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霹靂の、レーヴァテイン(2)

次でラストです。ダッシュでかいてきます…。

たくさんの命が、運命に抗おうと戦っているのを感じる。

誰も皆、守りたいものや願いがある。 そのために剣を手に取り、抗ってきた。

その果てにあるものが何なのか、それはまだわからない。 それでも今目の前にある現実に負けたくないと、自分自身に負けたくないと、必死で叫んでいる。

人々の声が届かない場所で、それでもリイドはその声を聞いていた。 少年はヴァルハラの最下層にて、粉々に砕け散ったレーヴァテインを前に語る。


「レーヴァテイン。 オレたちは、ずっと一緒に戦ってきたよな」


出会いから今までずっと戦い続けてきた。 スヴィアの代や他の可能性を考慮すれば、もっともっと、数え切れないほど戦ってきたのだろう。

様々な可能性があるのならば、それを見てみたかった。 もっともっと、色々な場所で、人と、出会いたかった。

だがそれは敵わぬ願い。 自分があのおぞましい破壊の神に近い存在だというのであれば、この世界を破壊する存在であるのであれば。

守らねばならないだろう。 どんなものを引き換えにしても。 守り通さねば、ならないだろう。


「約束、か―――」


半年前の自分からは想像も出来ない思いがそこにある。

喜怒哀楽という文字だけでは表現できない、様々な複雑な色。 まるで虹のように心にアーチを描き、それはリイドの心にみなぎる強さになる。

少年はレーヴァテインに手を伸ばす。 静かに、ゆっくりと。



世界の終わりの中、世界を終わらせる力を、正しい方向に導く為に。




⇒霹靂の、レーヴァテイン(2)




