愛よ、遥かなれ(1)
十二話・・・でしたっけ?
ジェネシス内部紛争編、開始。
リイドがカグラによって拿捕される十分前。
全ての事態は水面下で着実に進行していた。
「ヨルムンガルドの提供、感謝する」
「いいえ・・・これも我らの使命の一つ。 世界を変えるためには必要なプロセスですから」
ジェネシス本社ビル20階。 そこの一室にて、全ての取引は今正に決着したところであった。
デスクに座る中年の男はパソコンに映し出された映像を眺めながらほくそ笑み、それを青年は笑って眺めていた。
「非常に楽しそうな顔をしていらっしゃる。 ハロルド・フラクトル殿」
「ふ・・・。 私情を挟むつもりはないが、腐った現体制の崩壊を見ているのは流石に胸が『すく』思いでね」
本革製の高級椅子に深く体重を預けながら男・・・ハロルド・フラクトルは腕を組んだ。
全ての計画は順調。 そもそもこうなる事は何ヶ月も前から決まっていた事であり、用意周到に仕組まれた全ての出来事をとどめる手段は存在しない。
今正に、ジェネシス地価にあるレーヴァテイン運用本部は数え切れないほどの数の武装兵力によって制圧されようとしていた。
機関銃で武装したフルフェイスの兵士たちが本部のエレベーターホールになだれ込んでいる映像が今もライブ中継されている。
「事は静かに、無駄なく完璧に。 今頃やつらは面を食らってる頃だろう。 まあ最も、あそこに兵力など存在しない・・・。 無条件降伏しか手段はないだろうがね」
「一般民衆は誰も知ることなく、ジェネシスという企業が生まれ変わる瞬間が訪れるというわけですか」
青年が身にまとっているのは同盟軍の制服だった。 ただし、多少デザインやカラーリングが異なっている。
その肩には無限を意味する横八の字にうねる蛇のマーク・・・ラグナロクを意味するロゴが記されている。
青年の所属はラグナロク。 故に彼にとってこの騒動は自分達にはあまり関係のない出来事。 やりようなど関係ない。 ただ、現体制が崩れさえすればいい。
故に少年は表面上はルドルフに付き従っているように見えたが、ルドルフの歓喜など知る良しもない。 下らない人間の一人が下らないことで喜んでいると、その程度の認識しかなかった。
青年、カロードはハロルドに手渡された資料を紙を捲りながら目を凝らす。
「素晴らしい。 この少年・・・レーヴァテインと『セット』ですか」
紙面に載る写真はリイドのものだった。 少年に関わる詳細なデータがそこには記されており、カロードは歓喜に思わず頬を歪ませる。
ラグナロクという組織の最終的な目標地点。 それが、確かにそこには記されていたのだから。
「して、『イヴ』の方は?」
「私直属の部下がお出迎えに行っている。 何、多少荒っぽい方法で拿捕しても構わんと伝えてある。 安心しろ」
「左様で。 では、リイド・レンブラムと『オリジナル』の拿捕、お願いいたします」
「無論だ。 あれらは我々にとっても必要な断片・・・逃がしはせん」
「・・・・・・」
あれらの有効な活用法も知らぬ人間が何を偉そうに。
その思考は顔には出さなかった。 無論言葉にも。 何にせよ、カロードにとってハロルドの行動など全て興味などない。
利用価値のある内に利用し、その後の事はこちらの勝手にする・・・最初から使い捨てにするつもりでの行動だ。
だがそれは無論ハロルドも理解しているだろう。 故に水面下での探りあいは続く。
先に切り札を出した方が負ける。 故に二人は互いに隠している切り札があった。 無論それはこんな場で語る事ではないし、そのつもりもなかった。
「では失礼します。 ハロルド殿のご武運をお祈りいたします」
「ああ。 君らもな」
部屋を後にし、背後で閉まる自動ドアに思わず顔をゆがめた。
「俗物め・・・低俗な人間の末路だな」
「お兄様っ!」
廊下に出たカロードにすぐさま飛びつく小さな影があった。 少女の名前はエリザベス。 ヨルムンガルドに乗って戦うエースパイロットの一人だった。
カロードが着用している制服とは違い、少女の格好は黒と白のドレスだった。 フリルとレースが大量についた可愛らしい服装は逆にこの無機質な廊下では浮いて見える。
飛びついてくるエリザベスの頭を撫で、それから膝を着いて口付けを交わした。 二人にとってそれは挨拶のようなもので、カロードはすぐに立ち上がる。
「お兄様、首尾はどうですか?」
