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祈り、剣に映る時(3)


「くそっ! 話し合うつもりはないのかよっ!」


『それはそちらとて同じ事だろうッ!』


振り下ろされるエクスカリバーの剣。 鍔迫り合いで押し合う二機のアーティフェクタは刃を震わせながら顔と顔とを突きあわせる。

エクスカリバーの甲冑から覗く瞳とイザナギの歪んだ瞳とが交錯し、眩い光を放ちながら二機は再び間合いを取る。

嵐のような戦いに海は荒れ、雲は吹き飛び、青空の下、巨大なマントをはためかせ騎士は剣を輝かせる。


『人の運命さだめとは悲しい物だ。 理解し得ぬならばいっそ、互いの存在を否定し―――出遭う事も無ければいいだろうに』


剣を光に返し、腕を交差させ騎士は唱える。


『Geirscogul』 右手には槍を、


『Sceggiold』 左手には斧を、


『Hlocc―――Hrist!』


腕を振るう騎士の周囲に浮かび上がる数え切れぬ武器の数々。 それらは騎士を加護する様に輝き、光の弾幕の中エクスカリバーは加速する。


「なんだそりゃ・・・反則だろ!?」


慌てて後退するも時既に遅し。 飛来する数え切れないほどの武器の嵐を月詠で弾き受け流し続けるが、それにも限度がある。

既に飛来する武器一つ一つが必殺の一撃であり、被弾した箇所は無残にも破壊されていく・・・。


「っつううううっ! い、いったああぃっ!?」


「お、オリカ・・・!? って、クソ・・・忘れてた・・・!」


オリカもまた干渉者ならば。 装甲が傷ついた時、傷つくのはリイドではなく彼女。

痛みは相当なもののはず。 それでも少女は笑って平静を取り繕う。 無論、笑顔の裏では痛みを堪えながら。

少年に不安は与えない。 なに、問題などない。 いつだって、今までだって―――痛みなど、耐え抜いてきた。


「それはいいけど・・・でも、」


目を見開く少女。 その表情は冷たく、直感的に表現するならば・・・殺意に満ちている。

月詠から放たれる波動が降り注ぐ刃の雨を弾き飛ばし、大気を、海を、光を切り裂きエクスカリバーの胴体を刻む。

それは少年の意志とは無関係に、暴走する少女の殺意。 エクスカリバーの胴体から噴出す血液。 少年は振り返って叫んだ。


「オリカ!? またかお前は・・・っ! 本気で戦うなって話、わからないのかよ!?」


「わからないよ」


空中で刀を構えるイザナギは左手の指先で空中に印を描いていく。

それはイザナギが様々な術式を行使する上で必要な儀礼。 故に、少女は本気であり・・・エクスカリバーを破壊しようとしているのは明白。


「だって、あいつ・・・本気でリイド君を殺す気で撃って来たんだもん。 さっきの攻撃、きみ、下手したら死んでたよね?」


「それは・・・っ」


「だから殺すの。 止めたって無駄だよ。 きみを殺そうとする存在は、一切合切赦したりはしない」


あふれ出す膨大なフォゾンは自らの力で生み出したはずの月詠さえも振るわせる。 描き出された虚空を裂く紫の印は漆黒の炎を巻き上げ、刃にそれを宿していく。


「跪きなさい。 そうして自分が喧嘩を売った相手が誰だったのか、後悔しながら死になさい―――あいたーっ!? なんでぶつの!? うえええん!」


「ばか! なんでそんな殺気バリバリなんだよ!? これ以上はだめだって言ってるだろ!?」


先ほどまでの殺気はどこへやら、リイドに頭を叩かれたオリカは涙ぐみながら両手で頭を押さえている。 そのせいか、イザナギもまた刃を下ろし漆黒の炎は空に消えた。


『止める手間が省けて助かったぜ。 悪いが、あんまり命令に従わないなら後ろから槍でぶっさすぞ』


投擲された数え切れない武器を弾き飛ばし、無傷のままトライデントが前に出る。 片方のオヴェリスクを肩に乗せながらレーヴァの隣に並んだ。

ネフティスの言うとおりこれは任務。 エクスカリバーを壊さないために救助に来ているのだ。 それを壊すなど本末転倒にも程がある。

事実セトは操縦桿を握り締め、イザナギの腕をロックオンしていた。 もし彼女が暴走しエクスカリバーを攻撃するようなことがあれば、それを止めねばならない。

『それも込み』での同行だ。 任務達成の為には、いかにレーヴァテインであろうが手足の一本くらいもぎとる事に迷いはない。


『そうならないように僕たちがいるんだ。 さあ、気を取り直して平和的に行こうじゃないか、オリカ』


略奪者の賛歌オヴェリスクを前面に突き出し、セトは穏やかに微笑む。

二機のアーティフェクタは既に奇襲を乗り越え戦闘体勢を整えている。 先ほどの奇襲ももはや通用しないだろう。

その圧倒的不利な状況下においてなお、エクスカリバーは戦意を全く失っていなかった。

片手ずつに構えた斧と槍を構え、白いマントをはためかせながらにらみ合う。

再び攻防が始まろうとしている。 次は恐らく互いに手加減は出来ないだろう。 そうなれば・・・必ず被害者が出る。

それは覚悟せねばならない。 命を落とす可能性もある。 戦場に緊張が走り、そして―――。


『この勝負、お預けだ』


剣を退いたのはエクスカリバーだった。 すぐさま反転し、マントを靡かせながら二機に背を向ける。


「待て! どういうつもりだ!?」


『敵襲だ。 貴殿らに構っている余裕はなくなった』


加速し、あっと言う間に見えなくなるエクスカリバー。 レーヴァとトライデントは武器を納め、陸地に着陸する。


「何だよあいつ・・・ほんと勝手なやつだな・・・」


『追いかけよう。 どちらにせよ、ここで引き下がる選択肢は存在しないんだからね』


「わかった。 先行するからついてきてくれ」


『了解』


二機のアーティフェクタは飛翔し、飛び去っていったエクスカリバーを追跡する。

荒れ果てた大地の向こう、騎士の戦場を目指して。




⇒祈り、剣に映る時(3)