「だめだ、くそっ…!? 何がどうなっているのかわっぱりわからねえっ!!」


カイトの叫びも尤もだった。 そこらじゅうから遅いかかってくる空を覆いつくすような数の神。 恐ろしい乱戦状態の中、統率を取るのは非常に難しい。

神を次々に切り殺しながらオーディンを探すエクスカリバーも、その姿を捉えられずにやきもきしていた。


「どこににげたんさ…!?」


「もう、わけがわからない…! まさか、煙幕代わりだとでもいうんですか…!?」


狙撃を終了し、バレルを再装填するアイリス。

その耳に、本部からの指示が飛び込んできた。


「アイリス、聞こえる!?」


「は、はい! 何ですか!? 今忙しいんですけど!」


「ガルヴァテインをドックに収納したわ。 あなたはそのままカタパルトエレベータを使って地下に向かって! オーディンの狙いはそこよ!」


「ち、地下…!? でも、ここは…」


「アーティフェクタ二機にヨルムンガルド部隊よ!? 何とかなるわ! それにあなたが一番メインシャフトに近いの! 走って!!」


「りょ、了解っ!!」


狙撃砲ギャラルホルンを折りたたみ、すぐさまエレベータに駆け込むアイリス。

一人だけ戦場を離れる心残りと何が起こるのかわからない不安を胸に、ぎゅっと操縦桿を握り締める。


「守らなくちゃ…。 私が守らなくちゃ。 先輩は今戦えないんだ…。 本部は私が守らなくちゃ…」


自らに言い聞かせるように何度も繰り返す言葉。 しかし直後、頭上から降り注いだ落雷により、エレベーターが崩壊する。


「きゃああっ!?」


長い長い、シャフトの中を一直線に落下していくヘイムダル。 頭上にはオーディンの姿があり、真っ直ぐ、アイリス目掛けて落下してくる。


「アイリスッ!!!! オーディンに防衛ラインを抜かれた…! くそ、そっちに行けねえ!!」


天使と神に包囲され、身動きが取れないカイトの悲痛な叫びが耳に届く。

こんな狭い空間では、スナイパーライフルを組み立てることも出来ない。 万事休す…そう思った直後だった。

ヘイムダルとすれ違う、黒い影の姿があった。 万全でないとは言え、自己修復を行ったガルヴァテインが銃剣を構え突撃する。


「おおおおおおおおおッ!!!」


「スヴィア…!! ははっ!!」


ぶつかり合う二機。 しかし、互いに獲物を振り回すほどの広さはない。 己の拳のみで殴りあい、凄まじい速度で落下していく。

一足先に格納庫にまで降り立ったアイリスはスナイパーライフルを組み立て、すぐさまシャフト直下に寝そべるようにライフルを直上に構える。


「この…ッ!!! あたれえっ!!!」


放たれる紅い閃光。 ガルヴァテインと超密接した状態にあるというのに、その一撃は的確にオーディンのみを狙い穿つ。

すぐさま弾薬を装填し、再び放つ。 ガルヴァテインが若干先に落下しているのをいいことに、エレベータシャフトの壁そのものを破壊して爆炎でオーディンを一瞬吹き飛ばす。

揺れるヴァルハラ。 しかしもうそんな事を気にしている場合ではない。


「君は…!?」


「アイリス・アークライトです!」


「そうか…。 アイリス、このままヤツを地下まで誘導する。 出来るな?」


「はいっ!!!」


炎の海を乗り越え、オーディンは悠々と落下してくる。

穿たれたはずの胸もすでに修復し、何事もなかったかのようにけろりとしていた。


「逃げても無駄だよスヴィア。 君を殺すまで、ボクはどこまででも追いかけてやるからねえ…」


射撃攻撃でけん制しつつ、後退を続けるスヴィアとアイリス。

ジェネシス地下へ続く階層をスナイパーライフルで打ち抜くと、ユグドラシルの間の天井が抜け、土砂崩れが発生した。

崩れる岩石の雨の中、カグラはエアリオとオリカをつれて避難する。


「ま、待って…。 まだリイド君が…」


「オリカ!! アンタも理解してやりなさい! あいつが選んだ道なのよ!!」


