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僕らは、ここにいた(1)

第十三話・・・十四話?

とりあえず折り返しです。アニメならワンクール終わったところかな・・・。


ハロルドによるクーデターは失敗に終わった。

ハロルド自身も重傷を負い、辛うじて一命を取り止めた物の、彼の行いは赦されるものではない。

即刻の解雇と投獄が決定され、ハロルドは残り僅かな自由の時間を病室で過ごす事になった。

事件の裏側にあったのはジェネシス内部からの裏切り者の存在であり、ラグナロクを手引きした者が多く存在した事を物語っている。

しかし、ハロルドはそれを赦さなかった。 結果的に彼はラグナロクを手引きした人間は全て抹消させたため、ジェネシス内部から裏切り者は限りなく完璧に抹消できたと言えるだろう。

彼が行った改革は決して誰かを傷つけ見捨てるためのものではないはずだった。 彼の中にある正義の感情が結果的に物事を良い方向に運んだのかもしれない。

だとしても、ヴァルハラには不穏な空気だけが残されてしまったのも事実。 市民は危機感を与えられ、自らを守るはずであるジェネシスという企業が一枚岩ではなく、それそのものが信頼できないものだと知った時、その反感は全て残されたジェネシスにぶつけられる事となった。

連日抗議デモが発生し、今まであまりに不透明すぎたジェネシスという企業の実態を公開するべきだという声が圧倒的に高まった。

そして何より、レーヴァテイン関係者の開示とその責任の追及が強く求められた。

自分達を守る存在の不手際のせいで街が壊れ、パニックが起こり、そのせいで死傷者まで出てしまったのだと。

市街地でもヨルムンガルドの運用や兵器開発部門の裏切りにより世論を真っ向に敵にしてしまったジェネシスという企業は変わらずにはいられない窮地に立たされることとなった。

それは奇しくもハロルドが望んだ方向へ、現体制の破壊と放棄へと世界を進め、そして少年少女たちの立場も変わらねばならない時を迎えようとしていた。

今までの自由な立場から、英雄ならば英雄らしい立場へと。

英雄などという言葉は、民衆に支持されて始めて効力を発揮するもの。

英雄であり続ける為には、正義であり続ける為には、民衆の願う理想の姿を維持せねばならないのだと。

最早戦争は遠いものではなく、人類は危機に瀕しているのだと、ヴァルハラの市民も理解したのだった。

ヴァルハラの変化は世界にも少なからず影響を与える事になる。

それはSICも同様であり、同盟軍も同様。

ゆっくりと変わっていく人々の気持ちに呼応するかのように、世界もまたその在り方を変えていく。

誰もが無関係ではなく、当事者なのだと理解したのならば。


本当の滅亡の足音が聴こえてくるだろう。


今の、人の耳にならば。




⇒僕らは、ここにいた(1)




