愛よ、遥かなれ(3)
タイピングしすぎて肩がこってきた・・・うう。
またしても超展開。
革命は静かに、しかし確実に、実行に移された。
真っ先に行われたのは格プレートシティのエレベータ封鎖だった。
誰もが空中の鉄板の上、身動きも取れず、逃げる事も出来なくなる。
次にジェネシス本部より無数のヨルムンガルドが出撃し、それぞれのプレートを・・・特に本社ビルが存在する最下層プレート、108番が重点的に制圧された。
制圧と言えども攻撃を行うわけではない。 ただ、武装したヨルムンガルドを並べているだけのこと。
それでもそれは紛れもない制圧だった。 圧倒的な存在感を示すヨルムンガルドは、ただそこに立っているだけで人々に恐怖を植え付ける。
誰も抵抗する力を持ち合わせていないのだ。 その銃口が自分達に向けられる可能性が微かにあるだけで、それは畏怖の対象だった。
次に歩兵が出張り、市民たちが動かないように命令する。 街中で誰もが一箇所に集められ、身動きが取れなくなる。
発砲はしない。 無論民衆を攻撃するつもりなど誰もない。 ただ、危機感を持たない人間を強制的に動かす最も効率の良い方法が『恐怖』であったに過ぎない。
『どういうことだ!? こんなことは聞いておらんぞ、ハロルド!!』
『直ちに説明しろ! これは何の騒ぎだ! 何故ヨルムンガルドなどが・・・ぐわあっ!?』
ハロルドの執務室につながれた数え切れない重役たちの通信。 しかしそれらは次々に途絶していく。
彼らの自宅、会社内は完全に歩兵部隊によって占領され、必要があれば発砲し、殺害も辞さない。
「この町のトップに居るのが腐っていたのではどうしようもないからな。 序にゴミ掃除だ」
何もせず、ハロルドが足を組んでティータイムを楽しんでいる間に。
彼の周囲に浮かび上がった映像では、次々と人が死んでいく。
肥え太り、保身の事しか考えない―――そんな腐った権力を振りかざすだけの人間は排除されればいい。
一丸となって脅威に立ち向かわなければならない現状で、そのような存在は邪魔になっていくだけだ。
上層部の人間の中には戦車や歩兵などの自衛兵力を持つものも居る。 一般市民が何の武装も行っていないのに、保身に走り、家に閉じこもるような者が。
それらにはヨルムンガルドに搭乗した兵器開発部が選抜したパイロットたちが攻撃を仕掛ける。
巨大な豪邸をマシンガンの掃射で薙ぎ払い、戦車を踏み潰し、ヘリコプターを握りつぶす。
打ち放たれる炎の矢。 燃え盛る地獄のような景色。 しかしそれらは革命に必要な儀式なのだとハロルドは信じている。
そう、こうなる事を予期し、この日の為に着々と準備を進めてきたのだ。
ヨルムンガルドを手引きし、極秘裏に志を同じくとするパイロットを育成する。
ヨルムンガルドは戦闘能力こそヘイムダルには及ばないものの、その利点は戦闘機と同じ感覚で運用できる事にある。
つまり、熟練したパイロットならば、僅かな訓練で搭乗可能なのだ。
逃げ惑い、文句を垂れ、石を投げつける市民も居る。
しかしそれらに向けられた巨大な銃口が火を吹けば、誰もが震え上がり、声を殺して物陰に隠れた。
射殺はせずとも、建造物を破壊してデモンストレーションを行ってみせる。 一瞬で倒壊するビルや燃え盛る大地。 崩れた瓦礫の影からそれを見る市民の瞳はすっかり恐怖に囚われていた。
「何もせず、ただ文句を言うだけの愚民め・・・」
自らが守られた存在だとも知らずに。
自らの幸福がどれだけかも知らずに。
「荒っぽい手を使っても構わん! 全員一箇所に引きずり出せ!!」
腕を振るう。
兵士たちはその声に従い、都市を制圧する。
嫌がる人々を強引に連れ出し、圧倒的な暴力で脅し、掻き集めていく。
その様相は、疑う余地もなく。
「・・・これが私の、世界への革命」
