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翼よ、さようなら(2)

急展開にもほどがあるぜー、です。

『レーヴァテイン=イカロス。 発進位置へ移動してください』


「了解! イカロス、発進位置へ移動するぜ」


久々に乗り込むレーヴァのコクピットにカイトは自らの思考を研ぎ澄ませる。

心で操るレーヴァは緩んだ意思では動かす事が出来ない。 久々に乗るだけあり、油断は禁物だった。

イカロスを歩かせ、カタパルトエレベータの発進位置へ。 姿勢を低く、その場に屈んで射出に備える。

一方その頃司令部ではユカリ、ヴェクターの隣に並びルドルフ、アルバもその様子をモニター越しに伺っていた。

誰もが神妙な面持ちでイカロスの出撃を見守っているのは言うまでもない。 特にアルバは最後まで出撃には反対していた。


「何かあればすぐに引き返す・・・そういう約束でしたね? ヴェクター」


「はい。 ですがまあ、彼らを信じるしかないでしょうねえ」


「テメェで勝手に戦いたいっつってんだから、ほっときゃいいと思うけどねえ・・・・・・まあ、レーヴァを壊されるのはこっちとしちゃ困りまくりなんだけどよ」


三者三様の趣だった。 しかしアルバは少年達が傷つく事を望んでいない。 出来る限り、無事で・・・無傷で戻ってきて欲しいと強く願う。

だからこそ、二人の状況を知るからこそ、医者としてアルバはこの出撃に賛成出来なかった。

しかしコックピット内の二人は周囲の心配などかまっている余裕はない。 緊張でがちがちになる身体を何とかしようと深く深呼吸するイリア。

狭いコックピットの中。 今までは息苦しく感じることなんてなかったはずなのに、今は妙に呼吸が落ち着かない。

汗ばむ手を強く握り締め、操縦桿を握り締める。


「大丈夫だイリア。 いつもどおりにやればいい」


そんなイリアを励ますため、カイトは振り返って優しく笑う。

その人懐っこい笑顔に今まで何度、救われて来ただろうか?

少女は強く思い描く。 自らの力と翼を取り戻す、未来の景色を―――。


「レーヴァテイン=イカロス! 行くぜえええっ!!」


エレベータの出撃シグナルが赤から緑へ変化する。

直後、衝撃と共にイカロスは大空に向かって飛び立って行く。 加速した台座から打ち上げられ、宇宙空間に向かって飛んでいく。

翼をなくしたイカロスの推進力では、カタパルトエレベータの力なしに宇宙はたどり着ける場所ではない。

飛翔が不可能になったとは言え、イカロスは宇宙空間で全く行動できないわけでも、まったく飛行ができないわけでもない。

脚部と背部に装着されているスタビライザーの力で、数分間なら飛行も可能である。

ただし、宇宙空間となればスタビライザーで一時的に飛行可能だのなんだの、そんなことは根本的に意味がない。

スタビライザーによる推進では軌道は当然直進的なものになる。 通常、アーティフェクタも神も宇宙空間では自分の周囲にフィールドを展開し戦闘を行う。

フィールド、と呼称するもののそれは翼の有無だけで判別が出来るものだ。 なぜならそれは翼によって齎される物理法則からの開放に他ならない。

翼があれど、いくら羽ばたいたところで空など飛べない。 それでもアーティフェクタが空を飛翔できる理由・・・それは翼により周囲の物理法則を改竄しているからに他ならない。

では、それがないイカロスでの宇宙空間戦闘は果たして可能なのか?