見渡す限り広がる瓦礫の山と荒野。 人の姿は無く、しかしそこはかつては人が住む都だった場所である。

相次ぐ神の軍勢の進軍は真っ先に人の都を襲った。 フォゾン・・・つまり命を求めて彷徨う神が狙うのは人の多い町、国、そういった共同体だ。

故に国は維持できなくなる。 人々は逃げ惑い、一つ所に留まる事は出来なくなった。

始めは抵抗を続けていた国々も倒せども倒せどもきりがない軍勢に、そして倒し得ぬ神の存在に疲弊し、やがては故郷を後にする。

そうした歴史がもう十年以上続き、最早安全と言える場所は地球上のどこにも存在せず、人が暮らしていける場所も僅かばかりしか存在しない。

人種や思想、国家方針や悪意で分断されていた人々の意識はおおよそ統一されたと考えていいだろう。

単に死にたくないと。 滅びたくないと。 誰もが願い、手を取り合った。

始めは表面上でしかなかったそれも、裏切りや生き残りをかけた身勝手な争いで人の数そのものが減る事により、一応の収まりを見せた。

もはや身内同士で謝っている猶予など一切ないというのに、それでも人は自らの利益を求め。 或いは命の保障を求めて争った。

避難する飛行機の席を争い。 船の席を争い。 逃げた先の暮らしを争い。 しかし、どれもが意味などない争い。

どちらにせよ滅んだ。 身勝手な振る舞いをして孤立する事こそ最大の恐怖なのである。 助け合わねばもはや人は生きていけない。

管理され、誰かに守られ、使役され。 そうした生き方しか人類は選べなくなっていた。

それはたとえば天空の城であり、例えば米国であり。

逃げ場を失った人類の在り方はかつての歴史とは大きく姿を変え、その存在は徐々に無駄を取り除かれ洗礼されたものに昇華したのかもしれない。

しかしこの国はそうではなかった。 この場所の民は故郷を焼き払われそれらが白い砂に帰っても尚、逃げようとはしなかった。

踏みとどまり戦う者がいた。 前線を作り、徒党を組み、剣を翳して抵抗した。

それがこの場所。 それがこの戦場。 その戦場における唯一の希望が、エクスカリバーだった。

騎士の姿をしたその機械仕掛けの神はあらゆる脅威と戦った。 そしてあらゆる状況に置いて無敗を誇ってきた。

それは褒められはしても、驚くべきことではない。 なぜなら一度でも負ければ騎士の背後に居る人々は皆命を落としてしまうから。

だから騎士にとってそれは当然であり、日常であり、成さねばならぬ、成さねば赦されぬ事。

エクスカリバーは戦場で剣を振るい、神の軍勢を退け続けてきた。

そうして人々は戦う神の姿に共感を覚え、その姿を頼り、崇拝し、何とか抵抗を続ける事が出来ていたのである。

仮にこの場所にエクスカリバーが居なかったとしたら、もはやこの場所も白い砂に覆われていたであろう。

無の世界にならず、瓦礫だろうが荒野だろうがまだその世界だった一部の輪郭を残しているのは、世界に誇れる立派な奇跡だった。

だからそれを見たとき、戦場で神々の屍の上に立つ騎士の姿を見たとき、リイドは思わず溜息を着いた。


「それがここの現実なんだな」


腕を組んで眺める景色。 騎士の周りに集う無力な、しかし戦う意思に溢れた人々。

抵抗軍の武装は対人銃器や戦車、戦闘機がいいところ。 フォゾン武装などあるはずもなく、殆ど神には通用しない物理攻撃しか所持していない。

