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偽りの、感情(2)

エアリオとの奇妙な生活が始まって数日。 こうして朝一緒に家を出るのにも特に違和感を覚えなくなった頃。

81番プレートへ向かうエレベータに乗り込み、シティを横切り坂道を登って第三共同学園へボクらは肩を並べて歩いていた。

隣でカバンを片手にあくびをしているエアリオはやはりまだ眠いのか、目をごしごし手で擦りながら言った。


「今日の昼食はカイトたちと同席する……」


「え? 何で?」


こういうのもあれだけど、別にあっちはあっちで勝手にやればいいような気がするのはボクだけだろうか? 無意味な争いも避けられる。

イカロスにタイプを切り替えるためにイリアが搭乗する必要があるのは知ってるけど、その場合はカイトがボクの代わりの乗ればいいだけの話だし。


「理由等はその時に説明する……。 とにかく昼は予定を空けておいてほしい……」


余程眠いのだろう。 一生懸命に目をごしごししながらボソボソ喋っている。 視線は全くボクに向けられていない。

エアリオの朝の弱さが異常なのは知っていたけれど、何と言うか……。 こうあからさまに会話をめんどくさがられるとちょっと腹が立つな……。

それを今言っても仕方がないので文句はぐっと飲み込んで学園へ向かった。 何度もどっかへ行ってしまいそうになるエアリオを誘導しながら、だ。

実に疑問なのは今までどうやってエアリオが一人で学園に通っていたのか、ということだ。 ボクが目を離すとあさっての方向にふらふらいってしまいそうになるこの小柄な女の子の登校はもう既にちょっとした冒険劇にすら見える。


「ん? あれってイリア?」


学園の門を潜り教室へ向かおうと廊下を歩いていた時だった。 屋上へ向かう階段の踊り場でイリアが複数の生徒と言い争っている姿を目撃した。

目撃したからどうというわけでもイリアたちが何を言い争っているのかもボクには聴こえなかったし興味もないのだけれど。

全く、誰にでもケンカを売るのだろうか。 狂犬、なんてあだ名が脳裏を過ぎり笑いを誘う。


「……ねむい」


「わかったからお前はもう行っていいよ……。 すぐそこだろ?」


「んう……。 それじゃあ……ばいばい」


あいつはどこに向かって手を振っているんだろうか。 窓に向かってお別れを言うと廊下をフラフラ歩いていった。

ちなみにエアリオとボクのクラスはてんで違うので今まで全く関わりが無かった――というより顔も知らなかったのは頷ける。

ふと踊り場の方に目を向けるとイリアはまだ何やら言い争っていた。 大人数相手でも全く凶暴性を失っていないあたりはある意味あの人の美徳なのかもしれない。

しかしボクとしてはこの間顔をぶったたかれた事をまだ根に持ってるわけでして。 常に自分にケンカ腰な人間を好きになれというのも無理難題だし。


「無視しよ」


エアリオほどではないとは言えボクだって毎朝朝食を作るために早起きしているんだ。 眠いに決まっている。

イリアが何をしているのかなんてボクにはなんら関係のない話だ。 だからそこを素通りして教室に入り込むのに、なんら迷いはなかった。




⇒偽りの、感情(2)




授業中は思いっきり眠ってしまったので内容は殆ど覚えていないため割愛する。

時はあっと言う間に昼休み。 既に恒例となった光景が繰り広げられる。


「急いで」


と、早足で教室に入り込んできた最早お馴染みのエアリオのお迎えに始まり、彼女に手を引かれカフェに向かうまでもう完全にパターンとして固定化してしまった。

カフェで席を取るのがボクの役目で、エアリオは料理を買ってくる役目。 これも適合者と干渉者のコンビネーションがものをいうのであれば、できればボクが望んでいる装備メニュー具現化かってきてほしい。

