明日の、方程式(2)
間隔がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
あと主人公まったくでなかった。
「ジェネシスは一体何を考えているの…?」
プールサイドの一角、水着姿のエリザベスが立っている。 その隣には同様に水着姿のカグラの姿があり、ノートパソコンをテーブルに広げて頬杖を着いてプールで遊ぶ一同を眺めていた。
「あたしを出撃させたのまではまだ理解出来るわ。 けど、水着与えてプールで遊べって、どういう命令?」
「別に変なことじゃないでしょ。 だってほかのみんなは遊んでるわけだしさ。 アンタも今後あいつらと一緒に行動することになるんだから、少しくらい行動をあわせないと」
「随分な余裕ね。 今この場であたしが暴れてあんたを人質に取ったりしたらどうするのよ」
「それはないねぇ。 カグラちゃんはこう見えても生身でも強いし、それにここ、監視カメラ完備だから意味ないよ」
そんなことはエリザベスにもわかっている。 そうでなければわざわざ代表者を目に放置されたりなどはしないだろう。
けれども戸惑いは隠せない。 当然のことだ。 自分はジェネシスとは敵対する組織の人間であり、色々と恨みを抱かれていて当然のはず。
「こういうところで遊んだこと、どうせ一度もないんでしょ?」
「…そりゃ…ないわよ。 それがどうかしたの?」
「世の中何事も経験。 思いもよらないところでそれが役に立つ可能性だって無きにしも非ずってね。 ま、おとなしく遊んでる分にはこっちだって文句はないんだし、言われるとおりにしておけば?」
「…」
釈然としない気持ちはもちろんある。 けれどここで逆らったところで意味もないのは判っている。
しかし、水着姿というのにエリザベスは強い抵抗があった。 肌を覆い隠すようなドレスを常に纏っているのも、自らの肌を晒すのが嫌だったからという理由が強い。
エリザベスの身体、その太股の外側には輝く球体―――ユグドラ因子が埋め込まれている。
それだけではない。 普段は厚い布に覆われた透き通るように白い肌にはところどころ傷跡が残されている。 それらを衆目の元に晒す事は出来ればエリザベスにとっては避けたい事態だった。
しかし、ここに来て少しだけ気分が変わる。 胸の下のユグドラ因子を隠そうともしないオリカの姿やそれらを気にもしていない少年少女たち。 エリザベスと彼らとで立場そのものは何も変わらない。 むしろ見慣れている分、特別扱いもされなければ恐れられる事もない。
それは少女にとって異質な状況であると同時に居心地のいい空気でもあった。 無論そんな事は口には出来なかったが、カグラには全てお見通しだった。
もじもじしている少女の背を押すように、手を振り視界の端に立っている少年に声をかける。
「お〜い、カイトー!」
「!?」
あわてて振り返るエリザベス。 駆け寄ってきたカイトは腰に手を当てカグラをジト目で見つめる。
「よお社長。 こんなとこでサボってていいのかよ?」
「うっさいなー。 こう見えてもお仕事中なの。 それよりアンタ責任者なんだから、エリザベスの面倒ちゃんと見なさいよ」
「つーか来てたんだな。 今気づいたよ」
「べっ…別に来たくて来たわけじゃないんだけどさっ」
「そうかい。 ま、そういうわけだから…来いよ、エリザベス」
手を差し伸べるカイト。 その表情は柔らかく、敵を見るような目ではない。
だから戸惑ってしまう。 憎しみや殺意の瞳を向けられるのにも、罵声を浴びせられるのにも慣れている。 けれど。
こんな顔で手を差し伸べられたら困ってしまう。 どうしようもなくなってしまう。 だってもう、その手を取るしか、なくなってしまうじゃないか。
「…」
朝っての方向に顔を向けながら弱弱しく手を取るエリザベス。
カイトはその上から力強く小さな手を引き、カグラに手を振り歩き出す。
あわてて着いていくエリザベス。 そんな二人の様子を見送り、カグラはパソコンの画面に視線を落とした。
「さてと…。 リイド君はどこかしらね、っと…」
⇒明日の、方程式(2)