「リイド…リイドォッ!!!」


オリカの叫びは崩れる天井の轟音にかき消された。

落下してきたガルヴァテインとヘイムダルが活動するのに十分すぎるほどの広さがそこにはある。

初めてユグドラシルを間近にしたアイリスは驚愕し、息を呑んだ。


「な、なんですかこれ…」


「気を抜くなアイリス。 直ぐに来るぞ」


「は、はい…って、オリカさん!? それにエアリオ先輩も…」


土砂崩れにより唯一の出入り口である階段は封鎖されていた。 最早どこにも逃げ場所はない。

庇うように前に出たアイリスの機体に雷が迫る。 それを銃剣で弾き、ガルヴァテインはアイリスを下がらせる。


「どうした?」


「スヴィアさん、まだ後ろにオリカさんが…!」


「―――オリカ?」


スヴィアの瞳が見開かれる。

泣きじゃくりながら隅で膝を抱えるオリカ。

一瞬だけ、スヴィア・レンブラムという鬼神のような男の中に気の緩みが生まれてしまった。

まさに鬼の霍乱。 一瞬だけ、ほんの刹那、スヴィアは集中をとぎらせてしまった―――。


「スヴィアさんっ!!!」


頭上から一直線に突き進んでくるのは銀色の槍。

それは一撃でガルヴァテインのコックピットを貫通した。









「オリカ…」







泣きじゃくっている少女を見て、スヴィアは目を細める。

なんだろうが構わない。 生きていてくれた。 そしてこれからも生きていてくれる。

愛した人がそこにはいる。 この世界にも生きている。 そして自分が愛したオリカは、きっとこの世界で生き延びることが出来るだろう。

それは、遥か彼方の世界で交わした約束。 どうか彼女だけは、幸せになってほしいと―――そう願った。

自分の行いが正しかったなどとは思わない。 だがそれでも…。 そんな幸せを感じるくらいの権利はあるはずだ。



「やっと死んだのかな、スヴィア…?」


スヴィア・レンブラムの耳に嘲笑が聞こえた。

一瞬途切れていた意識を取り戻し反撃しようとするが、腕が全く動かない。

当たり前である。 巨大な槍の先端が、胸と下半身を両断していたのだから。


「………………えん、りる…」


振り返る。 エンリルは口から血を流し、前のめりになっていた。 まるで動く気配のない少女に全てを悟り、スヴィアは目を閉じる。


「そう、か…。 今まで…無理を…させたな…」


口の中を血が大量に逆流し、全身の感覚が冷たくなっていくのを感じる。

それでも尚、憂いはない。 自分は完全に役目を果たしたわけではないが、それでもここまで努力はした。 次第点というやつだろう。

後はこの世界にこんなものを呼び込んでしまった罰として、素直に受け入れる。


「うわああああああ!! おまえええええええっ!!!」


アイリスが、無謀にも格闘戦を挑む。

残骸が一つ増えた。 一瞬で薙ぎ払われるヘイムダル。 両足を失い、アイリスは大地に倒れこむ。


「くそう…くそうううっ!! 動いてヘイムダル…お願いだから動いてよォッ!!」


振り返ればそこには自分の大切な人たちがいる。

こんなところで失うわけにはいかないのに。


「先輩の変わりに守らなくちゃいけないのにいいいいいい…!!」


両足をやりで薙ぎ払われているヘイムダルは、両手で地面を這いずり回り、必死でオーディンに近づく。

ユピテルはそれをまるで嘲笑するかのように、両手を一本ずつ丁寧に槍で吹き飛ばすと、頭に槍を突き刺した。


「徐々に大切なものが失われていく感覚はどうだい、人間? あえて殺さず、このままあそこの人間どもを皆殺しにするところを見せてあげるよ」


「やめて…! やめてください!!」


「いいねそれ。 やめてください。 やめてください、だってさ。 あはははははははッ!!! おいおい、ボクを哂い殺すつもり? そんなお願い聞けないなあああああ!!!」