毎度毎度のBLTバーガーだが慣れとは恐ろしいもので数日もそれが続くと特に文句も沸いてこなくなってしまった。

アップルジュースを飲みながらハンバーガーを齧り続けるエアリオの食事は非常に静かだ。 こっちが話しかけない限りエアリオは食事を中断しない。

しかしこの子に対しどんな言葉をかければいいのか未だにさっぱりなボクもまた声はかけないわけで……。 うん、完全に無言の会話である。

あぁ、気まずい……。


「よお! お前らなんか知らないが妙にいっつも早ぇえな?」


明るい声に顔を上げると、予想通りの顔ぶれがそこには並んでいた。

それはエアリオが授業終了直後に走ってやってきてここまで全力で引っ張ってくるからなのだが、あえて言わないことにした。

このお通夜のような食事を打開してくれるのならカイトの乱入はこっちとしては大歓迎なんだけど。


「……はあ」


この毎度毎度ボクと目すらあわせようとしないイリアの存在が手放しにカイトの登場を喜べない原因になっていた。 なにせ二人はいつもセットだし。

とりあえず席につくがエアリオは無言で食べ続けているしイリアは今日は大人しいけれど随分沈んでいるしでカイトも苦笑している。


「えーと? 先輩、あれどうしたんですか?」


「ああ〜……いや、まあちょっとな。 それより! 今日は今後出動になった場合の事を話しておこうぜ!」


「出撃になったらヴェクターから連絡が入るんですよね? その時の敵に応じてボクか先輩たちに」


敵の出現が認識された瞬間、避難警報が流れる。 それと同時に一般人は避難、ボクらはジェネシス本部直通エレベータを使って移動する。

あとは本部でレーヴァに乗り込んでカタパルトエレベータで出撃――と、そういう流れになるというのはヴェクターにもう聞いているんだけど。


「まだ何か決めておく事ってあるんですか?」


「いやそれが……。 申し訳ないんだけどな、リイド」


「はい?」


「オレはしばらく出撃出来ないんだ。 色々と身体に問題があってな。 二ヶ月くらいはお前に完全に任せる事になる」


「――へっ?」


初耳だった。 というかこの間の出撃で怪我でもしたんだろうか? クレイオスに腕をひきちぎられたのが何か関係しているのか?

何はともあれ今重要なのは当分カイトが出撃できないということだ。 つまりそれは、それは、ああ――なんてことだろう。


「つまりボクはイリアとしばらく一緒に出撃しなきゃいけない可能性があるんですね……」


「……ちょっと新入り、何で嫌そうなのよ!? それになんであたしは呼び捨てなわけ?」


「ボクは敬語を使うのは目上の人間だって事くらい理解してますよ。 人に一々ワケも無く突っかかったり殴ったりする人なんかどう考えても低脳ですから」


「何ですって〜〜っ!? あのねえ、言わせて貰うけどこっちだってあんたの為に装甲展開してやるなんてお断りよ! あんたなんてフォゾン波動の速射を受けてミンチになればいいのよ!」


「馬鹿なんじゃないか? そうなったらあんたもミンチだろうが……。 これだから低脳は嫌になるんだよ」


にらみ合いが続く。 流石に殴り合いにまで発展することは無かったが、完全にボクらの仲はこじれてしまっていると見て間違いないだろう。

ああ、こんなやつを後ろに乗せて戦う可能性なんて考えるだけで眩暈がしそうだ。 こんなの乗せてたらカイトが落とされたのも納得だよ。


「お前ら仲いいなあ。 そんなに息ピッタリなら特に打ち合わせも必要ないか?」


「「 誰がっ!! 」」


二人の声が重なった。 イリアはばつの悪そうな顔をしてドリンクを一気に飲み干している。 多分ボクも似たような顔をしているのだろう。


「はははは! ホント仲いいな。 ま、ともかくそういうわけでしばらくはリイドに操縦全般は任せる事になる。 俺も早めに戻るつもりだけど、それまでの間レーヴァとヴァルハラはお前の腕にかかってるんだぜ?」