「オリカさんは、どうしてそんなに強いんですか?」
砂浜に打ち上げられたアイリス。 見上げる頭上から降り注ぐ照明の人工太陽に手を翳し、隣に座るオリカに問いかける。
しかし、よだれを垂らしながらリイドの水着姿を見ていたオリカに思わずつっこみを入れる。
「何をしているんですか貴女は…」
「リイドくんかわいいよ〜! 萌えだよ〜っ!」
「そんな事はどうでもいいんです!! それより、これって本当に修行になっているんですか!? さっきから遊んでるだけで一向に強くなれる気配がないんですが!」
「そりゃ、遊んでるだけだもん」
あっさりと答えたオリカ。 その両肩を掴んで振り回していたアイリスは口をぽかーんとあけたまま、静かに心の中で呟く。
だまされた―――と。
ゆっくりと手から力を抜き、再び砂浜に寝転ぶ。 気づいていなかったわけではない。 そんな予感がしていなかったわけではない。 でも。
「オリカさんは、どうしてそんなに強いんですか?」
問いかける二度目の言葉。 オリカは呆けた表情で寄っては引いていく波を眺めながら答えた。
「どうしてかな。 まあ、元々人間じゃないのかもしれないけどね」
胸の下に埋め込まれたユグドラ因子を指先でなぞりながら苦笑する。
「お姉さんもそうだったんでしょ? ユグドラ因子は肉体を強化するし、ちょっとの怪我なら治るからね。 人間より元から優れてるんだよ」
「…それにしたって、貴女の力は反則敵です」
唇を尖らせる。 先日の戦いで見せた動きはリイドさえしのぐのではないかと思ってしまうほど、目を見張るものばかり。
自分自身を比べてしまうと、どうしても気持ちが沈んでしまう。 がんばっているのに、努力しているのに、何故…。
「仕方ない事だよ。 だってね、私の人生はそのためだけにぜ〜んぶつぎ込んできたんだから」
「全部、ですか?」
「んっ。 私ねえ、学校とかも行った事ないんだぁ。 そんなことしている暇があったら戦闘訓練してたしね。 だから、私にとって強い事は特別なことなんかじゃない。 むしろ、今それだけの力がなかったのなら、私の生きてきた数多の時間は全て無駄だった事になってしまうから。 だから別に特別なんかじゃない。 強くなんかない。 普通の事なんだよ?」
振り返って無邪気に微笑むオリカ。 その人生がどのようなものだったのかは、アイリスには想像もつかないことだ。
学校に通うことも許されなかったオリカ。 その過去は、こんな風に笑って話せるほど気安いものなどではない。
アイリスは才能があったとしても、ついこの間までは学生だった。 戦う事なんて考えた事もなかった。 そうした気構えの違い、積み重ねてきた時間。
それらを考えれば実力差は埋め難く、それは決して不自然な事などではない。 何よりオリカ本人は、それを気にしてもいなかった。
強い、と思う。 膝を抱える。 オリカが強いのは、きっと自分のように悩んだりしないからなのだと思う。 意志が、違いすぎるのだと思う。
ただ無邪気に笑っているだけではない。 オリカはそれだけではない何かを感じる。 きちんと見て、考えて、理解しているのだ。 そうした客観的な情報を目の前に、現実を目の前に、それでもなお笑っていることの出来る強さ。
うらやましいと思う。 自分はちょっとしたことで落ち込んだり素直に慣れなかったり。 オリカとは違いすぎるから。
「それに、好きな人を守りたいから強くなれるんだと思うよ。 アイリスちゃんは好きな男の子とかいないの?」
「はっ!? それは関係あるんですか!?」
「あるよ〜!」
アイリスの顔を指差し、ぐいぐいと顔を近づけながら語る。
「ヘイムダルもレーヴァテインも感情って大事だよ〜! それにいざって時からだが動く人はやっぱり愛の力が勝ってるんだよ〜!」
「あ、愛の力!?」
「らぶいずぱわ〜」
「ラブパワー!?」
妙な衝撃を受けるアイリス。 突っ込みが誰もいないため、ボケ倒しの空気が続く。
「つまり、オリカさんはラブパワーのおかげで強いんですか…?」
「うんっ♪ 愛は全てに勝るんだよ。 だから愛以外はどうでもいいし、この世界が消えてなくなっても私には関係ないの」