「・・・・・・・・・・・・ふわぁ〜」


眠かった。

クーデター事件から四日が過ぎ、ボクらの生活は平和なものに戻っていた。

とは言え、見上げれば天井は高く、序に言えばボクの目の前に並んだ昼食のメニューもお高すぎるくらいだったりした。

クーデター事件の反感の矛先が最も向けられたのは、ボクだった。

レーヴァテインパイロットという立場を全く開示せず今まで争いを続けてきた。 民衆は今までそんなこと誰も気にしてなかったからだ。

けれど今、ようやく自分達が危機にさらされ始め人々はレーヴァテインの存在を意識し始めたらしい。

当然といえば当然だ。 今までレーヴァテインの姿を見た事もなかった人が大半だ。 実感なんてなかったんだろう。

ボクだってそうだった。 でも、その力と存在を目撃した時、そんなあやふやなイメージは全部吹っ飛んでしまった。

驚異的なその力を真正面から見据え、人が抱く感情など殆どの場合『恐怖』だけだろう。

だからみんな怖がっている。 レーヴァテインを・・・そして、それの操り手であるボクを。

ボクの家が今どうなっているのかはわからないけれど、もう家に帰る事は出来ないのかもしれない。

とっくにばれてしまっているらしい実家には被害者が集まって抗議デモまでやっていたらしいことを噂で聞いた。

自分の部屋なんて愛着もないと思っていたけれど、いざ帰れなくなるとあんな場所でも惜しく感じるのだから人は現金だ。

ボクらになんらかの被害があってはならないとの事で、ボクらはあの事件からずっと本社ビル内で生活している。

学園も今は体制の変化に備えて休校状態らしく、もしかしたらこのままボクらは学校にも行けなくなるのかもしれない。

そんな先の事に不安を覚えながらも、けれど退屈すぎて何も変わらないこのビル内部での生活は十分ボクに眠気を齎す。

本部内にある食堂・・・これも本社ビルにある高級レストラン並の設備だったりするが・・・で一人フォークを手にぼんやりとサラダの青を眺めている。


「どうしたレンブラム。 浮かない顔をして」


「・・・ルクレツィア」


顔を上げるとルクレツィアがトレイに料理を載せて席に着くところだった。

ウェイヴのかかった長い金髪を掻き上げながら目を細め、大人びた笑みを浮かべている彼女。

エクスカリバーは現在ジェネシスのハンガーでオーバーホールの真っ最中だった。 長い間整備も補給も受けずに活動してきたエクスカリバーは本当にガタガタで、いつ壊れてもおかしくないような過酷な状況下で活動していた事がよくわかった。