そういうシチュエーションは嫌いじゃない。 いや、むしろボク以外にも適合者がいなければ丁度いいくらいだ。 レーヴァを動かせるのはボク一人で十分だし。

まあイリアのこともあるしカイトはいてくれていいとは思うけど――カイトが不在というのはそれほど嫌う状況ではないな。

戦略的には大きい欠陥なんだけどね。


「そんなわけで今後はイリアとリイドは極力仲良くするように心がけてくれ。 お前らの仲が悪いとレーヴァの性能が低下する」


「はあ……。 なんでこんなことになるんですか……」


「カイトがそういうなら仕方ないけど、仕事以上の付き合いをするつもりはないから。 あくまで仕事上のパートナーだからね」


「わかってますよ……。 そっちこそ友達か何かと勘違いしないでくださいよ」


「よし! それじゃあ握手だな! とりあえずコンビ成立だっ!」


カイトに強引に手を引かれボクらは握手を交わした。 無論、二人ともむすっとした表情のままの形式上の握手だったけれど。

しかしイリアがあっさりカイトの提案を引き受けたのには驚いた。 多分イリアはカイトの言葉にかなりの信頼を置いているのだろう。

ボクが何をやっても反発するくせにカイトの言葉には従うとは……。 なんだか腑に落ちない。

結局エアリオは一部始終を見ながらハンバーガーをかじっていただけで、会話に参加する事はなかった。


「もぐもぐ」


……なんかいえよ。



さて、コンビが半ば強引に結成されてしまった事もあり、放課後は四人でジェネシスに向かい訓練を行う事になった。

レーヴァを動かすのに訓練が必要なのかどうかはわからないが、とりあえずイリアとカイトのご機嫌を取っておくのは悪い事ではないだろう。

いざ実戦になってイリアが言う事を聞いてくれないなんてことになったらボクの命に関わってくるわけだし……当然のことだ。

放課後になるとようやくエンジンがかかってくるのか目をパッチリさせているエアリオを先頭に直通エレベータに乗り込み、ジェネシス本部へ移動する。

ジェネシス本部は相変わらずわけのわからない入り組んだ構造で全体の把握は出来ていなかったけれど、どうも専用の訓練室のようなものが用意されていたらしい。

広いスペースに椅子やテーブル、備えつきの自動販売機――これはIDカードで買える――や、何やらすごい機械、道場の畳などなど。 さすがレーヴァのパイロットのために用意されている施設なのだと納得の充実感だ。


「さーてと、荷物はその辺に置いておきなさい。 ここがあたしたちに開放されている訓練施設よ。 大抵のことはここで訓練可能だわ」


「訓練って、レーヴァはイメージで操るんじゃないんですか?」


「あんた、頭いいんじゃなかったの? 一々そんなことから説明してやるのも面倒だから省くけど、あたしと一緒にイカロスに乗るつもりがあるのならここであたしと格闘訓練を行ってもらうわ」


は? 格闘訓練?

