明日の、方程式(1)
久しぶりに無駄〜な話。
「………」
ジェネシス本社内、社員用温水プール。
実際の砂浜を擬似再現した波のあるプールを眺めながらパラソルの影の中、砂浜で膝を抱えているリイドの姿があった。
少年は自らに問う。 一体自分はここで何をしているのだろう? と。
真冬のはずだというのに暖かな日差しが差し込む水辺。 肌寒さは全く感じない。 ジェネシスの娯楽施設のレベルは世界一と言ってもいいだろう。
何はともあれそうして膝を抱えるリイドの隣にはカイトが腰掛け、プラスチックのテーブルの上にノートと教科書を広げペンを片手にうなり声を上げていた。
水着姿のままサングラスを耳に引っ掛けたカイトは視線をプールに向け、うらやましそうに情けない声を上げる。
「いいなぁ〜…。 俺も遊びてーよー…」
「だから、あんた受験だろ…? なんで遊びに来てんだよ…」
「だってみんな遊びに行くって話なのに俺だけ除け者とかさびしくて普通に死ぬぞ」
「普通に勉強しろよ。 っていうか…それはそれでいい状況なんじゃないの?」
カイトの隣には足を組み勉強を見ているルクレツィアの姿があった。 その格好も無論水着姿であり、カイトの視点はすぐさまその豊満な胸の谷間に注がれた。
二人して息を呑む。 それはもはやちょっとした戦慄だった。 とにかく、
「(でかい…)」
無論そんな事は口にはしない。 顔を上げたルクレツィアが不思議そうに首を傾げると、二人はあわてて笑いながらあさっての方向を眺めた。
「どうした、フラクトル? 手が止まっているぞ」
「そ、そーだな! 俺勉強しないとなっ! ハハハ!!」
「カイト…」
「うるせえ!! 役得だっ!! 何だその目はっ!! そんな目で俺を見るなああああっ!!」
「まあ気持ちはわからないでもないよ…。 目を奪われないほうがおかしいからね…」
頬をぽりぽりと人差し指でかきながら苦笑を浮かべるリイド。
見た目通り理知的な性格であり、パイロットの中では年長のルクレツィアがカイトの勉強を見ると言い出したのは数時間前。 その経緯は色々とあったわけだが、何か一つこの奇妙な状況に陥った原因を探すとすれば、それはプールサイドを駆け回っているアイリスとそれを砂浜から応援しているオリカの二人だろう。
通常ではありえないレベルにまで増幅された人工波発生機に立ち向かうように走り、泳ぎ続けるアイリス。 監視員用の見張り台に座り、オリカはメガホンで叫ぶ。
「ほらほら、動きが遅くなってるよ〜! アイリスちゃんもっとがんばって〜!」
「は、はいっ!!」
波に飲まれて悲鳴をあげながら打ち上げられてくるアイリス。 それを見ながらリイドは目を細めた。
何故こんな事になっているのだろう? そんな事を思い返す。 全ては今から数時間前、唐突なアイリスの一言から始まった。
⇒明日の、方程式(1)
「私を弟子にしてください、オリカさんっ!!!」
「ほいっ?」
ノア攻略作戦の翌日。
疲れた一同は帰還後直ぐに寝てしまい、全員が再び顔をあわせたのは翌日の朝食の席だった。
疲労のせいか、誰もが眠たげにパンをかじっている中、ただ一人だけ気合の入った態度で立ち上がったアイリスはテーブル越しに正面にかけたオリカに向かって握り拳を浮かべながら叫んでいた。
全員眠いため、アイリスが唐突に言い出した事の意味がわからず呆然とする。 しかし本人だけはやる気満々であり、鼻息荒くオリカの手を取って振り回す。
「私にはもう貴女しかいないんですっ! どうか! どうか、付き合ってください!!」
「はいっ!?」
目を丸くするオリカの口からパンが吹っ飛び、エアリオのスープに突入する。 飛び散ったスープを見つめながらエアリオが見た事もないような苛立った表情を浮かべ、フォークを片手でへし折るのを見てあわててリイドが立ち上がった。