そう、疑う余地もなく。
⇒愛よ、遥かなれ(3)
西暦2658年、夏。
カイト・フラクトル八歳。
その時代にもなれば、世界中の殆どが神に侵略され、生き残った人々も逃げ惑うだけだった。
幼い少年だったカイトもまた、母の手に引かれ祖国をすて逃げ惑う生活を続けていた。
船に乗り、家族が辿り付いたのはハワイ諸島。 大勢の難民が目指す場所は、楽園と噂されるヴァルハラだった。
難民は世界中で合流し、そして彼らは安全な場所を求めてヴァルハラを目指したのだ。
食べるものも着るものも満足に用意できない度の中、カイトは遠くにそびえ立つヴァルハラを見上げていた。
静かな海辺。 大人たちとも子供たちとも離れた場所で一人、カイトはただそれを見上げている。
「カイト」
優しい声に振り返ると、そこには母親であるソラリス・フラクトルの姿があった。
美しい金髪は母親譲り。 カイトは振り返って母の元に駆け寄った。
「どうしたの、こんなところで一人で」
「父さんが、子供はあっちいってろって。 俺のはなし、全然聞いてくれないんだ・・・」
項垂れるカイトの頭に手を乗せ、優しく撫でながら母は諭した。
「お父さんはね、偉い科学者さんなの。 だから、ヴァルハラにみんなを入れてくれるようにって話し合ってくれてるのよ」
「ヴァルハラ・・・俺たちをいれてくんないの?」
「・・・そうね。 でも、きっと判ってくれるわ」
苦笑する母の笑顔は、子供の目から見ても疲れて見えた。
長い長い旅路は人々を磨耗させ、ゆっくりと、生きる希望を削いで行く。
それでも希望にすがり、すがりすがってここまで辿り付いたのだ。
船を使えば、たどり着けるはずなのに。 ヴァルハラは難民の受け入れを、拒否していた。
ヴァルハラは開かれた楽園などでは決してない。 その町を、ただその町の中のことだけを守れればいい。 それが、ヴァルハラの主張だった。
そこに難民を受け入れるような余力はなく。 あったとしても、生活水準を下げるような事は出来ない。 それが答えだった。
他に彼らが行く当てもなく、帰る場所もなく、ただ朽ち果てていくしかない哀れな人々だと知っていながら。 それを拒絶したのだ。
優秀なフォゾン工学の科学者であり、兵器開発の先駆者だったハロルド・フラクトルは難民を代表し交渉を続けた。
何とか助けてほしいと。 そのためならみんななんでもやると。 そう何度も頼み込んだのだ。
それでも回答はNO。 難民は受け入れられず、ハロルドの苦悩はより積もっていくばかりだった。
ハワイに踏みとどまっていられる時間もそう長くはない。 ヴァルハラが駄目だとしたら、今度は同盟軍がいる米国に向かわねばならない。
だがそこまで持つだろうか。 長い旅路の果てに希望を砕かれた人々は誰もが足を止め、もう一歩も歩く事も出来そうになかった。
カイトはまだ幼く、事情を理解できてない。 それでも、人々が沈んでいることに気づかないほど愚かではなかった。
「俺たちどうなっちゃうの・・・?」
「そうね・・・。 母さんにも、それはわからないわ」
隣に座った母は塔を見上げ、静かに目を伏せる。
「でも、母さんは信じてる。 同じ人間だもの、きっと助け合っていける。 だって私達は、今までそうやってここまでがんばってきたでしょ?」
「うん」
「カイトも父さんの手伝い、たくさんしたもんね」
「うん!」
「だから信じて待ちましょう。 もう少しだけ・・・諦めず、努力して。 何かを変えられるよう、生き抜いてみるのよ」
母の手が、大好きだった。
「くそっ・・・! 何故だ・・・! 難民を受け入れるくらいの余裕はあるはずだというのに・・・何故私達を見捨てるッ!!」
通信を試み続けるハロルドの背中はいつしか苛立ちと後悔にさいなまれ、そこに近づく事が恐ろしくなった。
