弱さの、温度(2)
「レーヴァテイン・・・・トライデント・・・・エクスカリバー・・・そしてガルヴァテイン・・・」
第三共同学園の生徒会室。
校舎の最上部に存在する巨大なその部屋に居るのはカグラ一人だけ。
少女はブラインドを引き、薄暗い闇の中でただ一人ノートパソコンを操作していた。
画面に提示されているのは世界に存在する全四機のアーティフェクタの情報。 外見、性能、そして適格者。
「トライデントとエクスカリバーはいいとして、やっぱり問題はレーヴァとガルヴァってことかな・・・この二機だけは、どう考えても何かがおかしい」
他の二機、トライデントとエクスカリバーに比べ、レーヴァとガルヴァは余りにも形状が酷似しすぎている。
いや、ほぼ同一の機体と考えて間違いない。 それが同盟軍に一つ、ヴァルハラに一つあるという事実。
様々な不確かな要素と矛盾した理論が少女の頭脳を困惑させる。 そしてそれは考えたくない最悪の可能性を示唆していた。
「何にせよ、このままじゃダメってことかしらねぇ」
美しい茶色の髪をヘアピンで留めながら立ち上がる。
髪を下ろしたその姿は、いや、その雰囲気は、まるで人前の彼女の様子とは違っていた。
淡白で鋭い目つき。 何かを見透かす事を当然と成す、そんな疑心暗鬼の瞳。
明るく振舞い周囲の誰からも好かれるカグラ・シンリュウジという少女のそれとは、百八十度異なる何か。
髪をヘアピンで留めて、瞳を閉じる。 瞼を開いた時、そこにはいつもの明るい笑顔があった。
「さて、そろそろこっちからコンタクトするべきかしらね」
ノートパソコンを鞄に突っ込んで生徒会室を出る。
休日の学園に人気は殆どない。 部活動の生徒が利用しているグラウンドを見下ろしながら、少女は目を細めた。
「人類終焉のシナリオ・・・これも計画通りってことなのかしらねえ、スヴィア・・・」
⇒弱さの、温度(2)
「ここって・・・・?」
「ジェネシス直属の医療施設・・・早い話が病院だよ」
約束通り、ボクはカイトに連れられて休日の午前中から外出することになっていた。
カイトは自慢らしい単車・・・無免許らしいけど・・・に乗って僕を迎えに来た。 ヘルメットを外してその紅い単車にかけると、カイトは普段どおりの笑顔を浮かべて前を歩いていく。
だからボクは立ち止まる事も出来なかった。 カイトに続き、ボクも病院の入り口を潜る。
白いエントランス。 病院、というよりはどこかのオフィスの受付のようだった。 ジェネシス系統の会社には良くあることだけれど、病院もそうらしい。
カイトは慣れた様子でどんどん歩いて行ってしまう。 その隣に慌てて追いつき、それから声をかけた。
「カイト、どこにいくの?」
「病院なんだから、当然お見舞いだろ」
「いや・・・・そりゃそうだけど・・・」
「いきゃわかるって。 ほら、こっちだ」
カイトは相変わらず人の話を聞かない。 だからボクは小さく溜息をついて後に続くしかない。
エレベータを利用し上層へ。 他の病室よりもさらに高級そうな廊下が続いている。
やがて無言のカイトと共に辿り付いたのは、白い病室だった。 入り口には無論ネームプレートがかかっていて、ボクはそれを読み上げる。
「・・・アイリス・アークライト?」
アークライト。 それはイリアのファミリーネームだった。
なぜか背筋にぞくりと悪寒が走り、この場から逃げ出したい気持ちで一杯になる。
足がすくんで動けない。 けど、カイトはそんなボクの背中を軽く叩いて中に入るように促した。
声を立てないように静かに一歩病室へ踏み込む。 そこは個室だった。 白いカーテンが風にはためき、ベッドの上には少女が眠っていた。
恐らくボクらと同年代。 しかし、『そう』だとしたら、きっとボクと同い年か・・・それ以下だろう。
