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交錯、天空都市(3)


「あーもう・・・っ! これはちょっと予定になかったなあ・・・っ! 想像以上にっ! 動きが速いっ!」


第三共同学園学園祭は大パニックの中中止を余儀なくされていた。

幸い第三共同学園に集まっていた人々はそのまま学園を避難場所とし、校庭で集まっている。

丁度学園祭中だった第三共同学園は避難場所としては非常に有効であり、さらに襲撃の影響は81番プレートには殆どなかった。

故に後を生徒会に任せるとカグラは一人でエレベータに向かっていた。 その手には銀色のトランク。 中身はノートパソコンと・・・彼女の仕事道具一式だ。

エレベータのボタンを押してみるが一向に動く気配がない。 舌打ちし、トランクを開いて中から箱のような機械を取り出す。

伸びたケーブルをノートパソコンにつなぎ、尋常ではない速さで入力を行いながら加えていたわたあめの棒を吹き出した。


「エレベータ全部ハッキングされてるじゃん!? 何やってんのかなぁ、ジェネシスはあああ〜〜っ!」


無論自分もハッキングしているわけだが、そんな事は棚に上げていた。

すぐさまコントロールを取り戻しエレベータに乗り込む。 向かう先は本部・・・残された時間はそう多くないだろうと彼女は予想する。

しかし、このエレベータからでは本部へは直通していない。 途中でルートを変える必要があるため、移動中のエレベータの天井を開錠し、屋根裏へ移動する。

メインのエレベータであるカタパルトエレベータは重力制御により運行しているが、この町外れにある小さなエレベータはワイヤーの吊り下げ式だ。

そしてこのエレベータはヴァルハラにあるエレベータの中でも最も古い部類にカテゴリされるため、少女は移動中のエレベータから思い切って飛び移る。

その先にあるのは排気ダクト。 そのまま匍匐全身で突き進み、制服のシャツが汚れるのを気にしながら華麗に飛び降りた先には無数の機械がうねりを上げる機関室だった。

ヴァルハラはプレート事に管理が行われている。 通称管理室と呼ばれるその場所はプレート事に存在し、元々プレートごとのコントロールは個別になっている。

それは元来ヴァルハラという都市が今ほど巨大ではなく、往年から何度も増設と補強を繰り返してきた建造物である事が理由であった。

何はともあれ迷宮のように入り組んだヴァルハラのカタパルトエレベータ付近の管理室は一般人はまず迷い込んだら出られない、そもそも迷い込むことすら出来ない場所。 しかしカグラは迷う事なく一本の道を突き進んでいく。