外装も中身もすっきり綺麗にすることになったのは、ジェネシスから彼女たちに対する心ばかりのお礼だと思う。

とは言え、あれから四日ぶりに見る顔。 流石に甲冑は遠慮したのか、ジェネシスの制服を着用している。

それがまた彼女に引き締まった雰囲気を与え、ただでさえ丁寧な雰囲気を纏う彼女は本当にどこかのお嬢様にしか見えなかった。


「どうした? 本当に心ここにあらずと言った様子だな・・・?」


「あ、いや。 うん、まぁ・・・色々と考える事はあるしね」


頭の中を掻き乱す様々な出来事を整理整頓できずにいるのはきっとその出来事の全てがボクの処理能力を超えてしまっているからなのだろう。

レタスをフォークの先端に突き刺し、口に運びながらもいまいち気分はすっきりしないままだった。


「・・・ここの料理は本当に美味しい。 故郷のみんなにも持ち帰ってやりたいくらいだ」


頬を緩ませ、嬉しそうに・・・しかし申し訳なさそうに苦笑するルクレツィア。 多分彼女たちの置かれている過酷な状況ではここの料理はとんでもなく美味しいのだろう。

ボクが知る限り、ルクレツィアがこんな幼い表情を露にするのは食事中だけだと思う。 今も何故か傍らには剣が輝いているし、なんというか。


「ルクレツィアって何で剣持ち歩いてるの?」


「騎士だからだが?」


そんな『何を当たり前の事を訊くんだろう』みたいな顔をされるともう何も言えないじゃないか。


「そういえばクーデターの時は助かったよ。 まだちゃんとお礼言ってなかったよね、ドタバタしてて」


「構わないさ。 貴殿には以前助けられた恩義がある。 少しでもそれを返済できたなら僥倖だ」


食事マナーがとんでもなく宜しいルクレツィア。 口元をナプキンで拭いながら微笑むその笑顔はとてもお上品だった。


「でも、どうしてあんなタイミングで現れたの?」


いくらなんでもあれは出来すぎだと思わずにはいられない。 ラグナロクの連中が文句を言いたくなる気持ちもよくわかる。

しかしルクレツィアは別段特別な事をしたわけではなかった。 未来を予知したわけでも、危機が訪れると参上するヒーローでもなく、


「事前に依頼されていたのだ。 カグラ・シンリュウジにな」


「・・・やっぱりか」


そういわずには居られなかった。 その代わりとして、彼女たちはエクスカリバーの整備と補給物資の受け取りでも要求したのだろうか。

まあなんでもいい。 エクスカリバーが来なかったら間違いなくボクらは負けていた。 今ボクがここでサラダ食ってボーっとしていられるのも全部そのおかげだ。

カグラ・シンリュウジという少女の正体については、正直一言では言い表せないほど色々な事情があった―――。



「みんな紹介するわね。 彼女がジェネシスの社長、カグラ・シンリュウジよ」


「「「 はっ? 」」」


その場で説明を待っていた誰もが母さんの言葉に思わず首をかしげた。

というか、間抜けな顔をしていた。 誰もがちょっと人前では出来ないような表情でカグラを見つめていたのだ。

その視線が集中する先に居る少女はいたって普通に椅子に座ったままひらひらと手を振って笑っている。


「ちょ、ちょっとまて!? あんたスパイじゃないのかよ!?」


「スパイだよ? とは言え、アタシが調査する対象は一つじゃないんだけどね」


ジェネシスという企業が一枚岩ではなく、それぞれの部門の責任者同士が対立し、それぞれ別の主張を抱いているという事は嫌と言うほどわかった。

様々な部門を全て一つの会社でまかなっているジェネシスという企業は、内部で様々な分裂が発生し、誰もそれを全て管理する事は出来なくなっている。


「だから、アタシはそれぞれの部門を統括して調査してるの。 無論本部ここもね。 でもまあ、全五十六部門を全部調査してるから、そのうちの一つでしかないんだけどね」


呆れて物も言えなかった。

彼女はスパイでありスパイではないのだ。 だってこの企業の最高責任者であり、ただ内部監査を行っているだけに過ぎなかったのだから。


「ていうか、社長って・・・」


「一般公開はされてないけど、アタシの親父・・・つまり先代の社長は二年前に死んでるのね。 でもこんな小娘が社長してるって知られると色々不味いから、まだ親父は生きてて社長やってることになってるけど、最近のジェネシスを動かしてんのはアタシね」