それは、限りなくNOに近い答えだと言わざるを得ないだろう。

かつての翼があった時ならばまだしも、今は翼が存在しない。 宇宙での戦いに根本的にイカロスは向いていないのだ。

だが、それでもイリアがレーヴァに乗り込む以上、機体はイカロスに他ならない。 そして宇宙以外に、ホルスが向かう場所はない―――。

無策での戦いは無謀と呼ばれて然るべき。 そしてそれを止めたヴェクターの判断は正しかったといえる。

それでも往くというのであれば、最早勝利の可能性はただ一つだけ。


「この戦いの中で・・・翼を取り戻す」


自らの心に傷を生み出した、越えねばならぬと定義した存在を倒す為ならば。

失った翼は再び少女に宿り、宿敵を越える力となる・・・そんな不確かでかすかな可能性に少女は全てを賭けていた。

そしてそれを、少年は理解し受け入れている。 だからこそ、空への飛翔。


重力を振り切って漆黒の闇へ一直線に突き進んでいく。


宇宙空間で静止動作を行い、レーダーの指示に従ってホルスを待ち構える。


『ホルスがそのポイントに到着するまではまだ時間があるわ。 覚悟を決めておいて』


ユカリの通信が途切れる。 イリアは深く息を吐き出し、それから漆黒の海を眺めた。

一度はここから突き落とされ、そしてようやくここまで這い上がってきた。


「ここで負けたら・・・」


たぶん、自分はもう駄目だろうな。

そんな気持ちを胸に、必死で心を落ち着かせる。 自分はやればできるんだ、なんて子供だましみたいな事を何度も何度も言い聞かせた。

少年の背中に目をやる。 彼は振り返らず、真っ直ぐに敵がやってくるであろう方向を見つめ続けている。


「・・・・・・」


カイトは、強い。

いつでも、自分の前で迷わず戦ってきた。

だからその背中を見ると安心する。

勝てるんだって気がしてくる。

そうして僅かな時間が過ぎ去り・・・レーダーに紅い反応。


「来た・・・っ!」


顔を上げるレーヴァ。 その二つの瞳の向こう、恐ろしい速度で飛来する紅い神話。

紅蓮の炎に身を包み、紅い翼を羽ばたかせ・・・真っ直ぐに突っ込んでくる。

恐らく接触は一瞬。 ここで喰らい着かねば、一瞬で置いていかれる・・・それほどの速度の差。

スタビライザーの移動力などホルスの羽ばたきに比べれば赤子の歩み同然。 翼ははためき、避ける素振りもなく、真っ直ぐに―――。


「受け止めるぞ、イリアッ!!」


「え・・・う、あ、うんっ!」


動揺する。 あれを止める? そんなの無理じゃないか? そんな思考が、脳裏を過ぎって・・・、


「うおおおおおおおおおっ!!!」


真正面からの壮絶な衝撃。 スタビライザーの出力を全開にし、何とかそれを止めようと努力する。

既に接触の衝撃だけでイリアの全身には凄まじい苦痛が走った。 悲鳴を上げなかったのは覚悟を決めていたからに他ならず、ただの偶然だった。

胸を貫通するような激しい衝撃に咳き込み、思わず嘔吐しそうになる。 穴が開いたんじゃないかと本気で心配しながら胸に触れ、そんなわけないだろうと歯を食いしばる。

最初の接触だけで胸部と椀部の一部装甲は破壊されていた。 その先端部を押さえている両手さえ、灼熱の炎で焼け焦げ始めていた。

しかしこうする以外に戦う術はなかった。 強引にそれでも突き進み続けるホルス。 カイトは叫び声を上げながら必死でそれを押し返していた。

まるで止まる気配がない。 ホルスにとってレーヴァテインなど、進路を邪魔するにも至らない存在なのかもしれない。

その姿は本来人型であるはずだが、今は翼の生えた柱のような形状をしていた。 紅い光の神話は鋭い頭部でレーヴァをぐいぐい押し出していく。


「イリアッ!! シンクロだッ!!!」


「う、うん・・・シンクロ・・・シンクロ・・・」


落ち着け。 自分に言い聞かせる言葉。 このままじゃ押し負ける・・・相手の炎で焼き尽くされぬよう、炎の結界で自分を守らなければ。

痛いのは嫌だ。 誰だって嫌だ。 だから何度も言い聞かせる。 シンクロしろ。 シンクロしろ。 シンクロしろ。

脳裏に思い浮かべるのは一本の線。 カイトとは何度も繋がってきた心。 その線を消してしまうのは、本当に容易かった。



容易すぎる程に。



「止まれええええええェエエエエエエッ!!!