翳す掌。 そこから放たれる膨大なフォゾン波動は、生身の人間では耐え切れず破裂してしまう。

それこそヘイムダルのコックピットにいるアイリスには関係なく。 目の前で、大切な人だけが肉片に変わる。


「いや…やだ! もうやだ!! もういやなのに…なんで…どうして…私はああああっ!!!」


「あははははははっ!!! じゃあねえ、人間! スヴィアと仲良く…地獄で暮らしなっ!!」





「地獄に落ちるのは、彼女たちじゃない」





その腕は、何もない空間から伸びてきた。

オーディンの腕をひねり上げ、ぎりぎりと、オーディンの力と同等の力で締め上げる白い腕。


「…何?」


そこにいたのは、オーディンだった。

向かい合う二つのオーディン。 しかしアイリスには判る。 片方は、『オーディン』などではないと。


「あれは…レーヴァテイン―――先輩?」


「汚い手を離せ…紛い物が!」


振り払い、放つ銀色の雷。 しかし謎の機体は手を翳すだけでそれを消滅させる。

弾いたのでも防いだのでもなく、消滅。 跡形もなく、その場になかった事になってしまった。

目を見開くアイリス。 しかしそれより驚いているのは確実にユピテルだと言えるだろう。


「何だ、お前は―――、」


そこまでしか言うことが出来なかった。

一瞬で間合いを詰め、繰り出される回し蹴り。 ガードもできず直撃を受けたオーディンは遥か彼方、瓦礫の山に突っ込んでいった。


「…すごい」


その一言に尽きる。

真っ白の、何の装甲も纏わないレーヴァテイン。 しかしそれは今までのレーヴァテインとは何かが決定的に違った。

いや、そもそも、アイリスの記憶がただしけれはレーヴァテインは大破し、修復も不可能だったはず。 一体何故…。


「アイリス、大丈夫?」


しかし全ての不安要素は一声で吹き飛んだ。

嬉しくて胸が張り裂けそうになる。 身体がぶるぶる震え、感動のあまり涙さえ流れそうだった。


「せんぱい…。 リイド・レンブラム先輩…っ」


純白の砂の大地の上に立つレーヴァテイン。 生まれ変わったその機体は外見や力は違えど、間違いなくレーヴァテインだった。

感じる。 オーディンのような破壊することだけを望むような悪意ある力ではなく、何かを守ろうという決意から生まれる強い意志。

足元に崩れ落ちているガルヴァテインを抱き上げ、コックピットを見つめるリイド。


「…スヴィア…」


そこには兄と呼んだ男が息絶えている姿があった。

歯を食いしばり、しかし想定していなかった状況。 ゆえに気持ちを切り替える。


「一緒に行こう…。 アイツ、ぶったおそう…! オレが…あんたの夢、引き受けたッッ!!!」


レーヴァテイン。

そう呼ばれるものは確かにもう『この世界』には存在しなくなった。

もう可能性もなにも、完全になくなってしまったものがよみがえるなんて事はありえない。

では、リイド・レンブラムは一体何をしたのか。

最下層に眠る回収されたオーディンの破損品は今も丁寧に保管されていた。

そうして、あとは、扉を開いただけの事。


「キーオブヘヴンスゲート…いや、可能性開閉能力…」


立ち上がるオーディン。 無論、蹴られた程度でどうこうされるような究極ではない。

ダメージは確かに一撃で甚大だったが、十分回復できる程度。 いや、手足がもぎ取られたとしても即座に蘇生するオーディンにとって、致命傷は事実上存在しない。


「なるほどね。 ボクの片割れならその位の力はあってもおかしくないか」


レーヴァテインが残されていた可能性を引き寄せる事は、不可能だ。

今の時点でレーヴァテインが存在しない以上、そのような可能性を空想する事は不可能。

いかにユグドラシルといえど、過ぎ去ってしまった過去をどうこうすることは出来ない。

ゆえにスヴィアの時の逆行も、厳密には過去への移動ではなく別世界への移動だった。 それも、自分自身を丸ごと移動したのであって、可能性を引き寄せたわけではない。

リイド・レンブラムの行った行為はユグドラシルから可能性を引き出すという行為…それに間違いはない。 重要なのは、レーヴァテインを復活させる、という可能性を取り寄せたわけではないということにある。

生まれ変わったレーヴァテインは、ガルヴァテインの残骸を取り込み始めた。


「え…?」


驚くアイリス。 見る見るうちに光りとなり同化していくガルヴァテイン。

そう、元よりその二つは同一の存在。 別の世界から持ち込まれた、本来ありえない多重存在だ。

ガルヴァテンという名前をかたっているだけで、それは異世界のレーヴァテインに他ならない。 ゆえに存在を統合し、可能性を統合し、より完全な状態へと回帰する。

一言で言えば、同化。 ガルヴァテインを取り込んだレーヴァテインは、その身に黒い甲冑を身に着ける。

それはティアマトの名残を残しながらも新たな姿を構築する。 揺らめく尻尾や両手に携えた巨大な銃剣など、どこかで見たような、しかし全く新しい姿へと。

そう、可能性の統一。 レーヴァテイン、ガルヴァテインをはじめ、オーディンとて『リイド・レンブラムが乗り込む可能性を持っていた機体』にすぎない。

ならば、『乗り込む可能性』を統一すれば―――その可能性を束ねれば、不完全な三機を使い、完全な一機の可能性を生み出す事は不可能ではなかった。

と、長々と説明したところで意味などない。 出来てしまったのだから仕方がない。 そしてそうできる事をリイド・レンブラムはとっくに理解していた。

自分自身にあるのはユグドラシルへの強い適正能力。 異世界へたどり着いたスヴィアのように、時空を移動したとて無事を保てる類の力。

単独で異世界からこの場所までやってきたオーディンと同じ力を持つものがリイドなのだとしたら、それはやって出来ないことではない。

そもそも、人間の概念で捉えることの出来ない多次元可能性の理屈を、リイドに求めるだけ無駄な事だった。

なぜなら彼らは最早人ではなく、初めから人ではなく、今まさに人ではなく。

神々しい翼を広げるレーヴァテインは、人知を超えた何かによって砂の大地に立っているのだから。


「でもね、それがどうしたの?」


立ち上がるオーディン。 そう、それがどうした、だ。


「同等の力を持つんだったら、いくら戦っても無駄だよ。 ああ、そうか…世界が滅ぶまで戦い続けるんだね。 神と神がぶつかり合えば世界もただじゃあすまない…スヴィアの時みたいに、何にもなくなってまっさらになるまで、一緒に戦う…それも悪くないなあ、もう一人のボクッ!!!」


