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愛よ、遥かなれ(5)

まさかの五分割!!!

「オリカ―――?」


銃声と共にゆっくり倒れていくオリカの姿をエアリオは目の前で見つめていた。

不恰好な姿勢で倒れたオリカの脇腹から大量の血液が溢れ出し、アスファルトの白を赤く染めて行く。


「つくづく邪魔な女だな。 全く、厄介な存在ですよ・・・貴方は」


目を見開いてただそれを見つめていた。

血は止まる事無く流れ続け、オリカは起き上がる事もなく身動き一つせず静まり返っている。


「・・・お・・・まえ・・・」


カロードを睨み付ける。 青年は拳銃をホルスターにしまい、エアリオに近づく。


「全く、邪魔ばかり入って心外な展開ですよ。 死んではいないんでしょう? オリカ・スティングレイ」


倒れたままのオリカを革靴で蹴り上げ、その頭を踏みつける。


「やめろおっ!」


オリカを庇うように覆いかぶさり、ありったけの憎悪を込めてカロードを睨み付ける。 それが今のエアリオに出来るわずかばかりの抵抗だった。


「オリカ・・・しっかりして・・・!」


「時間がないので急いでもらいますよ、イヴ―――」


カロードがエアリオに向かって伸ばす腕。 その手首を、血まみれの手がしっかりと掴みあげていた。

血まみれの少女はエアリオを優しく押しのけるとカロードの手を引くと同時に立ち上がり、青年が手を伸ばした先、拳銃を蹴り飛ばす。


「何ッ!?」


血まみれの少女は自らの血液がたっぷり付着した腕を振るい、カロードの顔に叩きつける。 目に付着した血液はカロードの視界を奪い、次の瞬間には伸びたオリカの長い足がカロードの頭部を直撃していた。


「オリカ・・・無理をするなっ」


「うん、へーきだよ? 痛いのは慣れてるし・・・エアリオちゃんは心配しなくていいから」


自らが着用していた革のジャケットと黒いセーターを脱ぎ捨て、それを腹部にきつく巻きつける。

下着姿のままエアリオの前に立つと拾い上げた拳銃をカロードに向けた。


「色々言いたい事はあるけど、とりあえず死んで」


引き金を引く。 それよりも、早く―――。


『お兄様っ!!』


動き出したエリザベスが操るヨルムンガルドが発砲する。 アサルトライフルが放つ巨大な実弾はアスファルトの大地を簡単に砕き、しかし慌てて構えた銃口はオリカを捉えられず、カロードとの分断に成功しただけであった。


