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祈り、剣に映る時(2)


結局、自分が一体何をしにココまで来たのか分からなくなるのは、今更遅すぎるくらいだった。

本社内の食堂でパンを齧りながら思う。 高層ビルの窓から見渡す世界は正直平和そのもので、危機に瀕しているなんてのは全く持ってリアリティのない話だ。

いや、むしろ今までヴァルハラで聞いていた世界の現状など全部嘘っぱちで、本当はどこもかしこも平和でした、なんてオチかもしれない。

なんてまあ、それはないと思うけれど。 少なくともこの米国は他の国に比べて圧倒的に平和であろうことだけは確かだった。

と、冒頭からいきなり他の話題に摩り替えたつもりだけど、テーブル向かいで顔を紅くしてパンにやたらとイチゴジャムを塗りつけているエンリルが先ほどの事を気にしているという事実は逃れようのない現実なわけで。

スヴィアはそれに気づかないのか、コーヒーの注がれたマグカップを傾けながら片手で端末を操作していた。

恐らく仕事中なのだろう。 スヴィアは本当はいつも忙しくて、その忙しい時間の中からわざわざボクの為に時間を捻出してくれている気がする。

スヴィアはいつもそうだ。 ボクと母さんの事が最優先で、けれど他もおろそかにする事はない。 色々な両立が上手いってことは大人ってことで、だからボクはそんな彼の姿に憧れていた。


「どうした? 私の顔に何かついているのか?」


「あ、い、いや。 それでスヴィア・・・この後ボクってどうすればいいのかな?」


「同盟軍に参加するかどうか、という話か? その前にお前にも会ってもらいたい人が居るんだが」


「会ってもらいたい人?」


聞き返すと彼はマグカップにどばどばと大量の砂糖とミルクを足しながら・・・そう、先ほども大量に入れていた・・・きりっとした顔つきでボクに答える。


「そうだ。 SICの社長、アレキサンドリアに会ってもらいたい」


「・・・SICの社長?」


ボクもまたコーヒーの注がれたカップを傾ける。 ちなみにブラックだ。

となりでほっぺたにジャムをつけまくりながらパンを食べているオリカの頭を叩き、それからエンリルに視線を向ける。

やはりもう一度ちゃんと謝ったほうがいいのだろうか。 しかし色々と腑に落ちない。 顔をあわせるのも照れくさいし・・・ああ、ボクはきっと女の子とは関わらないほうがいい人間なんだろうなあ。


「ひどいよお! なんで食べてるのにぶつのー!?」


ああ、きっとそうだ。 こいつをまともな女の子なんて、カテゴリするのも嫌だけれども。




⇒祈り、剣に映る時(2)




社長室はお約束というかなんというか、このビルの最上階にあるらしいとのことで、ボクら四人はエレベータに乗っていた。

エンリルはずっとボクの死角、あるいはスヴィアの影に隠れていてあからさまに避けられているのだが理由を余り口にしたくない手前スヴィアに助けを求める事も出来ず、いたたまれない気持ちのまま四角い箱の中で黙り込んでいた。

最上階に出ると移動する必要はなかった。 最上階そのものが全て社長室・・・つまり一つの部屋らしく、途方もなく離れた場所にぽつんとデスクが見えた。

一階層まるまる一部屋にするという発想がちょっと無駄だらけの気もするが、社長がどんな人なのかココからではよく見る事すら出来ない。


「あ〜〜〜〜、もしかしてスヴィア君? やっほ〜、久しぶり〜」


広い部屋に響き渡った声は非常に高く、幼い。 正直に言えばそれは少女のもので・・・しかもボクよりもさらに年下なんじゃないかってくらいの。

だから眉を潜めながらデスクに向かって歩いていく。 デスクの上には大量の書類やらなにやらが散らかっていて、彼女はその上に思いっきりハイヒールの靴と足を乗せ、黒い革製の椅子の上にふんぞり返っていた。

