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きみが、見た夢(1)

第六話、新展開スタートです。


夢を見ていた。


夢の中でのボクは、ボクたちは、まだやっぱりいつも通りの日常の中に居て、幸福な日々を過ごしていた。

ボクたちは決して素直にはなれなくて、相手をきちんと好きだって言うことも出来なくて、いつもすれ違ってばかりで。

でも同じ時間を過ごす中で少しずつ相手を知り、理解したいと願い、ボクらは距離を詰めて行ったんだと思う。

そこではカイトがボクの背中を押してくれて。

イリアは渋々、ボクの手を取って前を進んでくれる。

そんな二人の態度にボクは仕方なくついていくんだ。

そうやって少しずつ、気づけば、彼らの輪の中で、ボクは歩いてこられたんだ。

みんなが笑ってて。 だから、馬鹿馬鹿しいって思いながらも、ボクも・・・。


ボクも、気づけば笑っていたんだ。


だから、そんな日々が永遠に続く事になんの疑問もなくて。

それが続いて当たり前だと思ってて。

そんな幸せを享受するだけで、何一つ自分では努力もしなかったくせに。

ただただ、ずっと幸せが続いていくと思い込んでいた。

失うまでそれが大事だって事にも気づかなくて。

失って尚、そのことさえ素直に受け止められなくて。

みんなの事が大好きで、今が楽しいんだって。

そんな言葉は、いつかどうせ、遠い未来で・・・伝えられるんだって思ってた。

でも、イリアもカイトもいなくなってしまって。

ボクは一人ぼっちで取り残されて、途方にくれて目が覚める。

そんな夢を、何度も繰り返し見ていた。

行かないでって何度叫んでも、彼らは振り返ってもくれなくて。

それが辛くて仕方なくて、彼らの名前を大声で叫びたいのに、声が出なくて。


ああ、だからこれは、きっと夢だけど、夢なんかじゃない。


ボクは一生、この夢を―――抱えて生きていかなければならないんだ。


それがきっと、ボクの、罰だから―――。




⇒きみが、見た夢(1)