「やめろエリザベス! イヴに当たったらどうするつもりだ!」


『で、でも・・・っ』


「オリカ・スティングレイ・・・どこまでも忌々しい!」


「後ろから撃っておいてよく言うよ・・・」


傷口をセーターの上から押さえ、顔をしかめる。

痛い、なんてものではなかった。 それに痛みよりも出血の方が問題。 止血は一応したものの、こんなものは気休めくらいにしかならないだろう。

白い肌を血と汗で濡らしながらよろけるオリカを支え、エアリオが庇うように前に出る。


「おまえはわたしを撃てないんだろう・・・? だったら諦めろ」


「・・・そのようです。 何、特に焦る事でもない・・・時が来れば貴方は僕のものになる」


『お兄様、早く!』


エリザベスの声に頷き、ウロボロスのコックピットに乗り込んで振り返った。


「覚えておけスティングレイ。 必ず借りは返す」


ウロボロスの瞳に灯が点り、二機は格納庫を飛び去っていく。

それを見届けてオリカはエアリオに体重を預けるように、ずるずるとその場に倒れこんだ。


「オリカ・・・! 無茶にも程があるだろ・・・!」


「うーん、ごめん・・・。 あと、任せていい?」


「え・・・あ、おいっ?」


意識を失うオリカを抱きとめるエアリオ。 二人の髪をウロボロスが飛び立つ際に生み出した暴風が靡かせ、夕日を背にカロードは飛び立つ。

コックピット内でウロボロスの動作をチェックしつつ、表情を顰めて舌打ち。


「実に忌々しい・・・!」


『お兄様、作戦行動を第二段階に!』


「判っている! ミリアルドは!?」


『もうこっちに向かってます!』


「そうか・・・。 では、まずは一番の脅威を取り除くとするか」


フォゾンライフルを構えるウロボロス。

光の矢の矛先は、先ほどから大声で耳障りこの上ない少年。

それはこの状況に置いて最大の敵勢力であり、唯一の脅威。

引き金を引き、青年は呟いた。


「下らん余興に付き合わされた礼だ。 二人仲良く消え去るがいい」




「ここは・・・」


わけのわからない薄暗く細い入り組んだ迷宮のような道を抜けた先。

そこは、本部のとある通路だった。 見覚えのあるその場所に思わず首を傾げる。


「ここを真っ直ぐ行けばハンガーのはずだよ。 はい、行ってらっしゃい」


「え?」


という言葉よりも早く、リイドの両手を拘束していた手錠が音を立てて通路に落ちた。

状況が飲み込めず目を丸くしているリイドの背中を強く叩き、カグラは笑った。


「ほら、状況はさっき説明してあげたでしょ?」


「う、うん・・・。 でもチョット待って。 話の筋からしてボクは君がラグナロクのスパイなんじゃないかとばかり思ってたんだけど・・・」


「そんなこと一言も言ってないけど?」


「ええ!? じゃあなんなんだよ、あんた!?」


「んー・・・話し始めると長いからね。 間に合わなくなる前に、とりあえずやることやってきなさい」


あっけらかんと開き直って笑っているカグラに何か色々と文句を言いたいリイドだったが、その顔を見ていたら段々と馬鹿馬鹿しくなり、髪を両手で掻き乱しながら喚き、それからジト目で少女を見つめる。


「終わったら説明してもらいますからね・・・ッ」


「あいさ」


後はもう、やるときめたのだからわき目も振らずに駆けていく。

そんな少年の真剣な後姿を眺めながら、カグラは緩い表情でゆらゆら手を振っていた。




⇒愛よ、遥かなれ(5)




「おぉぉぉまああああえぇええええええ〜〜〜〜っ!!!」


ガトリング砲を連射しながらウロボロス目掛けて駆けて行く真紅のヘイムダル。

夕日を背に飛び立つウロボロスはその上空を飛翔しながら空中からフォゾンライフルで攻撃する。


「うああああっ!?」


降り注ぐ光の雨は回避するだけで手一杯。 大地が吹き飛び、街が崩れ去り、その衝撃に巻き込まれ足を縺れさせる。

転んだところにすかさず追加の攻撃が襲来し、咄嗟に腕を前に防御するヘイムダル。

前回の戦闘を反省に対フォゾン装甲を強化させたその腕は光を拡散させ、弾き飛ばす。 しかし複数回それを浴びると反射効果は薄れていった。

排出しきらない熱量でヘイムダルの内部は蒸し風呂のように熱い。 拡散しきれないレーザーは装甲を溶かし、煙をあげながらヘイムダルは膝を着く。


「だとしても・・・!」


引き金を引く。 自分が窮地に立たされている事も忘れ、アイリスは必死で攻撃を続けた。

機動力が違いすぎるウロボロスに対し、そもそも技量自体が敵わないアイリスがどれだけがむしゃらに攻撃したところで掠りもしないのは当然の事だった。

カロードの軌道はカイトにも匹敵する。 いや、それ以上だろう。 エリザベスが駆使するヨルムンガルドより、さらにそれは速かった。

目にも留まらぬような超スピードで疾走する蒼い影は光を放ち、一瞬でヘイムダルは無残な姿に破壊されていく。

止めを刺さなかったのは単なるカロードの気まぐれに過ぎなかった。 サンプルとして持ち帰ればいいのは、パイロットがわざわざ放棄してくれた無傷のカイト機だけで十分だろう。 すぐさま破壊できたはずのアイリス気を破壊しなかったのは、単なる偶然の産物。