究極の再生能力を持つ二機がいくら争ったところで決着はない。 しかし、リイドはもうユピテルの話にはまったくといっていいほど耳を傾けていなかった。


「アイリス」


「…はっ、はい?」


顔を向ける。 機体越しに、それでも彼の優しさを感じる。

胸がときめいた。 彼ならきっと何とかしてくれる―――そんな予感がした。

まるで時が止まったように、ただ見つめあう。 それからリイドはきっと微笑んで。


「約束を守れなくて、ごめん」


そんな事を、呟いた。

その言葉の意味を理解できないまま、少女はただその姿に見惚れていた。

そこにいるのは、恐ろしい破壊の神などではなく…ただ一人の、ごく普通の、思春期の少年だ。

怒ったり泣いたり笑ったり…そんな、普通の…ありふれた。 ただ一人の、人間の姿だった。


「オレは…必ずこの世界を守るよ。 だから―――」




さようならって、みんなに伝えて。





「オォオオオオディイイインッ!!」


翼を広げ、突撃する。

巻き起こす風は暴力的なまでに全てを薙ぎ払うだけの速度を有しているはずなのに、その場にいる誰一人傷つく事はなかった。

まるで、災いだけを吹き飛ばすかのように吹き抜ける一陣の風。 オーディンに組み付き、レーヴァテインは飛翔する。


「どこに行くつもりだよッ!? どこにいったって、この世界は滅ぶ運命だ!!! 二つの究極がぶつかり合い、この世界は終焉に―――っ」


そこまで来て、ユピテルも気づいた。

その、恐ろしい可能性に。


「それは――――――この世界で、オレたちが戦ったらの可能性だろ?」


オーディンを叩きつけるように、レーヴァテインはユグドラシルに突撃する。

その境界線に触れた瞬間、オーディンの身体が飲み込まれるように樹が放つ光に吸い込まれていく。


「リイド…レンブラム!!! 君は…ッ!! そうか、ボクをこの世界の外に押し出すつもりだな!!!」


「ああ。 スヴィアもそのつもりで…ここまでおまえをつれてきた」


「だが、無駄な努力に終わるね!! また何度でもこの世界に戻ってきて、滅ぼすまで何度でも何度でも…ッ」


「それは、オレが、させない」


伸ばす掌が境界に触れる。

レーヴァテインごと、オーディンを飲み込む世界樹に、あらゆる世界と可能性に触れ、二つの神はゆっくりと世界から消えていく。

そう、別の世界…あるいは世界と呼ぶ事も出来ないような末端可能性…。 何もないような世界、孤独、世界と世界の狭間かもしれない。

だが、『ここではないどこか』に向かい、確かに少年は一歩を踏み出した。


「りいど…せんぱい?」


コックピットを蹴破り飛び出すアイリス。 吹き荒れる嵐のような風の中、しかし身を切るような冷たさも、吹き飛ばすような猛々しさも感じない。

そう、優しい風。 レーヴァテインの背中に生えた白い天使のような羽が羽ばたき、オーディンが抗う事の出来ない風を生み出す。


「おまえ…ッ!!! 別の世界で、ボクと永遠に戦い続けるつもりか!?」


「決着はつかないんだろ? だったら…オレが根をあげなければ―――お前にこの世界は壊せない」


「ふざ…けるなああああああああっ!!!!」


それは、明確なユピテルの敗北を意味していた。

必死で抵抗したとしても逃げる事は出来ない。 もう半身以上…ほとんどがユグドラシルに飲み込まれ、この世界から消え去っている。


「先輩…どこに行っちゃうんですか?」


リイドは答えない。 たまらなく不安になって、砂浜を駆け抜けた。


「せ、先輩…ま、まって…待ってください先輩っ!!!」


砂の大地は思うように足が運ばず、何度も転ぶ。

それでも立ち上がり、必死で走った。 ヘイムダルなら一瞬でいけるはずの距離が、人間の足ではこうも遠い。


「せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱい!! いやですこんなの―――いやだあっ!!!!」