影の権力者ってやつさ。 そう言って彼女は笑った。

SICの社長を見た時も唖然としたけれど、今度もやっぱり唖然としてしまった。 こういうのは何度繰り返しても慣れないのかもしれない。

つまりだって、カグラは母さんよりも遥か上、この巨大な天空要塞都市を全てその手におさめる立場に居るということなのだから。


「でも、ボクを監視してたって・・・」


「そんなこと言ったっけぇ?」


しれっと彼女はそんな事を言う。 だからボクはすぐにわかった。

カグラは確かにジェネシスの社長で、自らの力で内部監査を行っている諜報員で・・・でも、『それだけなんかじゃない』んだと。

けれどその事をみんなの前で問い詰めるのはやめておいた。 そんな事をしてもきっと彼女は答えてくれないだろうから。

だって彼女はボクを拉致たことも、ユグドラシルを見せた事も、何一つ口外しようとしなかったからだ。

そしてボクに目配せし、ウィンクする。 それは『黙っていれば後で教える』と、そうボクに語りかけていた。

だから歯を食いしばって納得した。 歪んだ笑いを浮かべ、指をごきごき鳴らしながらカグラをにらみつけた。

これでボクらは共犯者になった。 彼女がやろうとしている『何か』、けれどそれはボクに絶対に無関係なんかじゃないのだから。



「・・・・・・はあ」


でも。

お陰でユグドラシルのことも、ボクの過去の事も、カグラには表立って尋ねられなくなってしまった。

そのカグラは会社の建て直しで大忙しでボクみたいな下っ端と個人的にあっている時間なんてもうなくなってしまっているし。

なんだか色々な謎をちらつかせるだけちらつかせて、結局何も教えてくれない人が多すぎる気がする。

何も知らないからこそそれを知ろうと努力しているのに、なかなかうまくはいかない。

けれどそうした疑問はやっぱり頭の片隅に常に残っていて、あの樹の瞳を思い出すと背筋がぞっとした。


「何だ、本当に具合でも悪いんじゃないのか? アルバ医師に診て貰ったらどうだ?」


「遠慮しとくよ・・・。 アルバさん、今は色々忙しいだろうし。 オリカが撃たれて、シドも検査してるんでしょ?」


シドは連戦だったにも関わらず今まで一度も検査などしたことがなかったらしい。

それもまあ当然なのだけれど、せっかくなので序に彼の身体情報を検査してみる事になったらしい。

けれど一から全て情報を検査しなければならない分、ボクらの場合よりもかなり時間がかかっているらしい。

きっと、彼の身体のフォゾン化はボクなんかより何倍も進んでしまっているだろう。 その結果、どうなるのかはボクもよくわかっている。

だからこそ覚悟が必要だろう。 いつ自分が歩けなくなってしまうのか、立ち止まってしまうのかを理解していれば、少しは不安も掻き消せるから。


「イギリス防衛線はいいの? エクスカリバーなしじゃ持たないんじゃない?」


「・・・ふ、はははっ! レンブラムは面白い事を言うな・・・あれだけ貴殿が派手に蹴散らしてしまっただろうが。 大陸の戦力の半分近くが消え去ったんだ。 襲撃はあれから一度もない」


「え!? そ、そうなの?」


「そうだ。 だからこそ、感謝している。 皆疲れきっているが、ほんの少し・・・この安息がどこまで続くのかはわからないが、脅えず眠れる夜を与えてくれたのだから」


「・・・そんな大それたことしたつもりはないけどな」


「力を誇れレンブラム。 貴殿は人に褒められるべき事をしたのだからな」


ボクの手を両手で包み込み、微笑むルクレツィア。

誰かに褒められる、というのがどういう気持ちなのかは良く分からないけれど、少しだけ救われた気がした。


「貴殿のような友人を持てた事は我が財産だ。 今後とも宜しく頼む」


「やっ、やめてよ恥ずかしいなあ・・・」


「すまない。 本当の事しか言えない性質でな」


少しだけ照れくさそうにそんな事を言うルクレツィア。 でもそれって逆効果だと思う。 本気ですって、自分で言ってるんだから。

それと正面から向き合うのが余りにも恥ずかしくて、ボクは小さく頷いて応えた。



「退屈さー! 外出て遊びたいんよー! だーれーかーっ!!」


「駄目だ。 検査入院が終わるまで、君はここから出さないからね」


「アルバせんせーそりゃないさ・・・なんでこんなことに・・・!!」


「うるさくて寝れない・・・」


医務室はなんだか凄い事になっていた。 回転イスの上に座ったまま回り続けているシドと、その傍らで眠たげにベッドに入っているオリカ。

何で二人がアルバさんの仕事場である医務室で療養しているのか。 本来ならば個室のベッドなどいくらでもあるのに、だ。

理由は簡単だ。 目を離すとこの二人はすぐに部屋を抜け出そうとするのだ。 シドは社内をくまなく駆け回り、何もかもが珍しいのかはしゃぎ捲くっているし、オリカは気づけばボクを追いかけてきているので恐ろしいことこの上ない。


「相変わらず大変みたいですね、アルバさん」


「リイド君か・・・いやあ、それが、」


「リイドッ!! 丁度良かった、なあなあ遊んでくれよ〜〜〜!」


「リイドくん!? ワーイ、丁度よかった! ねえねえ、添い寝してよ〜〜〜!!」


「ぐあああああうるせええええ!!」


アルバさんの言葉を遮って飛びついてくる二人の頭を両手で押し返しながら叫ぶ。

絶対こいつら死なないと思う。 重傷のはずなのになんでこんな無駄に元気なんだよ。


「エアリオちゃん助けるためにがんばったんだよ〜・・・褒めてよー・・・」


「よく頑張ったな・・・」


「リイド、リイド! 腹減ったさ、なんか食わしてくれよ!」


「後でね・・・」


「リイド君、ごほうびに添い寝してよ〜。 一人で寝てるのつまんないよ〜」


「二人で寝ても楽しくはないだろ・・・」


「そんなことないよ! 何か間違いが起きてスゴいことになるかもしんないじゃん!」


「起きねえからッ!! そんなことになるなら余計嫌だからッ!!!」


「リイド〜・・・このねーちゃん胸でかいよな〜」


「知るかあああああッ!!」


貴様らは子供かあああああ!