正直にいって足手まといですらある人々は、自らを守護したエクスカリバーを褒め称えていた。

そうしてコックピットから降りてきたのはパイロットである美しい金髪の騎士。 少女は兵士達に駆け寄られ、子供たちに飛びつかれ、困りながらも微笑んでいた。

きっと彼女はここで生きる人々の希望であり―――紛れも無く彼女の行いは人を救う事につながっている。

だからこそ望遠カメラの向こうで起こる出来事から目を逸らすように、瓦礫の山に身を隠すレーヴァテイン。


「これでボクたちが近づいたら、それだけで大パニックだろうな」


「慕われてるんだね、あの人」


「それをお前はぶった斬ろうとしたんだぞ・・・」


「むうう・・・だって、しょうがないじゃん・・・」


ふて腐れるオリカを余所にリイドはコックピットを開く。

冷えた空気が流れ込み、少年は上着を羽織って通信機を手にした。


『リイド、どこに行くの?』


「生身で話し合ってくる。 アーティフェクタに乗ってたら向こうも警戒するだろうから」


『危険だよ? 今度こそ殺されるかもしれない』


「かもね・・・でも・・・」


不思議と少年はそんな気はしていなかった。

殺されることはないだろう。 もしかしたらにらまれるかもしれないが、どうせその程度だ。


「行ってくるよ。 行動しなきゃ、事態は好転しない」


『・・・わかった。 じゃあ僕たちはトライデントで監視してるよ。 君に何かあったら助けに行くけど、構わないね』


「是非そうして。 じゃ、行ってくる」


膝を着いたレーヴァの腕を伝って瓦礫の山に降り立つ。 崩れそうな足場に一瞬バランスを崩しそうになったものの、無事上陸には成功したようだ。

後に続いて飛び降り、華麗に着地したオリカは宙に浮いた帽子を頭でキャッチし、被りなおしながら瓦礫の山を下る。


「お前も来るのかよ・・・」


「当然でしょ? リイドに何かあったら大変だもん」


「ハイハイ・・・」


最早止めても意味はないのだと理解した。

危険を承知で人だかりに近づいていく。 年季の入った戦車の合間を縫いながらエクスカリバーに近づくと、周囲の兵士たちが一斉に二人に銃を向けた。

当然のことだった。 二人の格好は同盟軍のもの。 先ほど遭遇したばかりのレーヴァテインかトライデントのパイロットであることは容易に想像が可能なのだから。

しかし、リイドは向けられた銃口を恐れもせず、大の大人の兵士達を睨みつけ、その先に居る鎧の騎士に判るよう片手を上げて言った。


「話がある! あんたがリーダーなら、この無礼な人たちを下がらせろよ!」


いきなり喧嘩腰な口調だったが、それは紛れも無い事実だ。 話し合いに来たという人間に問答無用に銃を向けるなど、無礼にも程がある。

礼儀に関して騎士は煩かった。 無論、少女にしてみればリイドたちは係わり合いになりたくない相手だ。 だから脅す意味も含め、攻撃を仕掛けた。

だが少女が何よりも警戒心を抱いていたのはレーヴァテインとトライデントの二機であり・・・生身の彼ら二人に出来ることなど何もない。

故に警戒を解き、少女は兵士を下がらせて前に出る。 腰に帯刀した剣のに手を乗せ、少女は軽く会釈した。


