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交錯、天空都市(2)

イザナギ参戦。

「な、なんだっ!?」


空の玄関口であるポートファイブは瞬時に閉鎖されていた。

理由は明白だった。 ポートファイブに巨大なロボットが突っ込んできたからである。

慌てふためき逃げ惑う利用客の中、立ち止まったままそれを見上げるリイド。

ポートファイブを覆うシャッターが同時に閉められるが、ロボットはそれを強引に蹴破り、周囲にあった飛行機を銃器で破壊していく。

爆発炎上する空港を背に、オリカは静かに微笑んでいた。


「この街から出るのなんて簡単だよ? だってリイドは強い力を持ってるんだから」


「・・・オリカッ・・・!? あんたなのか、あいつらを呼んだのは?」


「あいつら?」


「後ろだよ! なんかすごいでっかいロボット来てるだろ!?」


「ふえ?」


ゆっくりと振り返る。 それからしばらく首をかしげ、呆然とした後、目をきらきらさせながら振り返った。


「すごい! なんかいるよっ!? リイド、みてみて! ロボット!」


「お前が呼んだんじゃないんかいいいいいいいっ!!!」


それに気づくとすぐさまリイドはオリカの手を引いて駆け出した。 先ほどまで二人がいた空港はロボットに踏み荒らされ、瓦礫の山に変貌している。

一刻も早くエレベーターを使ってポートファイブから逃げ出したいのだが、エレベータホールは逃げる人で一杯であり、恐慌状態もいいところ。

振り返れば炎上するポートファイブ。 そして迫ってくる見ず知らずのロボット。 思わず眉を潜め、息を呑む。

これはちょっとしたピンチだな。 そう考え、まずは人気のない方向へ走っていく。 殆どロボットの方に向かって逆走する形になり、オリカは目を丸くした。


「ねえねえ、なんで戻ってるの?」


「あいつがどこのどいつだかわからないかと思って。 それに・・・」


それに、こんな人が居るところで暴れられたら多くの人が傷つく事になる。

命を落とす者も出てくるだろう。 歯を食いしばり、思い返す。

自分がやったことはそういうことだった。 逃げ惑う人々の事なんて気にも留めていなかった。 けれど、今は―――。


「オリカは逃げて。 ボクが何とか囮になるから」


そんなことできるわけがなかった。 あのロボットが本気で殺しに来れば、何百もの人の命が一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。

それはわかっている。 わかっているが、何もしないで隠れているなんて、もう出来ない―――!

レーヴァテインの適合者が自分しかいない以上、レーヴァが出撃してきてあれを追い払ってくれるという可能性は皆無。 自分が本部まで行こうにも、エレベーターは満席。


「・・・って、そうだ・・・本部直通エレベータがあったんだ・・・」


頭が回っていない。 自分がやりたいこと、やり遂げたい事ばかりが頭を過ぎって冷静に行動できない。

それは焦りと不安とそして何より脅迫的観念によるものだった。 少年の心は今酷く不安定。

故に少女はその手を握り返し、満面の笑みを浮かべる。


「一緒に行こう? レーヴァテインなら、あれを追い払えるよね?」


「本部に一緒に来るつもりか!? あそこには・・・うわっ!?」


機体が所持する大型のレールガンが何度も放たれ、プレートの各部を破壊していく。

このままここにオリカを放置していたら、どうなってしまうのかわかったものではない。

けれどそれはあそこで逃げようとしている人たちだって同じはず。 葛藤する。 結局自分が救えるのは、たった一人だけか。

全員を直通エレベータに誘導すればそこも埋まって自分は本部にいけなくなるだろう。 そうなればあれを止められる人間はいなくなる。

何とかしなければならないのだ。 所詮通常兵器では勝ち目がないのは判りきっている。 どう見ても、あれはアーティフェクタに近いものだから。

オリカの手を引き、駆け出した。 一刻も早く本部に向かわなくてはならない。

今度こそ、あの時とは違うって事を、証明しなくてはならないから。




⇒交錯、天空都市(2)