てなわけで、もう元気そうだったんで飛ばします。 さようなら。

すがり付いてくる子供二人をアルバさんに任せて医務室を後にする。


「ったく・・・大人しく治療受けろっつの。 心配して損した・・・」


オリカの出血具合を見たときは流石に背筋がひやりとした。

殺しても死なないようなオリカが気絶して青ざめた顔をしているのを見て、ボクは何を思ったのだったろう。


「・・・・・・」


いつだったか、そんな彼女の姿を、どこかで見たような―――懐かしく、悲しい感覚。

ユグドラシルを見てから、自分はどこかおかしくなってしまったのではないかと思う。

自分の記憶なのか、他人の記憶なのかわからない夢。 頭の中で繰り返し再生される凄惨な光景。 見覚えもないはずの断片的なイメージ。

レーヴァテイン。 エクスカリバー。 トライデント。

そこには確かに三機しかアーティフェクタはなかったはずなのに。

スヴィアはどこから黒いレーヴァテイン―――ガルヴァテインを持ち出してきたのだろう。

あんな樹があることさえ知らなかったボクは。 二年より向こうの記憶を持たないボクは。 何故レーヴァテインに乗っているのだろう。

それは偶然のはずだった。 けれど考えてみればおかしな事は沢山ある。

あの日、クレイオスがシティを襲い、それにたまたま遭遇したボクと、たまたま現れたエアリオと彼女の構えた拳銃。

ボクに向けた言葉の数々。 不思議じゃないのか。 何でいきなりレーヴァテインのパイロットなんかに選ばれるわけがあるんだ。

行き成りヴェクターはボクにいった。 パイロットになれと。 けれどそれって当然の事なのか。

違う。 彼らはボクの事を知っていたに違いない。 カグラがずっとボクを監視していたように、何らかの手段でボクを知っていた。


「ボクがレーヴァテインに乗る事を、知っていたんだ」


考えれば考えるほどソレは当たり前すぎることだった。

動く最重要機密、レーヴァテイン。 それにいきあたりばったりの子供を乗せるだろうか。

限られた人間にしか動かせないそれを、見ず知らずの人間に預けるのだろうか。

今まで気にもしなかったような様々な事実がボクの心を掻き乱す。 まるでそう、今までのボクの戦いは・・・何か認識し得ない巨大すぎる誰かの意思、何かの意図で全て定められて来たかのような。