言葉にならない表情を浮かべるボクを横目にイリアは拳を軽く鳴らし、不敵に微笑む。


「内容は基礎体力向上の為に通常の筋力トレーニングに始まり、カイトやあたしとの対人組み手などなど――やる事は山積みよ」


「ちょっと待ってくれ、なんで基礎体力の向上が必要なんだよ?」


「だから、自分で考えなさいよそれくらい。 それじゃカイト、そこのバカはほっといて付き合ってくれる?」


「はいはい……っと。 じゃあリイド、少し施設内を歩き回って見るといいぞ。 何があるのかわからないと訓練しようがないしな」


二人は上着を脱いでさっさと歩いていく。 いきなり歩き回ってみろと言われても、何をすればいいのやら。

とりあえず椅子に座って鞄を置く。 エアリオは暢気に座ってお茶を飲んでいる。 こいつはいつもこんな調子なんだろう。

さて、訓練をする意義について考えてみる。 レーヴァはイメージで操作するものであるのは最早言うまでもないわけで。

格闘訓練などしたところで向上するのは自身の体力と運動能力であって、イメージ力が強くなるわけでは――、


「あ」


ここまで考えてようやく思い当たった。 あまりに当然過ぎる事だったため見落としていたのだ。

畳の上に目を向け、ボクは我が目を疑った。 何がどうなったのか知らないが、カイトとイリアが殴り合っていたのである。

厳密には蹴り、投げ技などもある以上殴り合いというわけではなく立派な格闘術なのだろうが、生身の二人がそんな事をし始めた事に分かっていても驚愕を覚える。

理屈は簡単だ。 人は『分相応なイメージ』しか持ち得ない、というごくごく単純で当たり前の理屈なのである。

人が空を飛ぶ感覚を知らないのは人が空を飛んだことがないからだ。 経験は常に想像を凌駕し、具体性のあるイメージを人間に与える。

例えば射撃訓練を積んだ人間とそうでない人間がレーヴァでライフルを発砲するとしよう。 その場合、実際に銃に触れたこともない人間がいくらイメージしようがそれは具体性を伴わない空想に過ぎない。

しかし、実際に射撃訓練を積みライフルについて己の感覚と経験で理解しているとなれば、そこから生み出される『ライフルを撃ち、着弾する』という空想はより具体性を帯び、その効果はレーヴァの行動にダイレクトな反応を示すだろう。

何も知らずすべてを行う事が不可能であるように、人間は己の経験を以ってして想像と成す。 訓練を積んだ、という事実現象は適合者にとって確かな自信となり、自信はイメージの具体性だけではなくそれを実現可能だと本人にポジティブな影響を与えるはずだ。

つまりそういうことだ。 イメージで動かすレーヴァといえども訓練はしておいたほうがいい、ということだ。

ボクは現状でも特に操作に困らなかったけどそれはあのたった一度きりの出撃に関しての話だ。 ボクとエアリオの『マルドゥーク』との戦闘スタイルの相性がよかっただけ、という可能性も十分考えられる。

まあ努力をせずともボクは自分自身が十分なイメージと自信を持っていると自負しているけれど、それとこれとは別の話だ。 より上を目指せるのなら努力を惜しむ必要性は感じないし、何より好きでレーヴァに乗るのだから今より上手く扱いたいと考えないほうがおかしいだろう。


「よし……先輩! イリア! ボクも混ぜてください!」


「んふふふふ……っ。 そう来なくっちゃね。 いいわよ、パートナーとして相手をしてあげる」


「……オレはどうなっても知らないぞー」


二人は組み手を中断し、カイトは畳を降りた。 代わりにボクは……これ靴を脱ぐものなんだ……畳の上に立つ。

イリアは手足を軽く振って体を解しながら馴れた態度で拳を構える。 余裕とも取れるその仕草が少々癇に障る。


「ま、実力を見てあげるわ。 本気でかかって来ていいわよ?」


「……本気で?」


と、言われても男が女の子相手に全力で殴りかかる、というのもなんというか気が引ける。

イリアは結構小柄な方だし、相手は制服のまま……つまりミニスカートのままだ。 思いっきりスカートが捲れる蹴り技はしてこない気がする。

これでも一応文武両道だ。 運動神経だって悪いわけじゃない。 体育の成績はそれなりにいいし――無論個人競技では、だけど。

ケンカなんてしたこともないけど、この間殴られた借りもある。 一発ぐらいぶん殴ってやるくらいで丁度いいのかもしれない。


「それじゃ、行きますよ」


「どうぞどこからでも。 社員ジェネシスとしても人間としても先輩だって事を教えてあげる」


「では遠慮なくっ!!」


しっかりと足に力を入れ踏み込み、一気に駆け出した。

相手の実力が分からない以上、至近距離までは出来る限り近づきたくない。

ここは蹴りから入って様子を見よう。 蹴りだったら顔面直撃とかにはならないだろうし、向こうも顔に傷が残るとかは――――!?