スタビライザーが壊れるほどの炎を巻き上げ、ついにレーヴァはホルスを押し返し始める。

今や崩れ去った装甲も徐々に修復が始まり、焼け焦げるような痛みがあった手の平も今はなんともない。

イリアは顔を上げる。 これなら勝てる。 そんな予感が少女の中に渦巻いていた。


「パイルバンカーシステム!」


「ぱ、パイルバンカーシステム・・・どうぞ!」


「一発っ!!」 頭部に直接、杭が打ち込まれる。


「二発っ!!」 何度も杭は前後し、徐々にホルスの頭部に亀裂を生じさせていく。


「三発っ!! どりゃあああっ!!!」


同じポイントに対する三連打撃。 続き、ホルスの頭部を膝で蹴り上げ、縦に回転するホルスの中心部を思い切り蹴り飛ばした。

その威力は壮絶で、ホルスの燃え盛る体には無数の亀裂が生じていた。 悲鳴を上げながら吹き飛んでいくホルス。 スタビライザーが火を吹き、追撃する。


「すごい・・・勝てる! 勝てるよあたしたち!」


もっとシンクロを高めなければ。 もっともっと開放値を上げなければ。

自分達の間にある線をがりがりごりごり掻き消していく。 がりがりごりごり。 がりがりごりごり。


「はあああああっ!!」


接近後は蹴りの嵐だった。 一瞬で繰り出される無数の蹴りは何度も何度もホルスを打ちつけ、その身体を砕いていく。


だからもっと、もっと威力を求めてイリアはシンクロを深めていく。 二人の間にある線はどんどん薄くなり・・・やがて酷く曖昧なものになった。


「カイト・・・勝てるね! もう少しだよ・・・・・・カイト?」


「うわああああああああっ!!!」


少年は叫び声を上げながらひたすらにホルスを攻撃していた。

その姿は最早正気ではなく、普段の・・・出撃前の優しい笑顔はどこにもなかった。

息を切らし、口の端から涎を垂らしながら血走った目でホルスを捉えている。

開放値はどんどん上がっていく。 絶対的に有利な状況へ変化していく。 しかし、カイトの様子がおかしい。


「カイト・・・・・!?」


シンクロが止められなかった。 自分の意識・・・ホルスに対する恐怖やトラウマ、様々な負の感情が、濁流のようにカイトに流れ込んでいる。

そんな事実に気づくのに、あまりにも時間をかけすぎた。

それはある意味仕方のない事だった。 イリアは表面上どれだけ覚悟したようにみせても、ホルスが恐ろしかった。

怖くて怖くてどうしようもないくらい怖くて、気づけば勝手にシンクロし続けてしまっていたのである。

そのイリアの恐怖と敵意に当てられたカイトは最早意識も混濁し、カイト・フラクトルという少年である事を、忘れかけている―――。


「カイト! お願い、止まって・・・なんでシンクロが解けないの!? なんで!? なんでっ!?」


必死で心を取り戻そうとする。 目をきつく瞑り、暴れ狂うイカロスのコックピットでひたすらに元のカイトを願う。

心が接続されてしまっていてもう元に戻りそうもなかった。 それはなぜなのか。 リイドの時は、うまくできたっていうのに。


「ねえ、止まってよ! カイトぉっ!!! イカロス、言う事をきいてっ!! ねえったらあ! あたしの声を聞いてよおおおおっ!!!」


どこで狂ってしまったのだろう。