「ちょっとまてアイリス! 朝っぱらから何言ってんだよ!?」
「いいえ、待ちません。 あと先輩には関係のない話なのでもうどっかいっちゃってください!」
「…やっぱり嫌われてるんだ―――」
部屋の隅で丸くなるリイド。 なにやらぶつぶつ言いながら落ち込んでいる姿に苦笑し、カイトが立ち上がる。
「まあ落ち着けよアイリス…。 何でまたいきなりそんなことになったんだ…?」
「いきなりなんかじゃないんです! とにかくもう決めたんです! オリカさん! お願いしますっ!!」
「えぇと…? えぇ〜…? 何この状況…えと…? 何何? 何どういうこと? 私よくわかんないヨ?」
「とにかく貴女しかいないんです!! もう先輩を当てにするわけにはいかないんですう〜〜〜っ!!!」
「わわわわっ!? なんだかオリカちゃんには理解できないよ!? なんでかな!? なんで私なのかな!?」
「煩いぞ…」
場の空気が凍りついた。
無表情のまま、有無を言わさぬ迫力を放つエアリオ。 アイリスとオリカが暴れたせいでスープは駄目になるわサラダは横転するわで朝食を台無しにされたエアリオの怒りはかなりのものである。
人生で幸せな瞬間ランキングトップ3には間違いなく入るであろう朝食という場を妨害された事によりエアリオの発言力が急上昇したのは、別にマルドゥークの能力が氷だからとかは関係ない。
何はともあれぼそりと呟いたエアリオの言葉におとなしくなるアイリス。 椅子に腰掛けると恥ずかしそうに顔を赤らめうなだれてしまった。
「か、カイト…! エアリオこええさ…っ! あいつあんなおっかなかったんか…!?」
「シドとルクレツィアは知らないかもしれないが、メシ時のエアリオは刺激するなよ。 危ないから」
「な、なるほどな…肝に銘じておこう。 ところでアークライト。 何故スティングレイにそこまで固執するのだ? 私見で申し訳ないが、スティングレイとアークライトの間に接点はあまり無かったように思うのだが」
ルクレツィアの疑問も尤もだった。 二人が話しているとこをは誰も目撃した事が無いし、そもそもそんなことは一度たりともない。
無論仲間である以上必要最低限の言葉を交わす事はある。 しかし個人的な会話を二人がしている事などあるはずもないのである。
そもそもオリカは他人と必要以上にかかわろうとしない。 当たり障りのない態度を取り、上手く受け流してしまう。 そんなオリカもたじろいでしまうほどアイリスの要求は唐突であり、まさに起き抜けに襲い掛かってきた津波のようなものである。
「その…。 私…とにかく理由はいえないけど、オリカさんじゃなくちゃだめなんですっ!!」
「じゃあオリカ…あとはなんとかしろ…」
「えぇっ!? エアリオちゃん!?」
「いいか、よく聞け…」
ゆらりと、静かに立ち上がるエアリオ。 百戦錬磨のオリカですら青ざめた笑顔を浮かべる。
まるで背後に鬼神が立っているかのような迫力でエアリオはテーブルを強く片手で叩き、語る。
「わたしたちは仲間だ…。 大事な仲間だ…。 それはいい。 だがな…勘違いするなッ!!! わたしたちが生きていられるのはごはんのおかげ! つまりごはん=神! ごはん>仲間!! 食事すら満足に取れないのならおまえらもうジェネシス辞めろッ!!!」
びりびりと、振動する空気。
言うだけ言うと満足したのか、静かに息を吐き出し、席に着くエアリオ。 ごく自然な動作で隣に座っていたシドのスープとサラダを奪い取り、それに気づいたシドが涙を流しながらカイトにしがみつくがカイトにしてやれることは何もなかった。
「と、とりあえず…私に用事があるんでしょ? だったら付き合うよ。 私、これでもお姉さんだもんね♪」
「本当ですか…? じゃあちょっと、ここでは話しづらいので…」
「いいよ〜」