紅い髪の少女はイリアとよく似ていた。 大きな違いはイリアよりも髪が長いということと・・・枕元の机には眼鏡が置いてあるということくらい。
カイトは眠っている少女の様子を少しだけ伺い、それから下がってボクに耳打ちする。
「アイリスだ。 イリアの妹だよ」
「・・・・・・・そう、なんだ・・・」
やっぱり、という気持ちがあった。 いや、当然だ。 イリアに関係のある場所としてつれてこられたわけで。
だから彼女がイリアの妹で・・・そうだ、そのアイリスという名前には・・・聞き覚えがある。
『イリアがレーヴァテインとかいうロボットに関係してるってのはもうみんな知ってるんだよ! 教えろよ・・・あのロボットに乗ってたのはカイトなのか!?』
『だから、それは何度も言ってるけど言えないんだってば!』
『言えないで済むことじゃねえだろ! あのロボットのせいで俺らの家は壊されるわ、アイリスは入院するわ・・・・とんでもない事してくれたんだぞ!?』
『だからっ! そんなことあたしに言われても困るってば!』
そうだ。 いつだったか、階段の踊り場でそんなやり取りを聞いた気がする。
あの時イリアが自分にからんでくる男子を蹴り飛ばさなかった理由を、ボクは一度も考えた事がなかった。
何故彼女は執拗に絡んでくる相手を蹴り飛ばさなかったのか・・・いや、あれは絡まれていたのだろうか?
アイリスのこともイリアのことも、そしてカイトのことまで知っているあの生徒は・・・彼女たちの友人だったのではないか?
友人だからこそ、その状況に怒り・・・・そしてイリアに執拗に詰め寄ったのではないか?
「・・・ボクは・・・」
だとしたら、何をやっていたのだろう。
そりゃ確かに余計なお世話だ。 いや、それよりなにより・・・この状況はボクのせいだっていうのか・・・?
カイトじゃなくてボクのせいだっていえばいいじゃないか。 それで全部ボクが悪いってそれで済むじゃないか。
なんでイリアは『いえない』なんて、そんな風に言うんだ。 友達だったら、言ってもいいじゃないか。 守秘義務なんかより、大事なんじゃないのか。
違う、分かってる。 イリアはボクを守ろうとしてくれた。 庇ってくれたんだ。 ボクのせいにすればいいのに、自分たちが責められてるのに。
なのにボクがしたことは・・・・なんだった?
『あのねえ、次の神に襲われた時、あんたたちを助けてやるかどうかはボクにかかってるんですよ? それどころか、あんたたちを『うっかり踏み潰してしまうかもしれない可能性』だって、ボクは秘めてるんです。 そんな相手にいいんですか? 殴りかかっていいんですか? 別にいいですよどうぞお好きに! でもボクは執念深いですからね・・・・顔は覚えましたよ? 全員潰すのにレーヴァなら一分も必要ないでしょうけど』
「・・・・・・カイト・・・」
「んっ?」
「ごめん・・・やっと、わかったよ・・・イリアがボクを怒った理由が」
「そっか・・・でもな、イリアは別に怒ってたわけじゃねえんだと思うぜ」
ボクの頭の上に手を乗せ、そうして人懐っこく笑う。
「ああ見えてあいつは自分たちのせいで人が傷ついたり、何かを壊してしまったり・・・逆に傷つけられたりしても仕方がないって割り切ってる。 でも、俺たちまだガキだから・・・そういうのうまくできねえから・・・だからさ、本当はどうしようもなくて、だから時々間違ったり怒ったりケンカしたりしちまうけど、でもイリアは・・・お前のこと仲間だって思ってるから、全力で当たってくれてたんじゃねえかな」
いつでもイリアは全力だった。 ボクに対してもそれは変わらなかった。
本当はいつも彼女の言葉にはボクがどうすればいいのかその答えが隠されていて、それを見過ごしていたのはボクがバカだったからで。
ああ、何も考えないで生きてきたのはボクのほうじゃないか。 なのになんで、そういってくれればいいのに、イリアは。