頭部をヘイムダルに蹴り潰された機体はぐらりと力を失って倒れ、それが倒れきるよりも早くヘイムダルの拳は『敵』のコックピットを貫いていた。

一瞬の出来事だった。 その瞬間には所属不明機のパイロットは死に絶え、機体はコントロールを失って大地に伏す。


「殺したくはないけど・・・仕方ないわね」


どこの手先かは大体予想がつく。 となれば、生き残ったパイロットは工作員となってこのヴァルハラに破壊工作をする可能性もある。

故に皆殺し。 そんなことはしたくはないが、そうせねば何万という人の命が危険にさらされるというのならば。

人を殺すくらいなんてことはない。 何人殺したところで、所詮何万と言う命には匹敵しない。 命の軽さは一対一。 ならば、数が多いほうがいい。

それよりなにより、こんなふうに突然襲い掛かってくる相手に情けをかけるなど、冗談にしては笑えない。

だから彼女はコックピットを貫く腕を振りぬき、敵が所持していた長刀を手にする。

上空から現れる増援。 同じタイプの機体が三機。 先ほど外に出ていったものと同じだろう。


この子ヘイムダルでどこまでいけるかしらねぇ」


西洋刀を上段に構え、すっと腰を低く落とす。 東洋に伝わる剣術―――そのとある流派の構え。

そこから静かに下段に落とし、駆け出す。 目標は空中から三機。 鋭く振り上げた長刀、しかし正面の一機は無論それを回避する。

真正面から振り上げられる刀など恐れるに足らず。 しかし、三機が三機ともその行動に驚いていた。

振り上げた刀はヘイムダルの手から放たれ、後方から迫っていた二機目のコックピットを貫通する。

つまり、正面に攻撃すると見せかけ、後方に長刀を投擲。 一瞬反応できず、次の瞬間には正面の機体も大地に沈んでいた。

つかまれた頭部。 ビルごと大地に叩きつけられ、粉々になる。 身動きの取れない機体のコックピットを踏みつけるとアスファルトの大地を鮮血が汚した。

純白のヘイムダルは返り血一つ浴びていない。 三機目は慌てて逃げようと撤退するも、上空に舞い上がったところで何かに引っかかり、宙ぶらりになって停止する。

ヘイムダルが空に向かって伸ばす指先から伸びた二対のワイヤー。 それは敵機から先ほど奪っておいた、捕縛用装備だった。

強くそれを引くと、空中で機体にワイヤーが食い込み・・・炸裂するようにばらばらになった。

無論、ワイヤーの一本はコックピットを切り裂き、引き裂かれたコックピットからパイロットの避けた上半身が落ちてくるのを望遠カメラで確認する。

その間僅か一分足らず。 ヘイムダルは機体の残骸を路肩に蹴り飛ばし、空を仰ぐ。

あえて彼女が何をしたのか解説する。 彼女は東洋の剣術の使い手であり、その構えは確かに本物だった。

だが構えというのは次にどんなものが飛んでくるのかがある程度予想の出来る行動でもある。 攻撃に通じる準備動作であるそこから放たれる攻撃はいくつか決まったルートを選ばざるを得ないだろう。

だからかわすことが出来た。 しかし彼女はその刀を後方に投擲。 構えたら切りかかってくる・・・そう訓練された敵にとってその動作は予想外にも程があり、あとは虚をつかれ全滅、というわけである。

言うほど簡単ではない事だったが、彼女はそれをあっさり成し遂げた。 しかし、ヘイムダルのスタビライザーでは空中を飛び回るにはいたらないため、一度本部に戻る必要があるだろう。


「まだ乗り込んできたのはいるだろうけど・・・きっとなんとかなるわね」


悠々と歩いていくその純白の機体は危機的状況に置いてもその優雅さを微塵も失っていなかった。

カタパルトエレベータ付近にまで近づいた時、ヘイムダルは足を止め僅かに身を逸らす。 その場所には光が墜落し、咄嗟に後方に飛んだヘイムダルの装甲には焦げ付いたような傷跡が残されていた。

通常弾薬ならば僅かな回避動作で回避可能のはずだったが、頭上から放たれたのは通常弾薬ではなかった。


「フォゾンライフル・・・ビーム兵器ってわけね」


『ご明察だよ。 随分面白い機体に乗ってるみたいですね・・・何者です?』


上空から舞い降りた蒼い機体。 しかしその形状も装備も今までのものとは違う。

それは当然の事。 カスタムされたその機体は優秀なパイロットの専用機である事を示し・・・故にヘイムダルも後ろに下がって距離を取る。


「あなたたちこそ急に現れて・・・だめよ? あんまりおイタしちゃ」


『心外ですね・・・? これでも一応礼儀はわきまえたつもりですが』


声は少年のものだった。 一つしか聴こえないところを見ると、機体は単座。 故にヘイムダルと同じような構造をしていると思われる。

そしてそれは当然の事だった。 ジェネシスより何者かが外部に持ち出したヘイムダルの基本設計データ・・・それがこの機体、『ウロボロス』の基本になっているのだから。

ほぼ全くの丸腰であるヘイムダルに対しウロボロスは巨大なフォゾンライフルに加え飛行用のスラスターユニットをリアに装備している。 機体の優劣は明らかだった。 しかし、彼女はまるでそんな事は気にしないかのように毅然と振舞う。