そう、彼女だ。 年の瀬はボクよりも下。 短い金色の髪。 服装は、何故かドレス。 それもやたらとふりふりひらひらした、人形が着ているようなドレスだ。

エンリルと並んで同年代に見えてしまうほど小さな少女は何故か口に葉巻を咥えていて、火の付いたそれを手にしたままニヤニヤ笑って見せる。


「もしかしてそっちが弟君? 顔そっくりだね〜、超似てる。 結構いい男だけど・・・でもひねくれてそうだ、あはははは!」


「・・・スヴィア、何これ?」


「社長だ。 アレキサンドリア・ロンドベル・カインド社長」


「嘘だー・・・」


流石にそればっかりはないと思った。 だって社長がこんな子供でいいわけがない。

イメージの問題ではない。 社長というのは色々な意味で子供であっていいわけがないのである。

だからこれは流石にどうかと思った。 SICという会社の基本方針がどんなものだかはよく知らないが、こんなのが社長してるからヨルムンガルドが襲ってきたりするんじゃなかろうか。

ジト目で少女を眺めていると、彼女は席を立ち、思いっきり足を振り上げて机の上の物を蹴散らし、どっかりと足を組んでデスクに腰掛けた。


「随分生意気な子供だな・・・スヴィア、教育はちゃんとしたほうがいいぞ。 子供の為にならない」


「なんだと・・・お前だって子供じゃないか」


「あー、OKOK・・・ま、いいよ。 ぼくはアレキサンドリア・ロンドベル・カインド。 SICの社長をやってる。 はじめまして、リイド・レンブラム少年」


「・・・よろしく」


渋々握手に答える。 余裕ぶった笑みはまるっきり子供らしくなくてちっとも可愛くなかった。


「少年がレーヴァテインのパイロットか・・・成る程ね・・・」


値踏みするような視線。 ちょっと居心地が悪くなりスヴィアに視線を向ける。 一体これがどういう意味なのか問い詰めたいところだが。


「リイド。 ちなみに彼女は今年で二十歳だ」


「・・・二十歳ッ!? これがかっ!?」


「アッハッハ! なんだ面白いな少年! 一応これでも世界最大の企業の社長だと自負してるから、顔も売れてるもんだと思っていたんだけどね」


ジェネシスじゃこんなやつの情報入るわけがないに決まっている。 だってあそこはジェネシス・・・SICのライバル企業の町なんだから。

それにしたってどんな教育を受けたらこんな小さい二十歳になるんだ。 お前のほうが教育はちゃんとしたほうがいいよ、と突っ込みたかった。

というか二十歳で社長か。 一体どういう人生を歩んできたのかなんて興味もないけれど、世の中も随分おかしなことになっているものだ。

少女はデスクから飛び降りる。 そうして灰皿に葉巻を押し付け、窓辺に向かって歩いていく。

太陽の光も窓の向こうの景色も全面透視のこの部屋はまるで空に浮いた庭園のようだった。


「ぼくが君に話したい事は他でもない。 というか、君みたいな子供にはそれ以外の価値はないと思うしね・・・少年」


「レーヴァテイン・・・ですか?」


かなり抵抗があったが一応敬語にすることにした。 が、それほどかしこまるつもりはない。 ポケットに手を突っ込んだまま問う。


「少年が持つ力は偉大な力だ。 だから、少年をSICで雇いたい。 立ち居地はスヴィアと同じ、同盟軍に出頭しているアドバイザーという形になるがね」


つまり、同盟軍で天使や神・・・『敵』と戦わないかという提案だった。

それはスヴィアも言っていた事だ。 ジェネシスで戦っていく事に迷いを感じるのならば、他の場所で戦えばいいと。

そうだ。 確かにボクからレーヴァテインをとってしまったら何も残らない。 自分がそれほど図抜けた存在だとは思えないし、事実ボクより図抜けた人間は目の前にも居る。

ただいざ決めろといわれると決められないのが本心だし、そんなにあっさり決めていいことでもないと思う。 確かに望んでボクはここに来たけれど、でもそれは・・・色々と複雑な気持ちの結果なのだ。