カイトが目を覚ましたのは、あの戦いから四日後の事だった。

一人、病室を訪れたボクの手には一応、見舞いのつもりで花束が抱えられている。

どんなものをもって行けばいいのかわからなくて、ユカリさんに聞いたらこうすればいいかもしれないとアドバイスしてくれた。

誰かのお見舞いに来るなんてことそのものが始めての経験であるせいか、いまいち気持ちが落ち着かない。

それも仕方のない事だ。 ここはジェネシス本部の医療施設ではなく・・・民間の、ただの病院なのだから。

それは、カイトがもう、ジェネシスと無関係な存在になってしまった事を示していて。

だからそれを認めたくないボクは何も考えないように思考を真っ白にしながら扉を開いた。

部屋は一応、個室だった。 けれど本社のそれと比べれば狭いし年季が入っている。 カイトはベッドの上ではためく白いカーテンをぼんやりと眺めていた。


「よお、リイドか」


ボクの存在を認め、彼は力なく微笑む。 その笑顔は以前の無邪気な笑顔ではなく・・・どこか疲れたような、諦めてしまったような、そんな笑顔だった。

パイプ椅子を立ててその上に腰掛ける。 花束は・・・適当に窓辺に置いておく事にした。


「調子はどう?」


「あ〜・・・右手は取れちまったが他は別に大丈夫そうだな。 ま、感覚もあんまねえんだが」


神経系を優先的に破壊するフォゾン化現象は、まず五感から鈍らせていく。

もしかしたらいつもぶん殴られても蹴り飛ばされてもカイトがけろっとしていたのは、そのせいだったのかもしれない。

もっとも、今となっては彼を蹴り飛ばすような元気のよすぎる女の子はいないわけだけれど。

カーテンの向こうから見える景色はプレートの果てに見える海だった。 ボクは海は余り好きじゃないけれど、ここから見るのは悪くないと思う。


「それでリイド・・・・・・イリアはどうなったんだ?」


「・・・・・・・・・」


聞いて、 ないのか。

そりゃ、そうか。

さっき、目が覚めたんだよな。


「イリアは・・・・・・・・・」


生唾を飲み込んだ。

呼吸が上手く出来なくて、何ていえばいいのかわからない。

何度も口を開いて言葉を吐き出そうとするけれど、出てくるのは声にならない声だけで。


「イリアは・・・・・・その・・・・・・本部の病院で、寝てるよ・・・」


咄嗟に、嘘をついた。

何でそんな事を言ってしまったのか考える。

いや、確かにそれは事実だ。 イリアはまだ眠り続けている。 けど、それは、目覚めない―――永遠の眠り。

それを告げなかったのはきっと自分が傷つきたくなかったからだ。 ショックを受けるカイトの姿を見たくなかったからだ。

今言わなくなっていつかは絶対に知られてしまうことなのに、馬鹿な事をしたと思う。 けど・・・。


「カイト、覚悟したほうがいいよ? イリア、すごく怒ってたからさ。 カイトの目が覚めたら、思いっきり蹴飛ばしてやるってさ」


「まじか・・・」


「まじまじ。 カイト、今からだの構成緩いんでしょ? イリアのすごい蹴りくらったら粉々になっちゃうかもよ?」


「おいおいおい、マジでしゃれになんねえぞ・・・カンベンしてくれよ〜・・・」


「はははは」


二人して笑い合う。 それからボクは、カイトの言葉を遮るように滅茶苦茶に話続けた。

言葉を止めない。 悲しいことから遠ざかるように、ひたすらに下らない話を続けた。

まくし立てるように、必死で語り続けるボクに・・・カイトは笑いながら付き合ってくれた。

でも三十分もすると話す事もなくなってしまって、思わず黙り込む。 何をやっても空しくて、どうしようもなかった。


「それじゃ、ボクはもう行くから。 学園祭の準備、カグラが手伝えって煩いんだ」


また、嘘だった。

胸が少し痛くて、でも、笑顔を浮かべるのは上手くなったと思う。


「そっか。 じゃ、参加できねえ俺の分もカグラによろしく言っといてくれや」


「うん・・・・・・カイトがうらやましがるくらい、遊んでくるよ」


席を立ち、部屋を出る。

扉を閉めて、しばらく歩いて、ずるずると、壁に寄りかかった。

嘘をつく自分が馬鹿馬鹿しかった。 辛い事をただ先延ばしにして逃げているだけの自分が情けなかった。


「やっぱりボクは・・・最低だな」