「あなたみたいな子供がこんなことしてちゃだめよ? もっと学校とかで学ばなきゃいけないことがたくさんあるんだから」


『今の世界で勉学を積む事が無意味・・・とまでは言いませんが、その前にやらねばならないことは山ほどあるはずです。 それは貴方も理解しているはずでは?』


「どういうことかしら?」


『ジェネシスは私利私欲の為に人類の切り札であるレーヴァテインを使っている。 アーティフェクタは神を倒す唯一最大の人類の勝機。 誰もが求めてやまないその英雄を、何故一企業一都市が所有し、その防衛と利益発展の為のみに使用するのか』


ウロボロスはフォゾンライフルをヘイムダルに向け、首を傾げる。


『疑問には思わないのですか? レーヴァテインはもっと有効に、全人類の為に使われるべき力。 このようなところで誰かの利益の為にあっていいものではない』


「そうかしら? どこだってみんな私利私欲よ? 人間は自分が一番可愛いんだから、仕方ないわ」


『断じて否。 やはり語るに及ばないようですね・・・不躾ですが、その機体・・・回収させて頂く』


「あなたももう少し頭を緩くしたほうがいいわ。 だってね」


マウントされたコンバットナイフを構え、彼女は笑う。


「人間の手は二本しかついていなくて、足も二本・・・頭に至ってはたった一つしかないんだから―――」



本部になんとか逃げ込んだカイトたち一向は格納庫に車を止め、胸を撫で下ろしていた。


「とにかく現状を確認しないと・・・!」


騒ぎ出すユカリたちを余所にアイリスは神妙な面持ちでレーヴァテインを見上げる。

そこにいる灰色の巨人が、機械の塊が、姉を戦場に連れ出しそしてその命を奪い去ったモノ。

そうだ、こんなものがあるから姉はあんなことになった。 こんなものなくなってしまえばいいのに・・・そう思う。

ハンガーにはレーヴァテイン以外にも五機のヘイムダルが並んでいる。 無論それらを見るのはカイトも初めてだり、感銘の声を漏らした。


「すげえ・・・格納庫が綺麗になってて、しかもこんなにヘイムダルが・・・」


「先輩も・・・あのロボットに乗ってたんですよね?」


「ああ、まぁな・・・今は見ての通り、こんな具合だから乗るに乗れないけどよ」


苦笑するカイトの右腕はなく、その傷口から全身に向かいヒビのような傷が広がっていた。

首筋にまで伸びた赤黒い切断面は血液さえ流れ出ないものの、痛々しく見ているだけで胸が締め付けられるようだった。

罅割れて今にも崩れ去ってしまいそうな身体。 それをもどかしく思いながらレーヴァを見上げる。

ああ、断言できるだろう。 先の戦いで誰よりも後悔しているのはこの少年なのだと。 少女の最後を見守ることさえ出来なかった、この少年なのだと。

だから、口惜しい。 自分がレーヴァテインに乗れさえすれば・・・こんな状況、いくらでも吹き飛ばしてやるのに。

そうやって今までも彼女の笑顔が曇ってしまうのを、必死で変えてきたんだから。

でも、今は腕は片方しかなくて。 乗ってしまったら散ってしまう儚い命。

だから、諦めにも似た笑顔を漏らす。 自分がこんなところでリタイアすることになるなんて、思っていなかったから。


「もう、さっきのヘイムダルに誰が乗っているのか誰もわからないってどういうことなの!?」


「ヴァイタルデータが登録してある人間じゃねえんだよ! 仕方ないだろ・・・敵じゃねえとは思うが・・・もどかしいな」


ハンガーごとに併設された端末を操作してルドルフが溜息を漏らす。 それから振り返り、じっとアイリスを見つめた。


「お前、アイリス・アークライトだろ?」


「え・・・? は、はい・・・そうですけど」


「単刀直入に言うと・・・お前、コイツに乗って戦ってくれ」


「へ?」


あまりに単刀直入すぎる事態にアイリスは状況を飲み込めない。

そしてそれに反応したのはアイリスではなくカイトだった。


「どういうことだよルドルフ・・・? いきなり操縦なんて出来るわけないだろ? 第一適正は・・・」


「もう調べてある。 十分動かせる数字だし、そもそもこのままじゃここもやべえぞ」