「兵が無礼を働いたな。 済まなかった。 だが、そちらも二機で予告もなしに到来する等数々の無礼を働いた。 この際互いに譲歩すると言う事でどうだ」


「別に構わないよ。 馬鹿とは話もしたくないけど、あんたはそれなりに賢そうだしね」


「・・・礼を言う。 場所を変えよう、レンブラム。 こんな場所で話せるほど、安易な相談ではないのだろう」


ドレスの裾を翻し歩いていく騎士。 若干納得がいかないものの、リイドはそれに続く事にした。

エクスカリバーを置いたまま歩く事数分。 案内されたのはボロボロの小屋だった。


「こんな場所ですまない。 キャンプまで行くと、女子供が貴方を怖がるだろうからな」


「そんなに恐ろしい形相で歩いているつもりはないけど、まあいいよ・・・そっちの境遇はある程度理解する事にする」


「そうか。 して、話とは?」


小屋の外には当然兵士が待機している。 完全に敵地での会話なのだから警戒されても仕方のない事なのだが。

用意された木製の椅子に掛け、足を組む。


「エクスカリバー単騎でここに居るのは危ないから、米国なりヴァルハラなり安全な場所に避難しろって話だけど」


「断る」


ばっさりと切り捨てられる提案。 少女は鋭く威圧感のある眼差しでリイドを見つめた。


「話はそれだけならばお引取り願いたい。 何と言われようがこの場を去るつもりは毛頭ない」


「理由を聞かせてくれ。 何故ここにそこまで留まりたがる?」


「見て判らないのか? ここに残る抵抗軍の戦力では、一日と持たない。 エクスカリバーの力が無くてはこの戦線は崩壊する」


鎧を外し、机の上にきちんと並べていく少女。 結んでいた髪を解き、長い前髪の間からリイドを見つめた。


「そうなれば困るのは米国ではないのか? ここを抜けられれば後は北米大陸まで一直線だ。 今現在でさえ、北米に向かって進軍する勢力を阻止しきれているわけではない。 ここで戦線を放棄すれば、より戦域は拡大するだろう。 そうなればより人類は苦戦するのではないか」


「む・・・」


その話にも確かに一理ある。 いや、むしろその通りだった。

海岸沿いに要塞のようなSIC本社を構える北米大陸と言えども全ての侵略を阻止できるとは考えにくい。 だからこそSICはロシアゲートの破壊を急いでいるのだろう。

しかしだからこそエクスカリバーの力をもっと有効に使うべきだと考えている。 何の設備もないこんな場所で単騎で戦い続けたところで効率はお世辞にもいいとは言えない。


「勝てる見込みも無い戦いに勝手に熱くなるのは馬鹿のやることだ。 あんたはそれでよくても、それで死なれたらボクらが困るんだよ」


「貴殿の言う事も理解出来る。 ならば、『申し訳が無い』と謝ろう」


頭を下げ、それから悲しげな瞳でリイドを見つめる。


「ここに踏みとどまっているのは所詮私の我侭だ。 正当化するつもりはない。 だが、退くつもりもまたないのだ。 どうかわかってほしい」


それは切実な願いだった。 話は確かに通じているのに、どんな理屈も彼女には単純に通用していない。

いや、通用はしているのだ。 彼女も自分のせいで様々なひずみが発生している事を理解はしている。 ただ、それでも尚この場を離れたくないという思いのほうが強いというだけで。