「あいつ、不器用なんだよ。 人に上手に優しく出来るような女の子じゃねえんだ。 だから、少しわかってやらねえとな?」
言い聞かせるような、優しい言葉。
カイトは優しい。 優しすぎるくらいにやさしい。
みんな優しい。 ボクにはそれが辛くてたまらなく悲しくなる。
どうしてこんなボクにまで、君たちはそうやって笑ってくれるんだろう。
「カイト・・・・あの・・・・」
「あれっ? 珍しいねー、こんなとこで会うなんてさ」
二人同時に振り返るとそこには学生服姿のカグラが笑いながら手を振っていた。
そして病室に入るや否や即座にボクとカイトの手を引き、病室の外・・・さらに廊下の突き当りまで引っ張り込まれる。
「お、おい・・・? どうしたよカグラ?」
「あそこあそこ」
廊下の突き当たりの角からアイリスの病室を覗き込むと、そこにはイリアと肩を並べて歩いてくる・・・ボクを殴った少年の姿があった。
二人はやっぱり友人関係なのだろう。 楽しそうに談笑しながらアイリスの病室に入っていく。
顔をあわせていたら・・・多分またこの間の二の舞みたいな事になってしまっただろう。
「そっか・・・気を遣わせちゃいましたね」
「ん〜、いいよいいよ、気なんてのは遣っても即座にチャージ可能な代物だから。 金になったり、三段階残してたりさ」
何の話かはさっぱりわからなかったがカグラが気にしていないことだけはよくわかった。
「ま〜だからってカグラちゃんの髪の毛は伸びまくったりしないわけだけどね、たはは」
「ドラゴン●ールの話はそろそろついてこられなくなるからやめような」
カイトが素早くつっこむ。 なんで病院の廊下で漫才しなくちゃいけないんだろうか。
「んで、カイトちゃんがここに居るのはともかく・・・リイドはどうしてここにいるの?」
「ああ、まあなんていうか、俺が付き合わせたんだよ。 イリアともこいつは仲いいし、アイリスが退院したら顔あわせないわけにはいかないだろ?」
カイトの言い訳は上手だった。 ボクなんかあっさりボロを出しそうだけど、カイトは普段どおりの笑顔で対応している。
なんだかんだで結構頼りになると思うのは、多分ボクだけではないと思う。
「そういえばカイト、アイリスってどこか怪我をしたの?」
「レーヴァテイン・・・あのロボットのことだが、が放った攻撃から発生するフォゾン波動の影響を受けてな。 まあ中毒症状みたいなもんだ。 外傷もあったみたいだが、もうアレから一ヶ月経つしな・・・大体は直ったみたいだから、退院するのはそう遠くないだろうぜ」
そっか・・・命に関わる、とかじゃないだけ少しは安心できる。
自分の使った力で仲間の妹を殺すなんて・・・本気でシャレになってない。
「カイトもリイドも、別にアタシの前じゃレーヴァに関係ないフリしなくてもいいよ? どうせ学園中みんな知ってることだしさ」
「え・・・そうなの?」
「そうなのって、あのねきみ・・・きみが自分で豪語したんでしょ? ボクが乗ってましたって」
そういえばそんなこともあった気がする。
しかしあの場にいたのは数人のはずなのに・・・人の口に戸は立てられないというか。
「まーそんなわけだから。 カグラちゃんだけ仲間はずれってのはちょっと寂しいな〜? ね、リイド?」
背後からしがみ付いてくるカグラの豊満な胸が頭にぐいぐい当たっているわけですが、もう気にするのも馬鹿馬鹿しいので溜息で対応する。
「ベリルが見舞いに来てるなら俺たちは居ないほうがよさそうだな。 カグラ、この後どっか行くか?」
「んあー、どうしようかなあ・・・そうだ、二人暇なら生徒会の仕事手伝ってくれないかなー?」
「生徒会の・・・」 「仕事・・・?」
ボクとカイトは一つの文章を二人で区切って読み上げた。
別にそこに合図とかがあったわけではないが、なんというかボクらからは余りにも掛離れた単語だったためそうなってしまった次第である。