そのうちの一つである『あのままアイリスに罵倒され倒れたイリアを守りカイトの代わりになって戦い続けたほうがいい』という気持ちも少なくない。


「迷ってるのも分かるが、少年だってこのままがいいとは思ってないんだろう?」


「・・・はい」


どちらにせよなんらか変わる必要がある。

今のままのジェネシスも、今のままのボクも、何もかもこのままではおかしい気がする。

何がおかしいのかはわからない。 だからせめてそれがなんなのか、それくらいのことは知らなくてはならないと思う。


「迷ってる少年に朗報だ。 今のところ、SICが所持しているアーティフェクタは二つ。 少年のレーヴァテインが一つ。 残り一つ・・・エクスカリバーという名前のアーティフェクタが存在してね」


エクスカリバー。 その名前は全くの初耳でもない。

まだ見ぬアーティフェクタ。 レーヴァテイン、ガルヴァテイン、トライデントに並ぶ、最後のアーティフェクタ。

それがSICに存在せず、ジェネシスにも存在しないということは・・・恐らく両者とは別の組織が手にしているという事だろう。


「でも、それがどうしたんですか?」


「少年、SICもジェネシスも、アーティフェクタを使って敵を倒しているという事実は一応変わらないだろう?」


「ええ、まあ」


「エクスカリバーの所有者もそうだ。 今彼らは神に侵略された土地に踏みとどまり、大規模なヘヴンスゲートからやってくる敵と毎日戦い続けている・・・所謂ゲリラ的な組織だ」


アレキサンドリアが指を鳴らすと急に部屋に差し込んでいた光が全て遮断され、暗闇の中に青白い巨大な立体映像が浮かび上がる。

それは巨大な世界地図だった。 恐らく現在地であろう北米に紅いマーカーが存在し、海を渡った地・・・ヨーロッパの海岸沿いにもう一つマーカーが浮かびあがった。


「ヨーロッパ、旧イギリス領。 ここがエクスカリバーの現在地だ。 イギリスに関わらずヨーロッパ領は殆ど壊滅状態。 最初はドイツの辺りまでは一応人類が踏みとどまって戦っていたが、今はもう本当に壊滅寸前。 エクスカリバーがなかったらとっくの昔に滅んでいたような土地だよ」


「アーティフェクタが守っていても守りきれないんですか?」


「そりゃ仕方ないよ。 かなり大規模なヘヴンスゲート・・・LV7がロシアにいくつか浮かんでるからね。 同盟軍は今アジア方面から旧ロシアヘヴンスゲート群に攻撃を仕掛けたいと思っているんだが、なかなか敵も強固で突破出来そうもないわけだ」


「LV7・・・?」


「ヘヴンスゲートの危険度レベルだ。 最低が1で最大が10。 北極ゲートのLVが10だと言われている。 お前らが潰したフィリピンゲートはLV4だ」


さりげないスヴィアの解説に感謝しつつその壮絶な状況を想像する。

フィリピンゲートだって相当な量の敵がうじゃうじゃいたのにそれより上位のゲートがいくつもあるという旧ロシア領。 正直あまり行きたい場所ではない。

それとずっと戦い続けているとなると、そのエクスカリバーとかいうアーティフェクタのパイロットは相当な実力者なのだろう。 少なくともボクならとっくに諦めてしまっていそうだが。


「その人たちはアメリカに逃げてこないんですか?」


旧イギリス領からなら撤退もそれほど難しくないのではないかと思うのだけれど。


「本人たちがど〜〜〜してもそこを離れないもんでね・・・このまま行くとエクスカリバーは敗北し、人類は大切な切り札を一つ失う事になりかねない」


そうだ。 アーティフェクタの力は絶大だが、絶対に敗北しないわけではない。 無論負ければ待っているのは死・・・そうして破壊されたアーティフェクタはもう人類の手で再生できるようなものではないのだ。

ん・・・人類の手で再生できるものではない? 何か一瞬引っかかった気がしたけれど・・・。


「何とかしてエクスカリバーを回収しなくちゃならないわけ。 正直、トライデント、エクスカリバー、レーヴァテイン、ガルヴァテイン・・・四機の戦力があれば、ロシアゲートの掃討もそれほど難しくはないと思うんだよね。 だから手伝って欲しい」