「ああ、何も問題はないが・・・。 ヨルムンガルドとウロボロスの出撃準備だけはしておけ。 ミリアルドにも伝えろ」
「あんなにヨルムンガルドを貸したんですから、大丈夫じゃないですかぁ? いっくら無能なあのじじいでも負けはしないんじゃ」
「念には念を、だ。 それに『イヴ』が手に入ったらそれを持ち帰る必要がある。 手間を食っていたらレーヴァテインの足なら追いつかれる」
廊下を歩く足を止めずにカロードは語る。 そう、あくまで目的は『イヴ』。 ジェネシスという企業がパニック状態になるのは、あくまでもサブメリットに過ぎない。
ならば、それはどうであれ明確な目的を一つ達成するのに努力を惜しんではならない。 油断をすれば落とされる・・・それがこの世界のルールなのだから。
思案しながら歩き続けるカロード。 しかしエリザベスは面白くない。 仕事熱心な兄は好きだったが、何より自分を構ってくれないのでは意味がない。
「お兄様。 もしレーヴァテインが出て来るようなら、倒しちゃってもいいですか?」
「むやみに手を出して怒らせると取り返しがつかないぞ? あれは強い・・・特に、イザナギの状態では勝利は不可能だ」
『イヴ』を手中に収めているのだとしたら、出てくるのは間違いなくイザナギである。
ならば真正面から切り結んだとしてもそこに勝率など欠片ほども存在しない。 可愛い妹をわざわざ死地に送る選択などカロードにはありえない。
だが妹はそれでも真摯な目でカロードを見つめていた。 本人も強く思う。 ああ、自分は妹に甘いのだな、と。
「わかった。 ミリアルドと協力するんだぞ」
「えぇ〜・・・ミリアルドとぉ? 絶対あいつ協力してくれないわ・・・」
「勝ったら二人に何かご褒美だ。 それでいいだろう?」
「それならあいつも協力してくれるかも! お兄様、約束よ! 絶対エリザベス、上手にやってみせるからね!」
「ああ。 いつも期待しているぞ、妹よ」
「はいっ!」
輝く宝石のような無邪気な笑顔を残し、エリザベスは逆方向に走っていく。
「さてと・・・。 僕も、仕事をしなくては」
ネクタイをきつく締めなおし、前を見据える。
全てはこれからだ。 事態は何もかも丸く収まるはずがない。
ならばここからは裏の読みあい。 切り札は最後まで切らないから切り札なのだ。
「見せてもらいますよ。 ジェネシスの力量とやらを」
翻す制服の裾。 果てしない争いが、今幕を開けた。
⇒愛よ、遥かなれ(1)
ジェネシス本部、司令部内部。 そこの様子は普段とは一変していた。
完全にシャットアウトされた電源。 薄暗闇の中、足元の非常灯だけが頼りなく輝いている。
司令の席に座るリフィルは足を組み、ぼんやりと天井を眺めていた。
司令部の電源を落としたのは敵ではなく自分達である。 ユカリによって落とされた電源。 しかしそのお陰で出入り口の重厚な自動ドアは完全にふさがり、かけられたロックを解除する方法を突入部隊は有していなかった。
本部が襲撃を受けてから十分。 たったそれだけの間に司令部を除く全てのエリアが占有されてしまった。 とは言え、殆どのスタッフは司令部に避難する事ができたのだが。
閉じきられた扉も開放する手段がないわけではない。 現に今、通路側からチェーンソーでの切断が始まっている。 響いてくるその音にスタッフは恐怖し、誰もが息を呑んでいた。
「司令、いかがでしょう? 無条件降伏してしまっては?」
「それ冗談かしら? ここを明け渡したらもう負けじゃない。 まあ殆ど詰んでるんだけど」
陽気なヴェクターの声も今聞くと苛立ちの原因にしかならない。 リフィルは眉を潜めてヴェクターの肩を叩いた。
「で、現状は?」
「ここ以外は殆ど完全に制圧されましたね。 向こうはプロでこっちは素人どころか武装してないんですから。 ただハンガーだけはルドルフがシャットアウトして持ちこたえているようですが、あそこはカタパルトエレベータに続いてますからねえ・・・まあ侵入は時間の問題でしょう」
「レーヴァテインパイロットは?」
「全員位置は不明です。 今どうなっているのかもうさっぱり」
完全にお手上げ。 両手をヒラヒラと振るモーションにいらだったリフィルはヴェクターの顔に平手を叩きつけた。 無論深い意味はない。
「やつら発砲した?」
「いいえぇ? 殺すはずはないでしょう、ここに居る人間はまかりなりにもジェネシスにとって貴重な人材ですからねえ。 まあ、戦えないパイロットはどうなるのかわかりませんが」