その理由を模索する間もなく、事態は最悪の状況へ転落していく。


「・・・・・が・・・っ・・・あがっ・・・・ぎっ・・・!」


突然頭を抱えて苦しみはじめるカイト。 レーヴァもそれにシンクロするように、頭を抱えて唸り始める。

最早コントロールという言葉の欠片さえ見られない・・・完全なる暴走状態だった。


「カイト・・・カイトっ! カイト、カイトカイトカイト! カイト!!」


もう操縦どころではない。 カイトに背後からしがみ付き、何とか止めようと必死になる。

暴れ狂うカイトの瞳は全くイリアの姿を映していない。 喚きながら、叫びながら、ただ少女が生み出した恐怖と敵意と暴力性に飲み込まれていた。

イリアはどうすればいいのかまったくわからなくて、涙を流しながら助けを求めた。

何度も何度も、助けてと叫んだ。

しかし誰も助けてくれる人などいない。 そしてそれは、まるきり一年前と同じ状況。


「いや・・・」


身動きの取れないレーヴァを見つめながら、ホルスは人型に形状を変化させていく。


「いやあ・・・」


ぐねぐねと、粘土のように自らの形状を変化させ、光の巨人へと変貌を遂げる。


「いやあああ・・・」


炎を纏った腕がレーヴァに伸び、その腕をがっちりと掴んだ。

同時に燃え盛るような激痛がイリアの腕に走る。 涙を流して身体を震わせながら、何度も首を横に振る。


「いや、いやいや・・・やめて・・・やめてよ・・・」


ぎりぎりと締め付けられる腕。 そして残されたもう一つの腕は、レーヴァの胸部を叩き始めた。

がん、がん、がん・・・何度も何度も繰り返し一定のリズムを刻みながら、レーヴァの胸を砕いていく。


「いた・・・い・・・っ・・・やだ・・・やめて・・・痛いよ・・・だれか・・・たすけ・・・」


ばきん。


音を立てて胸部装甲が砕け散った時、あまりの激痛にイリアは呼吸を忘れていた。

このままでは死んでしまう。 本当に殺されてしまう。 逃げ出したいのに声も出ない。

口をぱくぱくしながら胸を押さえ、目を白黒させてその場に倒れこむイリア。

意識も途切れそうな激痛の中、今すぐにでも逃げ出したい恐怖の中、少女が顔を上げて見たものは・・・・。



「・・・・・・・・泣くなよ、イリア・・・俺が・・・・・・助けてやるから・・・」



虚ろな瞳で微笑むカイト。 イリアはそれを見届けて、最後に張っていた糸が切れたように、意識を失った。

装甲を失うレーヴァテイン。 干渉者なくして光の装甲は成り立たない。 だから、もう、ただの機械の塊。

血を流しながら立ち尽くすレーヴァは、カイトは・・・最後の力を振り絞り、自らを掴み上げていた腕を振り解く。


「レーヴァ・・・頼む・・・少しだけでいい・・・俺に力を貸してくれ・・・・・・・」


祈るように呟き、そして、


「邪魔だああああああああっ!!!」


ホルスを蹴り飛ばした。

しかし、吹き飛んだのはむしろレーヴァのほうで。

装甲を纏わないレーヴァの蹴りなど、ホルスにとっては痛くも痒くもなくて。

だから、地球に落ちていく。 ヴァルハラ目掛けて落ちていく。 まっすぐに、地上に向かって。

大気圏に突入する熱の中、焼け焦げるコックピット。 カイトは少女を抱きしめ、目をつぶって・・・そして意識を失った。