「エクスカリバーをヨルムンガルド隊で援護するっていうのはどうですか?」


「そういう問題じゃないみたいなんだよね。 できれば米国の・・・SICの助けは欲しくないらしい。 それで自分達が死んでも構わないって感じの人たちだから」


「何だそれ・・・? エクスカリバーは個人の所有物じゃないだろ」


「同盟軍だけでロシアゲートを攻略するのはちと難しいんだよね。 出来たとしてもこっちの戦力がぼろぼろでもう戦っていられる状況じゃなくなる。 だから出来ればエクスカリバー・・・イギリス側と、同盟軍が奪還したベトナム方面、両方から攻め込みたいんだよね」


挟撃というわけか。 しかしエクスカリバーのパイロットはSICをイギリスに入れたくない。 だから膠着状態で困っているというわけか。

しかし何もせず見ていればエクスカリバーは敗北し人類の切り札を一つ失う可能性があるかもしれないということ。

今更偉そうな事を言うつもりはないけれど、地球人類全体と神との戦争であるこの戦いで、何か特定のもののためだけに力を使うのは確かに褒められた行いではない。

そうした意味ではSICに正義はある。 彼らは同盟軍に力を貸し、人類が地球を取り戻すのに貢献しているのだから。

やはり正義は同盟軍にあるのか? 腕を組み考える。 何はともあれ、エクスカリバーは回収しなければならないようだ。


「そこでボクとレーヴァテインの出番ってわけですか?」


「うん。 戦場を離れても問題がないしね。 ガルヴァとトライデントは前線維持に貢献してくれてるけど、今のところ少年はフリーだから。 旧イギリス領のエクスカリバーを回収してほしい」


しかしそうなればボクは完全にSICについたことになる。 それは同時にジェネシスからの完全なる離反を意味していた。


「まあ、とりあえずさ。 エクスカリバーが壊れちゃって困るのは人類全体だから。 それを保護するくらい、ジェネシスもとがめたりはしないんじゃないの?」


「・・・うーん・・・」


「無論、単独では行かせないよ。 スヴィアは流石に残ってもらうけど、トライデントに同行させるつもり。 そうすればほら、ジェネシスとSIC、両者から同時に第三者へのアプローチを行った事になるわけだから、少年の立場も危うくはならないんじゃないの」


そう簡単にはいかないと思うけど、確かに誰かがやらなければいけない問題だろう。


「少年だけに任せるのは失礼だけどこっちとしても心元ないからね。 トライデントの担当防衛地区はヨルムンガルドをあててなんとか時間を捻出するよ。 それでも速めに片付けてもらえれば感謝感激かな」


「・・・そりゃ、いきなり現れたライバル会社の社員に全て任せたりするわけがないですよね・・・。 わかりました、ボクも旧イギリス領に同行します」


何故そんな事を言ったのか。 理由は様々だが・・・もしかしたら気になったのかもしれない。

自分の我侭でレーヴァテインに乗ってきた自分と、自分の我侭でエクスカリバーを失おうとしている誰かと。

ボクらはもしかしたらよく似ていて、だからボクの迷いの答えを、その人なら持ってるんじゃないか・・・そんな風に思ってしまったから。

アレキサンドリアは笑って指を鳴らす。 太陽の光が差し込み、眩しくて目を細めた。


「丸二日も高級ホテル並の設備で寝てたんだ。 準備は当然出来てるんでしょ?」


「・・・・・・」


全く、嫌味なガキだ。


「もちろんですよ、社長」


だから、出来る限り嫌味っぽく、彼女を睨んでやる事にした。



「そんなわけで、イギリスまで宜しく、セト・・・ネフティス」


「こちらこそよろしくね、リイド」


事情の説明が終了し・・・もっとも、彼らは作戦の事は知っていたようだが・・・ボクらは格納庫に肩を並べていた。

着替えがなかった事もあり、ボクも今はとりあえず同盟軍の軍服を着込んでいる。 こうして並ぶとSICの一員に見えないほうがおかしいくらいで。

ポケットに手を突っ込んだままスヴィアは片手でエンリルの頭を撫で、ボクとセトを比べるように交互に眺める。


「意外と仲が良さそうだな」


「・・・そうなの?」


あまり自覚はないボク。


「ふふ、そうだね。 そうだったらいいと思うよ」


と、朗らかに笑うセト。 やはりセトは付き合っていて疲れないからいい。

ネフティスは相変わらず愛想が悪く、ボクらの背後に立って片手でルービックキューブを回していた。 随分使い込まれているようで、本人はそれを退屈そうにこねくり回している。