仲の良さそうな様子で部屋の隅に向かう二人。 静まり返った食卓の中、元気よく食事を続けるエアリオのかじるレタスの音だけが響き渡っていた。
その後。
「とりあえずなんか今日はプールで遊ぶことに決まりました〜」
「「「 えええぇぇぇぇ〜〜〜? 」」」
全員の声が重なった。
いきさつはわからなかったが、何はともあれそう決まったのであればそうするしかない。
オリカとアイリスが行くということで、カイトもついていきたがり、ついでにほかのメンバーも誘われ、結局ほとんど全員で向かう事になってしまった次第である。
しかし何故こんなバカンス状態になってしまったのかさっぱり理解できないリイドはトロピカルジュースに挿したストローを吸いながら首を傾げる。
「だめだよアイリスちゃん〜。 もっとこう、海を割る気でいかないと〜」
「そんなこといわれても…。 オリカさんは出来るんですか?」
「やってみようか?」
本気で出来そうな気がしたので遠慮することにした。
括った紅い髪を絞りながらちらりと振り返る砂浜。 膝を抱えて間抜けな顔をしているリイドを見ているとオリカに肩を叩かれる。
「むふふ〜? どうやらリイドくんのことが気になっているようだねえ、アイリスちゃん」
「気になっていません…。 ただ、微妙に先輩が居ると集中できないだけです」
「またまたそんな事いっちゃって〜。 照れ屋さんなんだねー」
「なっ…!? そ、そういうことを言う人は嫌いですっ!」
そっぽ向いて唇をとんがらせるアイリス。 しかしリイドのことが気になっているのは事実だった。
さて、アイリスが一体何をしようとしているのか。 そろそろその点について解説することにする。
全ては前日、ノア攻略戦の時に見た景色が原因だった。
真の力の片鱗を見せた光を放つマルドゥーク。 それだけではなく、トライデントもエクスカリバーもガルヴァテインも、アイリスが考えているよりもずっとずっと強力だった。
それについていけるカイトやエリザベスすらうらやましく感じる。 そうした劣等感は彼らと共に精進するという選択肢を彼女の中から削いでしまっていた。
誰にも頼れず、誰も守れない。 嫌気が差すような自分の弱さを何とかしようとアイリスなりに必死に考えた結論が―――オリカだった。
自由気まま。 ルールや人の感情にとらわれる事のない風のような生き方。 それは元々生真面目なアイリスとは水と油のように相容れぬものであり、正反対。 そのオリカがウロボロスとの戦いで見せた動き―――戦闘能力。
美しさと感動さえ覚えるオリカのヘイムダルの動き。 そう、自分と同じヘイムダルを使っているオリカが見せた動き。 それを呼吸するように成し遂げるオリカならば、自分のレベルアップにつながる手段を見出せるのではないか…そう考えたのである。
それにオリカとは元々の関係性があまり無いため、情けのない事を言ってもあまり問題がなく相談しやすかった。 強がらないで済むのはオリカが持つ独自のほにゃほにゃとしたオーラのおかげだろう。
そうした理由から師匠にするのにリイドやカイトよりオリカが適している。 そう判断したアイリスの行動の結果が現状であった。
水浸しの髪を掻き揚げながら無邪気に笑うオリカを見上げる。 じっと見つめる。 じーーーっと見つめる。
「な、何かな…?」
穴が開くほど見られればいくらなんでもオリカも気づく。 黒いスリングショットの水着に身を包んだオリカ。 大きな胸が強調され、アイリスは何も言わぬままその胸を両手で揉んだ。
「ほいっ!? な、なんで胸を揉むのかな!? あれぇ!?」
「オリカさん、大人です…」
自分の胸に両手を当て、目を細めるアイリス。 十四歳の胸などそんなものであるが、オリカの十七歳の胸というのはちょっとこんなものではないだろう。