「へっ?」


目の前に天井がある。


次の瞬間には上下が反転している。


胸部に激しい痛み、そして気づけば頭を激しく打ち付けて床に転がっていた。


「――――っつううう……っ!?」


何をされたのかさっぱりわからない。 視界はグラついているし、自分がどの辺りに倒れているのかもわからない。

確かに蹴りを繰り出したところまでは覚えている。 顔はヤバイから胴体を……そう思って攻撃して……それから記憶がない。


「リイド、生きてるか〜?」


「……カイト」


顔を上げると辛うじてそこにいるのが誰なのか判別できた。 手を借りて立ち上がるが、相変わらず呼吸は苦しいままだ。


「ええと……何が起きたんですか?」


「お前が蹴りに行った瞬間、あいつは屈んでお前の軸足を蹴っ飛ばし派手に横転させて、更に立ち上がると同時に膝でお前を蹴り上げて、あとは胸部にハイキックだ。 思いっきり吹っ飛ばされたってこと」


おいおい……。 そんなゲームみたいなこと人間に出来てたまるか……っ。

と言いたいところだけれど、実際に言われた場所が痛い辺り本当にそれを喰らったんだろう。 意識が若干混濁するぐらいの威力はあったってことだ。


「仲間に打ち込む威力じゃないですよ……ってぇ」


「あら、ごめんなさい。 天才適合者君だったらあれくらいなんてことないと思ったんだけど」


やられる方が悪いんでしょ? とでも言いたげに髪を掻き揚げるイリア。

どう考えてもケンカを売られている……。 手が早い性格だとは思っていたけれどこれは……。


「それで、見えたか?」


「何がですか?」


「イリアのパンツだ」


「――はっ?」


何いってんだこの人。


「だから、イリアのパンツだよ。 見えたのか? 見えなかったのか?」


「いや……? ええと……」


蹴られたという事実すら全く理解出来ないスピードだった。 無論イリアのパンツなんて眺めている暇は一瞬たりともなかった。


「いえ……全く見えませんでした。 ちなみに何パンツなんですか?」


「今日のイリアは縞パンだ。 ちなみにこれは重要な事だぞリイド」


「っ!? はい!」


つまり、イリアは大股開いてボクの胸部を蹴り上げたんだ。 パンツが見えてなかったって事は、つまりそれだけイリアの速度に追いつけなかったということだ。

そしてそれが見えているということはカイトは口惜しいけれどボクより何倍もイリアの動きが見えている。

これはちょっと由々しき事態だ。 イリアの格闘のイメージにボクのイメージが追いつけない可能性がある、ということなわけで。

そうなればレーヴァの操作時、ボクとイリアとの間にある動作の誤差が強まるかもしれない。


「イリアのパンツが見えるようになったらお前も一人前だ。 あいつは蹴り技と投げ技がメインなんだが、全くスパッツやズボンというものを穿く気配が無い。 まあ学校帰りなんだから当然かもしれないがな」


「――――つまりイリアは意図的にパンツを見せてボクの能力向上を促していると?」


「ちなみにオレもイリアに比べるとてんでダメだ。 一応うちのパイロットたちで最強はイリア。 次点がオレで、エアリオがソレに続く。 最後がお前だ」


「ってことは、イリアのパンツを見た事が無いのはボクだけ……ということか」


「そうだ。 早くパンツ見えるといいな」


「はい、パンツみたいですね」


負けっぱなしはとにかく口惜しい。 一刻も早くイリアやカイトの実力に追いつかないと。

と、考えていると何故かイリアが恐ろしい表情でボクらの前に立っていて、次の瞬間にはカイトの顔面に踵がめり込んでいた。

そしてさっきからパンツのことを意識していたボクは、


「見えた! イリアのパン――ぐはっ!?」


何故か殴られた。 聞いていた情報と違うじゃないか、先輩……。


「あんたらねぇ……! 人のパンツがどうのこうのって……よくもまあ本人を目の前にして言えるわねえっ!!」


「え?」


何言ってるんだこの人は? 訓練の一環として取り入れてるんじゃないのか?


