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優しい、夜明け(1)

第・・・10話・・・だっけ?

リイド帰宅です。

夢を見ていた。

それは夢ではなく、かつての記憶。

だから魘される。 それがどうしようもないものだからこ、激しく後悔する。

少女の見る夢。 何度も繰り返されてきた悲しみの記憶。

その先にはいつも少年の姿があり、その先には常に敵の姿があった。

しかし敵とは何か。 それは一定なのか。 常にあり続けるものなのか。

やがて戦いの果てに何もなくなって、真っ白になって、砂の大地の上に取り残されても。

何度でも戦うのだろう。 そうして生きてきた。 振り返ったところで築き上げられているのは瓦礫と死の山だけ。

だから思うことも無い。 ただ一人誰かに声をかけられることも無く、孤独の中で立ち続ける。


「・・・・・・」


目が覚めて真っ先に思う事。 胸の痛みを抑えるようにシャツを鷲づかみにする。

長い銀色の髪はベッドの上に広がって、着崩れた寝巻きは肩からだらりとぶら下がっていた。

朝が来る。 目が覚めれば現実に引き戻される。 それは当然の事だ。 彼女が生きている限り。


「・・・・・・眠れば必ず朝は来る、か」


ベッドを抜け出して広い廊下に出る。 一人でリビングに向かい、テレビの電源をつけてソファに腰掛ける。

まだ眠い目を擦りながら、脱力して天井を眺める。 朝食の用意は、まだ出来ない。

溜息は出ない。 ただ、目を細め・・・かつての日常を思い描く。

始めは一人だった。 たった一人、孤独の中で眠り続けていた。

次は沢山。 多くの人に囲まれ、そこに自意識は必要なかった。

そうして二人。 誰かの後に続き、その人の願いを叶えたかった。

やがて一人。 誰かが自分の下を去り、孤独な世界に戻された。

けれども二人。 また自分の傍で笑ってくれる人は、彼に似ていて危うく、不器用だった。

結果、また一人。 その彼さえ失って、一人きり。


「何をしているんだろう、わたしは」


リイドが居ない家。

学校に通うのも一人。 食事をするのも一人。 家に帰って眠るのも一人。

最初はそれでよかったはずなのに。 何故手に入れてしまうと失うのが怖くなるのだろう。

それでも信じて待ち続ける事は出来る。 それは確かに可能だ。 けれど、何故こんなにも辛いのか。

頭を抱える。 朝が来たなら目覚めなければならない。 生きている限り、生きていかねばならない。

その繰り返しのなんと苦痛な事か。 悲しいのならば知らなければ良かった。 ずっと無感情のままで居ればよかった。


「独りはイヤだ・・・リイド・・・」


涙は流さない。 泣いたところでどうにもならないから。

だから少しだけ寂しくて悲しくて辛くて、でも顔を上げたらいつもの自分に戻ろう。

いや、普段の彼女はどんな人間だったのだろうか。 もはや彼女にすらそれはわからない。

それはもしかしたら、何かが決定的に・・・。


「壊れてしまったのかもしれないな・・・」


窓の向こう、一日の始まりを告げる太陽の光が、酷く億劫だった。




⇒優しい、夜明け(1)




その日は、雨が降っていた。

ヴァルハラでは月に何度か、人工的に雨が降る事がある。

頭上にプレートシティがあり、そもそも一部は雨雲を突き抜けてしまっているヴァルハラでは、基本的に雨や雪といった天候は存在しない。

しかしそれでは地上とは違いすぎるという意見や、趣が無いとの事で、月に何度か、事前に告知される雨の日が存在した。

その日はたまたまその雨の日であり、窓の向こうを眺めるエアリオの視線も自然と降り注ぐ雨に向けられていた。

とは言えその焦点は雨に合っているわけではない。 ぼんやりと。 あってもなくても構わないのだ。 ただ、ぼんやりと眺めていた。

視線の遥か彼方に見えるプレートより外の景色は完全に晴れなのに、雨が降っているのは少々奇妙な光景だったが、最早気にする人間などこの町には一人もいない。

授業中もずっとそうしていたエアリオを注意する人間は誰も居なかった。 元々近寄りがたい雰囲気を発しているだけではなく、授業など聞いていなくても優秀な成績を収める事が出来る生徒であるという事を学園側は理解している。