「カイト。 みんなに料理を運んでくれる? 一人一つずつしかないけど、ごめんなさいね、って」
ハロルドは資材をなげうって人々を守ってきた。 そうしてハロルドを信じてついてきた人々も、希望が失われたことにより彼から離れていった。
「みんな諦めちゃだめよって。 励ましてまわるのよ。 みんな辛いんだから、せめて私達だけでも、笑っていましょうね」
難民から笑顔が消え去り、それにカイトが気づく。 それでも少年は逆境の中で明るく笑っていた。
泣いている暇なんかない。 みんなが辛い時、自分も辛い顔をしているのは確かにラクだ。
けれど、それではなにも解決しない。 だったらせめて、みんなの気持ちが少しでも明るくなるように、笑っていなければ。
せめて、自分だけでも。
だから、そんな苦しい日々も、母親が居てくれれば、カイトにとっては十分だった―――。
ある日、炎がハワイ諸島を焼き払った。
ヴァルハラを目指して進軍してきた天使の攻撃に、巻き込まれての事だった。
逃げ惑い、助けを求める人々。 しかしヴァルハラは、それに対して―――何もしなかった。
ヴァルハラは。 ジェネシスは。 ただ何もせず、それを傍観していた。
いつもどおり海辺にいたカイトは運良く難を逃れた。 慌てて走る先、駐留していた難民船は凄まじい炎を巻き上げ、海に沈んでいた。
頭上を通り過ぎる天使たちの姿。 その群れのいくつかは地上を滑空し、逃げ惑う人々を引き裂いていく。
後はもう何も出来なかった。 大地が血で染まっていくのを黙って見ているしかなかった。
恐ろしくて堪らず、ただ生き延びるために人を囮にし、一緒に逃げていた子供たちを見捨てて走った。
息を切らし、涙を流し、転んで怪我をして、吹き飛ぶ大地に巻き込まれ足をくじき、それでも走った。
ずきずき痛む全身とはちきれそうな心臓の音の中、それでも立ち止まってしまったら殺されてしまうとわかっていたから。
草陰に頭から潜り込んで泥だらけのまま頭を抱えて小さく丸くなっていた。
周囲から聞こえてくる断末魔の悲鳴を聞きたくなくて耳を塞いだ。
誰か助けてと祈っていた。 けれど助けは来なかった。 誰も、誰も、誰一人として、助からなかった。
目を開けばそこにはもうなにもなくて、血と肉が、ただ地面に転がっていた。
「・・・母さん・・・」
思い出す。
「母さん、母さん母さんっ! 母さああああああんっ!!!」
喚きながら走った。 母は、今も、その瞬間も、人々を守るために身を盾にしただろうから。
しかし、目にしたのは父の背中だった。 父は血だらけの白衣を纏ったまま、地面に力なく伏している。
いつも力強く厳格な父の弱弱しい背中は少年にとって悪い連想をさせるのに十分すぎるものであり。
だから慌てて走った。 そうして目撃する。
母は、子供たちを庇うように立っていたのだろう。
その肉体は無残に引き裂かれ、首から上が存在せず、胴体は二つに両断され、地面に不自然な形で転がっていた。
それが母親だという事が理解出来なかった。 寒気がして全身が振るえ、歯を何度もガチガチとぶつけ合わせた。
母親の死体の向こう側、彼女が守ろうとしたものを、覗き込む。
「うそだ・・・」
子供たちも同様だった。 ぐしゃぐしゃに折り重なった死体の山。
母親が守ろうとしたものさえ、あっさりと。 簡単に、蹂躙されてしまったのだ。
「うそだあああああああああああああっ!!!」
戦闘が始まる。
視界の彼方、空に聳える塔の周囲で、天使と人間の戦いが始まる。
砲撃と爆撃と天使の放つ光を背に、ハロルドはソラリスの亡骸を抱いて立ち上がった。
「何故だ・・・っ!! 何故こんなことに・・・っ!!!」
零れ落ちるソラリスの臓物をかき集めながら、ハロルドは狂ったように叫んでいた。