何でか知らないけど、笑顔を浮かべるのだけは上手くなったと思う。

でもそうやって自分の気持ちを塗りつぶしていると、少しずつ分からなくなってくる。

ああ、リイド・レンブラムという少年は、一体どんな顔をしていたんだろう、って―――。

だからってこんなところでへこんでいても仕方がない。 さっさと帰ろうと顔を上げた時だった。


「リイド・レンブラム・・・・・・」


聞き覚えのない声。 でも、どこかで確かに聞いた事のある声。

顔をあげて、それから驚愕する。 目の前にいる少女の紅い髪に、紅い瞳に、ボクの目は釘付けになっていた。

イリアより長い髪。 イリアより少しだけ小柄で、小さな眼鏡をかけた少女。

立ち上がって正面から彼女と向き合う。 彼女の手には華束・・・だからきっと、カイトのお見舞いなのだろうと思う。

何はともあれボクは少女にかけるべき言葉を失っていた。 眼鏡の向こうから覗くイリアと同じ勝気な瞳は鋭くボクを捉えている。


「アイリス・アークライト・・・だったかな」


アイリス・アークライト。

イリア・アークライトの妹。 ボクが傷つけ、入院させていた、彼女の妹。

彼女と同じ髪で、彼女と同じ瞳で、ボクを見つめていた。


「・・・・・・・・・誰に聞いたのか知りませんが、気安く私の名前を呼ばないで下さい」


「え?」


「私は・・・・・・・・・貴方の事が大嫌いです・・・っ」


一応初対面だったと思う。

でもアイリスはそんな事を真顔で言うのだ。 心の底から憎む何かを見つめる、敵意に満ちた瞳にボクを映して。

ああ、でもそれは当然かもしれない。 彼女を入院させ、そして彼女の姉をあんな状態にしたのは・・・ボクなのだから。

でも、だからって。 そんな言い方ないじゃないか。 ボクだってそうしたくて、したわけじゃないのに。


「どうして貴方がここに居るんですか・・・?」


「どうしてって・・・カイトのお見舞いに・・・」


「姉さんを私達から奪っておいて、よく平然と顔を出せたものですね・・・」


視線を逸らす少女。 ボクもまた、その瞳から目を逸らした。

そういう解釈もあるのかもしれない。 確かに無神経だったのかもしれない。 カイトにとってイリアがどれだけ大事だったかボクは知っているから。

そしてイリアがアイリスの事をどれだけ大事に思っていたのかも、知っているから。

でも、こんな言い方、されるんだな。 自分のした事は、そういう風に、イリアと同じ顔した女の子に、言われてしまうような事だったんだな。


「ごめん・・・・・・君にはずっと謝らなくちゃいけないと思ってたんだ。 ボクがレーヴァテインを動かして、君は怪我したって聞いたから」


確か、もうすぐ退院するという話は聞いていた。 だからその時はイリアも含めてちゃんと謝ろうと思っていた。

そうすればみんなわだかまりなんかなくなって、きっとイリアはボクをフォローしてくれるだろうと思っていた。

でもそんな日が絶対来るわけじゃなくて。 先延ばしにした辛い事一つ一つがあとで倍になって自分に降りかかる。


「本当に、ごめん・・・君を傷つける事になるなんて思わなかったんだ・・・」


「それは・・・・・・私がイリアの妹だから、ですか?」


「・・・・・・・・・かも、しれない」


他人だったらこんな気持ちにはならないだろう。 全く見たこともない人間なんて今でも死んだところで何とも思わない。

けど命に関わらなかったのに傷ついたと知って罪悪感を感じるのは、きっとアイリスがイリアの妹だからだと思う。

頭をさげる。 アイリスは拳を握り締め、わなわなと震わせて、それからボクに早足で近づき、頬を思いっきり強打した。

乾いた音が病院の廊下に響き渡り、そうして彼女は序に花束でボクの頭を叩いて、ばらばらになって飛び散っていく花びらの中、憎悪に燃える表情でボクを見上げていた。


「姉さんを・・・侮辱する気ですか・・・っ!?」


眼鏡の向こうの瞳は涙に濡れていた。 ボクはそれを・・・どこか客観的な気持ちで眺めていた。


「姉さんは、あなたみたいに自分勝手な人じゃないっ! 私がイリアの妹だから謝る・・・? そんなこと、姉さんが望んだ事じゃないっ!! 貴方はっ!! 貴方はっ・・・そんなこともわからない、姉さんの気持ちを何一つ理解しない、ただただ周りの人間を不幸にするだけのっ!!」