「だって、イリアはパンツ見てもらいたいんじゃなかったの?」


「――――リ〜〜〜〜イィイイイ〜〜〜ドォオオオオオ〜〜〜ッッ!?」


「ちょ、ちょっとまっ――うわああああああっ!」


投げ飛ばされ、エアリオが暢気にこっちを見ていたテーブル群に頭から突っ込んだ。

もう何がなんだかわけがわからない……。 だってそうじゃないか。 見られたくないのになんでスカートで蹴り技使うんだよ――。

もしかして、イリアってバカなのか? いやそうだそうに違いないバカに違いない……。


「大丈夫?」


地べたに転がるボクに射した影。 銀色の髪が揺れて、金色の瞳がボクを見下ろしていた。


「うん……。 でも、余計にイリアと上手くやっていく自信が無くなったよ」


「そう……? 傍から見ている分には楽しそうだけど」


それは傍から見ている分には、だろ……。

結局その後二時間近く恐ろしい格闘訓練は続いた。 格闘訓練というよりは一方的にボクとカイトが叩きのめされるだけの罰ゲーム状態だったけれど。

額から血は出るわカイトは顔面を見事に蹴られたせいで鼻から血が出っぱなしだわでとんでもないことになった。

訓練施設そのものの場所が結局よくわからなかったので、訪れるには結局エアリオの手を借りることになりそうだ。

それにしてもボクの格闘能力がエアリオにすら劣っているというのはちょっと心外だ。 実際に手合わせすることは今日は無かったが、それでもカイト、イリア共に同意見だった。