「おおおおぉぉ・・・っ!! 我らが何をしたというのだっ! 生きる事はそれほどまでに望まれぬ事なのか・・!? 答えろ神よッ!! 人間は生きるに値しない、愚かな存在なのかっ!!」
気の遠くなるような地獄の景色の中、男は叫んでいた。
「神よおおおおおぉぉぉっ!!!」
そうして難民は全滅した。
全てが終わった後、生き残りである二人だけが救助された。 無論、その理由は生き残りだからというものではない。
ハロルドが持つフォゾン工学の技術と知識の為だった。
そうしてカイトは自分だけ生き残り、自分だけがヴァルハラ入り・・・そして、生きながらえた。
父とは口を利かなくなり、疎遠になった。 生活は保障され毎日が安全なものになっても、心は置き去りのままだった。
長い間そうしていた。 部屋に篭りきりになる日々が続き、母の教えも全て忘れてしまっていた暗い時間。
その闇を切り裂いたのは、母と同じ・・・白くて温かい、手の平だった。
「あたし、イリア・アークライト」
「・・・え?」
少女だった。
公園で一人、ベンチに座って項垂れていたカイトに手を差し伸べ、少女―――イリアは笑っていた。
「あたしあんたの家の隣に住んでるんだけど、あんたぜんぜん家から出てこないから、だーれもあんたのこと知らないのよ」
「そっか・・・。 別に、誰も俺のこと知らなくてもいいよ・・・」
「男の子ならしゃきっとしたら? あんた友達が居ないから部屋に篭ってるんでしょ? あたしが友達になってあげる」
「友達に・・・? いいよ・・・」
「・・・むか! なんで断るのよ! いっとくけどね、あんたに断る権利なんかないの!」
「ムチャクチャだ!?」
「いいから早くしなさいよ! とっとと立ち上がって明日に進むのよ! へなへなしてる男の子ほどかっこ悪いもんはないわ!」
「・・・」
浮かない表情のカイトの手を引き、強く引っ張るその手は暖かく、
「ほらっ!!」
有無を言わさず引っ張るのだ。
だったら仕方がないだろう。
「・・・うん」
歩み進める事に、逆らえぬのならば。
学校に通うようになり。 進学し。 そうして彼らがレーヴァテインに乗る事を義務付けられても、二人はいつも一緒だった。
イリアだけではない。 クラスメイトたち。 アイリス、ベリル。 大事な人たちに囲まれて、カイトは少しずつ明るさを取り戻して行った。
だから、笑っていようと思った。 いつでも笑っていよう。 誰よりも明るく、誰もが辛い時こそ、笑っていなければならないのだ。
それは母の教えであり、自らに微笑みかけてくれた少女から教えられた奇跡のような人の力。
そこにある世界がどんなに残酷でも、微笑を絶やしてはいけないのだと。
「俺・・・少しは強くなれたのかな―――イリア」
本社内にある宿泊施設の一室に軟禁されたカイトは窓辺に立ってそんな事を呟いていた。
外の景色ではヨルムンガルドが闊歩し、人々は混乱と不安に襲われている。
一方的で圧倒的過ぎる暴力。 それはいつだって、人々の大事なものを踏み潰してしまう。
「お前が守って、お前が願った世界だもんな・・・」
胸に手を当て、強く願う。
そう、彼だけは。 どんな時でも。 どんな悲しみの最中でも。
笑っていた。 強くあろうと努力してきた。 そしてその中で。 誰よりも悲しかったのは、やはり彼なのに。
イリアを世界で一番大切だと思っていたのは紛れもなく彼だ。 リイド・レンブラムでもアイリス・アークライトでもなく、彼、カイト・フラクトルなのだ。
彼女に救われた。 今まで何度も、数え切れないほどその笑顔に救われてきた。 だから笑っていられた。
悲しくても辛くてもそうして耐えてきた。 その生き方を変えることは、誰かに対する侮辱になるから。
何より自分が赦せず・・・だから、戦いたいと願う。