だというのにカグラはまるでそんなことは気にせず、八重歯を見せながら笑っている。
「学園祭の準備とかだけど。 二人とも来週学園祭だって覚えてる?」
「いんや、全く」
「なにそれ?」
「・・・・・・・・・・・・・あのさあ、二人とも少しは共同学園生徒会のお話を聞こうよ・・・! アタシなんか悲しくなってきたよ! 軽いイジメだよ!」
「だってそろそろ進学試験じゃないの? 二年一年はともかく、三年はそんなことしてる余裕ないんじゃ・・・」
「あのさ、リイド・・・三年生が四六時中もうどうしようもないくらい毎日毎日二十四時間勉強してると思う!?」
「い、いや・・・・」
「受験生だからって、遊んじゃいけないって非効率的だと思うのよね! だってさ、どうせ二十四時間も勉強してるわけないでしょ? どんなに勉強してるやつだって一日の半分もしてないだろうしね。 あ、一日の半分って十二時間だけど、そんなにぶっ続けで勉強したりしても逆効果だと思うのよ!」
「それは確かに一理あるぜ! つーか、俺は一日二十分以上勉強した試しがねえぜ!」
いや、お前は勉強しろよ。 あとなんでそんな爽やかな笑顔なんだよ。
「だったら! 一日の勉強しても無駄な時間を遊びに費やしたほうが抑圧からも開放されてよっぽど勉強も捗るってわけですよ奥さん!」
だれが奥さんだ誰が。 あとそんなにぶっ続けでしないにせよ遊びから離れることで自らを律する人間も・・・。
いや、もう何か言っても無駄だろう。 それにどうせ、教師も生徒も承諾済みなんだろうし。 そこがカグラという生徒会長の恐ろしいところなわけで。
「てなわけで、色々準備しなくちゃいけないんだけど・・・生徒会って常に人手不足なのよね〜。 呼べば来ない事もないんだけど、一般生徒を酷使するのてかわいそうだからさ」
ボクらはいいんかい。 そして以前ボクは一度だけ彼女の携帯電話のメモリを覗いた事があるが、恐らく全校生徒の番号が突っ込まれている。
どうせ全校生徒の弱みも握っているのだろうから、徴兵令に応じないわけにはいかないのだろうが・・・彼女的にそれは最終手段ということか。
「ま、そんなわけでお手伝いしてくれた生徒の成績にはちょっとイロをつけてあげちゃってもいいんだけどな〜?」
「なんでそんな権力があるんだ・・・」
「乗ったぜ。 今更勉強するなら全力で遊んで成績UPさせたほうが有意義だ!」
「ええええええ・・・あんたはだから勉強しろよ・・・」
「リイドも来るよね? はい、しゅっぱーつ!」
「ええええええええ・・・・だから・・・・・」
なんかもう、どうでもいいや・・・。
意気揚々と歩いて行って看護士に注意されている二人から視線を外して振り返る病室。
アイリスという少女は、紛れも無くボクが傷つけてしまった女の子だ。
いつかは、謝らなくてはならないだろう。
そうして沢山のものを傷つけても気がつかないボクは、
これからどれだけのものを、傷つけてしまうのだろうか・・・。
「もういいよ、エアリオ。 ご苦労様」
少女が見上げていたのは白い天井だった。
薄暗い照明の部屋の中、ゆっくりと身体を起こす。
裸の身体に触れる自分の髪の感触。 寒いわけではなく、裸で居る事が恥ずかしいわけでもない。
ただそうするのが普通だという理由で少女は衣服を着て部屋を出た。
検査室の扉一枚を隔てて続く医務室の椅子には端末を操作する白衣の男の姿があった。
アルバ・アルドリッヒ。 ジェネシス本部にてレーヴァパイロットの医療行為を専門とする医者だった。
彼の役職は医者であると同時に科学者でもある。 レーヴァパイロットたちの全身にかかる強い負荷を見極め、それに即した対応を求められる。
レーヴァテインの研究はまだまだ手探りの部分が多いため、搭乗者に与える影響もまだまだ計り知れない。 故に定期的に検査を行い、その身体をチェックする必要がある。