「そこまでですか…?」
「そうだよ。 そもそも人間一人に守れるものなんてごくごくわずかなの。 出来ることも少なくて、どうにもならないことばかり。 そういうことがいっぱいっぱいで、抱えきれないから…私は、な〜んにも考えないようにするの」
「…それはどうなんでしょうか」
「考えてどうにかなる事なんて世界に少ししかないよ? 全ては行動の先にある。 思考なんて経験は一瞬で凌駕する。 細かい事は、やってから考えればいいんだよ」
「でも…それでも…どうしても、不安なことがあったら…どうすればいいんでしょうか?」
恐る恐るたずねる言葉。 オリカは一瞬だけ真剣な表情になり、優しく苦笑するとアイリスの髪を撫でる。
「不安は消せないよ」
「え?」
「不安を消す事は出来ない。 悔しさも寂しさも怒りも、なくす事なんか出来ない。 だからそれを認めてあげても良いと思うな」
「でも、それで他人を傷つけたりするんじゃないですか? 誰かの足を引っ張ったり、迷惑かけてばかりで、私…」
「だから今アイリスちゃんはがんばってるんでしょ? がんばれるんでしょ? 逆に考えてみなよ。 全てが順風満帆、何もかもが上手く行ってたら、きみは努力し続けることが出来たかな?」
それは現状に満足してるということ。 そうあることが当然であるという事。 望む事はなく、満たされ、常に幸福がそこにあり、成功は勝手についてくる。
そんなものが現実だとしたら。 そこに努力する余地も必要性もなかったとしたら。 アイリスはどうなっていたのだろうか。
「リイドくんも頑張ってる。 イリアちゃんを失くして、悲しくて、無力で。 不安や怒りや悲しみは消せないけど、それに負けないために頑張れる」
「先輩も?」
「そう。 人はみんなそうだよ。 逃げたり挫折したりしてもいいじゃない。 嫌な事を続ける必要なんてないんだよ。 でも、本当に自分にとって大切で、どうしようもないくらい愛しいものからは絶対に目をそらせない。 だから気づいて頑張ればいい。 そういう力になるんだよ、その気持ちは」
オリカがリイドに初めて触れたいと願ったのは、彼を好きになってから随分と時間が過ぎてしまってからだった。
悲しみや苦しみを素直に他人に吐き出せない少年の心を夢で知ったオリカは、自ら決めていた制約を破ってしまった。
会う事はせず、影からリイドを守るという役目。 それを破り、リイドの手を引いて外の世界に連れ出してしまった…それは何故か。
「一度くらい逃げたりうじうじしてもいいんじゃないかな」
本当に大事なものも、守りたいものも、そのそばに居て満たされていると気づけないものだから。
逃げたり目をそらしたり挫けたり、そうした事が大事なものに気づかせてくれるヒントになる。 だから、逃げる事は悪い事なんかじゃない。
「アイリスちゃんがとってもいい子なのはみんな知ってるよ。 もっと役に立ちたいって思って頑張ってるのもみんな知ってる。 でも、そうやってがむしゃらに走り続けてるだけじゃ、だんだん最初の気持ちを忘れちゃうんじゃないかな」
「…最初の気持ち、ですか?」
「きみはどうして強くなりたかったの?」
「え」
考える。 そんなのは当たり前のように理解しているつもりだったのに、気づけば即答できなくなっていた。
何故強くなりたいのか。 それは初めは姉のようになりたかったから。 姉の後を継ぎたかったから…そんな理由だったはずなのに。
いつの間にかそれだけではなくなってしまっていて。 気づけば大事なものが増えてしまっていて。
そうした人たちの中に囲まれているうちに、姉の後を追うとか継ぐとか、そんなことはどうでもよくなってしまっていたのかもしれない。
「今は―――少し、初めとは理由が違ってる気がします」
いつからだろう? いつもいつもリイドの事を意識してしまうようになったのは。
リイドに負けたくない。 負けると悔しくて、助けられると悔しくて、いつも悔しくて。 素直に優しさを受け入れる事も出来ないで、突き放してしまっていた。