父の気持ちは誰より彼が理解していた。 ジェネシスのやったことを赦すつもりはない。 自分だって見殺しにされる寸前だったのだから。
それでも力を手に入れ、何かを守れるのなら・・・。 そう、自らが愛した少女を守れるのであれば、何一つ文句なんてなかった。
世界云々なんてのは興味もない話だ。 誰がどうなろうが、知った事ではないのだ。
自分達の苦しみを知り、彼女がそれを救いたいと・・・自分のような人を作りたくないと、必死になって戦っていたのも知っているけれど。
でも、守りたいのは一人だけだった。 ずっとずっと、最初から、いつでも、一人だけだった。
「正しいかどうかなんて関係ない・・・」
世界を救えるかどうかなんて関係ない。
「親父の言うとおり、俺はガキだ・・・」
世界がどうなろうとも。 人類がどうなろうとも。 そんなのは知った事ではないのだ。
「守りたいものさえ守れれば、俺はそれでいい」
世界を救う英雄になんてなりたくもない。
「俺は―――」
彼女が愛して、守ろうとした世界を守りたい―――。
決意する。 なよなよしている暇なんてない。 元から考えたところでどうなる問題でもない。
時は止まない。 ならば走り続けるしかない。 一瞬でも足を止めたなら、あっと言う間に大切なものは見えないところに行ってしまうから。
失う前に守らなければならない。 項垂れている暇があるのならば面を上げて駆け出すのだ。
それ以外の生き方を自分は考えられない。 その生き方こそ、自分の中の正義なのだから。
「行くぜ、カイト・フラクトル!」
まずは入り口を固めているガードマン二人の目をかいくぐり、いかにして部屋から脱出するかだが―――、
「カイトくんみーっけたー♪」
意気込んで扉から飛び出そうと構えていると、あっけなく自動ドアが開いてオリカの能天気な声が聴こえた。
廊下に出るとガードマン二人はすっかり気絶しており、オリカが投擲したと思われる警棒が床に転がっていた。
「オリカ! よくここまで来られたな!」
「んまー、ここの構造は頭に入ってるしね。 で、あちらにお友達が〜」
「カイト先輩!」
駆け寄ってくるベルグとアイリス。 カイトはポケットに片手を突っ込んだまま悠々と二人に手を振るが、
「テメエ!」
「ばかあ!」
「おぶう! ダブルで来たか!?」
二人に同時に左右から顔面を強打され、つぶれたタコのような顔になりながら叫ぶ。
「余計な手間かけさせんじゃねえぞ、タコ・・・!」
「ベルグ・・・? なんかお前・・・最近見なかった気がするが・・・」
「諸事情によりなっ!!」
「はは、そっか・・・なんだよ、もしかして助けに来てくれたのか?」
「勘違いするな・・・アイリスに頼まれたからだ」
「私頼んでなんか居ません!」
「だ、そうだが」
「・・・もうつっこむの疲れたから流すぞ・・・。 とにかくさっさと出なきゃまずいんじゃねえのか?」
「そうだな、オリカ・・・って、いねえ!?」
三人は同時に辺りを見渡す。 すると、床には一枚の走り書きメモが。
「私はエアリオちゃんとリイドくんを探すから、あとはよろしくね〜・・・って! 私達彼女がいないと脱出できないんじゃ!?」
三人で冷や汗をかきながら顔をあわせていると、次々にガードマンが駆け寄ってくる。
すぐさま扉を盾にベルグが拳銃を構え、威嚇射撃を始めた。
「お前らさっさと行けッ!!」
「ベルグ、お前・・・」
「だーーーー勘違いすんな!! 俺が行ってもしょうがねえだろ!? お前らにしか出来ねえ事があるんなら、それをやれ!!! 俺は俺に出来る事をやれって、そう言われたんでなっ!!!」
「ベルグ・・・お前やっぱいいやつだな・・・」
「ウゼエエエエ!!! アイリス、さっさとそのバカをつれていけっ!!」
「はい! バカを連衡します!」
「え? ちょ・・・?」