しかしエアリオの検査は定期的なものとは違い、エアリオ本人が求める自主検査だった。
服を着たエアリオは少しだけ不安げにアルバの顔を見上げ、首を傾げる。
「ふむ・・・特に異常はないね。 ただ、肉体の構成情報の損失は相変わらず進んでいるが・・・何か異常を感じるのかい?」
「ん・・・・あ・・・・いや・・・」
少女にしては歯切れが悪かった。 自分の胸に手を当て、それから不思議そうに首を傾げる。
アルバは背もたれに深く体重を預けながら眼鏡を指先で押し上げ微笑んだ。
「一応、メンタル面のケアも僕の仕事だよ、エアリオ。 何か不安な事があるなら、話してごらん?」
しばらくの間黙り込んでいたエアリオだったが、意を決して・・・いや、おそらくどう言葉にすればいいのかわからなかったのだろう。 ゆっくりと語りだした。
「この辺が、なんか・・・痛い」
胸の真ん中辺りを指先でトントン。 言葉を捜し、ゆっくりと口にする。
「スヴィアと会えた日辺りから、痛い。 リイドが最近、わたしのことを避けている。 そうなると、なんか、痛い」
今朝もそうだった。
カイトが迎えに来て、リイドは出かけるという。
一緒について行きたいというエアリオの言葉に、リイドは困ったように首を横に振った。
それは少年にとってあまり他人に知られたくない用事だからという理由が最大ではあったが、確かにエアリオと少し気まずくなっているのは事実だった。
だからエアリオは必要以上になぜかそのリイドの背中が記憶に残り、今は痛む胸の理由が理解できず首を傾げていた。
「エアリオは、リイド君の事、どう思ってるんだい?」
「パートナー」 即答だった。 迷いは一つもない。
「本当にそれだけかい?」 しかしその表面上、即座に反応する彼女の決まりきった回答の奥へ少しだけ言葉を踏み込ませて見る。
「・・・・・・・・・・・・・リイドは・・・スヴィアの弟・・・だから・・・よく、わかんないけど・・・なんか・・・」
「スヴィア君の事は、好きかい?」
「・・・・・・・・・・・・・んんん・・・よく、わからない・・・」
「そうか・・・じゃあ、君はどうしたいんだい?」
「んんんんん・・・・どう・・・? わたしが・・・?」
「そう。 君自身が、どうしたいか、だよ」
「・・・・・・わからない。 考えた事もない・・・んん・・・んんん・・・」
今はこれ以上は無理か。 そう判断し、アルバはエアリオの肩を叩く。
「また何かあったら来なさい。 僕でよかったらいつでも相談に乗るから」
「・・・・んう・・・わかった」
席を立つエアリオ。 その横顔は得体の知れない何かに怯えるような、不安に満ちたものだった。
だからその背中が部屋の中から消え去るのを見届けると、アルバは電話を手に取る。
「ヴェクター、少しお話したい事が・・・」
そうして一人、長すぎる廊下で足音を反響させながら進むエアリオ。
まだ胸が苦しくて、シャツをぎゅっと握り締めながら首を傾げていた。
「あれ? 何やってんの? 一人で・・・検査?」
私服のイリアが正面から歩いてくる。 エアリオはその顔をじっと不安げに見上げていた。
「な、何・・・? そんなじっと見られると恥ずかしいんだけど」
「イリア・・・」
「ん?」
「抱きしめてもいいか?」
「はっ?」
答えがもらえるより早く、イリアの胸に飛び込んでいた。
ぐりぐりと顔を押し付け、イリアの背中の上着をぎゅっと握り締め、ぎゅ〜っと、しがみ付く。
唐突な出来事にイリアは赤面しながらそれを受け止め、困惑したままその小さすぎる背中に手を回した。
「何、どうしたの?」
「んん・・・もうわけわからない・・・」
「いや・・・わけわからないのはこっちのほうなんだけど・・・」
「こうしてると、痛いの無くなるから・・・もう少しこうしてたい」
「・・・・・・まぁ、別に構わないけど・・・ホントどうしちゃったのあんた?」