「・・・・んああああ、失念してたわ・・・イリアの病室、押さえられた?」
「間違いないでしょうね。 イリアが今どうなっているのか、知る由もありませんよ」
「あ〜・・・めんどくさい。 連中なんでこんな手に出たのかしらね・・・」
「このまま一気にジェネシス全体を納得させられるだけの自信があるんでしょう。 何はともあれ大ピンチですよ」
頭を抱える二人。 いくら普段陽気だからといって、ここまで絶望的だとジョークも思い浮かばかなかった。
そんな二人に追い討ちをかけるように、ユカリが下から叫ぶ。
「司令! 本部から通信が入ってます!」
「メインスクリーンに出してくれる?」
「了解!」
映し出されたのは巨大な中年男の顔だった。 相手を威圧するような鋭い目線と白髪交じりのオールバックヘアーが何とも嫌味な人間を演出している。
即座に眉を潜めて舌打ちしたリフィルの様子を見逃さなかったハロルドは苦笑を湛えたまま言葉を搾り出した。
『随分な悪態ではないかね、レンブラム司令』
「あらあら、悪態はそちらではなくて? こんなの赦されることではありませんわよ」
『ふ。 何、会社は結果で納得させるさ。 企業メリットを考えれば、会社は必ず我らの正義を理解するさ』
「商業的目的を正義に摩り替えるなんてどうなのかしら? それより、狙いは何?」
『『アダム』と『イブ』の管理をこちらに委任していただく事・・・いや、手っ取り早く言えばレーヴァテインプロジェクトの主導権を我らに譲って頂きたい』
「プロジェクトの主導権の委任は正式な会社の総意として私達にあるはず。 それを譲ったところで会社が納得するのかしら?」
『狂っているのは現在の体制だ。 何故レーヴァテインほどの力を持ってして敵と戦わない。 力を無駄にしているようでは、世界の主権は握れん』
「一握りの人間が主権を手にするために『世界を滅ぼしかねない危機』を招くとでも? そもそもそれはあなたの主観であって、世界はレーヴァテインが中心にまわしているわけではないわ。 あまり図に乗っていると痛い目を見ますわよ」
『・・・全く、君という人間は。 実に平行線だな』
「ですわね」
『手荒な真似はしないと約束する。 大人しくそこを明け渡してくれないかね』
「お断りします。 そちらこそとっとと出て行ってくれれば手荒な真似はしませんが」
『ふん・・・強がりも時間の問題だ。 せいぜい最後の司令気取りを楽しむがいい』
通信は唐突に終了した。 薄暗い静寂の中、リフィルは疲れたように溜息を吐き出す。
「さてと・・・じゃあ考えて見ましょうか。 連中、なんで急にこんな事をしたと思う?」
「そうですねえ・・・」
その理由を語るにはジェネシスという大企業の性質をまず語る必要があるだろう。
ヴァルハラはジェネシスが運営する巨大な町であり、政治、統治なども無論ジェネシスが行ってきた。
ジェネシス内部にある『本部』と呼ばれる部署はレーヴァテイン運用本部と呼ばれ、アーティフェクタを稼動する為に必要な部署である。
故にこの本部が持つ権限は社内ではそれほど強くはない。 所詮は末端機関のひとつであり、会社の命令に従って戦闘を繰り返しているに過ぎないのである。
無論そこに集っているのは一流のスタッフ、研究者なのだが、それが権力を持つかといえば別なのである。
現在ジェネシス本社内には一つの壮大なプロジェクトである『レーヴァテインプロジェクト』が展開している。
一口に語れば、この騒動はそのレーヴァテインプロジェクトの『賛成派』と『反対派』の間に起きた社内クーデターだと言えるだろう。
ジェネシスという企業は現在社長も含め賛成派に傾倒している傾向にある。 しかしそのバランスは圧倒的ではなく、均衡は保たれている。
『賛成派』には無論現在の本部も含まれる。 本部はジェネシス上層部の命令により、今まで作戦行動を取ってきたわけである。
そして『反対派』の代表的存在と言えるのが、カイト・フラクトルの父でもあるハロルド・フラクトル。 兵器開発部門のトップに君臨する男であり、社内でも一位、二位を争う発言力を持つ男だ。
この事件は決して唐突などではなく、事前に予期されていたことである。 ハロルドの主張が通らないのは、企業の総意として決定される社長の主義が賛成派に傾倒している事が原因であり、それさえ納得させる事が出来れば拮抗されたバランスは逆転し、若干ハロルド率いる反対派が優勢となるだろう。