「あったあった・・・動いてよー・・・動いた!」


すぐさま飛び乗ったのは本部直通エレベータの一つ。 それは今は使われていない旧式の直通エレベータだった。

膨張し続ける都市を管理しきる事は不可能であり、いくつかのエレベータはまだ本部に直接つながっている。

無論、カンやあてずっぽうでこのエレベータに乗ったわけではない。 彼女は今までに何度も下調べを繰り返し、念密な準備の上でこのルートを選択していた。

なぜならばカグラ・シンリュウジの背負う役目は、ジェネシス本部に進入する事にあるのだから。

壁に寄りかかりながらパソコンを操作し、小型の端末を腕に装着する。 ココから先はまだ未踏の地。 彼女にとって本番はここからだ。

ある組織の工作員。 手っ取り早く表現するのならば、スパイ。 それが彼女の正体であり・・・彼女がこの街に留まる理由だった。


「にしても、途中でエアリオとはぐれたのは痛かったわね・・・」


理由は様々だが、今はその事は考えないようにする。 過ぎ去ってしまった過去よりも今の事を考えた方が有意義だ。

何しろ時間は残りそう多くはない。 この襲撃が終われば、ジェネシスは通常の警戒レベルに戻ってしまう。 そうなれば単独潜入など夢のまた夢。

独立した情報系等を持つジェネシスには必ず直接侵入する必要がある。 だからこそ、たった一度しかないこのチャンス。


「作ってくれたのはどこの部隊かしらないけど・・・最大限活用しなきゃね」


本部にたどり着くと同時に物陰からホールの様子を伺う。 無人である事を確認し、ホールへ。

監視カメラの情報などは事前に把握している。 勿論、図面上だけで保障はないので自らの目で確認しながら移動していく。

時には本部のカメラ映像に細工を施しながら、長い長いケーブルを腕に巻きつけて作業を進めていく。

時間がないからと言って焦れば事を仕損じる。 何としても、この本部のデータが必要なのだ。

飛び込んだのはある病室だった。 そこにはカグラも知っている少女が眠っていて、その顔を見て少しだけやるせなくなる。

壁際にある端末にケーブルを仕込み、あとは仕事をこなすだけ。

しかし、同情の念が湧き上がったのだろうか。 少女は懐から拳銃を取り出し、眠っている少女の頭に突きつける。


「このまま生きてても辛いだけか・・・イリアにとっても・・・残された人間にとっても」


このまま生かしておくことで士気が低下し続けるのなら、ここで殺しておいた方が今後の為かもしれない。

今までそうして多くの命を奪ってきたのだ。 今更躊躇う事は何もないだろう。

カグラは銃の安全装置セーフティーを外し、その引き金に指をかけた。




⇒交錯、天空都市(3)