そこまでまくし立て、アイリスは息を切らして、静かに肩を震わせながら呟くように言った。


「貴方は・・・・・・姉さんの言う通り・・・最低です・・・っ!」


ボクを押しのけカイトの病室に飛び込んでいくアイリス。

取り残された白亜の廊下。 散らばった紅い花を拾い集め、その花に生えた棘が指を切り裂き紅い血を廊下に零す。


「何やってんだろうな、ボクは」


花は、拾わなかった。

その資格はきっとボクにはないから。

傷ついた指をポケットに納めて病院を後にする。

怒り狂ったアイリスの瞳を思い出すたび、まるでイリアに叱られているような気がして悲しかった。

いや、実際、イリアもボクを叱るんだと思う。

あんな風に無理矢理彼女を連れ出して、そうして殺したのは紛れもなくボクだ。

ボクが無茶を言わなければ彼女は今でも壊れたままで・・・でも、確かに生きていたはずだったんだ。

時間をかければ彼女の心の傷は癒えたかもしれない。 なのにボクは先を急いで、彼女をレーヴァテインに乗せた。

だからこれはきっと罰だ。

どうすればアイリスに許してもらえるんだろう。

そんなことばかり、考えていた。



過ぎ去っていく日々はまるで色を無くした風景画だった。

ボクの心には何一つ留まらず、ボクを置き去りにして通り過ぎていく。

教室の窓から見上げる空はあの頃と何一つ変わらないはずなのに、酷くくすんで見えて。

その色は、きっとボクが彼女たちと出会う前に戻ってしまったんだと思う。

エアリオと顔をあわせるのも辛くて、昼休みになると逃げるように教室を後にした。

屋上に出て風に当たりながら校庭を見下ろすと、もうすぐ始まる学園祭の為の催しが用意されているところだった。

お陰で三年生は自習期間・・・二年と一年も、特に勉強に精を出すことはない。

本当ならあそこで、ボクとカイトも準備を進めているはずだった。

カイトは大食い大会を企画したいとか言って、カグラと二人で盛り上がっていたけど、経費的な問題でそれはどうだろうとボクは思った。

結局やるって聞かないカイトのせいで、大食い大会のイベントはパンフレットに残ったままで。

どうせカイトじゃ優勝できないだろうなんて思いながら、笑いながらボクはそれを眺めていたっけ。


「下らないな・・・・・・」


思わず笑ってしまう。

だって、たった一月だよ。

そんな短い時間で、ボクはこんなにも変わってしまった。

あの頃の自分に戻りたい。

誰にも心を開かないで、誰とも関わらないで、一人ぼっちでいればよかったんだ。

ボクは誰かと関わっても傷つけることしか出来ない、そういう人間なんだ。

なのになんでこんなに大事になってしまったんだろう。 イリアのこともカイトのこともエアリオのことも、みんなみんなみんな。


「独りでよかったよ・・・っ」


誰かと関わるのがこんなに辛いなんて思わなかったんだ。

だから、誰か助けてよ。

ボクの記憶を消してくれよ。

記憶なんかいらないよ。 そんなのあっても悲しいだけじゃないか。

二年前に戻って、何一つ知らない心で生きていけたらどんなにいいだろう。

ボクを壊して欲しい。

もうこれ以上、人間らしい悲しみなんて、要らないから。


「カイト・・・・・・・・イリアああぁぁぁ・・・っ」


思わずその場に跪いた。

願ったって、それが戻らないって、ボクはわかっていたから・・・。




ジェネシス本部格納庫はスタッフ総動員での大移動が始まっていた。

ジェネシス格納庫はいくつか存在し、レーヴァテインなど人型兵器をストックするハンガーは今のところ二つしかなかった。

それを大幅に増強し、最大十六機までアーティフェクタタイプの兵器を格納できるようにする作業を進めているのである。

事実上、このアーティフェクタハンガーはレーヴァテインのみが格納された閑散とした場所だった。 故に殆どのスペースはレーヴァテイン専用の修理部品、パーツストック、複製された手足、レーヴァテイン用の武装などが乱雑に並べられていた。