アイリスはカイトの襟首を掴み、ズンズン進んでいく。
「ベルグ! 死ぬなよ!!」
「大丈夫だ、いざとなったら降伏する・・・! おら、さっさといけや!」
ベルグを背に二人は駆け出す。
迷っている時間はない。 今の自分にできる事、今の自分が成さねばならないことを成すだけだ。
「さすがに本社内から本部に向かうエレベータは出てるだろ!?」
「恐らくは!」
「親父・・・今度こそ、俺の話を聞いてもらうぞ・・・っ!!」
銃声を背に走っていく。 二人の姿を見送り、ベルグは苦笑しながら拳銃を床に置いて天井を見上げた。
「ちゃんとやれよ・・・バカ野郎」
次の瞬間、迫っていたガードマンたちが一瞬でベルグを取り押さえた。
本部占領まで、残り十八分。
ジェネシス本社内部、兵器開発部門ウェポンハンガー。
エアリオ・ウィリオはその片隅で目を覚ました。 が、己の状況に気づくと思わず目を伏せる。
両手足は十字架を模した拘束具によって固定され、動かせるのは首と指先のみ。 完全に捕縛されてしまっていた。
麻酔の影響でまだ鮮明としない記憶を手繰り、自らが拉致されたという状況を思い返したところで、声がかかった。
「ようやくお目覚めみたいねぇ、『イヴ』」
顔を上げるとそこにはドレス姿の少女が立っていた。 少女―――エリザベスは薄ら笑いを浮かべながらエアリオの前に立つ。
「その姿、とってもお似合いよ? お人形みたいでとっても素敵!」
「そういうお前の方が人形みたいだな」
「・・・あのねえ、自分の立場、弁えた方がいいんじゃないの?」
手を振り上げ、エアリオの頬を平手で打つ。
「あんたみたいな薄汚い存在が・・・オリジナルだなんてっ」
何度も繰り返し、平手で打つ。 胴体を蹴飛ばし、何度も蹴飛ばし、そうして肩で呼吸をしながらエアリオを睨み付ける。
「・・・何よ、その目は」
だというのに、エアリオは何事もなかったかのように澄んだ瞳で、感情を湛えない表情で、静かにエリザベスを見つめていた。
それがまた気に入らない。 夢中になってエアリオを痛めつけるのだが、一向にエアリオが苦しがる気配はなかった。
まるで拷問される事に慣れきっているような・・・痛みを紛らわせる手段を会得しているかのような、冷静な態度。
口元から血を流し、顔を腫らしながらもエアリオは静かにエリザベスを見つめ続けていた。
「むかつくぅぅぅぅ・・・っ!!」
「ラグナロク・・・どうしてこんなところにいる?」
「あんたに質問する権利なんてないのよっ!! このお! このおおっ!!!」
放り投げたのは小さな木箱だった。 本来は弾薬などが詰められているそれらは中身がなかったため軽く、エリザベスの腕力でも投げる事が出来た。
それでも木箱は木箱。 エアリオの頭部に角が直撃し、裂けた頭部から鮮血がだらりと頬を伝った。
「はあーっ・・・はあーっ・・・」
怒り狂った形相でエアリオを睨みつけ、それから視線を逸らした。
「あんたを見てたら殺しちゃいそうだわ・・・でも、あんたを殺したらお兄様が悲しむから・・・今は見逃してあげる・・・」
少女は捨てセリフを残し走り去っていく。 その先にはエリザベス専用にカスタマイズされたヨルムンガルドが待機しており、そのコックピットの中へと姿は消えていった。
「・・・っづう・・・」
流れる鮮血が目に入り、片目を閉じながら痛みを堪えた。
全身が激しく痛む。 特に顔と頭は先ほどから痛みっぱなしでもはや痛いのかどうかよくわからなくなってきていた。
散々酷く痛めつけられたが、勿論痛いに決まっている。 ただ痛がっている姿を見るのがエリザベスの望みなのだろうから、それをしてやる義理もないと思っただけで。
「あんな子供が・・・」
エリザベスの背丈はエアリオと同じかそれ以下しかない。 何しろ、彼女はエアリオよりも年下なのだから。