黒煙を巻き上げながら機能停止するヘイムダルの中、真っ暗になるコックピット。 アイリスはそこで静かに泣いていた。


「また・・・何も出来ないなんて・・・っ」


嘆いたところで現実は変わらない。 そう、光の中に消えていった二人の姿は、もう戻らない。

そう考えると、戦う事が馬鹿らしくなってしまう。 目の前で大切な人を二人も一度に失って何も出来ず、これ以上努力したところでどうなるというのか。

何も変わらない、辛い現実ならば逃げてしまいたい。 このまま死んでしまうのも悪くないのかもしれない・・・そんな風に考えてしまう。

ウロボロスはライフルを構え、ヘイムダルを破壊しようと最後の引き金を引く―――。


「させるかああああああっ!!」


飛び込んできたのはリイドが乗る、干渉者を搭乗させていない生身のままのレーヴァテインだった。

故に翼を使えず、大地を疾走する。 その速度はあまりに遅く、ヘイムダルにも劣っている。

それでもリイドは飛び込んできた。 叫び声をあげながら、ヘイムダル用のライフルでウロボロスを攻撃しながら。


「レーヴァテインか」


物理弾頭など、ウロボロスには通用しない。 アーティフェクタに限りなく近い光装甲を所有するウロボロスはその細いシルエットとは裏腹に非常に頑丈だ。


「干渉者も乗せずに現れるとはな・・・。 こちらの手間が省けるというものだ」


それはカロードにしてみれば幸運だ。 元よりレーヴァテインは頂いていく算段。 ならばわざわざ探す手間が省けるというもの。

ライフルを背部にマウントし、バーニアをフル稼働させ一瞬でレーヴァテインに掴みかかる。

正面からつかみ合う二機。 しかし今の状態では出力がそもそも違いすぎる。 大地にねじ伏せられたレーヴァを見下ろしながらカロードは叫ぶ。


「エリザベス! ミリアルドが来るまでにこいつを拘束する!」


「う、うん!」


リイド・レンブラムもご同行願えるのであればそれは好都合。 破壊するのではなく、そのまま自由を封じて持ち帰るのが得策。

エリザベスの駆るヨルムンガルドが捕縛用のワイヤーを展開しながらレーヴァに迫る。 リイドは必死でウロボロスを押し返そうと抵抗するものの、干渉者のいないレーヴァテインで出来ることなど余りにも限られている。