「だからってアイリスが乗る必要はねえだろ!? アイリスは、イリアの事でまだ―――」


そこまで声を上げたところで本部全体を襲う強烈な揺れが言葉を遮る。

ジェネシス本部、レーヴァテイン倉庫は海中に存在する。 それも通常プレートの数十倍の強度を持つ装甲で形成された、正に最後の砦なのである。

故に並大抵の攻撃では揺れるどころか爆発の音さえ聞こえない。 しかし、今正にその衝撃がハンガーにまで伝わっていた。

固定されているレーヴァテインたちの拘束具が音を立てて軋み、強い付加が掛かっていると訴えている。 倒れはしないものの、僅かに本部が傾いた証拠である。

少女の心は揺れていた。 こんなロボットに乗る? カイトは腕を失い、いつ壊れてもおかしくない身体。 そうしたのはこのロボットだ。

姉を自分から奪い、そうして姉が燃え尽きたのもこのロボットの中。 自分の憎しみも悲しみも全てはこのロボットのせいだったと言える。

だから少女の心臓は高鳴り、それを目にするだけで複雑な感情が沸きあがってくる。 眼鏡越しに見るそれは、眠り続けているかのように静かだ。

呼吸が上手く出来ない。 姉はこれに何を望んでいたのだろう? 何の為に、ここにいたのだろう。


「私は・・・その―――」



「アイリスは駄目だ! レーヴァテインには、ボクが乗るッ!!」



遮る声は格納庫の入り口から聞こえていた。 リイドは肩で息をしながら鋭い目つきで一同を睨みつけ、大股で歩いてくる。

汗をシャツの袖で拭いながら、片手で少女を牽引しながら、ルドルフの目の前に立ち、それからアイリスを見た。

思わす視線を逸らす少女。 自らが最も憎むべきものが目の前に二つもあり、罵倒してやりたい気持ちで一杯なのに視線を逸らしたのはなぜか。

目の前で必死になってここまで辿り付いた少年が、悪しき存在に全く見えなかったから。

自分はレーヴァテインに乗るなと、大声を出して遮ったその少年の顔が、余りにも真剣すぎたから。

許してしまいそうになる。 いや、元々うらんでなどいない。 けれど素直にそれを認める事が出来ないから・・・事実から目を逸らすように、視線を逸らした。


「早とちりするなよリイド。 こいつが乗るのはレーヴァじゃなくてヘイムダルだ」


「ヘイムダルでもレーヴァテインでも同じ事だ・・・っ! アイリスは乗せるな・・・!」


「リイド・レンブラム・・・」


思わずその名を呟いてしまう。 だから慌てて口元を塞ぎ、そっぽを向く。

その肩を掴み、少年は強引に少女と視線を合わせ、それからじっとその瞳を覗き込んだ。

眼鏡の向こうに見える少年の強い眼差し。 緊張のせいか身体が動かなくなり、呼吸まで止まりそうだった。


「あんたの言うとおり、ボクは最低だ・・・」


そうして、告げる。


「ボクがやってきた事のせいであんたを傷つけて、いろいろな物を傷つけて・・・だから、もう許してくれなんていわない」


手を離し、レーヴァテインを見上げる。


「あんたは、ボクが守る・・・・・・。 あんたが嫌がっても、あんたに戦いなんか、させてなるものかよ・・・」


レーヴァテインの足元に近づくとコックピットから引き上げ用のワイヤーが垂れてくる。 リイドはそこに足をかけ、振り返りもせずにコックピットに上がっていく。


「待てリイド! お前一人じゃ装甲も形成できないんだぞっ!?」


「わかってる・・・でも、誰かがやらなくちゃいけないんだろ・・・!」


ゆっくりと動き出すレーヴァテイン。 拘束具を外し、立ち上がったその姿は灰色のまま・・・光の装甲をまとう事はない。

その状態がいかに無力でいかに危険なのかわかっているはずなのに・・・少年は立ち止まろうとしなかった。


「仕方がねえ・・・リイド! ヘイムダル用の武装を持っていけ! 丸腰で勝てる相手じゃねえ!」


ルドルフの声が届いたのか、レーヴァテインはアサルトライフルを武器庫から引っ張り出し、両手に一つずつそれを構えてカタパルトに向かっていく。

射出操作のため、ルドルフとユカリが司令部に走っていく中、アイリスは唇を噛み締めながら俯く。