それはレーヴァテインの武器、部品開発を請け負うルドルフの性格的な問題でり、乱雑としていた方が本人としては落ち着くとのことで、あえてほったらかしになっていた。

しかし格納庫の使用にそなえ、このままではパーツの山で埋もれているスペースを何とかせねばならなくなり、仕方なくルドルフ本人が作業員に指示を出していた。

黄色い安全ヘルメットを被ったルドルフは溜息を着きながら作業用ロボットが運ぶコンテナを眺めていた。


「しっかし、ちらかってないハンガーなんて寒気がするぜ・・・ひらめきってのはカオスの中から生まれるのによお・・・」


「そんなことばかり言って・・・私にしてみれば、散らかってるハンガーのほうが寒気がするもの」


ルドルフの背後から歩いてきたユカリはそんな事を言いながら微笑みかける。

その手にはいくつかの資料が握られている。 媒体は紙であり、それが重要な書類である事を示していた。

この機械主義のご時世、紙媒体など使用する意義は一つしかない。 それは、物理的に存在するという事だけだ。

データハッキングの可能性が0とはいえないコンピュータの中にいつまでもこの計画を保存しておく事は危険以外の何者でもない。

尤も、本部のみで独立した情報伝達系統を持つジェネシスアーティフェクタ運用本部のセキュリティはただでさえ強固なのだが。


「でも、紙媒体なんてね・・・やっぱり同盟軍の新型、気になります?」


「当たり前だろ? ど〜〜〜考えてもあの新型、うちの技術が流出してんだ。 俺様が考えた技術を勝手に使いやがって・・・くそ、考えるだけで胸糞悪くなってくるぜ・・・」


「あまり考えたくないですけどね。 うちにスパイがいるなんて」


「ジェネシスほどでかい組織ならスパイなんぞうじゃうじゃいてもわかんねえって。 なんにせよ、こいつが無事完成した事を俺様はまず喜ぶ事にするよ」


ハンガーに運び込まれてくる、レーヴァテインより一回り小柄な機体。

純白のカラーリングにレーヴァに酷似したデザイン。 レーヴァテインの素体に近いそれらは一機ではなく、合計六機。 ハンガーに並べられた。

同時に運ばれてくるそれら専用の武装がコンテナから開放され、ウェポンハンガーにずらりと並べられた。


「これがジェネシス製人型戦闘機、『ヘイムダル』・・・」


「ちなみに型番はない。 元々量産に向いてる機体じゃねえし、レーヴァの干渉者による装甲変更とまではいかねえが、パーツの付け替えで状況に対応する予定だ・・・まあ今は通常武装しか作ってないんだけどな」


「ヘイムダルの武装は・・・」


「通常武装は20mmアサルトライフルとコンバットナイフ・・・あとはイカロス用に作ってたパイルバンカーシステムの量産タイプくらいか。 あんま遠距離戦闘には向いてねーな」