「では、トライデントとレーヴァテインの二機は旧イギリス領のエクスカリバーに接触してくれ。 私はガルヴァで防衛ラインに戻る。 あまり長い間留守にもしておけないものでな」


「うん。 あ、そうだ・・・スヴィア」


「何だ?」


腕を掴み、格納庫の隅に牽引する。 首をかしげながらついてきたスヴィアにこっそり耳打ちした。


「・・・・・・エンリルに、ボクが謝ってたって伝えておいてくれる?」


「何かあったのか?」


「何かっていうか不幸な事故なんだ。 スヴィアが考えるような『何か』なんて一切ないよ。 でもね、一応謝っておこうかと思って・・・」


「私が考えるような『何か』ではないのか。 ふむ・・・着替え中のエンリルにばったり遭遇したとかではなくてか」


この兄貴なんでこういうときだけ無駄にカンが鋭いんだろう。


「そんなわけないだろお! ラブコメじゃあるまいし! とにかく頼んだからねっ!」


「ん? ああ・・・気をつけてな」


これ以上会話を継続したら感づかれそうだったので慌てて引き返す。

セト、ネフティス、そしてオリカ。 ボクらは並んで二機のアーティフェクタを見上げた。

肩を並べる二機は拘束具に固定され、ボクらによって動き出すのを待っている。


「ま、何はともあれ行くとするか・・・というか、ボクの干渉者はオリカなんだな・・・」


「え!? 心外な表情だよ!? 私じゃ不満なのかな!?」


不満しかねえよ。

そもそも結局こいつのことはわからず仕舞いだ。 このまま連れて行ってしまっていいものか・・・とは言え今レーヴァを動かすにはこいつの存在が必要だ。

仕方がないといえば仕方がないのだろう。 それにイザナギの力は相当なものだ。 今までのレーヴァテインとは違う何かを感じる。

そう、イザナギはまるで独自の意思を持っているかのように・・・まるで、レーヴァとオリカが掛け合うかのように戦っていた。

それはありえないことだ。 言葉を話すわけではないのに、ボクには確かにあの戦いの中でイザナギが喜んでいるのを感じていた。

レーヴァにも確実に現れているオリカの影響。 それを見極める事が出来れば、なにかがわかるかもしれない。


「なんにせよ、何もかも疑惑だらけか・・・」


「なにかゆった・・・いたぁい! なんでぶつのーっ! なんでぶつのーーーっ!」


「いや・・・何となく」


不思議とコイツを叩いていると気分が落ち着くんだよな・・・なんていえるわけもなく。

ボクらはレーヴァテインとトライデントにそれぞれ乗り込み、SIC本社を後にした。



「で」

大西洋を真っ直ぐに突きぬけ、旧イギリス領に向かっていく。

それはいいのだが、大陸に上がるなり先ほどから周囲の視線が痛くて仕方がない。

湾岸沿いに並べられた無数の戦車隊の砲口は何故かボクらに向けられていて、いつ発砲されてもおかしくない空気だった。

トライデントと共に浅瀬の上で滞空しながらエーテル通信を使ってセトと相談する事に。


「いきなりものすごく敵対ムードなんだけど、どういうこと?」


『社長の説明にもあったと思うけど、僕らに対して彼らは友好的じゃないからね』


「リイド、どうしよっか? 話を聞いてくれるような雰囲気じゃないよ」


「仕方ないな・・・下りて話そう。 とりあえずハッチを開けて・・・」


ハッチを開こうとした直後、正面から何かが投擲されてくる。 いち早くそれに反応したのはボクではなくトライデントであり、周囲に展開する棺桶を盾に攻撃を弾き飛ばした。

飛んできたのは槍だった。 それほど巨大ではなく、どちらかと言えば本来から投擲用に存在するデザインだろう。


『行き成り攻撃が飛んでくるのが当たり前の戦場で、コックピットから降りるのは懸命な判断じゃあねえな、リイド』


「くっ・・・! 言われなくても!」


イザナギの腰に挿した二対の脇差を抜く。 正面にそれを構え、槍を投擲してきた方向を睨みつけると、お目当ての相手が超スピードで接近してくる。

それはアーティフェクタか神でなければ出せない速度。 大地を吹き飛ばすようなスピードで低空飛行し、戦車隊が開いた空きスペースに着陸する。

腰から生えた二対の白い翼。 西洋騎士の甲冑のようなデザインはマルドゥークよりもスレンダーなシルエットであり、両手の甲には紋章が刻まれた盾のようなユニットが装着されている。