そんな幼い少女が戦場に出張り、自分を捕らえ、痛めつけている。 異常といわずになんというべきか。
不味い事に現状は何一ついい方向には傾いていない。 拘束は相変わらずだったし、血が止まる気配もない。
無駄な努力をしてみることにする。 もがき、全身を拘束している枷が外れないか試してみる。 しかし所詮、無駄な努力にすぎない。
「これは・・・ひどいな。 エリザベスがやったのか」
少女と入れ替わりにやってきたのはカロードだった。 青年は哀れみの表情でエアリオに歩み寄ると、その頬に触れる。
「酷い血だな。 美しい髪が台無しになっている」
「・・・」
無言で睨み付ける。 その気丈な態度はむしろカロードを喜ばせた。
青年は自分のハンカチで少女の頭の血を拭い、それから救急セットを持ってきて頭部に包帯を巻く。
「余計な事をするな」
「つれないな、イヴ。 僕はずっと君に会えるのを楽しみにしていたというのに」
「・・・何?」
「興味を持っていただけたのかな? 姫君様。 僕がラグナロク・・・『蛇』のリーダー、カロードだ」
「お前がか・・・。 それをわたしに教えてどうする」
「どうにも? それに君にはこのままご同行願う事にするしね」
「今回の事を仕組んだのは蛇?」
「違うね。 まあ、確かに助力はしましたが。 結局は同士討ち・・・勝手に争ってくれるなら、ソレに越した事はありませんから」
「・・・」
「そんな仕事の話より、もっとプライベートなお付き合いをしませんか? 僕は貴方のお目にかかれて非常に光栄なのですが」
視線を逸らすエアリオ。 二人の間の温度差はかなりのものだった。 溜息を着いてカロードは腕を組む。
「まぁ、いいでしょう。 貴方は直に手に入れて見せる。 今はとりあえず今やるべき事をせねば・・・っと、その前に・・・」
「ん・・・っ!?」
それは、口付けだった。
口付け、以外の何者でもない。
全く身動きの出来ないエアリオの唇を奪い、青年は微笑む。
「それでは失礼」
目を丸くするエアリオ。 それから無駄だと判っていても大暴れしたくなった。
全力であいつを追いかけてぶんなぐってやりたい! そんな激情にかられたが、それが敵うはずもない。
しばらくすると諦めて力なく項垂れた。 いたぶられるよりよっぽど悲しくなって、何故か涙が零れた。
「ぐすっ・・・」
歯を食いしばり、目を閉じる。
「さいあくだ・・・あいつ・・・っ」
堪らなく、一人の少年の笑顔が恋しくなった。
でも、それを思えば頑張れる気がする。
まだできる事は何かあるんじゃないのか? ただこのまま黙って泣いているなんて、そんなのは負けたも同然だ。
せめて、何か・・・逆転できる切り札のようなものがないのか。
必死でもがいていると、格納庫の扉が開いて巨大な何かが布をかけられた姿のまま現れた。
それは無数のワイヤーで拘束され、しかし微かにまだ動き続けている。
「何だ・・・?」
白衣の男達がそれらの布を剥ぎ取り、隠されていたものの正体が露になったとき。
「・・・・・・」
エアリオは絶句した。 それがなんなのか、すぐにわかってしまったから。
足をもがれ、片腕をもがれ、翼をもがれ、もはや動く事も敵わなくなった姿で。
死した今もなお、蓄え続けていた高純度のフォゾンにより常時肉体を消失しながらも、なんとか原型を保っている―――。
「ホルス・・・・・・?」
第一神話級、ホルスの姿だった。
各所から紅い光の粒が洩れ、今も尚、徐々にその肉体は消滅に向かってはいるものの、今すぐ消え去ってしまう気配はない。
本来神はコアを潰された瞬間消滅し、そして光に帰ってしまう。 しかし、ホルスは確かにコアを潰されたのに、今も尚微かにだが生命を維持していた。
「そんな・・・」
しかし、その様相は、まるで。
「レーヴァテインのよう、かね?」