儚げな外見とその憂鬱そうな瞳は確実に周囲の人間が踏み込むのを遠慮させていた。 というより、それに踏み込んでしまったら何かが壊れてしまうような・・・そう、落ち着いた場の雰囲気が砕けてしまうような気がしてクラスメイトの誰もが声をかけるのを躊躇っていた。

本当ならば声をかけたい存在ではある。 小さくて可愛らしい動作のエアリオは女子としても構いたい何かがあったし、その可愛らしさは男子にとっても同様の効果があった。

だが誰一人声はかけない。 エアリオに声をかけてはいけないというのは、最早ある種の暗黙の了解だった。


「エアリオ先輩」


そんな暗黙の了解をあっさり破る後輩が現れた時、一瞬誰もがその少女を眺めた。

しかし本人は全くソレに気づかず、恐らく気づいたとしても気にしないだろう。 紅い髪の少女瞳が眼鏡越しに朗らかに輝いている。

エアリオはゆっくりと顔をあげ、それから立ち上がった。 その表情は相変わらず抑揚の無いものだったが、どこか先ほどよりは楽しそうに見える。


「何?」


「何って・・・もう昼休みですよ。 まさかまたずっと寝てたんですか?」


時計を見る。 しまったとは思うが口にはしない。 目を閉じ、小さく唸ってみせる。


「誤魔化しても無駄ですよ。 何度も言っていることですが、授業は真面目に受けてください。 ただでさえレーヴァテインのパイロットは目立つんですから」


嗜めるような口調のアイリスの言葉はまるで年下の少女を叱っているかのようだったが、実際二人の年齢は逆である。

一つ年下のアイリスに毎日こうしてあれこれ文句を言われるのにももう慣れてしまった。 エアリオは適当に聞き流して教室を後にする。


「先輩! もう、いつも私の話、聞いてないんだから・・・」


「アイリスの話は真面目に聞くと長い」


「む・・・それは聞き捨てなりませんよ。 その理由と証拠を簡潔に述べてください。 ちょっと、先輩!」


普段通り、中庭のカフェに向かう。 カイトはまだ入院中であり、イリアもリイドもこの町には居ない。 だから、エアリオとアイリスの二人だけだ。

向かい合って席に着く。 エアリオは眠たげに目を擦り、アイリスは不満げに少しだけ唇を尖らせた。


「もー、先輩全然私の話聞くつもりないんですね」


「聞いてる聞いてる」


「聞いてないじゃないですか!」


「んー」


「・・・・・・先輩、また髪の毛乱れてますよ? 直していいですか」


「んー」


座ったままのエアリオの背後に立ち、手櫛で長い髪を梳いて行く。

寝癖のついたままの髪を直しているうちに段々ヒートアップし、気づけばその髪を好き勝手結わってしまっているのはいつものことだった。

何も気にせず食事を進めていると休み時間の終わりには髪型がかなり複雑化しているのはよくある話で、教室に戻るとクラスメイトたちは皆目を丸くした。

既に用意していたのか、ピンクのフリル付きリボンでエアリオの髪を二つに括り、満足したのか自分の席につき、それを眺める。


「ふふふ、先輩可愛いですね」


「・・・若干自分の状態を知りたくなくなった」


「そうですか。 でも似合ってますよ? 先輩ちっちゃくて可愛いんですから、もう少し外見に気遣ったらどうですか?」


「意味ない。 他人の評価なんか・・・・・・・・・・・・」


一瞬、エアリオの脳裏をリイドの顔が横切った。

自分が呆けていることに気づき、慌てて首を振る。 なにやら一瞬妄想モードに入っていたのを見抜かれたのか、アイリスはニヤニヤしながらエアリオを見つめていた。


「今誰の事考えてました?」


「考えてない」


「そうですか? なにやら赤くなってましたけど」


「考えてないったらないっ」


「じゃあ、そういうことにしておきましょうか」


紙コップのコーヒーを呷りながらアイリスは笑う。

リイドが居なくなってもうじき一週間。 すっかり狂ってしまった自分のペースは取り戻そうにも元々が最早わからない。

寂しさは募るばかりだったが、それを素直に認めてしまうのもなにやら癪だ。 リイドとは命令で一緒に居る・・・そういうスタンスを貫き通してきたというのに、これではまるで個人的にリイドの傍に居たいようではないか。