「どうしてそこまでしてここに残りたがるんだ? 同盟軍への反発? それとも、ボクが気に入らないから?」


「生憎、貴殿の事はそれほど嫌いではない。 むしろ好きな類の人間だ、レンブラム」


微笑みと共に椅子に腰掛け剣を鞘から取り出し、鈍く光るその刀身に自らの表情を映し出す。


「自分が正しくない事などとうに承知している。 同盟軍は確かに気に入らないが、反発する程でもない」


「じゃあ、どうして?」


「・・・・・・レンブラムはヨーロッパに来るのは初めてか?」


「・・・そうだけど?」


「なら、判るまい。 見えるか? あの瓦礫の山が」


カーテンを開き、窓の向こうに果てしなく広がる荒野を指差す。

少女は想いを馳せる。 そこはかつては彼女が愛する町と人々が存在した美しい都市だった。


「かつては古き良き伝統を受け継ぐ気品ある美しい街だった・・・。 それが今は瓦礫の山。 しかも瓦礫そのものが白い砂になりかけている」


天使による襲撃の影響。 天使の攻撃はあらゆる物体を砂に還してしまう。

だから、何もなくなる。 彼らの行軍の後に残るのは死の大地のみ。 愛した景色はもはや欠片さえ残らない。


「もう原型の無いこんな街、貴殿らは意味の無い土地だと思うかもしれんな」


「・・・・・・」


「だが、ここは確かに我々が愛した世界なのだ。 この星そのものが危機に瀕している事など十分承知している。 だが、私達は腐ってもこの土地の人間だ。 愛した歴史と世界の欠片を放棄する事など、絶対に出来ない」


振り返る金の髪が揺れ、悲しげに、しかし威圧するように、鋭くリイドを射抜く。


「貴殿らにはわかるまいな。 我らが失ったものが如何程か。 彼らが失ったものが如何程か」


「それでも・・・それでも、世界の為を思えばボクらと協力して戦うべきじゃないのか?」


「貴殿らがこの土地を守るために尽力してくれるという意味での協力ならば受け入れよう。 だが、貴殿らの戦いはここだけではないのだろう?」


「・・・そうだ。 世界中、敵がいるならどこにでもいく」


「ならば意味のない事だ。 この地を離れた時、民を守れないのであれば全ては意味のない事」


「だから、そんなことよりも世界のほうが―――」


「では問おうレンブラム。 世界とは・・・一体何だ?」


喰らいつこうと開いた言葉を飲み込み、思わず口を閉じた。

世界とは一体何だ? 謎かけのような質問。 しかしそれは少年の胸にぐっさりと突き刺さる。


「守るべき世界とは何だ? それはこの星全てなのか?」


「・・・・・・そ、それは・・・」


「正直に言おう。 私はこのヨーロッパから出た事は一度も無い。 だから、ここ以外の『世界』など、知った事ではない」


迷いを含んだ瞳。 しかしそこに嘘はない。


「貴殿はどうだ、レンブラム。 貴殿の守りたい世界とやらは・・・一体何だ?」


そこに、貴殿の守りたい人はいるのか?


「守りたい人もものも居ないのに、星全体が平和であれば、それが貴殿の言う世界の平和なのか?」


自分にとって大事なものが何一つ守れなかったとしても、その先に続く平和を自らが愛した世界だと言えるのか?