銀色の髪を優しく撫でながらイリアは微笑む。
優しい温もりを確かめるように何度も顔を埋め、何度も何度も強くその背中にしがみ付くエアリオの姿は・・・母親の姿を久しぶりに見つけた迷子のようだった。
だからといって、自分がそうした人間ではないと理解しつつ、やはり誰かの姉であるイリアはその姿をきちんと受け止めていた。
温かくて、心地よい。 イリアの身体はスポーツのお陰か引き締まっていて、けれど女性特有の柔らかさがあった。
小さな子供をあやすように、イリアはその頭を撫で、静かに目を閉じる。
それは傍から見れば姉妹のようであり、母子のようであり・・・どこか近寄りがたい、声をかければ壊れてしまいそうな景色だった。
「だからってなんでこうなったのかはサッパリ謎なわけだけど・・・」
「イリア・・・なんか・・・苦しい・・・」
「うん?」
「なんか・・・やなんだ・・・ほっとかれると・・・痛いんだ・・・」
「うーん」
「今までそんなことなかったんだ・・・でも今はなんかやなんだ・・・一人でずっと家に居るの、やなんだ・・・っ」
「うん・・・そう」
顔を上げるエアリオ。 イリアは優しく目を閉じ、それから力強く笑って見せた。
「これから訓練行くけど、付き合う?」
だから、エアリオはそれが少しだけ嬉しくて。 安心できて。
「んっ」
だから、笑いながら頷いた。
何となく、ゆっくりと、世界は変わっていく。
「次はあっちね〜! ほれ、まだ買い物は山ほど残ってるんだから!」
「おい・・・・マジかよ・・・ただの買出しじゃねえか・・・」
「はあ・・・・」
本社ビル内をカグラに連れまわされるカイトとリイド。
リイドがふと、見上げる窓の外。 空の向こう。 プレートに遮られた、半分だけの空。
その向こうにある何かを感じるように・・・少年は目を凝らした。
「リイド! ほら、置いてくよ!」
「あ、うん」
走り去っていく少年。
その直後、空は赤く光った気がした。
〜用語解説その5〜
*ごちゃまぜです*
『ガルヴァテイン=ティアマト』
何番目のアーティファクトなのか不明である謎の機体。ティアマトはエンリルが搭乗している状態。
装甲のカラーリングは黒と金色。全体的にメタリックな色合いの為、マルドゥークのそれと酷似している。
外見はより機械的であり、非常に無機質。全体的にいかにもロボットといった様相で、派手な部分は殆どなくデザインも無骨。
エンリルの無感情さが外見に反芻されているものと思われる。
主武装はウガルルムとウリディシムという二丁の銃剣。 拳銃型の本体の先端に長大なブレードを持つ。
ウィングユニットの鉄板は一見何の効果も無いように見えるが、『天の石版』と呼ばれ退神効果を持つ。
全体的なデザインはレーヴァテインに酷似している為、これといって特徴はないがレーヴァテイン同様、様々な特殊能力を秘めていると思われる。
一部垣間見る事が出来た残像能力は周囲に霧状のフォゾンを展開し、自らの虚像を映し出しながら移動するというもの。
また、分身状態からの銃撃乱舞は虚像であるはずの霧にティアマト本体の『攻撃を行うという現象』を映し出し、具現化する高等技術。
適合者であるスヴィア並びに干渉者であるエンリル二人の実力は他のアーティフェクタを操る者たちの中でも頭一つ出ていると考えてよいだろう。
モチーフはメソポタミア神話に登場する地母神。 マルドゥークとの関係性を象徴する為選んだ為考えるのは楽だった。
『トライデント=アヌビス』
3rdと呼ばれる三番目のアーティフェクタであるトライデントにネフティスが搭乗している状態。
他のアーティフェクタ同様女性系のシルエットをしているが、本機は上半身部分のハードポイント、また独自に稼動し攻撃、防御に使用可能な棺型のウィングユニットが特徴。