食べることで無理矢理それらの気分を紛らわせようとするが、太ってしまいそうだと考えてまた頭がもやもやする。

今までいくら食べても太らなかったのだから太る気はしないのだが、もしかしたらと思ってしまうようになったのはやはり多大な変化なのだろう。

外見の変化なんて気にした事もなかったのに。 脇腹に手を当て、肉がつまめない事に安堵しているとまたアイリスがにやにやしながら自分を見ていることに気づき、思わず慌てる。


「可愛いですね、先輩・・・ちょっといまのは殺人的に可愛かったです・・・恐らく反則です・・・」


「何が・・・?」


「先輩って何だかお人形さんみたいでいいと思います。 大変宜しいと思います。 私はそういう意味では先輩の事が大好きです」


「・・・それは褒められているのか? 喜んでいいのか、わたしは?」


「大いに喜んでください。 ちなみに全校女子からも人気があるので、学園の総意です」


「微妙に腑に落ちないのは何故」


「可愛いものは可愛いので仕方ないです」


エアリオに笑いかけるアイリス。 照れくさくて思わず視線を逸らした。

結局昼休み中ずっとアイリスに髪をいじくられ、教室に戻る頃にはピンクをフリフリさせて、何故か鈴まで鳴らしながらメルヘンな姿になっていたため、誰もが教室で驚いていた。

しかし本人は気にもせず普段どおりにしているものだからこれがまた奇妙な光景で、けれど本人はソレに全く気づいていなかった。



「ルドルフ! どうですか、ヘイムダルの調子は」


格納庫でガムを噛みながら機体をチェックしていたルドルフが振り返ると、陽気な声を上げながら近づいてくるヴェクターの姿があった。


「相変わらず元気そうだなヴェクター」


「ええ、元気ですよ? こちらがアイリス用のヘイムダルですか?」


「ああ。 アイリス専用、ヘイムダルだ」


真紅のカラーリングを施されたその姿はどこかイカロスを彷彿とさせる。

下椀部には折りたたみ式のヘビーマシンガン。 近接戦闘にはパイルバンカーシステムで対応するが、主武装はヘビーマシンガンになる。


「アイリスは訓練の傾向から遠距離射撃のほうが得意みたいだからな。 格闘適正はイリアほどじゃないみたいだし」


「なるほど。 長距離砲などは?」


「開発中。 まあとりあえずはマシンガンだろ。 標準装備のアサルトも持てるけどな。 あとは機体をアイリスにあわせて微調整したくらいだ」


「訓練経過はどうですかね?」


「そりゃユカリに聞けよ・・・。 まあ、上々みたいだぞ。 適正は問題なし。 で、本人もやる気があるのか毎日来てるしな。 事前に作ったシミュレータが随分役になってるみてえだ。 あとは、先輩方が面倒見てるみたいだぜ」