「人は皆我侭だ。 そしてものを知らぬ。 愛せるのは自らの知る一握りの世界だけ。 全てを救う事は出来ない。 それはただの、綺麗事だ」


髪を結わい、ドレス姿で片手に剣を引っさげながら少女は扉に向かって歩いていく。


「正論ならば正しいのか? 綺麗事なら美しいのか? 我侭ならば悪なのか? 自らの中で答えも出ていないような貴殿の言葉では、私の胸には響かない」


「くっ・・・」


「・・・・・・追い出すことはしまい。 好きなだけ滞在し、考えるが良い。 その上で貴殿に答えが出たのなら、もう少し真面目に向かい合おう」


「・・・それは同情か?」


「違うな。 単なる気まぐれ・・・いや」


指先で髪を弄りながら少しだけ嬉しそうに微笑み、


「貴殿は生身で危険も顧みずに会いに来てくれた客人だ。 言葉遣いは問題があるにせよ、十分誠実さを見せてくれた。 客人には礼を尽くすだけだ」


扉が開き、冷たい風が小屋に入り込む。


「ではな、レンブラム」


少女は去っていった。

残されたリイドは深く溜息を着き、額に手を当て目を閉じた。



完全に言い負かされたと思ったのは、少年にとって随分と久しぶりの事だった。

それは少年にとって十分納得のいく説明だった。 それが仮に人類全体のためにならない行いだとしても、少年でもきっとそうしてしまうだろうから。

例えばそれは、好意を抱く少女がぼろぼろに傷ついていた時、危険も周囲の迷惑も顧みずに出撃してしまった時のように。

自らが知る世界は非常に狭く、自らが守りたい範囲も非常に狭く、本当に守りたいものは本当にごくわずかだけ。

力を手に入れたのだから、その使い道は自由だと思っていた。

それがいつからか自らは誰かのために戦わねばならないのだと、脅迫的な思いに責め立てられていたのかもしれない。

戻ったレーヴァテインのコックピットで空を仰ぎながらぼんやりと考える。

思えば初めて自分がその力を行使したのは、完全に自らの我侭だった。

次は他人を威圧し自己満足するための八つ当たり。

その次は落ち込み、自らの実力を不甲斐なく感じ、銀色の髪の少女のために闘った。

そしてその次は兄を見返すためであり、友人を助けるためだった。

ゆっくりと、世界は広がったのだ。 戦う理由も、その相手も、ゆっくりと、徐々にだけれど、広がっていったのである。

けれどその根本にあったのはいつも自分の周囲だけで、世界中で苦しんでいる人の事など考えた事もなかった。

それを今更都合よく口出しするなど、それこそ虫が良すぎるというものだろう。


「・・・・・・イリア」


イリアもカイトも誰かのために戦っていた。

しかし、その誰かの中に『世界』は含まれていたのだろうか。

同じ町に暮らす、家族や友人。 そうした人々くらいしか『守る』の中に含まれて居なかったのではないか。

先輩達に憧れ、そうした理由を求めていた。 力を振るうに相応しい場所と理由を求めていた。 しかしそんなものは最初から・・・そう、元々たいしたものではなかったのだ。


「り〜いどっ」


背後から少年に飛びつき、首に腕を回す少女。 普段ならすぐにでも引っぺがされそうなシーンだったが、少年は何も反応しなかった。


「もしかしてさっき言われた事、気にしてる?」


「・・・うるさいなあ・・・」


「・・・・・・ねぇリイド?」


「あぁ?」


「人が拳を振り上げるのに、そんなにたいした理由が必要なのかな?」


思わず少女を見た。 その顔はすぐ隣、5センチも離れないような場所にあって、きらきら輝く瞳に少年を映し出している。


「たとえばさ、ちょっと気に入らなかったり。 口げんかしちゃったり。 思いも寄らない形で相手を傷つけたり、傷つけられたり・・・・・・人間ってさ、そういうみっともなくて醜くて、馬鹿で。 相手のこと理解しようともしない、そんな生き物なんだと思う」


「・・・」


「結局ね、人が理解出来るのは自分の『続く場所』だけなんだ。 自分が知りえる範囲だけ。 それもすごく狭くて、自分勝手な解釈と言い訳で捻じ曲げられてる世界。 でもそれって、悪い事かな?」


誰もが都合よく生きていけたらいいに決まっている。

辛い事も悲しい事も、全て真正面から受け止めていたら辛くて仕方がないから。

誰かのせいにしたり、自分勝手な言い訳でなかったことにしたがる。

けれどそれは自らに良心が存在し、その悲しみを受け入れる事を辛いと感じているからなのだ。


「人は醜いよ。 それを受け入れて、でもいいところを探していこうよ。 勝手でわがままでも、いいじゃない。 リイドは、リイドが守りたいって思うもののために戦って、他の人の言う事なんか、きかなくたっていい」