レーヴァテインという可能性が、この世界から消える。

同時に、リイド・レンブラムという少年さえ、この世界からいなくなるだろう。


「まだ言いたい事いえてない! 伝えたいこといえてない! わたし、私…っ! わたしぃ…っ!!」


泣きじゃくりながら、子供のようにわめきながら、無様に転びながら、走った。

大事な人が、世界で一番大事な人が、今世界から自ら消えようとしている。

届かない場所にいってしまう―――もう、会えなくなってしまう。


「オレは…戻ってくるよ、アイリス」


優しい声に足が止まる。

その場に座り込み、両手で涙を拭いながら泣き続けた。


「ちゃんと戻ってくる。 皆のことが大好きだ。 だから、オレは戻ってくる。 約束するよ―――新しい約束だ」


君の事は、守ってあげられないけど。


「いつかきっと…帰ってくる。 だから、待ってて」






光の翼が、樹に飲み込まれていく。


残された羽がひらひらと舞い降りて、小さなそれがアイリスの掌に舞い込んだ。

たまらなくなって、小さく叫びながらそれを両手でぎゅっと胸に抱きしめる。

涙は砂の吸い込まれ、一つとして形に残らない。


まるで、全てが消えてしまうかのように。






















どこだ、ここ?




とりあえず、オレがいた世界じゃないのは確かだな。


何も見えない…視界が存在しないのか? 思考は正常に機能している…でも、何も感じない。

これからオレはどこにいくんだ…いや、最後の場所は決まってる。 導いてくれ、スヴィア…。 オレを始まりの場所に。


「ああ―――」


顔を上げる。


「本当に、厄介な事をしてくれたよ―――」


真っ白い砂の大地が見果てぬ先まで続く滅び去った後の地球に、オレたちは立っていた。

翼を広げる機体の中、お互いにため息をつく。

ここは、スヴィアが守ろうとして守れなかった世界。 全ての始まりの場所であり、全てが終わる場所。

何もない天国のような景色の中、ただ一つ、ユグドラシルがオレたちの戦いを見守っている。


「やってくれたよ本当に…リイド・レンブラムッ!!!」


刃を交える。 けれどもそこに不安や迷いはもう何一つない。

この世界はスヴィアの守れなかったという思いに満ちている。 その悲しいまでの願いは、確実にオレの力になる。

グングニルを弾き飛ばす。 それから静かに安堵する。


「さぁ、始めようか」


ここならば、大切な人を傷つけてしまわずに済む。


「終わらない―――永遠の闘争を」


目を閉じればまぶたに浮かぶたくさんの笑顔。


オレをここまで支えてくれた人たちの思いに応える為に、今のオレに出来る全てを書け、コイツと戦い続ける。

そうしていつか永遠の果てに勝利し、オレは必ず戻るんだ―――。

皆のいる、オレの大好きなあの世界に―――。





「先輩を…先輩をかえしてえええええええぇぇぇぇぇぇっ」


ユグドラシルに向かい、懸命に叫ぶアイリス。

アイリスが近づいたところで、意味もない。 普通の人間には触れる事すらままならないのだから。

だというのに何度も何度も、かえして、かえしてと叫ぶ。



かつて、騎士は少年に問いかけた。


世界とはなんだ、と。


大切なものはなんだ、と。


その大切なものがない世界を守ったとして、それはお前の世界なのか、と。


同じことを、アイリスにも言えるだろう。

いや、それは誰にでも言えることだ。

本当に大切なものを失ってまで、世界の平和は得たいものなのか?


