたかったけれど、泣いてしまいそうでつらかった。
「お前、リイドにぞっこんだったもんな」
ぞっこんという言葉が死語であることはともかく、それを正面から言われるのも…ああ、特に恥ずかしくなくなってしまったのは何故だろう。
時が流れ、諦めが私の心を支配してしまったからだろうか。 彼を好きだと思えば燃え上がるようだったこの胸の高鳴りも、今は静かに息づく痛みだけ。
これが、大人になるということなのでしょうか。 こうして、痛みを覚えて情熱を失っていくものなのでしょうか―――ー。
理想の大人になるのは口で言うほど簡単ではないようです。 そして私はきっと…私が望み描いていた私にはなれないでしょう。
膝を抱えて目を閉じる。 何故、この世界に貴方はいないの?
「実はアイリス…お前のところに来たのは、ただ顔を見に来ただけってわけじゃねえんだ」
「はい?」
「お前を連れ戻しに来た」
予想はしていた。 けれど、首を縦に振るつもりはない。
けれどもカイトさんは、予想もつかないような言葉で私を驚かせる。
「俺たちは、時空を移動してリイドを迎えに行く…そんな作戦を計画中なんだ」
「え?」
聞き間違えだろうか。 迎えに行く、と…そういっていたような気がする。
「勿論、口で言うほど簡単じゃねえ。 実現できるかどうかはわからねえ。 でも、あいつがまだ戦ってて、俺たちの世界を諦めていないのなら…迎えにいってやりたいじゃねえかよ」
そうだ。
今まだこの世界が残っているということは、まさにそういうことだ。
先輩はまだ生きていて、戦っているか…勝利しても帰ってこられない状態にあるのだ。
そうだ、終わっていない。 判りきっていたのに、そのわずか過ぎる希望にもうすがれないほど磨耗した私の心があった。
けれどカイトさんは私の手を取り、強い言葉で言うのだ。 迎えに行こう、じっとしているわけにはいかないだろ、って。
「私は…」
世界はまだ終わっていない。 それは彼が守ったものの証だから。
「行きます」
迷う暇なんてなかった。 少しはあの頃のように、真っ直ぐな言葉で答えられたでしょうか。
先輩、今貴方はどこで何をしていますか?
約束、死んでも果たしてもらいますから、覚悟してくださいね。
彼が守った世界の中、私は生きる。
彼が戻ってくる場所を守る為に。
その日常のひとかけらが、彼にとって大切なものだって、知っているから―――。
また会えたら伝えよう。 今度こそ、言いそびれないように真っ先に―――。
青空のように澄み切った、この気持ちを―――。
お わ り ま し た。
いろいろないみで。超つかれました・・・。
もー明らかに続くわけですが、とりあえず一旦の完結っぽい雰囲気にまとめてみました。
霹靂のレーヴァテイン、全63部…。 ここまで読みきるのにどれだけの時間が必要だったでしょうか。読者の皆様には感謝の念を送っても送りきりません。
本当にありがとうございました。感想や評価、ランキング投票、あるいは足跡にはいつも励まされてきました。読んでくれる人がいたからこそ、作品を書く事が出来ました。
この霹靂のレーヴァテインという作品は、多くの謎を残したままとりあえず閉幕となります。
前のあとがきにも記しましたが、この後どうしようかな?というのは悩んでいるところでして、お声をお聞かせ願えるとありがたいです。
このまま完結とするか、このまま次を書くか、一区切りとして一旦完結とし、別に続編を書くか…。
一応続編のお話は決まっているのでざっとあらすじを紹介しましょう。
続編の主人公はもうものすごい出番の多い準ヒロイン、アイリス・アークライト。
遠い世界に旅立ってしまったリイドを救うため、彼女の戦いが始まります。
そうしてこの世界にまだ残る人々の業や神との戦いに決着をつけ、全ての問題を解決するわけです。
ユグドラシルの分岐世界の可能性や…。
エアリオとリイドの関係性…。
そして様々なキャラクターのその後…。
少しだけ成長し、大人になった登場人物が繰り広げる第二幕で御座います。
はっきりしなかった部分を明らかにするついでに新たな敵や真の敵もホイホイ出てくるわけです。
とまあ、続編はそんな感じに考えていますっていうか明らかにこの状態だとほとんど打ち切り状態なので、まだ終わったといえないんですが。
ですがまあ、一応終わったように見えない事もないので、このまま完結とする末端分岐も…。
というわけで、どうするか決まるまでひとまず更新は中断です。
僕の決意が決まるまで、お待ちいただけたらと。
とりあえずはこれでひとまずお別れとなりますが、皆さんのお言葉で今後の作品の身の振り方をどうしようか参考にしたいので、評価じゃなくて感想でいいのでコメもらえるとありがたいです。
でもまあ、このままいくと『2』かなあ…。
とにもかくにも、一区切り。ここまで読んでいただいた全ての読者様に感謝します。
本当にありがとうございました。これからも頑張りますので、どうか見捨てないでください。
かしこ。