「・・・オリカ」


「全部一人でやろうとしないで。 世界は広くつながってるんだよ? この場所をエクスカリバーが守っていたように、リイドはヴァルハラを守ってた。 みんながみんな、自分が愛するものを一生懸命に守れたら・・・そうしたらきっと世界は平和になるんだと思う。 そのせいで傷つけあったり殺しあったりしたとしても・・・それは『平和』なんじゃないかな」


「そのせいで人類全部が滅んでしまってもか・・・?」


「・・・生きていれば平和だとは、限らないよ」


目を閉じ、少年に頬擦りする。 甘い香りと優しい感触は少年にも確かに伝わり、思わず顔を紅くした。


「例えば、世界中から争いや悲しみがなくなったとしてもね? 私、リイドがそこにいてくれなきゃ、やだよ。 リイドを守るために世界が滅んでしまうんだったら、滅んでしまって構わない」


「・・・・・・・・・」


「守りたいものが守れないのに、それでどうして平和だって言えるのかな? 譲れないものを見捨ててまで辿り付いた世界は、本当にリイドにとって大切?」


それで、満足?


「だからね。 いいと思う。 リイドは我侭なくせに、肝心なところで誰かの事を気にしちゃう優しい子だから。 もっと、自分勝手でいいんだよ」


悲しい力を授けられた。

その力のせいで、悲しみを知った。 温もりを知った。

そして、自分がわからなくなって、どうすればいいのかもわからなくなって、逃げ出したくなる。


「彼女たちもきっと同じなんだよ。 ここにいれば死んじゃうって事も、ここにいれば他の人に迷惑かかるってことも、わかってるんだよ。 でもね」



それを見捨てて守った世界に、自分達の心が安らぐ場所などあるはずがないのだから。



「自分を救えないで、何が救えるの?」



少年に問い掛ける視線。 それは悲しげで、優しげで、あの時鎧の騎士が見せたものと同じ。

そう、人間に守れるものなど高が知れているのだ。 だから、誰もが自分の手の届く範囲の幸せを求め悲しみを拒む。

全てを受け入れる事は出来ないだろう。 そんな聖人はもはや人とは呼べない。 利己的で歪んだ人の心にこそ、美しさと強さは宿るのだ。

綺麗事で世界が救えるのならば幾度と無くこの世は平和に守られてきただろう。 そうならないのは人が抜本的に罪深い生き物だからだ。

だがそれがどうした。 そんなことは関係ないのだ。 それでもそこにある美しさ、誇りこそ、命を賭けて守るべき輝きなのだ。


「だからきっと彼女はココを離れないよ。 私達が彼女を殺してしまっても、きっとね」


自分を抱きしめている少女の手を取り、少年は考える。

どうすればいいのだろう? どうすれば自分は楽になれるのだろう?

どうすれば、この死の大地を救えるのだろう?

答えは出ない。 当たり前だ。 少年は大事なものから、逃げ出してしまったのだから。

守りたかったものは確かにあった。 それを守りきれなかったとしても、それを思い続ける事がどんなに辛かったとしても、確かにあったのだ。


「ボクは・・・」


体を起こす。 ふと、レーヴァテインの足元に目が行った。

そこには茶髪の少年が立っていて、手にはバスケットをぶら下げている。

気さくな笑顔で手を振っている少年を見つめ、リイドはオリカを振りほどいてコックピットを開く。


「・・・何か?」


「いや、腹減ったかと思ってよー! メシ、持ってきてやったぜい!」


妙な口調だった。 しかしまあ、確かに腹が減っているのは事実。

考えていても仕方がない。 蹲っていても事態は好転しない。


「・・・そうだな」


ならば行動しよう。

自分に出来る事を考えてみよう。

リイドは出来る限り友好的な笑顔を浮かべ、レーヴァのコックピットから一歩を踏み出した―――。



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