海へ落ちたレーヴァテインは、太平洋にどんどん沈んでいく。 そうして焼け焦げた装甲から溶け落ちた金属が冷え固まる頃。

救助にやってきた輸送船から吊り下げられたワイヤーで引き上げられる衝撃でイリアは目を覚ました。


「・・・・・・・いた・・・い・・・」


全身を貫く鋭い痛み。 それは火傷であり、レーヴァと感覚を共有していた名残でもある。

実際に何度か全身をコックピット内で叩きつけたイリアは多数の外傷を負っていた。

頭部から流れる血に片目を瞑り、そして自らを庇うように抱きしめているカイトの存在に気づく。


「カイト・・・・・・」


少年を抱きしめ、目を閉じる。


「カイトが助けてくれたんだよね・・・・・ねえ、カイト・・・ごめんね・・・あたしのせいで・・・ごめんねえ・・・」


少年は答えない。 静かに口元から血を流したまま、身動きする気配がない。

引き上げられたレーヴァが運ばれていく。 やがて本部の格納庫に到着し、作業班により溶解して変形してしまったコックピットが強制開放される。

それは一年前とまるで同じ景色。 だからイリアは安心した。 助かったんだって、安心した。

せめて自分の足で歩いていこう。 重いカイトの身体を抱え、血まみれの体で外に出る。

遠くには今正にレーヴァに向かって走ってくるリイドとエアリオの姿があった。

朦朧とした頭でそれを確認し、自分の情けない姿を見せるのが恥ずかしいと思った。


「ねえ、カイト・・・・・・あたし、やっぱりだめだったね・・・」


でも、もう一度・・・今度こそうまくやるから。


「だから、もう一回抱きしめてよ・・・っ・・・カイト・・・」



足に、何かがあたった。



それが何なのか、少女は理解出来ない。

片目でそれを見下ろして、それがなぜそこに落ちているのかが理解できない。

だって、それは。


「カイト・・・・・・?」


カイトの右腕、間接よりも下。

血をぼたぼたと零しながら、イリアの下腹部を真っ赤に染め上げながら、本来つながっているべきその先端は、イリアの足の上に転がっていた。


「うそ」


カイトは動かない。 全身が痛くて辛くて泣き出したくて逃げ出したくて怖くて怖くて仕方がなくて。

でもそんなの全部吹っ飛んでしまった。 だって、足元にカイトの手が落ちてる。


「やだ・・・やだよこんなの・・・カイト・・・・・・かいとおおおおーーーーっ!!!」


医療班が駆け寄ってくる。

沢山の人の怒号がイリアの耳に届く。

カイトが、担架に乗せられて運ばれていく。

血の跡を、残しながら。


「やだ・・・・やだ・・・なんで・・・・・なんでこんな・・・やだよお・・・・やだよおおお・・・っ」


頭を抱えるその両手さえ、彼の血でべたべたで。

ソレは全て自分のせいで、自分が、彼を、あんな姿に変えてしまった――――。


事実が少女の心を折る。


べきんと、音を立てて。


涙をぼろぼろながしながら、何度も何度も後悔しながら。




「いやあああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜っっっ!!!」



狂ったように、叫んだ。




⇒翼よ、さようなら(2)