どうしてなのだろう? リイドには教えを請う事も出来ないのに、オリカとはこんなに素直に話すことが出来る。 無論オリカは聞き上手で、自分の気持ちを引き出してくれるけれど、それはリイドだって同じはずだ。
リイドはいつも自分を気にしてくれていた。 危なくなったら絶対駆けつけてくれるヒーローだ。 それを素直に嬉しく思えないのは何故なのか。
いや、わかっている。 自分だって気づいてる。 けれどその理由を認めてしまったら、今までの幸せが全部壊れてしまう気がして。
抱える膝。 強く握り締める指先。 けれど痛みを覚えるのは指ではない別の場所で。
「あの―――オリカさん」
「うん?」
「貴女は…どうしてリイド先輩の事が、好きなんですか?」
気づけばそんな事を訊いていた。 至極真剣な顔で。 けれど、オリカは緩やかに微笑んで砂浜に寝転ぶ。
「それはねぇ。 何故オリカさんはオリカさんなのですか? っていうのと同じ質問だよ、アイリスちゃん」
「えっと?」
「人を好きになるのに理由なんて必要ない」
ゆっくりと、しかしはっきりとした口調でそう断言する。
思わず顔が赤くなった。 そんな事を真正面から断固として言い切れる人間は、おそらくそう多くはないだろうから。
「人の心は言葉に出来るほど簡単なんかじゃない。 だから、理由を求める事は出来ない。 私が私で在る事は否定できないし肯定も出来ない。 今まで積み重ねてきたたくさんの『私』の螺旋が生み出した結果が今の私に過ぎない。 何故今こんな私になったのかは理解出来ないように、他人を愛する理由だって理解出来ない」
「…はい」
「でもきっときっかけはあったんだと思う。 その後の全ては、私が自分ではぐくんだものだから。 それを否定する事は、誰より私が出来ない」
「…そうですね」
「アイリスちゃんさぁ」
「はい?」
「リイドくんのこと好きなんでしょ?」
「はっ――――? あっ…はいっ!?」
判りやすいリアクションだった。 激しくうろたえ、逃げ出そうとするのだが、結局歯を食いしばり踏みとどまる。
穏やかに微笑むオリカの表情は柔らかくて、暖かくて、とてもきれいな瞳をしていた。
だからそれに見られているとうそをつけなくなる。 オリカにはそんな不思議な雰囲気があった。 だからアイリスは膝を抱え、うつむいたまま小さく頷く。
肯定してしまった瞬間頭の中が真っ白になって泣き出しそうだった。 そんな気持ちになんて気づきたくなかった。 一人のままのほうがよかった。
何故こんなにも何もかも愛しくなってしまったのだろう。 仲間も、自分も、姉も、何より彼も。
わけがわからない。 こんな風になってしまわなければ幸せなままで居られた。 傷つく事もなかったのに。
「なんで…っ! こんな…っ! 理解不能です―――! 意味、不明です―――っ!!」
掴む砂。 涙は静かに吸い込まれていき、残るのは苦しい気持ちだけ。
なのにさっきから頭の中を横切る景色はどれも懐かしくて嬉しくて、触れ合った瞬間溶けてしまいそうなほど、暖かく愛しいものばかり。
頭を抱える。 身体が震えた。 だってそうだ。 それは卑怯なことだ。 自分がやっていたのは、ズルい方法だった。
「いやだ、私…っ!! こんなんじゃ―――卑怯すぎます…っ!!」
かまってほしくてそぶりを見せて。 助けてくれるように仕向けて。 気にかけてくれるようにしていた。
何よりも自分の外見は。 彼が愛した、姉のそれにとてもよく似ている。 その姿で立つだけで、その声で話すだけで、もう圧倒的に有利で。
でもそれは姉のフリをするだけで自分の力ではなくて。 そうした下心が少なからずあったことを認めずには居られなくて。
苦しくて悲しくて。 みっともないくらい、ほかの誰かとリイドが一緒にいるのが気に入らなくて。
「こんなに自分が嫌な女だったなんて、知りたくなかった…っ」
身体が震えるのは罪悪感のせいか、恐怖のせいか。 それとも幸福のせいか。
今のままでも満たされているくせに、もっともっと、より幸せを求めてしまうのが人間だから。
今までの人生はうまくやってきたのに。 何でも完璧にこなしてきたのに。 両手をきれいに保ってきたのに。