「成る程・・・。 まぁ、レーヴァテインがない以上、ここの守りも今以上に強固にせねばなりませんからねえ」


「それだけどよヴェクター・・・本当にほっといていいのかリイドのヤツ。 もうそろそろ一週間経つぜ?」


「まぁ、大丈夫でしょう。 保障はありませんが、根拠はあります」


軽快に笑い飛ばし、眼鏡を指先で押し上げながらヘイムダルを見上げる。


「そろそろ実機訓練でもすべきでしょうかねえ。 ユカリ君と相談してみる事にしますよ」


「そうしろや。 俺様に言われても何ともいえねー。 メカニックはあくまで機械いじりが本業だからな・・・っと、噂をすればなんとやらだ。 後は任せた」


ひらひらと手を振って去っていくルドルフと入れ違いにエアリオ、アイリスが格納庫に入ってくる。

その姿を捉え朗らかに挨拶すると、二人もまたヴェクターに頭を下げた。


「学校帰りですか? ご苦労様ですねえ」


「学業は学生の本分ですから。 それで、もしかしてこれが?」


「ええ。 アイリスさん専用のヘイムダルですよ。 ルドルフ君が識別用に赤く塗り替えてくれたみたいです。 お気に召しませんか?」


「・・・いえ、気に入りました。 姉さんも、赤は好きな色でしたから・・・」


少しだけ感慨深くその赤を眺めた。

きっとその赤は、姉が戦い抜いた証であり、その誇りを受け継ぐ色だと思うから。


「そろそろ実機訓練に入りたいとは思いますが、当分はシミュレータですね。 訓練の調子はどうですか?」


「はい・・・悪くはないんですが、ただ・・・」


「ただ?」


「・・・・・・一度も、レンブラム・・・先輩の、データを倒す事が出来なくて」


かつてシミュレータを使用した人間のデータは蓄積され、プレイバック用に呼び出す事が可能だ。

リイドの記録、カイトの記録、イリアの記録は残されており、目下アイリスが練習用に使用する仮想標的のデータは常にリイドだった。

リイドのデータが相手ならば本気でぶち当たる事が出来る。 そう考え呼び出したものの、そのデータの強力さに毎度苦汁を舐めさせられる。

嫌というほど実感するのは自分と彼との実力差であり、彼が紛れも無く天才であるという事実だ。 それが悔しく、思わず毎日通ってしまうのである。

そんなことは恥ずかしくていえないので、勤勉なのだと勘違いされているくらいが丁度いいと本人は自負しており、それを口にすることはなかった。


「リイド君はセンスだけなら恐らく人類最強のレベルですからねえ。 データと言えども、容易くはないでしょう」


「・・・・・・そう、なんですか」


「ふふふ。 まあ、頑張って倒しちゃってください。 お姉さんの敵討ちのつもりでね」


「も、もう・・・・! ヴェクター、そういうつもりは無いって・・・っ」


「冗談ですよ、じょ〜だん。 ウッフッフ」


「あっ・・・・くっ・・・き、嫌いですっ」


「おやおや。 では嫌われ者は退散するとしましょうか。 あとはお願いしますよ、エアリオ」


「ん」


短いやり取りの後、ヴェクターもまた格納庫を去っていく。

エアリオが見上げるのは並べられたヘイムダル。 しかしそこにレーヴァテインの姿はない。

思わず寂しくなり目を細めるが、隣で顔を赤くしてぶつぶつ文句を言っている少女のお陰でよどんだ気分はどこかへ行ってしまった。


「訓練」


「わかってます! 言われずとも、さっさと倒してみせますよっ」


二人がそうして格納庫を後にしようとした時だった。

まるで見計らったようなタイミングで警報が鳴り響き、二人は同時に足を止めた。


「警報・・・!?」


「敵か」


「え、ええっ!? そんないきなり来るものなんですか!?」


「んー・・・まあ、大体は突然だ。 察知してから数分で来たりするしな」


「そ、そんな・・・」


整備班があわただしく動き始め、即座に紅いヘイムダルの装備が換装されていく。

それはつまり、アイリスが出撃しなければならない事態であるという事・・・そしてそれを事前に想定されていたということである。

ヴェクターは無論、何らかの緊急事態の場合はヘイムダルの出撃準備をさせるようにルドルフに通達済み。 故に当然、準備はすぐに完了するだろう。

しかし準備が整わないのは少女の方だった。 思わず息を呑み、嫌な汗が頬を伝う。


「せ、先輩・・・私、どうしたら・・・?」


「ヘイムダルに搭乗して待機。 あとは司令部から直接指示が入る」


「は、はい・・・って、ええと、パイロットスーツに着替えて来ないと!」


「更衣室でな」


「あ、わ、は、はいっ!!」


その場でスカートを下ろしそうになるアイリスの背中を押して移動を促す。 突然の出来事で同様しているのか、足取りもなんだか不安定だった。

アイリスを更衣室に押し込んで着替えさせていると、入り口の前でルドルフと遭遇する。 駆け足を止め、エアリオに挨拶した。


「よう。 色々忙しいんであれだが、アイリスはどうした?」


「着替え中」


「そうか。 一応お前用のパイロットスーツもある。 いざとなったらノーマルのヘイムダルで出てもらう事になるかもしれねー」


「わたしも?」


「ああ。 戦力足りてねーし、下手すっとノーマルのヘイムダルでもお前が乗った方が動けるかもしれない。 アイリスはまだ初心者だしな」


「それは聞き捨てなりませんね」


部屋を出てきたアイリスは紅いパイロットスーツに着替えていた。

間接各部や手足の先は黒い装甲で覆われ、身体のシルエットがくっきりと浮かび上がる密着感のある素材で出来たパイロットスーツはヘイムダルとのコンタクトには必要な装備なのである。