あれからもう何時間も経つのに、ボクの頭は真っ白なままだった。

正直に白状する。 今自分の周りにおきている出来事が、余りにも非現実的すぎて認識できないのだ。

ああ、馬鹿げてるさ。 今までだって特別なことなんてずっとやってきたのに。

カイトもイリアも集中治療室から出てこなくて。 その前で待っているのも我慢できなくて。 気づけば格納庫のコンテナの上に座っていた。

焼け焦げてぼろぼろになったレーヴァテインの基本装甲は張り替えられ、再出撃に備えて整備が行われている。

あんな状態になったレーヴァを見るのは初めてのことだ。 だからそれがどれほど異常な状態なのかよくわかる。


「・・・・・・っ」


イリアは、もう駄目かもしれない。

カイトの腕が千切れて地面に血がぶちまけられたとき、ボクですら頭の中で何かが焼き切れそうだった。

イリアはそれを目の前で見て、そしてその原因が自分にあると理解してしまった以上・・・立ち上がるのは難しいだろう。

目を閉じればあの時のイリアの様子が思い出されてどうしようもないくらいやるせない気持ちになってしまう。

血まみれの手で自分の体をきつく抱きしめ、腕に爪を食い込ませ、目を見開いて涙を流しているイリア。

もうとっくに何か大事なものが壊れてしまっていて、修理できなくなってしまったブリキの人形のように。

歯車を一つ欠かせてしまい、もう正常に機能できなくなってしまったかのように。

泣き喚き、ひたすらに繰り返していた『ごめんなさい』という言葉の重さを、ボクは今になって痛感している。

駆け寄ったのに、何もしてあげる事が出来なかった。 声をかけることも、医務室へ運んであげることも・・・何一つ、何一つ出来なかった。

身体が震えて、目の前の状況を受け入れたくなくて。

イリアは泣いていたのに。 イリアは壊れてしまっていたのに。 ボクは何もしてあげる事が出来なかった。

それが酷く口惜しくて、ああ、どうしてボクは二人の姿をきちんと見送らなかったのだろうと、思ってしまう。

なんで、二人が負けてしまえばいいなんて、一瞬でも思ってしまったのだろうと。


「リイド・・・」


エアリオが隣に座った。 待つこと以外何も出来ない今のボクらは同様に無力であり、出来る事は何もない。

だからこうして肩を並べて彼女たちが助かるのを祈る事しか出来ない。

エアリオは普段どおりの無表情で・・・しかしボクを気遣うような優しい瞳で静かにただ隣に座っていた。


「何でこうなるんだろうな・・・」


殆ど独り言だった。 でも、エアリオが隣で聞いてくれていると思ったら少しだけ気が楽だった。


「何で、カイトがあんなことになっちゃうんだろうな・・・」


口惜しかった。 ボクが行けばあんなことにはならなかったのに・・・本気でそう思う。

それはついさっきまでの何か納得の行かない不確かな感情じゃなく、ボクの中に確かに息づく後悔の音だった。

ボクが出撃して倒してさえいれば、カイトはあんなことにはならなかった・・・少なくとも、そう思うから。

口惜しくなる。 結局何も出来ないのはボクのほうで。 だから、本当にみっともなくて。


「なんであんなことになるんだよ!? なあ、レーヴァテインは強いんじゃなかったのかよ!? 答えてくれよ、エアリオっ!」


エアリオにそんなこと言っても仕方ないってわかってるのにどうしようもなかった。

肩を掴み、強く揺さぶる。 そうしたら、エアリオは・・・・・・・唇を強く噛み締めて涙を流していた。

エアリオが泣いている。 その事実が余りにも意外すぎて、ボクは瞬時に正気に戻された。

頭に上りきっていた血がすっと覚めていき、乱暴に掴み上げていた彼女の肩から力を抜いた。


「・・・・ふっ・・・・く・・・ぅっ・・・・」


耐え切れなくなったのか、小さく嗚咽を漏らしながら、瞼をきつく閉じて涙を流し続けている。

その姿が酷くかわいそうで、そして・・・それはやっぱり、ボクもそう見えているのだろうな、なんて・・・馬鹿な事を考えた。


「・・・・・・・ごめん。 ごめんな、エアリオ・・・」


「りいどぉ・・・」


涙を零し続ける金色の瞳は場違いなほど美しくて、搾り出すようなか細い声が胸に突き刺さる。

だから気づけばその小さな身体を抱きしめていた。 辛いのは、悲しいのは、ボクだけなんかじゃないんだ。

そんなことなんで気づかないのかわからない。 いつもいつもいつもいつもそうだ。

何で後になって・・・傷つけてっから・・・ボクは・・・気づくんだよ・・・・っ!