「くそ・・・!」


エアリオもオリカも、イリアもいないこの状況でリイドに何が出来るというのか。

飛び出したところで出来ることなどなにもないということは百も承知。 それで飛び出せば余計事態を悪化させるだけかもしれないということも。

それでもじっとしていられなかったのは何故だろう。 焦っているはずなのにそんな問答が自己に繰り返される。

アイリスとの約束を守ろうとしたからか。 それもある。 この町をまもりたいからか。 それも無論あるだろう。

しかし、違うのだ。 だからといって自分勝手な行動で全てを台無しにしていいという免罪符にはなり得ない。 そんなことはわかっている。

守りたいだの戦いたいだの口走ったところで敗北してしまえば全てが台無しになるのだ。 勝利してこそようやく願いも主張もまかり通る。

敗北者の結末は常に惨めで無意味なものだ。 そうなることが判っていて、リイドは出撃したのか。


「違う・・・」


そうなる事を知っていた。

いや、信じていた・・・というべきなのかもしれない。

直感的な何かが、リイドに勝利を予感させていた。 『何とかなる』―――そんな漠然とした曖昧すぎる予感に身を任せていた。

しかしそれは決して的外れなどではなかった。 いや、そうなるために全ては仕組まれていたとさえ今は思える。

なぜかはわからない。 けれど今、『リイドのカンは、最高に冴えている』―――。



「随分と苦戦しているようだな、レンブラム」



飛来する剣はウロボロスを直撃し、腕を貫通すると同時に機体を吹き飛ばす。

直後、紅いマントに身を包んだ騎士が舞い降りた。 音よりも早くレーヴァテインの前に身を乗り出し、腕を振るってマントを広げる。

―――白銀の騎士。 蒼い瞳を輝かせ、両手に剣を携えたアーティフェクタ―――エクスカリバーの姿がそこにはあった。


「・・・ルクレツィア・・・それにシド! ごめん、助かったよ・・・」


「何、借りを返しただけだ。 貴殿には、返しきれぬほどの恩があるのでな」


『何でこんなタイミングよく現れるのよ、エクスカリバーッ!!』


チェーンソーで斬りかかるヨルムンガルドの攻撃を交差させた剣で受け止め、火花を撒き散らす光の中、リイドに向かって叫んだ。


「ここはおいらたちに任せて、さっさと干渉者乗せてくるんさ、リイド!」


「判ってる!」


既にリイドはエリアマップからエアリオとオリカの反応を探していた。 近い方を迎えに行き、即座に反転して反撃に出るしか道はない。

そして何故か二人とも重なるように反応するマーカー。 すぐに起き上がり、反転して駆け出す。


『させん!』


背中を向けたレーヴァテインに向かって放たれるフォゾンライフル。 その光を断ち切り、エクスカリバーが立ちはだかる。


「いかせねえさ!」


リイドが二人を迎えに行くまでに必要とする時間は僅か。 三分も必要としないだろう。

三分間の間にエクスカリバーの護りを抜け、レーヴァテインを捕らえる。 それがカロードにとって最もシンプルで手堅い勝利だった。

しかし騎士は姿勢を低く、両腕を振るって虚空より無数の武器を生み出し―――次々と大地に突き刺し護りを固める。

大地に突き刺された武器たちはオートで反応する罠。 接近する目標に反応し、自動的にその姿を穿つ。

エクスカリバーは『守る』事に特化したアーティフェクタ。 ならば、三分だろうが三十分だろうが三時間だろうが、守り抜く自信は十分すぎるほどある。


「さぁ、かかって来い。 我が正義がお相手致す」


『このぉっ!!』


二機は剣の森に近づかず、遠距離から何度も何度もライフルで同時に攻撃を仕掛ける。

左右上下から飛んでくるライフルの光を片っ端から切り裂き、通り抜けようとする機体には槍を投げつける。

全く身動きが取れない。 ここまで圧倒的なものなのかと、思わず歯を食いしばらずにはいられない。

敵を通さない。 それはエクスカリバーが最も得意とする、正に彼らの為にあるような戦術。

今までだって、一匹たりとも曲者を背後に通した事はないのだから―――。


『エクスカリバー・・・何故こんなタイミングで・・・ッ!』