メインカラーは赤褐色。その他迷彩色となっており、元々軍人として活動していたネフティスの精神を反芻しているものと思われる。
メイン武装は棺型ウィングユニットから一つずつ取り出す事が出来る槍である略奪者の賛歌が存在する。
ウィングユニットより遥かに巨大なこの槍はウィングユニット内の武装収納用異空間に保存されており、フォゾン兵装ではなく物理武装。
その他神聖象形と呼ばれる肩部装備型の遠距離砲が存在する。 こちらはフォゾン兵装だが、物理弾薬に極めて近い効果を持つ。
ウィングユニットは展開方法によっては脚部フレアパーツとなる他、対象へ飛ばして攻撃手段としたり、空中にとどめて足場とすることも出来る。
上半身の重装備にも関わらず下半身は非常にスリムだが、現在その部分に装備されるべきパーツが取り外された状態にあり、完全ではない。
ケモノのような頭と複眼式の瞳は索敵能力に優れた効果を持つらしく、遠距離支援行動に向いているという見解がある。
モチーフとしているのはエジプト神話。色々な用語がごちゃ混ぜになっているため、一貫性は特にない。
全アーティファクトシリーズの中でコイツが一番難産だった。
『ヘヴンスゲートと地球侵略』
ヘヴンスゲートとは月にある天使の本拠地と直接続されている移動通路。
フォゾン生命体である彼らは一度このゲートに入ることで構成を分解し、フォゾンとなり、光の粒子を月面まで運び、そこで再び元の形に戻るとされている。
故にフォゾン生命体ではない人類などがこのゲートを潜る事は不可能であり、過去の実験ではゲートに突入した人間は実験機の中でミンチ状になっていた。
通常数kmのリング状の物体をヘヴンスゲートと呼称する。規模はものにもよるが、現在最大級のゲートである北極ゲートのサイズは数十キロに及ぶといわれているが、実際に近年調べる事はできていないため現在のサイズは不明。
ヘヴンスゲートは日々増え続けているため、このゲートの攻防戦が地球の命運を握るとも言える。
『人類防衛同盟軍』
通常同盟軍。
同盟に参加する各国の戦力で構成されるが、主戦力はアメリカ軍であり、アメリカは現在では数少ない国家と呼べる国家。
北米大陸がもっとも人類勢力に置いて優勢なのはこの人類防衛同盟軍の拠点があるからである。
通常の陸、海、空軍の他に人型機動兵器部隊が存在し、同盟軍が所持する二機のアーティファクトであるガルヴァテイン、トライデントはここに所属する。
そのほか、独自に人型兵器の生産を進めており、対神話用人型兵器も徐々に前線に配備されつつある。
総合技術力は結果的にはジェネシスに劣るものの、総合戦力はジェネシスを軽く凌駕する。
『シンクロ』
適合者が干渉者の精神と自らの精神を同調させる行為。
所詮他人である人間同士での情報伝達、コミュニケーション能力には限界がある。
アーティフェクタ内での精神の空中分解現象に伴う精神の融和、アーティフェクタとの直接接続がシンクロと呼ばれる現象だが、まあ心を重ねて強くなる、みたいなコンセプト。
適合者はシンクロを行う事で様々なメリットを得る事が出来る。
第一に干渉者の経験、感覚、思考をリードし、戦闘に生かす事が出来ること。
例えば干渉者が銃の名手だった場合、その経験と能力を適合者が受け取り、同様に使用する事が出来る。
第二にアーティフェクタに指示入力を行う時間の短縮。
通常は所詮適合者⇒干渉者⇒機体の順番で操作入力を行っているに過ぎない。
この手間を適合者⇒機体にすることで反応速度を大幅に上昇する事が出来る。
第三に機体へ直接適合者が呼びかけることによる開放値の上昇である。
ただし上記三つのメリットがあれとも、シンクロにより適合者の精神が不安定になる、浸食が悪化するなど、負担も大きくなる。
長い間シンクロ状態を続けていると、じきに自己認識が不可能になり、激しい記憶の混濁に続き記憶喪失、あるいは自我崩壊につながる。