「ボクがしっかりしなくちゃいけない時に、弱音なんか吐いてごめんな・・・」


「うあっ・・・・わかんないよ、リイド・・・! すごく痛いんだよおっ!! どうすればいいのか、わかんないよおぉぉぉっ」


きつく、背中のシャツを握り締めるエアリオの小さな手。

悲しいと、辛いと、苦しいと叫ぶ彼女の姿が・・・今までに見た事のなかったその姿が、妙に印象的で・・・。

だからボクは逆に冷静になれる。 彼女よりも強く・・・ちゃんと立っていなくちゃならないと思う。

力を持ち、それを行使する・・・なら、それだけの心の強さと・・・意思の強さと・・・そして何かを背負う覚悟が必要だと、ようやく気づいたから。

せめて、何か・・・目の前の少女が涙する事くらい、この世界から消し去って見せなければ。


それくらい出来なくて、何が・・・英雄か。


「ボクが倒すから・・・」


強く、エアリオを抱きしめて。


「あいつ倒して、またみんなで遊びに行こう・・・」


馬鹿馬鹿しかったけれど、大切だった日々に気づけたなら。


「その為に・・・ボクはレーヴァテインに乗るから・・・っ」




「君にも話しておかなければならないだろうね・・・適合者の身体に起こる事を」


治療室の扉の前でただただ呆然と立ち尽くしていると、ボクら専門の医者であるアルバさんに呼ばれ、ボクは医務室の椅子に座っていた。

アルバさんは落ち着いた様子でコーヒーを入れるとボクに差し出してくれる。

彼の事は嫌いではない。 いや、大人の中ではかなり好きなほうだった。 落ち着きがあり、気遣いの出来る大人の男・・・そんなイメージがあったから。

何はともあれ、彼はそうしてボクを招くなり、そんな事を語り始めた。


「適合者に起こる事・・・?」


聞き返すボクにアルバさんは真面目な表情でその言葉を告げる。


「フォゾン化と、僕らは呼んでいる」


フォゾン化。

レーヴァテインを意思で操作する人間に発生する、肉体の損失現象。


「レーヴァテインのコックピット内部は高濃度のフォゾンに満たされているという事を君は知ってるかな?」


「いえ・・・」


「高濃度のフォゾンに触れていると、どうなるかは?」


「知ってます。 中毒症状・・・つまり、吐き気や意識の混濁、体調不良・・・最終的には死に至る」


「その通りだ。 けれど君はなんともないね?」


「・・・・・・あ・・・だから・・・適合者・・・?」


適合者が適合するもの。 それはレーヴァテインが内包する固有のフォゾンに対して。

だからボクらは常にフォゾンに覆われている。 それは適合者に関わらず、干渉者も同様なのだろう。

では、何故適合者という名称が使用されているのか。


「適合者は自らの肉体そのものがアーティフェクタが持つ固有フォゾンに適したもの・・・つまり、アーティフェクタのフォゾンと構成情報が非常に似通った者が選ばれる。 そして自らの意思同様にレーヴァテインを動かすという行為は、それなしでは成立しない」


人間が活動するためには脳から指令を出し、肉体各部を動かしている。

レーヴァテインにとってもそれは同じ事。 ボクという存在が発する思考を、コックピットを満たしているフォゾンが受け取り、レーヴァテインに伝える。

その際の指向性を調整し、レーヴァテインに伝える・・・神経のような役割を干渉者が行っているのだ。

故に直接痛みを感じるのは干渉者であり、指令を出すだけで感覚を持たないボクらに痛みはない。

しかし、フォゾンに訴えかけ、自らの肉体同様に動かしているのは他ならぬボクら適合者であり。


「故に適合者の肉体は長時間フォゾンと密接につながりあう状態にある。 故に、長期間乗り込み続けている事により・・・肉体が徐々にレーヴァテインに取り込まれていく・・・それがフォゾン化現象だ」


「それがカイトのことと関係あるんですか?」


「ああ。 カイト君の腕は特に怪我をしていたわけではない。 極端なシンクロによる開放値の上昇・・・その暴走状態が続いたことにより、元々ガタガタだった彼の肉体の構成は緩くなり、一気にフォゾン化が進んだ。 結果、崩れやすくなっていた彼の腕はあっさり取れてしまったというわけだ」