しがみつくようにしてオリカの腰の細さを実感するアイリス。 オリカはそれから苦れるようにじたばたと水面で暴れていた。
「何やってんだあいつら…」
口の端からトロピカルな汁をこぼしながら唖然とするリイド。 もう見ていないほうがいいと思い立ち上がる。
「ん? レンブラムも泳いでこないのか?」
「ボクは良いよ…。 というか正直ボクはこんなことをしている場合じゃないんだよね…」
色々と考えねばならないことや訊かねばならないことがあるのに、遊んでいる余裕などあるのだろうか。
額に手を当て考える。 確かに考えたところで答えが見つかる類の疑問でもないわけだが…。
「結局、あの二人は何がしたかったんだ…?」
というセリフと共に現れたのはエアリオだった。 片手にカキ氷を持ち、プラスチックのスプーンを咥えながらビーチサンダルをぺたぺた鳴らしながら歩いてくる。
フリルの着いた純白のワンピース水着はどう見ても子供用でリイドはジュースを吹き出し、カイトはシャーペンをへし折った。
「「 お前何歳だよ!? 」」
「十五」
「「 絶対ウソだろ!? 」」
「…仲がいいなおまえら。 それと、どういう意味だ?」
「さーて勉強勉強」
「このトロピカルジュースとってもおいしいよ。 エアリオも飲む?」
「………うん」
さまざまな怒りや疑問もエアリオの脳内での戦いになれば無論おいしいほうが勝利する。
男二人は内心安堵のため息を吐き出しながら長い髪をツインテールに括っているエアリオを改めて眺める。
どう見ても中学生には見えない。 いいところ小学生くらいだろう。 もちろん、思ってもそんなことは絶対言わないが。
「うお〜〜〜! ジェネシスすげー! ジェネシスはビルの中に海があるんかー!」
大喜びでプールに飛び込んでいくシド。 その水しぶきがエアリオの手にしていたカキ氷に派手にかかる。
「あ」
次の瞬間にはカイトの鉄製のペンケースが投擲され、シドの後頭部に直撃していた。 死んだ魚のようにぷかぷか浮かんでくるシドを見て二人は内心両手を合わせた。
「つーか俺の筆入れ…」
リイドの隣に腰掛けたエアリオはふくれっつらのままトロピカルジュースを飲み干す。
「それで、アイリスが何をしたがっているのかは判ったのか…?」
「いやぜんぜん。 さっきから二人とも遊んでいるようにしか見えない」
「じゃあ遊んでいるんじゃないか?」
「かもしれない」
ぷかぷか浮かんで流されていくシドが荒波に飲まれ水中に消えていく。
それを見送りながらルクレツィアさえ助けに行こうとはしなかった。
「私が思うに、アークライトは焦っているのではないだろうか」
「焦ってるって…アイリスがか?」
腕を組んで頷くルクレツィア。 シャーペンはへし折ってしまったしペンケースは荒波の中なので勉強できなくなってしまったカイトも話に耳を傾ける。
「アークライトはパイロットとしてはまだ経験的に未熟なのであろう? しかし、アークライトを取り囲む人間はレンブラムのような天才やフラクトルのような熟練者…加えてスティングレイのようなプロフェッショナルだ。 アークライト本人も目覚しい勢いで腕を上げていると思うのだが、周りが優れすぎているせいで功を焦っているのだろう」
「なるほど…。 年長者はいいこと言うな」
四人揃ってアイリスを見つめる。 オリカとなにやら話していると思ったら振り返り四人をにらみつけた。
あわててそれぞれ別の方向に視線を逸らす。 少しだけ楽しそうに笑うルクレツィア。 つられてほかの三人も笑ってしまった。
「なんにせよアイリスのやりたいようにやらせるべきだろう。 わたしたちも暇なんだし、丁度いい」
「その通りだな。 ペンケースも流されてしまったことだし、お前たちも少し羽を伸ばしてきたらどうだ?」
「よし、遊んでくるか! カイト・フラクトル…一番乗り、いっくぜー!」
「なんでボクらより年上のカイトが一番はしゃいでるんだよ…」