蒼と白のカラーリングのそれは面を上げ、巨大な西洋剣のフォゾン武装を取り出し、両手で構えた。


「いきなり槍を投げつけるなんて随分礼儀がなってないみたいだな・・・エクスカリバー」


『無礼は先刻承知。 しかし、他国の領土を勝手に蹂躙する貴殿らこそ礼儀を弁えておらぬのではないか』


「・・・女?」


エーテル通信で聴こえてきた声は女だった。 すぐに映像が映し出され、エクスカリバーのコックピットが確認できた。

エクスカリバーのコックピットに座っているのは、白いドレスの上に甲冑を身にまとった金髪の女性だった。

年の瀬はボクらより上だろうけれど、まだ幼さを残す顔立ちは決して成人とは言えない。 気品ある、しかし気の強そうな眼差しでボクを見つめていた。


『こちらはヨーロッパ抵抗軍騎士隊長ナイツワンエクスカリバー。 貴殿らは同盟軍のアーティフェクタとお見受けするが』


「ボクは同盟軍じゃない。 ジェネシス所属、部隊みたいなのはないけど・・・レーヴァテインだ。 名前はリイド・レンブラム!」


『レンブラム殿。 しかし貴殿が纏ったその黒の制服は同盟軍のものだと記憶しているが?』


「コレは色々あって仕方なく着てるんだよ! それよりいきなり槍を投げつけた事を謝罪しろ!!」


「り、リイド君・・・そこまだ怒ってるの?」


「当たり前だろ!? アーティフェクタの使い手なら、その力の使い方を少し弁えろよ! 同じ仲間の人類に向かってやる攻撃か、さっきの!?」


戦車隊ならあれ一発で壊滅。 それくらいの威力はあった。 流転の弓矢ユウフラテスには及ばないもののかなりの危険度である。

アーティフェクタの攻撃はそれだけで現存の兵器を遥かに上回る桁外れの性能なのだ。 それをおいそれと投げつけられては堪ったものではない。


『先ほどの攻撃は相応の威嚇だと認知して頂きたい。 諸君らの存在は兵にとって単なる恐怖だ。 判らないのか? 兵士たちが脅えているのが』


カメラで望遠し戦車隊を眺めてみる。 戦車の中身まではわからないが、周囲でライフルを持った歩兵たちは確かにボクらに脅えていた。

そりゃそうだ。 そんな対人銃器でレーヴァをいくら撃っても意味はない。 ボクは手を軽く振り回すだけで連中は肉片にはや代わりだ。

だからこその恐怖。 しかし何故そんな目でボクらを見る。 ボクらは同じ人類・・・仲間なんじゃないのか。

エクスカリバーは鋭く輝く装飾剣をレーヴァに突きつけ、左手に装備している盾のようなユニットを巨大化させ光の障壁を作り出した。


「待て! こちらに戦意はないし理由もない! それにこっちは二体だぞ!? 敵うわけがないだろう!」


『そちらになくてもこちらにはある。 そして、数や勝率は我らにとって大した問題ではない』


剣が光を纏っていく。 黄金に輝く剣―――フォゾンで覆われたその刃は、恐らくレーヴァの光装甲すら一撃で両断するだろう。


『兵は撤退させた。 これ以上語ることはない―――早々に立ち去ってくれ』


「いやだね! そんな態度とられたらこっちだって引き下がるわけにはいかない!」


両手の刃を交差させながら正面で構え、翼を広げて飛行する。


「それに、そっちに語る事はなくても―――こっちにはあるんだよ!」


『やはり相容れぬか・・・正義は我にあり―――エクスカリバー=ヴァルキリア、圧して参るッ!』


『来るか・・・! リイド、下がって! 攻撃しちゃだめだ!』


「何でだよ!? 話を聞くような相手じゃないっ!!」


言い争っている内にもエクスカリバーは接近し、光の刃で切りかかってくる。