計画は狂いっぱなし。 悉く邪魔が入る。 全てを邪魔する何物かの意思が、常に付きまとっているような不安感。

騎士は刃を構えなおし、手をこまねいている二機を見据える。


「この間は随分と舐めた真似をしてくれたな。 正面から正々堂々刃を交える事もしない卑怯者め―――!」


ルクレツィアはまだ先日のラグナロクの所業を赦してなどいない。 むしろ怒りは今だ燃え続け、いつか必ず刃を持ってして制裁せねばと常々思っていたくらいで。

リイドに恩を返すためだけではない。 売られた喧嘩を、しっかり全額買い取るために。


「エクスカリバー=ヴァルキリア・・・圧して参る!」



「エアリオオオオオーーーっ!!」


リイドの叫び声に振り返ると、レーヴァテインは滑り込むように二人に近づきながらコックピットを開いていた。

顔を覗かせたリイドがレーヴァテインの手を伸ばし、二人をコックピットにいざなう。


「って・・・オリカ!」


「あんまり動かすな・・・! 今は時間がない、急ぐぞリイド!」


「あ、ああ・・・なあ、これ生きてるよな?」


個人的にはオリカが死ぬ気が全くしないリイドだったが、大量の出血で血に染まったセーターを見ていると不安は隠しきれなかった。

すぐさまレーヴァテインをマルドゥークで立ち上げるエアリオ。 金と銀の甲冑がレーヴァテインを多い尽くし、その性能が跳ね上がる。

久しぶりのマルドゥークの感触を懐かしく思いながら流転の弓矢ユウフラテスを構築し、矢を束ねる。


「久しぶりのユウフラテス・・・当てられるか?」


「舐めるなよ」


ぎりぎりと音を立てて引き絞られる光の弓。 マルドゥークの瞳が輝き、ユウフラテス本体が金色に輝きはじめる。


「今まで一度だって、外した事はない―――」


放たれた。

矢は無数の軌跡を残し、全く予測出来ない不可解な弾道でヨルムンガルドとウロボロスに迫る。


『な、何・・・きゃあああっ!!』


全く反応できなかったヨルムンガルドに矢が直撃し、大爆発を巻き起こして墜落していく。

ウロボロスはフォゾンライフルで攻撃を相殺するが、切りかかってきたエクスカリバーに片足を奪われ、炎を巻き上げながら後退する。


『ちいいいっ!!』


これ以上一秒でもこの戦場にいるのは敗北の危険性が高まるだけ。 勝利はありえない・・・それはもはや明らかだった。

遠距離からの支援攻撃を行うマルドゥークと接近戦でそれをフォローするエクスカリバー。 二機の相性は余りにも良すぎる。

単騎でそれらとやりあう事が不可能である事など、カロードはとっくに理解していた。

それでも一瞬足を止めたのはスラスターと両足を破壊されて都市部に墜落したままの妹の機体が気になったからだろう。

ああなってしまってはもはや離脱は不可能。 となれば、妹を見殺しにする事になる。

歯を食いしばり、目を見開く。 苛立ちでコンソールに拳を叩きつけながら、黒煙を巻き上げつつ離脱するウロボロス。

それを追撃するように弓を連射するマルドゥークだったが、その矢はどこからかウロボロスに合流した機体に弾き飛ばされ、二機はそのまま消え去っていく。


「くそ・・・まだ残ってる戦力があったのか」


「早く本部に!」


舌打ちするリイドに叫び、撤退を促すエアリオ。 リイドは頷き、オリカを抱き寄せたまま飛翔した。

そうして頭上を通り過ぎていくレーヴァテインの姿を、壊れて開いたコックピットの上に立ち、アイリスは見送っていた。





「エアリオ・・・怪我、大丈夫なの?」


「ん。 平気」


格納庫の片隅。 レーヴァテインの足元で二人は座っていた。

オリカが担架に担がれて医務室に運ばれるのを見送り、安堵から溜息を着いてその場に座り込んでしまったのである。

急ぎだったせいで何かいろいろな物をすっかり置き去りにしてきてしまったが、今はとりあえずオリカの無事を祈るばかりだ。

傷ついたエアリオの頬に手を触れ、不安そうにその瞳を覗き込むリイド。


「お前も行ったほうがいいんじゃないのか?」


「平気」


「でもな・・・」


「平気」


「血が・・・」


「平気」


「・・・そうですか」