その外見上多少は恥ずかしそうなアイリスだったが、最早割り切っているのか手足を動かしながらしっかりと立ち上がる。


「これでもシミュレータでは成績よかったんですよ? いきなりだって負けたりしません」


ふて腐れるような、いじけるような、しかし強気な目線。 思わず溜息をついてルドルフは両手を上げて降参のポーズをとる。


「じゃあついてきな。 実際のリンクシステムを使うのは初めてだろ」


格納庫まで走り、コックピットに乗り込んだアイリスの頭上、コックピット付近の端末を直接操作しながらルドルフが説明する。


「とりあえず接続するぞ。 操縦桿を握った状態で接続操作を入力。 パネルにタッチするだけでいい」


「は、はい!」


慌てながらもパネルを操作し、リンクシステムを起動する。 コックピットが明るくなり、周囲から伸びた無数のコードがアイリスに迫ってくる。


「え!? え、ちょっとこれなんですか!?」


「動くな! 自動的にケーブルを接続してくれる! スーツについてる反応を頼りにな。 だからぴったりじゃないといけないわけよ」


「え、え、えっ・・・さ、刺さっちゃいそうなんですけど!?」


「刺さるんだよ! 怖かったら目でも閉じてろっ!!」


「はっ・・・いっ・・・・〜〜〜〜〜っ!?」


きつく目を瞑り、痛みに備え歯を食いしばるアイリス。 しかしいつまで経っても訪れない痛みに疑問を思い目を開くと、とっくにケーブルは接続されていた。


「だから、痛くねーんだって・・・。 リンクシステム接続完了。 動かせるか?」


「や、やってみます!」


ゆっくりと身体を動かし、一歩前に前進するヘイムダル。 同時にその肩から通路へ飛び移り、キーボードを叩くルドルフ。

耳につけたインカムからコックピットのアイリスに呼びかけつつ、外部操作入力でコックピットを閉鎖する。


「う、動かせました! すごい・・・自分の体みたいに動く・・・」


「司令部! ハンガーのルドルフだ! カタパルトエレベータ開放! 市街地最上部の防衛プレートでヘイムダルを待機させろ! 今の装備じゃ大気圏突破は無理だ!」


「こちら司令部了解! ヘイムダルは射出位置にて待機し、第一プレートまで移動後目標到達まで待機!」


「は、はい・・・ええと・・・あ、アイリス・アークライト・・・ヘイムダル、行きますっ!」


カタパルトエレベータが起動し、一瞬で音速まで加速するとヘイムダルを載せて最上階へ突き進んでいく。

凄まじい重力付加の中、思わず倒れそうになる機体を必死で制御しながら思う。

ああ、先輩はこんなことを今まで何度も繰り返してきたんだな、なんて―――。


「かなわないなあ・・・」


きっと姉さんも、ここで何度も何度も・・・戦いに向かったんだろうな、なんて―――。


最上階付近で急ブレーキがかかり、四方の支点が激しく火花を噴出す。 再び襲い来る衝撃に耐え切ると、一瞬で最上階にたどり着いていた。

1番プレート。 そこは街ではなく、完全に防衛用のプレートである。 多量の対空火器と下のプレートを守るためその地盤そのものが城壁となっている巨大な傘。

そこまでたどり着くと地上80km弱の地点。 宇宙と星との狭間から眺める景色は、『高い場所』などというスケールでは表現できない。

その圧倒さに息を呑む。 宇宙がすぐ近くにある。 動悸が激しくなり、しかしそれを押さえるため強く操縦桿を握り締めた。


『こちら司令部。 ヘイムダル聴こえますか?』


「はい! よく聞こえます!」


『今回はレーヴァテインがないので単騎での出撃です。 敵の数は一体。 恐らく神話級だと思われます』


「は、はい・・・!」


『くれぐれも無理はしないで。 カタパルトエレベータならすぐに戻ってこられるから、いざとなったら撤退するのよ』


「・・・ありがとうございます、ユカリさん。 でも・・・っ!」


折りたたまれたヘビーマシンガンを組み立て、空に向かって構える。


「逃げるわけには行かないんです・・・私はっ!」


カメラを望遠する。 それよりも早く、周囲の火器は空に向かって砲撃を開始する。

自動防衛システムが反応するその先では一体の神がゆっくりと降下し続けていた。

それは巨大な氷塊。 きらきらと輝きを反射するその肉体の内部には、白いコアがくるくると回転し続けていた。