83番プレート、ヘイムダルとウロボロスの戦いは熾烈を極めていた。

一方はフォゾンライフルを主とする遠距離高速戦闘を得意とするウロボロス。

対照的にヘイムダルはほぼ丸腰。 武器は残りコンバットナイフのみと余りにも不利な状況だった。

上空から降り注ぐフォゾンライフルの一撃は実弾銃の威力に比べて遥かに壮絶であり、一撃でビルを溶解させ、大地を切断する。

それは最早神が放つ光攻撃と同等の威力であり、人が作った武器の中では最高ランクに位置する強力な武装である事は明らかだった。

徒歩だけでライフルを回避し続けるヘイムダルの動きは称賛されてしかるべきだったが、一向に状況が打開される気配はない。


背後に跳躍し、足元のアスファルトをひっぺがしながら着地するヘイムダルを見下ろし、ウロボロスは銃を構える。


『一方的な試合展開ですね。 どうですか? こちらもコックピットのみ狙うというのは中々難解なもので・・・下りていただければ命は保障しますが』


「そういうわけにもいかないのよねえ・・・あんまり暴れられても困るし・・・そろそろお引取り願えないかしら?」


『そういうわけに行かないのはこちらも同じでしてね。 残念ですがその要求は―――ッ!?』


二機が同時に上を見上げる。 そこから放たれる反応をキャッチしたのは二機ほぼ同時だった。

焦ったのはウロボロスのパイロットの方だ。 先ほどまで空港を制圧していたはずの同胞の反応が一瞬で消滅したのである。

同時に出現した強力なフォゾン反応・・・それは間違いなく、自分達の目当ての品が現れたという証拠だった。


『生憎用事が出来ました。 貴方の相手はまた今度ということで』


「そうね。 そうしてもらえると助かるわね」


ウィングスタビライザーを広げ、飛翔していくウロボロス。 それを見送りながら溜息をつく。


「結局、三人目がここで登場と言う訳ね・・・個人的には気に入らないシナリオだけど・・・まぁ、リイドちゃんが無事ならいいのかしらね」




「な・・・っ・・・何が起きたんだ・・・!?」


レーヴァを操っていたリイド本人にすら理解出来ない出来事が現実となっていた。

自分が敵を倒したという事実を認識したのがつい先ほど。 倒された敵は十字に切り裂かれ、滑走路に無様に転がっている。

敵を斬り裂いた構えのまま停止していたレーヴァテイン・・・『イザナギ』を立ち上がらせ、その両手に握られた小刀を腰に納める。

レーヴァテインが立っていたのは先ほどまでカタパルトエレベータ付近だったはず。 そこから数百メートル放れた場所へ、気づけば移動し、気づけば敵を倒していたのである。

それは理解できない感覚だった。 だからそれを望み、実行したのは・・・リイドではなかった。


「オリカ・・・お前・・・何をやった?」


「うん? 普通にやっつけただけだけど・・・あ」


再びイザナギは勝手に動き、後方に向かって小刀を構える。

その点にピンポイントで収束していたフォゾンライフルの光を小太刀は切り裂き、光の波動を薙ぎ払う。

逆手に構えた小太刀を片手で構えながら振り返るとそこにはフォゾンライフルを放った張本人が浮かんでいた。

ウロボロスと似通ったデザインの恐らく兄弟機シリーズ。 先ほどまでの量産タイプと比べると格段に装備の多い機体が空港に降り立っていた。


『ふぅ〜ん・・・完全に見えないところから狙撃したのに、受けちゃうんだぁ・・・おもしろぉい』


「オリカ・・・だから、今なにやったんだ!? ボクは動けなんて思ってないぞ!?」


それより問題なのは先ほどから動かそうと思ってもレーヴァテインがまったく動かないことにある。

コントロールの権限は完全にオリカに移り、少女は間抜けな顔をしたまま振り返って新たな敵を見つめていた。


「きみたち誰? 何しにきたの?」


『わかってるくせにぃ。 その機体を、もらいにきたのよ』


「渡すと思う?」


『さぁ、どうかしら〜? こうすれば、どう?』


蒼い機体はフォゾンライフルの銃口をエレベータ付近に向ける。 距離は非常に離れていたが、光の銃で打ち抜くにはなんら問題ない。

そこにはまだ逃げ遅れた人々がたむろしており、放たれればエレベータシャフトごと大破し、凄まじい被害が出るだろう。


「やめろっ!! そんなことする必要がどこにある!?」


『あ、その声・・・リイド・レンブラムでしょ? あのね、あんたも連れて来いって言われてるのよ。 一緒に来てくれる?』


「はっ・・・? 何でだよ?」


『そんなの、エリザベスが知る事じゃないも〜ん・・・とにかくあんたはついてきてくれればいいの。 口答えは許さないんだから』


高笑いする少女の声に思わず歯を食いしばる。 この場所からでは刀で切りかかるよりも、民間人を庇うよりも、ライフルの方が圧倒的に速すぎる。

身動きすれば民間人が死ぬ・・・全く手の出しようのない状況だというのに、イザナギは両手に小太刀を構えていた。


「なっ・・・・おい、オリカッ!?」


振り返るとオリカはまるで別人のような表情をしていた。 冷え切った鋭い瞳で敵を睨みつけ、薄ら笑いを浮かべながら首を傾げる。


「それで脅してるつもりかな? 全然、私にとっては何一つ問題じゃないんだけど」


『えぇ〜、民間人を人質にされてるのにそんなこと言っちゃうんだ? ふうん・・・つまんないから撃っちゃおう』


「ばかっ!! やめっ―――」


あっさりと放たれた光。 それは目で追うよりも余程早く、民間人たちが集まっているカタパルトエレベータに直撃する。

そんなことになれば、あの時・・・クレイオス戦とは比べ物にならない数の人間が死に、悲しむ事になる。 そんな事だけは・・・。

そう願うリイドの思考よりも何倍も速く、イザナギは二本の小太刀を投擲していた。 グルグル回転し円を描くその一振りは民間人の前に突き刺さり、飛来したビームを掻き消していく。

先ほどもそうだったが、その小太刀は平然と高出力のフォゾンを無力化してしまう。 見事に切り裂かれた光は民間とエレベータを避けるように左右に分断され、その先にあるガラスの壁を破壊した。

ではもう片方の投擲した小太刀はどこへ? 無論、敵に向かって、である。 防御と同時に攻撃に打って出たその刃をかわし空中に飛翔する。


「遅いよ」


しかし背後にはイザナギの姿がある。 だから少女は驚愕した。 『確かにイザナギはついさきほどまで目の前で投擲を行っていた』のである。

この間僅か数秒。 数秒でこの巨体が背後にまで何の気配もなく移動する事など不可能なはず。

蒼い機体が交わした、『自らが投擲した小太刀』を空中で受け取り、反転しながらフォゾンライフルを切り裂く。 空中で、ほんの瞬く間に起きた戦いで、フォゾンライフルは空中で爆発、霧散していた。