結局リイドが折れた。


「でも・・・ありがと」


照れくさそうに顔を赤らめ、それから立ち上がるエアリオ。

タイミングよくカタパルトエレベータでエクスカリバーと、それが回収してきたヘイムダルの残骸の上に座ったアイリスが降りてくる。

その目は泣き腫らして真っ赤であり、リイドは何か背筋がぞっとするのを感じていた。


「アイリス!」


エアリオと共に駆け寄ると、アイリスは歯を食いしばり、俯いたまま涙を流していた。


「どうしたんだよ・・・?」


「れんぶら・・・っ・・・せんぱ・・・っ」


言葉にならないのか、途切れ途切れに喋るアイリスの言葉。

それを最後まで聞き届け、リイドは静かに呟いた。



「・・・・・・うそだろ?」





「ふう、やれやれ。 とりあえずクーデターは収まったみたいね」


司令部。 椅子に腰掛けたリフィルは上着を脱いで溜息をついた。

切断され転がった鉄の扉。 突入してきた兵士たちも、クーデーターの失敗をしり撤退していった。

というよりは、機能停止に陥っていたジェネシスという企業の駆逐性能が彼らを拿捕し、連衡していったと言える。

何はともあれ急激な人の出入りを眺めながら頭を抱える。


「これからが忙しくなるわね・・・っと、あら? あなた・・・」


「お久しぶり〜、リフィル」


階段を上りながら能天気な笑顔で手を振っているカグラ。 二人は向かい合い、それからお互いの苦労を察して苦笑した。


「さて、あとは色々と後片付けをしなくてはいけませんね」


腕を組むリフィル。 カグラは隣に座って足を組み、静かに微笑んでいた。




「何でだよカイト・・・! なんであんたが死ぬんだよ・・・!?」


燃え尽きたガラクタとなったホルスの麓にリイドは立ち尽くしていた。

アイリスは泣き崩れ、エアリオも辛そうに表情をゆがめている。

ルクレツィアとシドはエクスカリバーの中で待機し、その様子を眺めていた。


「なんであんたなんだよ・・・! カイト先輩・・・!」


ガラクタを殴りつける。 悔しくて涙が零れた。

また守れなかった。 大事なものを失ってしまった。 今までいつでもその背中が自分を導いてくれた大事な先輩を。


「くそっ・・・ボクは・・・何て馬鹿なんだ・・・っ」


誰もが同じ気持ちだった。 後に残されたのは後悔だけで、何もかもがくすんで見える。


その時だった。


『その声・・・リイドか?』


「・・・・・・え?」


三人の声が重なった。 誰もが同時に顔を上げ、それからホルスの残骸に駆け寄る。


「か、カイト!? 亡霊!?」


『違う違う、装甲板に閉じ込められてんだよ・・・。 誰か助けてくれえ〜・・・』


その間抜けな声を聞いた瞬間。

アイリスは両手で口元を抑え、笑いながら泣き出し、エアリオはほっとしたのか静かに目を細め、


「・・・んの、ふざけんなよ、馬鹿カイトォッ!!!」


笑いながらリイドが叫んでいた。

むしろ、彼が装甲を殴っていなかったらカイトはずっと生き埋めのままだったかもしれない。

装甲の中、薄暗い空間でイリアを抱いたままのカイトは傷だらけの身体で苦笑しながらイリアを見つめる。


「お前が守ってくれたんだよな・・・? イリア」


光の銃弾が二人を襲った瞬間、動けないはずのホルスは腕を翳し、二人を庇った。

それでも傷だらけになり、崩れた腕に押しつぶされそうになり、何回も死にそうにはなったけれど。

目を閉じ、眠るように息を引き取っている少女が最後の最後に見せた奇跡。 そのことは、カイトだけが知る事であり、今後誰かに話す事もないだろう。

それは自分だけが知る、少年と少女をつなぐ一つの絆が引き起こした奇跡だから。


「ありがとな、イリア。 俺、もう少し生きてみるよ」


死んでしまったら、仲間が悲しむから。

エクスカリバーがどかす瓦礫の隙間から紅い夕日の光が差し込み、思わず目を細めた。


瞬間、何故か懐かしい記憶が脳裏を過ぎった。 様々なシーンが瞼の後ろに映っては通り過ぎていく。

まるで走馬灯のように彼女との想い出を見つめながら少年は光の中から差し込む手を見た。