「何なんですか・・・レンブラムは・・・」


「ああいうやつなんだよ、リイドは。 実際、あいつのわがままっぷりはハンパじゃないからな。 覚悟しておいたほうがいいぞ」


「え・・・?」


「もう、お前が嫌っていっても、一生お前の事守ろうとするんだろうな、あいつは・・・」


エレベータがゆっくりと射出地点までせりあがって行く。

見えなくなる一瞬、レーヴァテインは振り返って二人を見ていたような気がした。

灰色のレーヴァを見送り、カイトは思い出したように首を傾げる。


「そういえば・・・リイドの後からこっそりコックピットに乗り込んでた女の子・・・あれ、誰だ?」


「え・・・えっ?」


コックピットの中でうな垂れるリイド。 目をきつく瞑り、何かを振り払うように顔を挙げ、頭上を見上げる。

射出ではなく輸送の為に動くカタパルトエレベータにいつもの超加速は存在せず、ゆっくりと音を立てながら目的地まで上っていく。

その間、脳裏を過ぎる様々な言葉。 自分は何故ここにいるのか、とか。 戦ってどうするのか、とか。

その結末が予想できないくらいには、自分はもうおかしくなってしまっているのだろうなと思う。

今すぐここから逃げ出したいのに、アイリスを見たらあんな事を言わずには居られなかった。 逃げ惑う人々を見ていたら、こうせずには居られなかったのだ。

その全てが自分にとってよい結末になるとは限らないと知っているのに、無謀な姿のまま戦場に向かう。


「馬鹿なんだろうな、ボクも・・・」


自虐的な呟き、


「そんなことないと思うな。 リイドは頑張ったと思う」


それに、答える声があった。

慌てて振り返るとそこには予想通りオリカの姿があり、少女は干渉者用の副座に座ってにこにこ笑っていた。

呆れてものも言えない。 口をぱくぱくさせながら、思いっきり脱力する。


「お前なあ・・・・・・・・・そこに座ってて平気なのか?」


レーヴァのコックピット内は高濃度のフォゾンで満たされている。 一般人が乗り込んだら一分と待たずに中毒症状を起こすだろう。

しかし少女はまるでそんな気配はなかった。 むしろ居心地よさそうにあくびをすると眠たげに目を擦ってみせる。


「そんな事より、一人で出撃しようなんて無茶にもほどがあるよ? 私これでも実は結構怒ってるんだよ?」


「な、なんで?」


「自分の命を粗末にするような事はしないで。 リイド君が死んじゃったり怪我したりしたら、私やだもん」


ほっぺたを膨らませながらじっとリイドを見つめるオリカ。

最早笑うしかない。 そんな事を真顔で言われたら・・・馬鹿馬鹿しくて泣きたくなる。

苦笑する表情を前髪で隠し、少年は正面を見る。

確かにオリカはわけがわからない。 馬鹿としか思えない。 やる事なすこと奇怪で、正直付き合いきれない事も多々ある。

それでも、確かに自分の事を受け入れ、本気で心配してくれていた。


「自分で勝手に乗ったんだから・・・負けて死んでも恨むなよ」


「あっ! それってもしかして、乗ってるの認めてくれたって事!? そうだよね? そうだよねっ?」


「・・・好きに解釈してくれ」


「うわあ! リイド優しいなあ、大好きだなあ〜〜」


背後で騒ぐ少女に思わず赤面しながら咳払いし、正面を再び見据える。

エレベータはポートファイブに到着し、周囲を覆っていた扉が開いてレーヴァテインは身を乗り出した。

灰色のレーヴァの出現を確認した敵はすぐさま手にしたマシンガンで攻撃を仕掛けてくる。

空も飛べず、歩く事すら満足にままならない今の状態では攻撃を避けるだけで精一杯であり、思わずぐらついて倒れそうになる。

しかし慌てて手を大地に着き、冷や汗を零した。 レーヴァの影には逃げ惑う人々がまだ取り残されていたからだ。


「エレベータが動いてないのか・・・!?」


開かないその扉を恨めしく睨みつける。 足元に人が居るのもお構いなしなのか、敵は容赦なく弾丸の雨を降り注がせていた。

それから人々を庇うため両手を広げて無防備に攻撃を受けたレーヴァ。 コックピットが激しく揺れ、稼働率が低下していく。