「対神武装は?」


「んー、どの武装もフォゾン加工済みだから効果はあるはずだが・・・まあ色々考えてみるわ」


「問題はパイロットね・・・」


ヘイムダルもレーヴァテイン同様、フォゾンによって活動する以上それに適した適合者が必要となる。

ただ、レーヴァテインとの最大の違いは干渉者が不必要であり、適合者単体での操作が可能である事である。

無論光装甲も展開できない為レーヴァテインに比べれば非常に脆く、光武装の構成も不可能だが、そんな機能を持つ機体は今の技術では生産不可能だった。

故に通常の戦闘機よりも優れた、人型戦闘機というカテゴライズになるヘイムダルだが、適合するパイロットは今だ一人も見つかっていなかった。

つまり、機体はあってもまったく動かせる状態にないのである。 これでは意味がないのだが、そればかりはルドルフにどうこうできる問題ではない。


「早いとこ諜報部に適合者探してもらわないとな。 レーヴァほど人は選ばねえし、フォゾン化影響も殆どないはずだから、何とかなるだろ」


「そうですね・・・。 レーヴァテインのパイロットが一組しか居ない今、少しでも戦力の増強は必要でしょうから・・・」


「しかし頭を抱えるわ・・・レーヴァの修理費見たら、多分お前腰を抜かすぞ」


その金額はあえて明記しないが、国が一つ傾きかねない金額だった。

たった四日では修理も完全ではなく、なんとか稼動可能な状態ではあるものの、レーヴァの外装はところどころ破損したままだった。


「いや〜〜〜〜〜これが噂の量産型ですか! 素晴らしいですねえ、いい仕事ですよ、ルドルフ君!」


またなぜかマラカスを振りながら走ってくるヴェクターをうんざりした表情で迎えるルドルフ。


「そんな目で見ないで下さいよ〜・・・完成したヘイムダルを見に来ただけなんですから・・・」


「ヘイムダルはまだ完成してねえよ。 パイロットが乗り込んでの実機テストがまだだ。 ロールアウトしたとは言えねえな」


「それでも完成は完成ですよ。 それにパイロットなら一人は心当たりがありますからねえ。 はい、これ資料」


ヘイムダルに駆け寄って喜んでいるヴェクター。 彼に手渡された資料に目を通したユカリは思わず表情を強張らせた。


「よりによって、彼女ですか・・・」


「ま、ある意味当然といえば同然だけどな」


「ですが・・・いいんでしょうか・・・」


「他に動かせるあてがねえなら、そうするしかないだろうな。 本人もやる気はあるだろうしなぁ・・・それに作ったヘイムダルが無駄になったら流石におりゃ泣くぞ」


「仕事とは言え、嫌になるわね・・・子供ばっかり戦場に引っ張り出すのは」


ユカリが閉じた資料の一番上のページ。

そこには少女の顔写真と共に個人情報が記載されていた。

ヘイムダルの適合者となる可能性が最も高い、最高の適合値を予想される少女の名前は、


アイリス・アークライト。


「姉貴があんだけ戦えたんだ。 こいつも相当だろうよ」


「・・・・・・拒否、するんじゃないかしら・・・」


「アイリス・アークライトなら、きっと拒否はしませんよ」


ヘイムダルの足元で浮かれていたヴェクターが振り返り、眼鏡を押し上げて笑う。


「彼女はきっと、そういう人間ですからねぇ」


まるで全てを見透かし、未来を知っているかのようなヴェクターの言葉にユカリは眉を潜める。

彼女としては、出来ればアイリスがヘイムダルに乗って戦う、なんて状況は好ましくないから。

しかし、力を使える人間が少なく、選んでいる余裕など誰にもないのもまた一つの事実。


「悲しいわね」


ぱたんと、音を立てて閉じられるファイル。

ユカリは目を細め、生み出された新たな兵器を見上げていた。




「ふんふふ〜ん、らんらら〜ん」


鼻歌だった。

長い長い黒髪を揺らしながら、踊るように少女は歩いている。

ダメージ加工されたジーンズとヒールの高いブーツ。 ハイネックのセータ−も含めそれらは全部真っ黒で、少女の印象は黒一色だった。

蒼い瞳はきらきら輝いて、その瞳には希望しか宿していないのではないか・・・そんな疑問さえ脳裏を過ぎる。

81番プレート、第三共同学園で行われる学園祭は誰もが出入り自由だ。 一般市民も入場する事が許されている。

真昼の夢のような喧騒の中、少女は人ごみを見つめながら野球帽を人差し指で押し上げてにっこり微笑む。