それはいつだったか、少年を暗闇の中から引きずり出してくれた強く強く引く白い手。

思わず手を伸ばすと、その手は折り重なり、三つの手がカイトを掴んだ。

だから目を見開く。 リイドが、アイリスが、エアリオが。 泣きながら笑いながら、もう顔をめちゃくちゃにしながら懸命にカイトを引っ張っていたのだ。

目を伏せ、静かに笑う。


「そうだよな」


呟いた。


「もう・・・」


一人じゃないから。 だから、暗闇の中でじっとしているわけにはいかないから。

歩き出さねばならない。 沢山の問題やこれから訪れる幸せと向き合っていくために。

自分の手を引くのはもう君ではないけれど。 でも、君の事を忘れないために。


「もう少しだけ、頑張るよ」


強く引く手を掴み、少年は身を乗り出す。



夕焼けはもう直完全に暗闇に飲まれ、夜に消えてしまうだろう。


それでも必ず朝は来る。 またその闇が訪れ日が沈む事を知っていたとしても。


また何度でも、彼は前を向いて歩き出すだろう。



「おかえり、カイト」


泣きながら微笑むリイド。


カイトはその肩を抱き寄せて、苦笑した。



「おう、ただいま」



悲しみや苦しみと向かい合って生きていこう。


自らが幸福を享受していくために。


だから、ありがとうイリア。


さようなら。



リイドよりも少しだけ遅い、彼女への別れの言葉は、


胸の中で静かに呟き、決して口にはしなかった。


40部目です。丁度きりよく『愛よ、遥かなれ』が終了しました。

長かったです。これもしかしたら今まででで一番長い一話だったんじゃないかなと思います。僕自身が書いてて猛烈に疲れたので、少し休みたいと思います。

とりあえずはこんな長い小説をわざわざ読んでくれているそこの貴方に感謝したいと思います。

今回は念仏も一緒に送りたいと思います。


えー・・・あー・・・でも念仏とかわからないので普通に感謝の念を送りました。


届きましたでしょうか?


さて、40部まで長々と続いている本作ですが、もうなんでこんな長いのか自分でもわけがわかりません。

壮絶な文章量のはずなのにちっとも話が進まない。やりたいシーンは色々あるのにいつになったらたどり着けるのか見当もつきません。

これでも無駄なシーンは極力カットしているつもりなんですが、あんまりカットしすぎると急展開すぎて全く誰もついてこられなくなりそうで怖い。

特にこの話なんて余りにも急展開過ぎる。この後色々な話のキモになってくる一話には違いないのですが、フラグ張りすぎでどれがフラグなのかもう自分でもわからなくなるくらいなので。

実はカイトの過去編を丸々一話使ってやる予定があったのですが、長すぎると思ってやめました。もっと色々カイトには設定もあるんですが、それらはこのままお蔵入りしそうな気がします。

しかしこの話どうなんだろうなああと常に思いながら執筆を進めていました。なんだか急展開すぎるのはもう明らかですし、カイトの告白シーンとかはちょっと書いてて自分でもどうかと思ったので仕方ないです。

でもあいつはああいいうキャラなので苦しくても書きました。これがものすっご批判されてものすっご人気落ちたらどうすっかなあとか考えながらも頑張りましたよ。

カイトはここで殺しとこうかなとも思いましたがなんかすごく暗くなりそうだったので生存。よかったね。


さてもう霹靂のレーヴァテインというお話も後半に差し掛かります。色々とやらねばならないことはありますが、とりあえずはもう少し平和なシーンを増やしたいと思います。


最近の目標はユニークアクセス一日200突破なんですが、全然突破できそうにありません。でもこればかりは面白くないとしょうがない。困ったものです。


そんなこんなでだらだらあとがき書いてみましたがいかがでしょうか?

次話は話の整理整頓、総集編的なゆるい日常シーンにしようと思っていますが、果たしてどうなることやら。

それでは後半ももうしばらくお付き合いください。


ていうか見捨てないでね!

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