「ま、あんたは今まで本当にズブの素人だったんだから仕方ないんじゃない? 選ばれた精鋭であるレーヴァの適合者になれただけでも上出来なのよ」


なんて腕を組んでイリアは偉そうに高説ぶっていたけれど、訓練よりもやっぱり実戦で結果が残せるかどうか……それが問題だろ。

ボクがレーヴァに乗れないでイリアに敵わないのとレーヴァにのって神を倒すのとじゃ全然全く何一つその結果に関係なんかない。

全く、女なら少しは女らしく大人しくしていればいいのに……。 まあ、エアリオほどまでいくとちょっとアレなんだけど。



何はともあれ、今後は出来る限り放課後の訓練に付き合うように、との事で、別段放課後は家に帰って暇しているだけのボクとしてそれは困る要求ではない。

二時間以上いきなりぶっ続けであんなハードな訓練をしたものだから翌日の朝はいきなり筋肉痛だらけだった。

額に出来た傷はもう大体ふさがっていたけれど、一応念のため包帯を巻いていった方がいいだろう。

エアリオを起こして登校するというもう慣れてしまった日常の一部に従事し、学園へ向かう。

そうして校舎に入り、教室へ向かう廊下で何やら以前にも見かけた景色に遭遇した。


「……またやってるよ」


屋上へ向かう階段の踊り場にイリアと数人の生徒の姿があった。

またなにやら言い争っているようだが、イリアはやはり集団行動が苦手なタイプなのだろうか? 誰にも彼にも突っかかって行きそうな印象があるが。


「……どうしたの?」


相変わらず朝は異常に眠そうなエアリオがとぼとぼ戻ってくる。 教室についた途端居眠りを始めるであろうエアリオの貴重な睡眠時間をここで奪ってやるのも可愛そうだ。


「ちょっとね。 エアリオは行っていいよ」


「んう。 わかった……ばいばい」


手を振って去っていくエアリオを見送り、階段まで引き返す。

昨日はあんなコテンパンにされたのだ。 少しくらい弱みを握っておいてやらないとちょっと気がすまない。

それにあいつがボクのことを最低だの何だのと言ってくれるのなら、その言葉の通りにやってやるさ。

ゆっくりと踊り場の声が聴こえるように階段に近づき、隠れながら耳を澄ませる。

言い争いをしている、というよりはむしろイリアが一方的に責め立てられているらしい。 何かヘマでもやらかしたのか……狂犬説払拭か? そう考えた時だった。


「おい……いい加減に教えろよ! カイトがやったんだろ、あの事件!」


心臓が少しだけ高鳴った。

あの事件、というのは紛れも無くボクがクレイオスを倒した事件だろう。 あれ以外に該当する事件は他にプレートシティで起きていない。

他のプレートはどうなのかしらないが81、82番プレートは今まで平和そのものだったのだ。 これは間違いないだろう。


「イリアがレーヴァテインとかいうロボットに関係してるってのはもうみんな知ってるんだよ! 教えろよ……! あのロボットに乗ってたのはカイトなのか!?」


「だから、それは何度も言ってるけど言えないんだってば!」


「言えないで済むことじゃねえだろ! あのロボットのせいで俺らの家は壊されるわ、アイリスは入院するわ、とんでもない事してくれたんだぞ!?」


「だからっ! そんなことあたしに言われても困るってば!」


「いつまでシラを切ってるつもりなんだよ!? お前がそういうつもりならなあ――、」


「イリア先輩、おはようございます」


全員が一斉にこちらを向いた。 ボクは笑顔を装ってイリアになれなれしく近づいていく。

イリアはかなり面を食らったのか、目を丸くしてボクの友好的過ぎる態度を凝視していた。 いわれなくてもこんなのは演技に決まっているのでリアクションはとらない。


「そろそろホームルーム、始まっちゃいますよ? 先輩も早く教室に入った方がいいんじゃないですか」


「リイド、なんであんたこんなところに……」


「おい! 誰だか知らないけどな、お前は関係ないんだから向こうにいってろ!」


何やら厳つい少年――多分上級生だな――が、肩に掴みかかってきた。

それを振りほどく事はしない。 しても意味もない。 ボクはゆっくりと口を開く。


「どういう事情があるのか知らないけど、男が寄ってたかって女の子一人に詰め寄って――そういうのみっともないですよ」


「お前には関係ないだろ!」


「どう関係ないんですか? そっちこそ関係ないでしょう? あのロボットに関する事は喋れないってイリアも言ってるじゃないですか」


「待ってリイド、あのね……これは、」


「ああもう面倒くさい……っ。 ボクですよ、ボク! ボクがあのロボット――レーヴァテインに乗って、あの日敵をやっつけたんですよ!」


全員の目の色が変わった。 イリアはボクを庇うように掴みかかってきた男子の手を振り解き前に出る。

しかしもう全員目が据わってしまっている。 余程ボクに恨みでもあるのか。 家が壊されたくらいでみみっちい連中だ。


「てめぇ! よくもノコノコと!!」


「やめてくださいよ。 馬鹿なんじゃないですか、あんたたち?」


「なんだと!?」


「だからあ、ボクがレーヴァのパイロットなんですよ? あはははは! なんでわかんないんですか?」


イリアを押しのけて前に出る。 少年たちは首をかしげ、疑問を露にしていた。

その眼前に人差し指を突き出し、笑ってみせる。


「あのねえ、次の神に襲われた時、あんたたちを助けてやるかどうかはボクにかかってるんですよ? それどころか、あんたたちを『うっかり踏み潰してしまうかもしれない可能性』だって、ボクは秘めてるんです。 そんな相手にいいんですか? 殴りかかっていいんですか? 別にいいですよどうぞお好きに! でもボクは執念深いですからね……顔は覚えましたよ? 全員潰すのにレーヴァなら一分も必要ないでしょうけどね――――ッ!」