「やっとここに堂々と入れる日が来たよ〜っ!」


両手を広げてバンザーイ。 余程嬉しいのか、その場で小さく跳ね回って見せる。


「わーいわーいわあーーーい! やった、やった、うっれしっいなぁ〜♪」


ひとしきり喜んだ後、咳払いして校舎を見上げる。

少女はそれしか見ていないのだが、周囲の人々は少女しか見ていなかった。 人の嵐の中、一人で奇行を繰り返す少女に目を奪われない人はいなかった。

ぶかぶかのセーターの袖から伸びた白い指で学園を指差し、元気よく敬礼。


「私を甲子園に連れてって、的なシチュエーション! よおし、がんばるぞおー!」


何が? 全員が同時に首を傾げる中、少女は元気よく走り出し・・・三秒後にはその場で転んでいた。

膝を擦りむき涙目になって起き上がる。 そしてジーンズにはまた新しい傷。 ダメージ加工はダメージ加工でも、どうやら自分でやっていたらしい。


「ううう・・・痛い・・・でも泣かないもん! うおおおー!」


叫びながら校門を潜っていく少女。 誰もが再び首をかしげ、また転んでいる少女の行く末を心配した。

少女は人ごみに流されながらとりあえず学園内を一周し、その人ごみから抜け出す事が出来たのは三十分後だった。

肩で息をしながら帽子を脱いで一休み。 ベンチの上に座って遠くに流れる雲を見ていたら、二十分が過ぎ去っていた。

うっかりぼんやりしてしまった事に気づいた少女は慌てて立ち上がり、まずコケて、それから走り出す。


「えーと・・・どこにいるのかな・・・っていうか来てるのかな・・・」


わくわく、どきどき。 胸が高鳴って少しだけ幸せな気分。

学園中を走り回って、何度転んでも立ち上がる。 だって幸せだから、痛みなんて関係ない。

きらきらした瞳で探すあの人は、今はきっととても落ち込んでいるはず。 だから、私が慰めてあげなくちゃ―――。


「あっ! いたーーー! お〜〜〜いっ!」


手をブンブン振りながら駆け寄っていく。

目当ての人物は中庭をとぼとぼ歩いていた。

彼は今正に学園祭実行委員であるカグラに開放された直後であり、色々な意味でへとへとだった。

だというのに、少女はそんな空気はまるで読めないので、全力で駆け寄り、躓き、


「うん?」


派手に飛んでいく。

少年は、驚いて。

振り返って、見る見る表情が変わっていく。

しかしこれは悪くないシチュエーションだ。 飛びつくように両手を広げ、少年に向かって、ダイブしていく―――。


「うわああああああああっ!?」


「りーーーーーーいーーーーーどーーーーーっ!!!」


「ひぎい!」


小さな悲鳴が上がり、少年は少女の下敷きになっていた。

敷き詰められたレンガに後頭部を強打した少年は朦朧とする意識の中、その歳にしては巨大すぎる少女の胸に顔を押しつぶされ、じたばたもがいていた。


「わーい、リイドだ〜! リイド、リイド〜!」


しかし少女は気づかない。 少年が暴れている事を完全に無視して少年を抱きしめ続ける。

やがて少年の動きは鈍っていき・・・両手はぱったりと地面に伏せて動かなくなった。


「わーい、リイド・・・あれ? リイド・・・元気ですか・・・?」


「・・・・・・・・」


返事はない。

慌てておきだし、ぐったりしているリイドの首を掴んで振り回す。


「リイド、死んじゃやだよおおおっ!! おーーーきーーーてーーーよーーーっ!!!」


「ぐええええええ・・・・死ぬ・・・死ぬ・・・っ!」


「あ、ごめん・・・苦しかった?」


「苦しかった・・・に決まってんだろ!? つうか誰だよアンタッ!!!」


呼吸を整えながら掴みかかると、少女はあっけらかんと、笑顔のまま答えた。


「『はじめまして』、リイド・レンブラム君」


そう、『はじめまして』。


「オリカ・スティングレイ・・・それが、私の名前だよっ」


忘れないでね。

そう言って微笑む少女の顔を見て、少年は・・・リイドは我が目を疑った。

だってそうだ。 その子がそこにいるはずがない。 だって、それは。



「・・・何なんだ、君は・・・」



彼が夢で見た、いつか出会った少女だったのだから。


オリカは、ただただ初対面のリイドに満面の笑顔を差し向けていた。


今気づいたけど20部でした。読んでくれてありがとうございます!

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