「くそおおっ!! 装甲があればこの程度の攻撃、何てこともないのにィッ!!」


弾丸を受け続け、拉げ、折れ、砕ける装甲。 フォゾンで防御していない分ダメージは直接レーヴァに伝わっている。

アサルトライフルを放つものの、干渉者の命中補正がないため弾丸は敵に掠りもしない。 逃げようにも足元には飛行機やら人やら乗用車やら残骸やらで満足に歩き回る事も出来ない。

何度も転びそうになりながら、人々を庇いながら、戦闘を続けるリイド。 本来なら圧倒してしかるべき相手に、余りにもお粗末な戦いだった。


「リイド・・・もしかして何か勘違いしてない?」


「何がっ!? 今やばいの見てわからないのかよ!? 集中してんだから声かけるなっ!」


「ぶー・・・リイドのばかー・・・」


「意外な言葉でボクを表現するな!? なんだよさっきから!」


背後で膝を抱えてジト目でリイドを見ているオリカ。 思わず脱力してずっこけそうになるが、そうなったら死者が百人ではきかない。

慌てて体勢を立て直し、アサルトライフルを盾にするようにして銃撃に耐える。


「リイドは勘違いしてるよ。 だからさっきの言葉を訂正して」


「何が!?」


「『自分で勝手に乗ったんだから・・・負けて死んでも恨むなよ』・・・ってところ」


「あぁ!?」


実際に負けそうである以上、それを取り消すのはどうかと思う。

しかし少女にとっては大事な問題であるのか、それを取り消さない限り、話が進みそうもない―――。

強引さ加減で言えばイリアもカイトもオリカには及ばないだろう。 少年はやけくそ気味に言葉を訂正する。


「取り消すよっ!! それが何っ!?」


「リイド・・・助けてほしい?」


「あぁ!? 助けられるものならぜひ助けてくれよ!」


「じゃあ、助けてあげたらあとでごほうびくれる?」


「何でもやるよ! 生きて帰れたらだけどね!?」





『 ホントッ!? うわああああああい、やったあああ〜〜〜っ♪』




ポートファイブ中にそんな能天気な声が響き渡った。

レーヴァテインの動きが止まり、ゆっくりと顔を上げる。

それを見上げる人々も、敵のパイロットも、同時に首を傾げた。

一体何がおきているのかわからないが、とにかく大音量で声は聴こえ続けている。


『約束だよ、リイド? ぜったいぜーったい、ごほうびもらうからね!』


『あ、ああ・・・ってなんだ、レーヴァのコントロールが・・・!?』


レーヴァの瞳が輝き、両手を頭上に振り上げる。

コックピットから放たれた黒い光はレーヴァテインを覆い隠し、その全身に―――光の装甲を描いていく。

今までのレーヴァテインのデザインとは掛離れた、漆黒のレーヴァテイン。

和風の外装に腰に挿した二本の刀。 そして肩からぶら下げた、機体よりも長大な斬馬刀。

袴のようなウィングユニットをはためかせながら、三日月を背負った機体はゆっくりと面を上げる。

リイドにはもはや操作不能。 機体は腰に挿した二本の刀をすらりと抜き、くるりと回して逆手にそれらを構える。


『さあ、行くよ・・・! これに勝てば、リイドにあんなことやこんなことを・・・むふふのふ〜』


少女の声に続き、レーヴァテインの目がゆっくりと細まる。 それはまるで、微笑んでいるかのようで。


『面を上げなさい。 食事の時間よ。 好きなように食い散らかして・・・リイドを守って』



レーヴァテインが、吼える。


人々は皆腰を抜かし、敵のパイロットも思わず機体を後退させた。

それほどの迫力。 誰もがもう理解していた。 終わったのだと。

後に続くのは最早、悠々とそこで笑い続けている漆黒の死神が・・・一方的な殺戮を繰り返すだけなのだと。



『踊りなさい―――イザナギ』



レーヴァテイン=イザナギ。


それが、三番目のレーヴァテインの名前。


その名が呼ばれた次の瞬間、



『敵』の身体は十字に斬り裂かれ、四つの断片となり、鮮血と共に宙を舞っていた。


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