『な・・・・何をしたのっ!?』


「二十三回」


『は!?』


「私があなたをさっきの一瞬で切り裂けた回数だよ。 声を聞く感じ、子供みたいだからね」


小太刀を腰に携え、代わりに補助アームで競り上がって来た背後の大太刀を手に取り、低く構える。


「弱い者虐めは、趣味じゃないからさ」


その言葉に少女・・・エリザベスは両手をわなわなと振るわせる。

ぎりぎりと奥歯を食いしばり、目の前の敵・・・オリジナルのアーティフェクタをにらみつけた。


『わたしが・・・この、『ヨルムンガルド』が・・・っ! 弱い者ですってええええええーーーーッ!!!』


蒼い機体、ヨルムンガルドの尾部スタビライザーをそのまま取り外すとヨルムンガルドの尻尾は高速で循環をはじめ、チェーンソーのように火花を散らし始める。

振り回すその刃は周囲の飛行機や大地をぱっくりと切り裂き、恐るべ切れ味である事をうかがわせる。


『オリジナルがそんなに偉いって言うの・・・!? だから嫌いなのよ、アーティフェクタってやつはぁあああああ―――ッ!!』


「・・・・仕方ないね・・・行くよ、イザナギ」


オリカの声に応えるようにイザナギが唸る。


「月下抜刀―――怨嗟・月詠ツクヨミ


巨大な太刀を抜く。 その名は月詠。 鋭く美しく、自らの巨大さに負けない長さの太刀を低く構える。

股を広げ、刀を目の高さで構える。 斬るのではく、突く構え。 しかし激昂しているエリザベスは、何も考えずがむしゃらに突撃する―――。


『ぶったぎってやる・・・死んじゃええ、本物オリジンッ!!』


突撃の速さは圧倒的にヨルムンガルドが上。 何より小回りの効く小柄な姿であるヨルムンガルドが振り下ろすチェーンソーを、見切る事は非常の困難。

しかし振り下ろすよりも早く、刃は宙に釘付けになっていた。 イザナギが突き出した月読が細い刃をピッタリと押さえていたのである。

それは最早曲芸の粋だった。 巨大であるとは言え、薄いその鉄板で鉄板を受け止めたのである。 それも片手で、なんなく。

まるで挑発するようにイザナギは笑い、指先でヨルムンガルドを誘う。


『・・・・・・殺す・・・殺してやるわっ!!』


乱暴に、力任せに。 しかし恐るべき速度で振り回されるチェーンソーはあらゆるものを両断していく。

しかしそれをイザナギは太刀一本で受け流し続けている。 攻撃されるごとに刃でそれを受け流し、太刀そのものには負担さえかけていない。

故にその姿は舞いのようであり、無駄の一切ない洗礼された動きはある種の芸術芸能を彷彿とさせる。

そして何より、そのあまりに長すぎる刃で攻撃を何度も受けているという事実が驚愕であり―――エリザベスは強引に力を込めて刃を振るうのだが、一瞬見えなくなり背後に出現したイザナギに頭から叩き斬られる。

しかしそれは白刃であり、故に斬撃ではなく、打撃。 吹き飛ばされていくヨルムンガルドを見下ろしながらイザナギは笑っていた。


『うううぅぅぅぅ・・・っ! 何でよ・・・なんで勝てないのよ・・・! そんなやつ聞いてないよ! データにないよおっ!』


「そろそろ退いたら? 次は白刃じゃ済まさないよ」


『何なのよあんた・・・!? 何者なのよおっ!』


「別に関係ないでしょ・・・じゃ、そろそろ死んでね」


「まっ・・・・やめろオリカっ!!」


振り下ろしそうになる刃がリイドの声でピタリと止まる。

今の今まで声を発する事が出来なかったリイドだったが、それも無理のない事だった。 自分とは戦いのレベルが違いすぎるオリカの操作を、唖然として眺めている事しか出来なかったのだから。