声に視線を向ける。 エアリオが負っている傷に一瞬顔をしかめたものの、男・・・ハロルドは無表情に歩み寄ってきた。
「ハロルド・フラクトル・・・」
「流石に君は私の顔を知っているようだな」
「・・・あれはなんだ?」
「見ての通り、レーヴァテインだよ」
「違う。 あれは・・・」
「そう、ホルスだ。 第一神話級ホルス・・・それをベースに、蘇生したものがあれだよ」
「レーヴァテインが壊れた時、どうやって修理してたか知ってる?」
ユグドラシルを前に、ようやく落ち着きを取り戻したリイドにカグラは問い掛ける。
「手足を破壊されても、すぐに直ってたよね? どうしてだと思う?」
アーティフェクタは一体ずつしかない。 予備など存在しないものだ。 それは間違いのない事実であり、人の手によって生み出せるものでもない。
ならば一体どのような方法で修理し、回復を試みるのか。
その答えは目の前にあった。
「ユグドラシルから伸びる無数の手足や首・・・巨人の身体みたいなのがあるよね?」
「接続したのだよ、ホルスに。 レーヴァテインにそうするように、世界樹から切り出した手足をつなげ、蘇生したのだ」
「神の・・・蘇生・・・」
ホルスは最終的に人型の、まるでアーティフェクタような形状に変化していた。
故にその形状を維持するのにも、逆にその形状を蘇生するにも、レーヴァテインと同じ修理方法は有効だった。
人類の手ではレーヴァテインは生み出せない。 だが彼らアーティフェクタは例え肉体を失ったとしても、フォゾンからそれを再構築する事が出来る。
再構築の力だけで元通りに直るまでには長い長い時間がかかるが、代わりの手足を用意さえすればその必要はなくなる。
もとより世界樹とアーティフェクタの構造は同じ。 ならば、接続するだけで瞬時に再生が可能になる。
そしてそれはレーヴァテインだけではなく、神も同じ。 神もまた、『世界樹と限りなく同じ』存在なのだから。
「ないのはコアだけだ。 故にやつはもはや意思も持たぬ神の形をしただけの人形に過ぎん。 脅威はない」
科学者達によって無数のケーブルを差し込まれ、その肉体の構成を変化させられているホルス。
レーヴァテインと神との差などそれほど大きなものではない。 自意識の有無。 あとは、持続性の有無。 そして。
「パイロットの有無だ」
仮にホルスを動かすとしたら、新しいコアが必要になる。
それも、自意識を持たない、つまり自己の人格を持たず、ホルスの意思を反発しあわず肉体を接続できる逸材でなければならない。
それはつまりホルスとのフォゾン的相性の他に、自らの人格をほぼ発揮する事無く、ホルスの一部になれるということ。
そしてそれを脅威としないためには、無意識の身体を外部から遠隔操作し―――ホルス自体を操るほかにない。
「・・・」
エアリオはすぐに思いついた。 その可能性に。
たった一人だけ。 たった一人だけだが、いるのだ。
ホルスのコアとなり、ホルスを操るための機械になりうる、コアになりうるパイロットが。
自意識を持たず、ホルス同様炎のフォゾンに強い適正を持ち、すぐ身近に居る、パイロットが。
「・・・・・・おまえぇぇぇえ・・・っ」
歯軋りする。 その事実は最早疑いようもなく。
だから、悔しくて涙を零した。
すぐ目の前に居るのに、何もしてやれない自分に嫌気が差した。
「またか・・・っ」
またなのか。
「またなにもできないのか、わたしは・・・っ」
顔を上げ、必死で叫ぶ。
その名前を。
「イリアあああああああああーーーーーッ!!!」
白衣の男に左右から抱えられ、パイロットスーツを着用した紅い髪の少女は、滑車で移動する生命維持装置につなぎとめられた痛々しい姿のまま、虚ろに開いた目で地面を見つめていた。
本部占領まで、残り七分。