故に手っ取り早いのは、ハロルドがレーヴァテインプロジェクトよりも上手くレーヴァテインを運用できると企業、そして市民にアピールすることである。 本部を乗っ取りレーヴァテインを強奪するという手段は決して赦される方法ではなかったが、最高に判りやすくシンプルであるとも言える。
「そのクーデターが成功すればハロルドの地位は上がって、この司令部の主導権はハロルドに移行する」
「そうなればプロジェクト反対派が力をつけて、あとはゴリ押しで会社全体を納得させる魂胆なわけですねえ」
クーデターの噂は何日も前から流れていた。 無論殆どの社員も市民も知ることはなかったが、中には同じ企業内の部署を探り合っている人間も存在する。
そうした社内での食い違いから流れるかすかな噂も、それに通じた人間なら知る事は可能である。 多忙を極めるリフィルがわざわざ本部に留まっていたのはこの事態を予期していたからなのだが、ここまで思い切りよくやられるとは思っていなかったのである。
完全に出遅れてしまったこの状況を打開する方法はあるのか。 答えを求め思案するも、良解は浮かばない。
「単にプロジェクトが気に入らないからってケンカ吹っかけてきたわけでもないんだろうしね。 ま、裏があるんならその裏が表に出るのを待つわよ」
「そんなんでいいんですかねえ」
「こういうのは切り札を先に出した方が負けよ。 基本的に先制のほうが不利なの。 だったらまあ、お手並み拝見でいいんじゃない」
立ち上がり、チェーンソーの音が響く扉を見つめる。
「ユカリ、あと何時間?」
「一時間持てばいいほうかと・・・。 本部の特殊素材の扉も、流石に長くは持ちません」
「そう。 ま、同じ企業が作ったものだしね・・・。 熟知されてるだろうから仕方ないけど」
溜息を着く。
後できることといえば、残されているのは・・・。
「神頼み、くらいかしらね」
微笑むリフィル。
本部占領まで、残り時間、七十二分。
「あれぇ? っかしいなあ、なんかさー、ジェネシスの公共放送とまってねえ?」
「あ、ほんとだー? なんでだろ?」
街角を行き交う人々の疑問の矛先は市街地のビルにいくつも装着された公共放送用モニターにあった。
普段はヴァルハラの最新情報が映りこむそれらも今は音沙汰なく、暗闇を画面に映したままノイズを町に撒き散らしている。
そんな街角に。箒と塵取りを携えたオリカの姿があった。 私服の上に着用したエプロンには彼女のバイト先である花屋の名前が記されている。
麦藁帽子の影からモニターを見上げ、目を細める。 何かがジェネシスの内部で起きている・・・それはもう判りきっていることだった。
しかし誰もがこの異変を重大なものとは捕らえていない。 当たり前の事だ。 公共放送のモニターなど、行きかう人々は真剣に眺めたりはしない。
ちょっとした放送事故があったところでそれをとがめたりする人間は一人も居ないのだ。 誰もがこの夕暮れ時、それぞれの目的の為に歩みを急いでいる。
「公共放送停止・・・リイドくん、何かあったのかな?」
「こらっ!! 新入り! 何やってるんだい、サボらずとっとと働きなっ!」
「あいたーっ!?」
頭をスコップで叩かれるオリカ。 オリカの前にはずんぐりむっくりという表現が似合ってしまう中年の女の姿があった。
太い腕の袖を捲くり、スコップを片手で構えている。
「ご、ごめんなさーい店長ー・・・」
「まったく! ドジでノロマでしかもろくに働きもしないんじゃあんたそのうちクビにするからねっ!!」
「ふぁーい・・・」
オリカは共同学園には通っていないフリーターだ。
先日、勤め先であったコンビニエンスストアをクビになり、今は街角の冴えない花屋で食いつないでいる。
クビになった理由は簡単。 何日も無断欠席をしたからである。 無論、ヴァルハラにすらいなかった彼女に通勤は不可能だったわけで。
「どこにいっても叩かれてる気がするようー」
麦藁帽子ごしに叩かれたのが少しは幸いした。 痛む頭を抑えながら店先を掃除し続ける。
しかし胸騒ぎがする。 リイドの身に何か危険な事が起きようとしているのではないか。 そんな気がしてくる。
事実それは正解だが、超能力者でもなんでもないオリカにそれを確かめる術があるはずもなく、黙々と掃除を続けていた。
が、胸騒ぎは止まない。 最早超常現象的な何かではないかとさえ思えてくるその直感の中、少女は顔を上げた。
「やっぱり心配だ・・・それに、最近会ってないから寂しいし・・・うん、胸騒ぎがして助けにきたよっていうのは、結構いいシチュエーションだよねっ」