シドを回収しに行ったルクレツィアと一人ハイテンションなカイト。 ため息をつきながら二人に続くリイドはふと背後を振り返る。
「エアリオ?」
ただ一人だけ、砂浜から動こうともしない少女が居た。 戻ってエアリオの顔を覗き込むが、エアリオはぴくりとも動かない。
「エアリオ〜? 一緒に行かないの〜?」
「わたしはいい」
「何で…? せっかくみんなで貴重な機会なんだからさ」
「わたしはいい」
「…?」
エアリオの手を取り引っ張る。 しかしまるでその場に根を張ったようにびくともしないエアリオの空いている手は地面に固定されたパラソルをしっかりと掴んでいた。
「何やってんのエアリオ…」
「わたしの事は放っておいてリイドもあそんでくるといい」
「そんなの悪いよ。 エアリオも一緒に行こう」
「気持ちはありがたいが遠慮しておく。 とにかくその手を離してくれ」
「エアリオが自分で来るって言うまで離さないよ。 さあ行こうか」
エアリオの小さく細い手ではいつまでもその場にしがみついていることは出来なかった。 その手がパラソルのポールから離れると、ずるずると砂浜を引きずられていく。
じたばた暴れて無言で必死の抵抗を試みるエアリオだったがリイドは全く気づいていない。 見る見るエアリオの表情が青ざめ、必死でリイドに呼びかける。
「わたしはいい! わたしはやすんでる!」
「もしかして水着のこと気にしてるの? 結構ボクはかわいいと思うけどな」
「うっ…あ、ありがとう…ってそうじゃなくて! だから、わたしはいいんだってば! いいんだってばあ!」
いつに無く必死なエアリオの態度に流石に疑問を覚えるリイド。 しかしとき既に遅し。 最大設定になった波が二人の頭上から降り注ぎ、一気に引いていく。
「ぷはあっ! うわ、なんだこの波…! 実際に来ると見てるのとぜんぜん違って…エアリオ?」
ずぶぬれになったエアリオは目を丸くしたまま小さく震えてリイドを見つめていた。 再び波が近づこうとするとあわててリイドにしがみつく。
「ちょっと!? 足にくっつくなよ!?」
ざぶーん。
波が再び二人を引き寄せる。 エアリオは水浸しになった髪をぷるぷる振りながら、
「んあああああっ!! リイド! たすけてリイドっ!!!」
涙を流しながら必死でリイドにしがみついていた。
しかしそのせいでリイドは身動きがとれず、戻ることも進むことも出来ない。
「ちょ、ちょっと…!? これやばいよ、おぼれるって!?」
あわてて引き剥がそうとエアリオの肩に手を触れる。 しかし直に触れる肌の柔らかさに一瞬物怖じする。
冷静に考えてみればリイドはTシャツ一枚に水着しか着用していない。 エアリオも無論水着一枚だ。 そんな状態で密着しているというのは、リイド的にはちょっとしたパニック状態である。
ふにふにとやわらかいエアリオの感触がひっしとしがみついている。 振りほどくためにはどうしてもエアリオを強く掴む必要があるのだが、
「いやいや、ちょっと離れてよ!?」
「いーやーだーっ!!!!」
そう。 エアリオは、泳げないのである。
というかそもそも水に入るのが苦手な性格であった。 お風呂ですら一大イベントであるエアリオが何故プールにまでついてきたのか、その理由は定かではない。
何はともあれ気合を入れて水着を着てきたエアリオは自ら鬼門に足を踏み入れてしまった哀れな子羊に過ぎない。 そして子羊にしがみつかれ今まさにおぼれようとしているリイド。
また巨大な波が迫る。 飲み込まれたら間違いなくシドのように水中に消え去ってしまうだろう。 血の気が引き、青ざめた笑顔を浮かべる。
「ちょっとま…っ!? うわーーーーーーっ!?」
リイドの悲鳴は波の音にかき消されていく。
それもこれも、アイリスのせいだ。
そんなことを、考えながら。