「ぐっ……!? このっ!!」


「止めなさいッ!! リイドもやめて! 機密情報を漏らすことは契約違反よ!」


まさかイリアの口から契約違反なんて言葉を聴くことになるとは思わなかった。 だがその言葉は逆に相手にボクがパイロットであることを信じさせる裏づけとなるはずだ。

そこまで考えていなかったらしいイリアはボクの手を引き、階段を早足で駆け下りていく。 案の定連中はもうボクらを追いかけてくる事は無かった。

階段をどこまで降りるのか、一階まで降りて出入り口付近までボクを連れ出すと、イリアは盛大に溜息をついた。


「あのねえ……余計な事しないでくれる?」


「なんだよその言い方。 せっかくあんたが絡まれてるから助けてやろうと思ったのに」


何で逆に困ったみたいな顔をされなくちゃいけないんだ? そもそもこの間の事件でイリアは別に関係ないだろうし。

確かに出撃はイカロスで行っていたものの、町の破壊には相当気をつけていたように見えた。 派手にぶっ壊したのは十中八九ボクだろうし。

そもそも神をやっつけたのはボクなのにその手柄が何故かイリアたちのものになっているというのもなんか気に入らないし。


「誰が助けてなんて頼んだのよ! それにあんた、あたしが強いの知ってるでしょ?」


いわれてみればあんな連中イリアならコテンパンにするのになんら手間取らないだろう。 確かにそういう意味では余計なお世話だったかもしれない。


「でも寄ってたかって女の子に詰め寄るなんて下種じゃない。 あんな連中死んでしまえばいいのに」


「滅多な事を言うんじゃないわよ。 彼らだって家や友達を失って悲しいの。 そうしたのはあんたの流転の弓矢ユウフラテスでしょう」


「でもクレイオスがあのまま生きていたら被害はもっと拡大したはずだ。 力の無い人間のことまであれこれ構ってやる必要なんてないよ。 ボクらは強い力を持っていてソレを行使して人類を救ってやってるんだから。 何もしないくせに犠牲者ぶってぎゃあぎゃあ喚いてる連中なんて踏み潰してしまえばいいんだ」


「あんた――それ本気で言ってるの?」


「本気ですよ。 偉く本気です。 ボクは間違った事は言ってませんよ」


にらみ合いになる。 せっかく助けてやろうと思ったのに何でこんな風になってしまうのか。

まあ別に元々こいつのためなんかじゃない。 ボクはボクが正しいと思った事をやるだけだ。 それ以上もそれ以下もない。

第一そんな風に甘ったれたことを言っているから、あんなことになったんじゃないか。 貴重なたった一機しかない兵器と掃いて捨てるほど居る下らない人間と、どっちが貴重でどっちが正しいのかそんなのは明白なはずなのに。


「あんたはそれでいいかもしれないけど、他の人は――、」


その時だった。

シティ全体に巨大な警報音が鳴り響く。 それはあの時聞いたものと同じであり、そしていつもどおりカタパルトエレベータの封鎖が始まる。

しかし今回の警報は即時避難のような緊迫したものではない。 学校はこのまま続行されるし、ただ宇宙に連中の影を察知したというだけの知らせだ。

今までもボクらはこの警報を聞いてもなんら現実味を持たずただ授業を続けていた。 でも今は違う。 これは確実に敵の襲来を示しているのだ。


「説教ならもう沢山ですよ。 次からはあんたが困ってても助けないようにしますから」


「あのね、そうじゃなくて……!」


「そんなことより早く行きましょう。 あんたたちの言う大事な大事な一般市民の命を守りたいんだったらね」


イリアはまだ何か言いたげだったが、その言葉をぐっと堪えて振り返った。 やはり彼女にとって一般市民の安全はかなり尊いものなのだろう。

あんな連中いくら死んだって仕方ないと思うけど。 自ら生きる努力も思考もしない、戦うこともしないくせに戦った人間を責めるなんて具の骨頂だ。

何はともあれイリアとはやはり今後も肌が合わないのだろう。 まあいいさ、どうせ友達や仲間なんて関係じゃない。

あくまで社員なら社員らしく、ビジネスということで割り切ればいい。

大空を見上げてその先に居る敵を見据える。

そうさ、ボクは間違ってなんかいない。 ボクはボクのためにレーヴァに乗る。 そして仕事なら人間を守ってやってもいい。


だってボクは選ばれた人間で、英雄なんだから。 それくらい選ぶ権利はあるさ。


「行くわよリイド。 どっちにせよあんたは必要になるんだから」


「わかってますよ。 エアリオと合流してジェネシスに向かいましょう」


こうしてボクの二度目の闘いが始まろうとしていた。


大丈夫、安心して勉強して待っていればいいさ。



「お前らは、ボクが守ってやるからさ――」


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