その一撃は海を両断し、ボクもセトも同じ方向に飛んで逃げるものの、凄まじい気迫とスピードで襲い掛かってくる。


「くっ!?」


応戦しようとするレーヴァの前に出たトライデントは棺を三つ重ねて障壁とするが、何とエクスカリバーの剣は一撃で三つの棺桶を両断した挙句、更に有り余った勢いでトライデントを吹き飛ばす。


「セト! ネフティスッ!!」


水しぶきを上げ海中に落下するトライデント。 その水しぶきを突きぬけ、真正面からエクスカリバーが迫ってくる―――!


「ちっ!!」


後退しながら両手の刃で剣を受け流し続ける。 激しい圧力の篭った光の剣の一撃は斬るというよりは強引にねじ伏せるような莫大なエネルギーの流動。

故に直接受けたらこちらの太刀が折られる・・・元々日本刀は、西洋剣のように打ち合うことは想定していない―――!


『はあああああああああっ!!』


「ぐあっ!?」


しまった―――!?

激しい衝撃と共に両手の刃が弾き飛ばされ空中を舞っている。 それが海に落ちるより早く、光の剣がレーヴァに迫る―――。


『覚悟!』


『リイド! 下がって!』


海中から飛び出してくる略奪者の賛歌オヴェリスク。 巨大な槍は振り下ろされた光の剣を一度上方に弾き・・・。


「うおおおおっ! 月下抜刀! 怨嗟―――月詠ツクヨミッ!!」


『く・・・っ! 軍勢の守り手ヘルヴォルッ!!』


一瞬の間。 略奪者の賛歌によって飛び散る大量の水しぶきの煌きの中、レーヴァテインは右肩にぶら下げた太刀に手を伸ばし、エクスカリバーは左手の光の盾を前面に突撃してくる。

無論、刃を抜くよりも盾を構えて突っ込んでくる方が明らかに速い。 だが、それは、普通のアーティフェクタの性能ならばの話だ。

ことこのイザナギにとって、『刀を鞘から抜く』という動作は・・・ほんの僅かな時すら必要としない、『当然の動作』。

故に瞬く間。 一瞬で抜かれた刃を抜く動作からそのままに、縦に回転し、光の障壁に打ち付ける―――!


太刀と光が激突し、空間にひずみのような衝撃が発生する。

フォゾンが光に与える影響で空間が屈折して見えるのだ。 それは、尋常ではない圧力同士が激突したと言う証。


何もかもを切り裂く圧倒的な切れ味を持つ、魔を断つ刃。


何もかもを弾き、あらゆる攻撃を無力化する、絶対防御。


つまり、矛盾。

絶対同士がぶつかり合った結果・・・互いにダメージもなく、ただ長距離を吹き飛ばされ間を開くという結果になった。

月詠を構えなおし、エクスカリバーは光の刃を手にする。


「何だこいつ・・・! 圧倒的じゃないか!」


「基本性能はレーヴァテインのほうが上のはずだから・・・もしもあの人たちが私達に勝っている事があるとしたら一つだけ」


そうだ、だからそれは・・・彼女の想い。


『退くわけには行かない! 我が祖国を守るために!』


「・・・・・・・・・そんなに大事か・・・・・・っ! それは、あの人たちを絶望的な戦場に退きとどめてまで、守らなきゃいけないものなのかっ!?」


『余所者には判るまい・・・故郷を・・・愛する者を奪われた民の気持ちなどはッ!』


浮上してきたトライデントも両手に略奪者の賛歌オヴェリスクを構え、エクスカリバーを見据える。

トライデントとレーヴァテイン。 それに単騎で立ち向かう翼の騎士。

話は通じず、向こうは容赦なく襲い掛かってくる。 一方ボクらはエクスカリバーを攻撃出来ない。


「くそっ・・・」


どうやら随分と、厄介な状況に自ら足を踏み入れてしまったようだ。


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