しかし、今正に目の前の敵を切り殺そうとしているオリカには待ったをかけざるを得ない。 少女は帽子の下から覗く目で不思議そうに問う。


「敵だからって・・・あれは人間だぞ!? 人間が乗ってるんだよ! それを殺していいわけがないだろ!?」


自分でも何を間抜けな事を言っているのかと思う。 しかし、そこは譲ってしまってはいけない気がした。

敵は人を平然と殺す。 もしかしたら自分も殺されるかもしれなかった。 しかし少年は人を殺す為にレーヴァに乗り込んだわけではない。

思えば先ほど十字に切り裂かれた機体のパイロットはどうなったのだろうか。 いや、考えるまでもない・・・コックピットを基点に両断である。 助かる見込みはないだろう。

もしかしたらさっきの機体にも子供が乗っていたのかもしれない。 目の前のヨルムンガルドのように。 そう考えると、何故だか止めずにはいられなかった。

何よりきっと、イリアやカイトだったらそんなことは良しとしなかったはずだから。


「でも・・・・・・だって、あの子リイドを連れ去るって言ってるんだよ? 何をされるかわからないじゃない。 民間人に発砲するような敵なんだよ?」


「・・・・・・でも・・・それでもだめだ! 殺す必要まではないだろ!?」


「―――そ・・・っか。 そうだね。 そうしよっか」


オリカの表情がゆっくりとリイドの知る頭の弱そうなものに戻っていく。 月詠を納めると、リイドに笑いかけた。


「リイド君、優しいね〜。 リイドがそういうんだったら、殺すのはやめた」


しかしそんな間の抜けた答えは逆に侮辱でしかない。 ヨルムンガルドは立ち上がり、チェーンソーで切りかかろうとしたその時だった。


『それ以上は無理だ、エリザベス。 一度退却しろ』


二機の間に割って入るように舞い降りたのはヨルムンガルドと非常によく似た機体であるウロボロスだった。

ウロボロスはヨルムンガルドの腕を引き、後方に下がらせると変わりにライフルをイザナギに向ける。


『情けをかけられたようだな・・・だが、僕も彼女も戦場で情けをかけられて平然としていられる程、安いプライドは持ち合わせていないものでね』


「待てっ! こんなところで戦う事自体が間違ってる! 相手ならいつでもしてやる・・・とにかくここから出て行けよっ!!」


『リイド・レンブラムか・・・。 想像以上に捕獲は難しい任務だったようだ。 また場を変えて出直すとしよう。 それに・・・時間稼ぎは十分だろう』


『お、お兄様っ! わたし、まだやれますわっ!』


『撤退だエリザベス。 生きながらえた命なら、次で借りを返せ』


『・・・・っ・・・は・・・はい・・・』


イザナギを睨みつけ、それから飛翔するヨルムンガルド。 ソレに続きウロボロスも舞い上がり、ライフルで壁のガラスを打ち破って飛び出していった。

敵が全て居なくなるのを見計らい、リイドは盛大に溜息を着いた。 ひどい騒ぎになってしまったことに対して・・・そして。


「何でレーヴァテインが適合者じゃなくて干渉者の意思で動いてるんだよ?」


「え? 動かしたいなら操作返すよ・・・はい、どうぞ」


「うわあっ!?」


急にコントロール可能な状態になったためか、イザナギはその場で倒れそうになり・・・慌てて踏ん張りを利かせる事に成功した。


「何すんだよ!?」


「ご、ごめん・・・だって、あの子リイドに向かって危ない事するから、ついカっとなっちゃって・・・」


怒り狂って叫ぶわけではなかったが、先ほどのオリカは確かに怒っていた。

静かなその感情の高ぶりはむしろ殺気のようなものであり、正面に座っていたリイドはそれをまざまざと見せ付けられる事になった。

だからよくわかる。 自分より余程・・・オリカのほうがレーヴァの扱いに長けているという事が。

謎は多かったが、もういよいよ持って分けが分からなくなっていた。 

頭を掻きながらオリカを見上げると、その笑顔がいつの間にかすぐ目の前にあり、少年は唖然とする。


「ねーねー、このままどっか逃げちゃおうよ?」


「・・・は?」


「だから、そういう話だったでしょ?」


「に、逃げるって・・・どこに・・・」


「ど・こ・か♪」


再びイザナギが勝手に動き出す。 コントロールを奪ったオリカは満面の笑みでイザナギを飛翔させる。


「あっ!? お、おいっ!?」


イザナギの『翼』は袴のように折り重なっているスカート状のユニットである。 脚部に浮力を発生させ、スカートを広げて飛んでいく。

ヨルムンガルドとウロボロスが開けた穴からヴァルハラを飛び出し、海上を音速ですっとんでいく。