ボクが決めて、自分の意思で戦うと思ったはずの日々は、全て誰かの願いの先にあるボクの意思とは無関係なものだったとしたら・・・。

それはきっととても恐ろしい事で、だからこそボクは知らなくてはならない。 ボクを取り巻く様々な環境、意思、そして自分の事を。

もうそれはボクにとって関係のないことなんかじゃない。 全ての人も、世界も、ボク自身も・・・。 だから、向き合わなくては。


「・・・うん」


きっと、イリアもそれを望んでくれるはずだから。

そしてエアリオが、アイリスが、カイトが、みんなが。 ボクの背中を押してくれるから。


「頑張らなくちゃね。 せめて後悔しないように」


イリアを使ったホルスの再起動。 そして完全に命を落としたイリア。


ボクらは、まだ・・・ハロルド・フラクトルを許せないで居た。


けれどそれはきっと許してはいけないことなのだと思う。 きっと命が軽んじられてしまうのはこんな世界だからで、だからソレを許してはいけないんだと思う。

憤り、怒り狂い、時には泣き喚いてそれと立ち向かわなくてはならない。 落ち込んでしまっても立ち上がり、みっともなくても這いずっていかなくては。

そうすることでしか世界はきっと変えられない。 沢山の意思が蠢くこの星で、出来る事は多くなく。

だからこそ努力し続けなければならない。 ボクは少なくともそう思う。


「でも、まあ」


ハロルドの事はきっとカイトが何とかすべき事なんだと思う。

彼は自分に全て任せてくれと言ってきり、もう四日もボクらの前に顔を出していない。

きっと彼なりに色々と処理しなければならない事があって、今まさに色々な感情と戦って居るところなんだと思うから。

だから、ボクはボクなりに彼の帰りを待とうと思う。

ボクの事を彼が待ち続けてくれていたように。 信じようと思う。


だから。


「アイリス・・・また訓練?」


トレーニングルームでシュミレータに座っていたアイリスに背後から声をかける。

汗だくの少女はタオルで顔を拭きながら振り返り、気まずそうにボクから視線を逸らした。


「はい・・・。 また迷惑かけてしまったら、嫌ですから」


何度聞いたかわからない返答。 彼女は今、きっと自分を許せないでいるのだと思う。

あの戦いで、大切な人が失われていく中、何も出来なかった無力感は彼女の心に大きな傷を残した。

心、というよりは矜持だろうか。 プライドの高い彼女だからこそ、敗北が許せなかったのだろう。

もうずっと、見るたび彼女はここにいる。 一人でずっと訓練を続けていた。 誰もいない広すぎるその場所で一人、汗に塗れて。


「付き合おうか?」


「結構です。 先輩の足を引っ張りたくないので」


「でも、ほら。 ボクも一応先輩だし、教えられそうなことが・・・」


「結構ですっ!!!」


突然の叫び声。 広い部屋に響き渡り、ボクは口を閉じた。


「あ―――す、すいません・・・! あの・・・もうあがりますから、失礼します・・・」


彼女はそう呟いてボクの脇を通り過ぎて行く。

紅い髪が揺れて、視界から消えていくその姿をボクはとどめる事が出来なかった。


「やっぱ、だめか・・・」


嫌われ者の先輩じゃ、後輩の女の子一人救ってやれない。

だからいつも嫌なんだ。 無力なのは君だけじゃないんだよ、アイリス。


「ボクに何が出来るんだろう」


見つめる手の平。 決意したって出来てる事なんて本当にいつも少しだけだ。

いつになったら悲しみも苦しみも乗り越えて生きていけるんだろうって思う。

それはきっと凄く遠い場所にあって、まだ幼いボクらはそれを信じられず、いつでも迷っているんだ。


「リイド」


振り返る。 包帯を頭に巻いたエアリオが駆け寄ってきて、ボクの腰にしがみついた。


「っとと・・・どうしたの?」


「ん・・・何でもない」


と口では言うものの、彼女は腕を離さない。

溜息をついてその髪を指に絡める。 包帯の白さは彼女の肌と髪の白さに溶けてしまいそうで、なんだか雪を触っているような気がした。

冷たくなんかなくて、さらさらしていて指どおりのいい心地よい髪。 けれど、何故かボクはそんなものを連想した。

金色の瞳は真っ直ぐにボクを見つめている。 瞳で語るように、彼女はボクの瞳を覗きこんでいる。

ボクが不安じゃないか。 苦しんでいないか。 そんなことを察するように彼女の瞳はいつも純粋すぎて、時々真っ直ぐ見詰め合うのが辛くなるけれど。


「大丈夫だよ、エアリオ」


頭を撫でる。


「ボクは、大丈夫だ」


君たちが居てくれるから頑張れるよ。


ボクが間違えて間違えて学んだ事。


レーヴァテインに乗り続ける限り、ボクら適合者は干渉者を傷つけ続ける。


だから、優しくしよう。 傷つけてしまう彼女を、少しでも癒してあげられるように。


「何か、話そうか。 食堂でコーヒーでも貰って」


「うん」


微笑む彼女の表情は、初めて会ったその日のものとはあまりに違いすぎる。

それはエアリオが変わってきた証拠であり、その無邪気な愛らしい笑顔をボクは守らなくてはならないのだと心を奮わせた。

エアリオを見ていると、人は変われるんだって教えてくれているようで、とても気持ちが楽になる。


頑張らなくちゃなあ。



そんな風に思わせてくれる彼女の存在が、今のボクの数少ない救いだった。


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