自分ひとりだけで納得しガッツポーズ。 店長のおばさんはそれを身のがさず、すかさず駆け寄ってきた。
「こら!! あんた何度言えばわかるの!!」
「すいませーん、今日でここのバイトやめまーす」
振り下ろされた太い腕が繰り出すスコップの一撃を悠々と回避し、その場で回転しながらエプロンを脱ぎ捨て麦藁帽子とあわせて店主に投げ返す。
「ぎゃあ!?」
「おばさーん、またねー! 今度はお客さんとしてくるからー!」
「二度と来るんじゃないよ、このクソ小娘ーっ!!」
なにやら喚いている店主だったが、オリカは微塵も気にしない。
気になるのはむしろ何も被っていない頭であり、街中を疾走するその黒紙は風に揺れて少し落ち着かない。
「ま、帽子が欲しいけどしょうがないか・・・。 うー、なんか頭が落ち着かないよう・・・私の頭軽いからかなあ」
つまり中身が詰まっていないということ。
そんな自虐的なコメントだったが、本人はそれが自虐的だと気づいていはいなかった。
何はともあれオリカはリイドの危機を察知し、本部に急ぐ。
オリカ・スティングレイ、参戦。
本部占領まで、残り六十分。
「駄目だ、つながらない・・・!」
携帯電話のを手に、アイリスは表情を顰めていた。
カイトとエアリオを乗せた車が走り去って行ってから数分。 何度も二人の携帯電話にかけてみたのだが、つながる気配がない。
やはり見間違えでなかったと気づくのに数秒。 では、これからどうすればいいのかと思案するのに数秒。
気づけば咄嗟に本部の電話をコールしていたが、本部はそれに応答することはない。 次はリイド。 しかし、リイドもつながらない。
「ああもう、何故携帯電話に出ないのですか!」
誰も居ないところで地団駄踏んでみるものの、それは電波や本人達が携帯電話に出る気があるかどうかというのとは関係のない出来事である。
しかし彼女はそれを知らない。 本部に直接赴いて確かめなければならないだろうと決意し、鞄を片手に駆け出す。
「あ? アイリスか・・・何やってんだ?」
声と共に現れたのはベルグだった。 大型の単車に跨ったまま、颯爽とアイリスの目の前に登場する
「っとと・・・って、ベルグ・・・? どうしたんですか、こんなところで」
「こんなところも何も俺はここの生徒なんだが・・・。 つーか、お前こそどうしたんだ・・・?」
「今急いでいるんです! 話しかけないで下さい!」
「・・・わ、わりい・・・つか、急いでるなら乗ってくか?」
「あっ。 そうですね・・・是非! カイト先輩とエアリオ先輩が、謎の黒服に拉致されてしまったんです!!」
「拉致ぃ!? 何故そうなるっ!?」
「知りません! とにかく乗せてください!」
「わかった! 飛ばすぞ! で、どこに行けばいい!?」
座席の後ろに跨ったアイリスだったが、冷静に考えると今からどこへいけばいいのかよくわからない。
いや、バイクがあるのならば車を追ったほうがいいのかもしれない。 行き先から考えて向かったのはエレベータ方面だろう。
このプレートシティでプレート間を車に登場したまま行き来するためには確実にそこを経由する必要がある。 そしてエレベータは定期的に運行しているため、少々の待ち時間が存在するはず。
「あっちです! 多分第三昇降口辺りで止まってる筈です! 追ってください!」
「よし、しっかり掴まってろ! 飛ばすぜっ!!」
「止まって下さいッ!!」
唸りを上げて動き出したバイクは急停車する。 ヘルメットを外し、青筋を立てながらベルグが振り返った。
「何故とめる!?」
「法廷速度は守ってください。 犯罪ですよ」
「・・・今そんなこと言ってる場合か?」
「今法律を守らずいつ守るんですか!?」
そんな事を真顔で言われても困ってしまうのだが、こうなったら法廷速度を守った上で最速で追いかけねな。
だが、ことこのプレートシティに関してならばベルグのほうが知識は上。 裏道を駆使すれば、追いつけない相手ではないはず。
「わかったよ! ったく、こんな時まで真面目でどうする!」
「いいから早く発進してください! だっしゅです!」
「ああもううるせえな! 黙ってねえと舌噛むぞ!」
唸りを上げて走り出すベルグの愛用バイク。
しかし派手な発進とは裏腹に、その速度は大したことはない。
無論、言うまでもなく、その速度は法廷速度をぎりぎり守っていた。
本部占領まで、残り五十七分。