その奇妙なデザインの氷は、大量の火器による攻撃を受けてもなんら怯む事無く、悠々と落下を続けていた。


「何ですか、あれ・・・」


判っている。 あれが敵。 あれが神。 今までみんなが戦ってきた相手だ。

しかし、それは畏怖の対象である。 クレイオスを見て、そして誰もがあれに殺されてしまったように。

アイリスはまだ、完全にその恐怖を忘れ去られたわけではない。 そして、それと対峙する経験も無い。

だというのに無情にも敵は落下してくる。 光を反射した直後、突然プレートに巨大な氷山が発生し、火器の半数近くが氷塊に飲み込まれてしまった。

空中でくるくると回転すると、コアを中心にその形状を変化させ、人型の形状・・・まるでホルスの時のように、機械的な外見に変化していく。


「なっ・・・!? 何なのよ、もう!!」


ヘビーマシンガンを掃射する。 膨大な量のフォゾン弾薬が吐き出され、敵に直撃する。

トリガーを引きっ放しにしてフルオートで射撃しているのに、それが直撃しているのに、敵は怯む気配さえ見せない。


「くそおっ!」


後退しながら引き金を引き続ける。


「なんで倒れないのよ、このっ!」


敵は近づいてくる。 ようやくヘイムダルの存在に気づいたかのように首をぐるりと回転させ、右手をゆらゆらと伸ばしてくる。

咄嗟に危険を感じ飛びのくと、先ほどまでヘイムダルが立っていた位置は氷結し、粉々に砕け散っていた。


「こ・・・んのおおおおおぉぉぉっ!」


マシンガンを連打する。 通用しない。

所詮物理攻撃であり、破壊できる可能性があるとしたら最も脆いコアくらいのものだろう。 だが、コアは大体何らかの方法で守られている。

この敵の場合も同様、氷の体の中に覆われており、攻撃は殆どそこまで届いていない。 いや、言うならばそれ以外の部位などいくら破壊されようが再生が可能なのだ。

ヘイムダルの攻撃は通用していた。 ただし、敵がソレを上回る速度で回復を続けているというだけで。


「だったら!」


ヘビーマシンガンを切り離し、パイルバンカーを起動する。


「直接撃ち抜くッ!」


雄たけびを上げながら前進するヘイムダル。 氷結する大地の上を疾走し、拳を振り上げた。

超至近距離にて振り上げたはずの拳は、しかし氷結した腕の関節のせいで振り下ろせずに居た。

振り上げた右腕は完全に凍りつき、ぴくりとも動かない。 同時に敵は蠢く軟体の腕を伸ばし、硬質化したそれでヘイムダルの足を貫通する。


「うああっ!?」


足を貫かれ、倒れたその凍った腕を掴み上げ、敵につるし上げられるヘイムダル。

表情も無く感情もない、そんな化物の顔がすぐ目の前にあった。


「そ・・・れが、どうしたっていうんですか!!」


何の武装もない左腕を叩きつける。 何度も振り上げ、何度も叩きつける。

腰部マウントにはナイフもあったはずだが、それをすっかりアイリスは忘れていた。 だからただの拳であり、効果は殆ど望めない。

右腕同様氷結させられた左腕は空中で停止し、それを必死で動かそうとすると左肩に強い痛みが走った。

痛みをリンクしてはいないものの、無理な動作は神経に付加をかける。 肉体が怪我をしているのではなく、感覚が怪我をしていると誤解するのである。

幻痛は確かにアイリスを襲っていた。 凍てついた両腕を無理に動かそうとしたせいか、肩の間接が外れてしまったような痛みに襲われている。


「っつう・・・・・・・・・ひっ、」


振り上げた腕を鞭のように振るい、ヘイムダルの胴体に何度も叩きつける。

その攻撃そのものはたいした事がないものの、凍てついた間接は打たれるたびに亀裂を巨大化させ、今にもありえない方向に拉げてしまいそうになる。

まだヘイムダルは十分活動できる。 しかしアイリス自身が限界だった。 身動きの取れない状態とコックピットを何度も襲う衝撃が、少女の戦意を無くしてしまっていた。


「う、動けない・・・! なんで動かないんですか!? なんで、なんで、どうしてっ!!」


震動は続く。 これ以上続けばいかに強固なヘイムダルの装甲とて持たない。 それはパイロットであるアイリスが一番良く分かっている事だった。


「動いて・・・動いてよ! こんなところであっさり死ぬのなんて絶対嫌! まだやらなきゃならないことも、言わなきゃいけないことも、山ほどあるのにいっ」


姉の顔が。

仲間の顔が。