「ちょ、ちょっとまってください・・・元々ガタガタだった?」


色々と詳しく聞きたい事はあるけれど、まずはそこだった。

そうだ。 カイトがレーヴァテインにしばらく乗ってはいけないというその理由を、ボクはまだ聞いていない。


「君が来る前、カイト君はずっと一人でレーヴァテインの適合者をやっていた。 今の君のようにね」


スヴィアが抜けてからというもの、レーヴァテインに適合できる人間は発見されなかった。

故にカイトは一人で戦い続けていた。 ボクがレーヴァテインに乗り込むその日まで。


「あのクレイオス戦も、彼の肉体は崩壊しかけていた。 故に全力で戦えず、撤退を止むを得なくされたというわけだ」


「・・・・・・・それは・・・直るんですか?」


「フォゾン化を食い止める手段は、単純にレーヴァテインに乗らない、という方法しか今のところ存在しない。 君もいずれはフォゾン化が進み、カイト君のようなことになるかもしれない」


「・・・それをなんで今まで黙ってたんですか・・・」


「君はまだ当分は平気だからだ。 それに、未来の不安要素を一々聞かされていてはきりがないだろう?」


「・・・・・・」


そんな状態で、カイトはイカロスに乗り込んだ。

イリアの願いを聞き届けるために。

そして今までずっと、自分が死んでしまうかもしれないのに、戦い続けてきた。

ボクにそれを預けてからも、いずれは復帰するつもりで居た。

いつでもボクらを支えてくれていたのは、カイトの存在だった気さえする。

けれど、彼はこんな結末を迎える事を、望んでいたのだろうか・・・。

そしてそれは他人事などではなく、いずれは確実にボクを蝕む未来の結末でもある。

その事実を正面から受け止めても、自分がそうなることなんて現実味がなさ過ぎて危機感ももてない。

ただきっと、そうなるんだろうな・・・なんて、呆然と頭の中で考えていた。


「結論から言えば、イリアは無事だよ」


「・・・治療は終わってるんですか?」


「ああ。 でも、今は人に会える状態じゃない」


人に会える状態じゃないってなんだよ。

どんな状態なんだか詳しく教えてくれよ。

そう食って掛かりたかったけれど、そんなことをしても意味はないだろう。

それにわかっているはずだ。 わかっているくせにそんなことをするのはもっと無意味だ。

イリアは今、自分自身を責め続けている。 自分の侵した失敗と、その罪に何もかも思考が焼ききれてしまっている。

だから、何か声をかけたところで・・・今は無意味だろう。 それはボクも同感だった。


「カイトは・・・?」


肝心なのはこっちだ。 こっちは今すぐにでも死の可能性がある。

ボクの目はきっと不安と焦りに満ちていたと思う。 アルバさんは仕方がなさそうに、正直に答えてくれた。


「切断されてしまった腕は元には戻らないだろう」


「そん、な・・・」


わかりきっていたはずなのにショックが隠せない。

そりゃそうだ。 腕が取れてはいくっつきましたって、そんな上手い話があるもんか。


「そして命の方もまだわからない。 正直かなり厳しい状況だ」


「・・・・・・・・・・」


「今の僕に言えることはこれくらいかな・・・申し訳がないけれど」


「いえ・・・・・ありがとうございました」


少し休んでいったほうがいいんじゃないか? そんな風に心配してくれるアルバさんの気持ちを断ってボクはイリアが居る病室の前に立っていた。

一目、その姿を見て置きたい・・・何か声をかけてあげたい。 あの時、あの日、ボクに手を差し伸べて立ち上がらせてくれたように。


「イリア・・・っ」


その存在がどれだけ自分にとって大事だったのか、今更になって理解する。

胸がずきずき痛いんだ。 どうしようもないくらい悲しくて、なんとかしてあげたくて仕方ないんだ。

でも・・・・・・・ボクにかけられる言葉なんて・・・・・・何一つ・・・・・・。

扉を開く事が出来なかった。 情けなくて涙が出そうだ。 あの時イリアはボクに手を差し伸べてくれたのに、ボクは・・・。


「なんなんだよ・・・」


強く、歯軋りする。


「なんなんだよ・・・ボクはっ・・・・!」


それでも扉は開けなくて。 逃げるように駆け出した。

どこでもいいから現実から逃げ出したくて、走って走って息を切らせて。


それでも現実は変わらないから、ボクは――――。


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