本人にしてみればいい迷惑だ。 守られる側にしてみれば、侮辱この上ない。

それでも―――守ってしまうのだろう。


イリア・アークライトがそうしたように。


スヴィア・レンブラムがそうしたように。


これまで繰り返されてきた歴史の登場人物たちがそうしたように。


リイド・レンブラムもまた、そうしただけのこと。


涙を流し続ける少女。 空を埋め尽くしていた天使は消え去り、束の間の平和が訪れた―――。







ボクは覚えていない。 見渡す限りの花畑。 どこまでも広がる幻想的な景色。

目に映る物全てが蒼と白に彩られ、何もかもがやわらかく涼しく爽やかだった。

耳に聞こえるのは誰かが演奏しているヴァイオリンの音。 眠気を誘い、少しだけ気だるさをもたらす。

何もかも、全身から力を抜いて眠りについてしまいたい・・・。


得られる物全てや、失くした物全てに、ボクは何かを返す事が出来るのだろうか。


白い、白い景色。 何もかもが美しく、儚く、雄大で、全てが、ボクのためにあるような。

ああ、だったらまるでここはボクという一つの世界のようだ。 何もかもがボクの指先、つま先、あるいは頭の天辺から繋がっているボクという感覚の延長。

全てのものは愛すべき己であり、憎むべき己だった。

今はもう全て遠い出来事のようだ。 何もかもが遅く、しかしそれでもかまわない。

気づけた時、世界は開ける。 それがどんなに暗く寒く血に塗れた場所だったとしても。

それを教えてもらえたボクは、それを知ることが出来たボクは・・・やはり幸せなんだろう。


ああ、何もかもが見えない。




世界ボクは真っ白になったのか・・・・・?






「    」


誰かの優しい声にふと瞳を開く。

先ほどまでの景色はどこへやら、そこは地獄のような場所に変わり果てていた。

全ての命が燃え尽き灰燼に帰す。 瓦礫と朽ち果てた命の残骸が無残に転がる大地。

いや、ここは大地なのだろうか? 雲があまりに近く、あまりに太陽が近い。

彼女、名前も思い出せない彼女はボクを抱きかかえながら穏やかに微笑んでいる。

胸の辺りがやけに苦しい。 自分の体を目で追ってようやくこれからボクがどうなるのか理解する。

全身血まみれ。 それは紛れも無くボク自身の血液に他ならない。 つまりは死に体。

いずれはこのかすかな感覚すら無へと消え去り、彼女の中のボクもまた思い出に変わる。

何もわからないというのに心だけは妙に安らかで、まるで既にボクの命は失われていてとっくの昔に幽霊かなにかになっていて、心だけここに浮いているような感覚。

何せよ体の感覚はないのだから仕方ない。 痛みもなければ、ぬくもりも無い。

酷く寒いということだけが理解できる。 それを少しでも和らげようと彼女は体を寄せる。

ああ、どうやら彼女は怪我をしなかったらしい。 それは何よりだ。 それは幸いだ。 だったらいい。 ボクはいい。 死んでも、いい。 彼女が無事なら、きっとボクの人生には何か意味が残るんだ。 だからいい。 大丈夫だ。


「                                」


指差すその先には何か・・・そう、巨大な人のようなものが膝を付いていた。

巨大な鋼の翼は今は朽ち果て、その全身から血液を零しながら、命尽きてそこで死んでいた。

ボクがアレに勝ったのだろうか? なんだかもうよくわからない。 何もかも、わからない。

意識が薄れていく。 何も判らなくなる。 風が気持ちいい。 最後はこんなでも、かまわない。


「                           」


誰かの腕の中で死んでいけるのならば、それはきっと幸せだ。

それがもし恋する人や愛する人であったのであれば、それはきっとこの上なく。

だからボクはここで死のう。

いつかまたこの夢の続きを見るために。






あぁ…これは誰の夢だったか。


これは、オレの夢なのか?


いつまで戦い続ければ終わりがくるのだろう。


まあ、構わないさ…。 何もわからなくなったっていい。


戻りたいと願い続けている限り…夢は終わらない。





「そうだよね―――スヴィア」






その日、世界の中心で犠牲になった一人の少年は、永遠の時間と可能性の中へ消え、戻る事はなかった。





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