「ちょっとまてよ!? どこにいくつもりだ!?」


「だーかーらー、ど・こ・か・・・ふぎゃっ!? な、なんでぶつのー・・・?」


「他にもまだ敵が残ってるかもしれないだろ!?」


「もういないよ?」


「ぐっ・・・で、でも・・・なんか・・・」


まだ、自分にも出来る事が残っているのではないか・・・そう考え、それから改める。

戻ったところで、自分に出来ることなどあるのだろうか。

そうだ、どうせ帰ったって迎えてくれる人は居ない。 居心地の悪い世界に戻るだけだ。

でも。

あそこにはアイリスがいて、カイトがいて、エアリオがいて、みんながいて。

そうして辛い思い出ばかりだけど・・・でも自分の全てがそこにあるんだ。

だから、躊躇う。 あんなにも嫌だと思っていたのに・・・そこから離れてしまうことが、恐ろしかった。


「もしかして迷ってるのかな?」


「当たり前だろ・・・」


イザナギは水平線から差し込んでくる光に照らされ、輝いている海面すれすれを飛んでいく。

巻き上げた水しぶきは光を反射して煌き、飛翔する大空、雲を飛び出して仰向けに浮かんで見えるのは、見たことのない景色。

だからリイドはそれに目を奪われていた。 太陽から差し込む眩しすぎる光に手を翳して、思わず言葉を失う。


「考えて考えて、でも迷って決断が下せない時はね・・・目を瞑るの」


「目を・・・?」


後頭部で腕を組み、足を組み、オリカは無邪気に笑っている。


「守らなきゃ、やらなきゃ、倒さなきゃ・・・そういうものばかりに普段は目が行っちゃうよね」


だから、身動きが取れなくなってしまう。

何を優先すればいいのかも、なにが正しいのかもよくわからなくなってしまう。 だから―――。


「あえてそういうものから目を逸らせば・・・ほらね? 世界はこんなに綺麗なんだよ」


「・・・・・・」


「レーヴァだって、戦いの道具だとか、悲しいものだって考えてるから駄目なんだよ。 レーヴァじゃなかったら、背面飛行なんて中々出来ないよ? レーヴァはね、どこにでもつれてってくれるし、何だって可能にしてくれる。 私たちに夢を届けてくれる・・・そういう優しい神様なんじゃないかな」


「レーヴァが・・・優しい神様?」


「うん。 それにね・・・ほら、感じるでしょ?」


オリカが見ている景色は、きっとリイドのそれより何倍も美しいのだろう。

温かくて、優しくて、くすぐったいくらい心地よい、陽だまりのような心。

流れ込んでくる彼女の色。 ほんのわずか、心を通わせた先にある、シンクロ。

二人の心が解け合い、一つになってしまいそうな感覚。 しかし、それはリイドが知るシンクロとは違っていた。

イリアの荒々しく敵を倒し、リイドさえ飲み込んでしまいそうな衝動はそこにはなくて。

感じるのはリイドを優しく包み込むような、温かくて・・・なんだか懐かしい気持ちになるような・・・そんなシンクロだった。

それが、オリカ・スティングレイが胸に抱く世界。


「私とリイドの心・・・ちょっとだけ、つながったね?」


「・・・・・」


余りにも照れくさいセリフに思わず視線を逸らす。

本人も照れくさかったのか、小さく舌を出して笑っていた。

何故なのだろう? 彼女と一緒に居ると、様々な事がどうでもよくなってしまう。

何でもかんでもどうでもよくなると、最後には安らかな気持ちしか残らない。

雲の陰に飲まれながら見上げる空。 鮮やかな青の世界は、少年が望んでいた景色に少しだけ近い気がした。

だから、大きく吸い込んだ息を吐き出して、目を閉じる。

何をどうすればいいのかはまるで分からないまま。 けれど・・・そう、もうこれ以上考えるのがいやならば、忘れてしまえばいい。

この安らかな気持ちの中に居れば・・・きっと、悲しい事は全部忘れてしまえるから。


「さっきの敵を追いかけてみようか・・・。 そしたら、何かわかるかもしれない」


「うん。 そだね! 行こう、リイド?」


両手を広げ、くるくる回りながら飛んでいくイザナギ。 オリカははしゃぎながら何度もアクロバティックな飛行を決めていく。

それを見ながらリイドは思う。

自分が思っていた世界と、彼女が思っている世界。

どちらが本当に、正しいのだろう、と・・・。


果てしなく広がる海と空の狭間を舞いながら、少年は全てを忘れたいと願い・・・まだ見ぬどこかへ逃げ出した。


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