人を殺さねばならなくなる。 自分のゆがんだ感情を向き合わずにはいられなくなる。 それは十四歳のアイリスにとっては未知の世界で。
「好きなんです…! なんでっ! どうしてっ!! 嫌だ私っ!! 好きになんか、なりたくなかったのに―――ッ!!」
彼の目が、手が、声が、優しさをむけているのは、自分ではなくて―――。
そう考えると気がおかしくなりそうになる。 自分のあこがれていた人を疎ましく思うなんて、どうかしている。
なのに、とめられない。 どうにもならない。 ほかの何も見えなくなる。 パニックになる。 戦闘中も、冷静になれない。 彼のことが頭から離れない。
頑張って活躍してほめてほしいのに。 頑張ったねって、笑ってほしいのに。 上手く出来ないとこんがらがって頭が真っ白になってしまう。
もう嫌だ。 死んでしまいたいくらいに恥ずかしかった。 何をやっているのか。 これじゃあ馬鹿馬鹿しいのは自分のほうだ。
「最悪なのは、私のほうだ…」
「人はきれいなままじゃいられないよ」
顔を上げる。 オリカは笑いながらアイリスを抱きしめた。
「きみはいい子だから。 優しいから。 そうやって苦しくなるけど、それは悪いことなんかじゃない」
「オリカ…さん…?」
「私のこの両手は、今まで何人も人を殺してきたよ」
「え―――?」
自らを包み込む優しい両手。 それは血塗られていようがいまいが、関係などあるのだろうか?
「私の手、きらいかな?」
「そんなことないですっ!!」
「人は全てまっさらじゃいられない。 どこか汚れなきゃいけない。 そうしなきゃ大事なものは手に入らないし守れない。 だから私は容赦なく手を汚せる。 そうしなければ幸せが手に入らないから」
「…」
「自分を正当化するつもりなんかない。 私はこの両手で生きていく。 それに誇りを持ってる。 これがオリカ・スティングレイだって言える。 だから」
アイリスの髪を撫で、ほお擦りしながら微笑んだ。
「きみはきみでいいよ。 きみのまま、生きてけばそれでいいんだよ」
言葉にならない思いでいっぱいだった。 胸から暖かい気持ちがあふれてきて、でも素直に喜べない。
それはきっと怖いから。 素直に向き合ってしまったら傷ついてしまう気がするから。 否定されたとき痛くて仕方が無いから。
「でも私…卑怯で…オリカさんのライバルで…」
「関係ないよ。 私がきみを好きである事実には関係ない」
「でも…」
「私はきみを否定しないよ。 だから、甘えちゃっても、いいんだよ?」
それはオリカという人間の全てを垣間見ることが出来るような言葉だった。
思わずすがりつき、泣いた。 わんわん泣いて、色々なことを考えた。
結果、答えは出なかった。 それでも別にかまわない。 もう、かまわないのだ。
「オリカさん…」
「うん〜?」
涙を拭いながら、顔を上げるアイリス。 オリカは優しい―――そう、いつかの姉を思い出すような瞳で首を傾げる。
「これからも…私の事、嫌わないでいてくれますか…?」
「勿論♪」
即答だった。 だからおかしくなる。
嬉しくて笑ってしまうのに、涙も一緒に流れているから。
「じゃあ…どうしたらそんなに胸が大きくなるのか、教えてください」
「えっ?」
「これはもう凶器だと思います」
「いや、そう言われてもなあ…? あ、アイリスちゃん…?」
悪戯な笑顔を浮かべながらじりじりとオリカに迫るアイリス。
「これは、仕返しです!」
「わあっ!? これはセクハラだよ!? セクハラなんだよ!? アイリスちゃーん!!」
胸をもまれながら逃げるオリカ。 アイリスは無邪気にはしゃぎながら、なんとなく随分と昔のことを思い出していた。
追いかけていたのは誰の背中だったのだろう。 今でもまだよくわからないけれど、でも―――それでいい。
強く在りたい。 姉は口癖のようにそういっていた。 ならばせめて毅然としていよう。 イリア・アークライトの妹として、その名に恥じないように。
アイリス・アークライトとして。 強く在ればいい。
暖かい光の中、二人は水辺でそうしてしばらくはしゃいでいた。