そして、最後には・・・あんなに憎らしかった少年の顔が思い浮かんで。

思わず泣き出しそうになる。 偉そうな事を言っていたのは自分だけだった。 何もわかってなかったのは自分だけだった。

こんなに怖くて仕方がなくて、こんなに痛くて仕方がないのに、我慢してみんな戦っていたのに。

何も知らない蚊帳の外で、守られている存在で、何を偉そうに『最低』だなどと口にしたのだろう。


「ちくしょう・・・っ」


悔しかった。 何も出来ない自分が。 何も知らなかった自分が。


「助けて、姉さん・・・っ」


助けて。


「レンブラム〜〜〜〜〜〜ッ!!」




くるくると、虚空を舞う銀色の刃が。


ヘイムダルを捉えていた腕と触手を断ち切り、



『―――ごめん』



声が聴こえた。


二体の間に割って入ったのは影のように一瞬で滑り込んできた漆黒の機体。

腰に携えた小太刀を抜くと同時に敵を切り上げ、そのコアに突き刺しその上から蹴り飛ばす。

コアを貫通した小太刀ごと吹き飛ばされていく神はプレートの上をのたうち回り、辛うじて活動可能な身体を引き摺りながら起き上がる。



『約束したくせに、来るのが遅れた』



漆黒の機体は巨大な太刀を構え、ヘイムダルを背に笑ってみせる。



『助けに来たよ。 アイリス』



死神が振り上げる刃は一刀の元に神話を両断する。


レーヴァテインが参戦し、戦闘開始エンゲージから8秒。


ヴァルハラに襲来した脅威は、一刀の下に切り捨てられ、空と空の狭間に光となって消え去った。



〜用語解説 一個ずれ込み編〜


*新規の皆様*


『ヘイムダルカスタム アイリス機』


ヘイムダルのカスタム機であり、遠距離支援砲撃に特化した性能を持つ。

主武装は折りたたみ式ヘビーマシンガンだが、弾薬などの変更により様々な効果を持たせる事が可能。

脚部は通常のヘイムダルとは異なり、安定感を持たせるためのテールポールユニットが付属しており、それそのものが弾倉でもある。

現時点では実装されていないが、いくつかの長距離用武装を装備出来るようになる予定である。

長距離支援型に調整されているのは搭乗者であるアイリス・アークライトの適正が長距離砲撃に特化しているため。

また識別のため真紅一色のカラーリングになっているが、これはイリアのイカロスをイメージしたもの。



『エクスカリバー=ヴァルキリア』


2ndと呼ばれる二番目のアーティフェクタだが、作中では最後に搭乗した。

適合者としてルクレツィア・セブンブライドが搭乗している状態。

騎士のような甲冑と盾を装備した両腕、腰部から生えているウィングユニットなどが特徴。

背後に装備しているマントは物理的なものではなく、フォゾンで構築されているため、ある程度のフォゾン防御能力を持ち、フォゾン攻撃を弾くバリアでもある。

武装はかなりの数を所有しているが、どれも剣や槍、斧などで遠距離武器は存在しないが、それらを投擲して攻撃する事が出来る。

全アーティフェクタ中最強の防御能力を持ち、多少の攻撃ではまるでへこたれない。 オリカの放つ月詠を受けても両断されなかったのはその為。

刃にフォゾンを付加し、長大な剣にしたり威力を増したりできるが、そもそもこの機体の武装と言えるのは右手の指先にはめられた『ニーベルングの指輪』であり、この指輪から様々な武装を取り出している。

防御能力だけではなくパワーも全機最強だが、これといってクセのある能力があるわけでもなく、一対一の決闘戦闘を前提としている。

モチーフはもうわかりやすすぎる、ヴァルキリー。

むしろリイドが乗るべきだったのはこいつではないかと思う事もある。

後々ヴァルハラに置いても意味を持つ存在になるが・・・。



『アハティ』


第二神話級。

氷のような外見を持つ神だが、実際は満たされたフォゾンによる構築された硬質化、軟体化が自由な液体生命体。

ある一定射程までの距離の熱を奪い目標を凍りつかせる能力と、並外れた再生能力、硬質化した腕などが武器。

初出撃であるアイリスの乗ったヘイムダルと戦闘になり、追い詰めてみたものの、やられてしまっては意味がないですよね。

リイドに一発でやられてしまった、やられるために出たような人。 名前さえも出なかったな。

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