弱さの、温度(1)
第五話です・・あれ?五だっけ・・・?たぶん・・・ええと・・・なんか続きです!!
それは、夢だった。
真っ白い大地。 何もかもが消え去った後の世界。
死と生に満ちた大気。 何も見えない空白の空。
どこまでも続いている砂漠の果て。 そこにある何かを目指して、ボクは歩き続ける。
どんなに歩いても、どんなに歩いても、果ては見えない。 それは果てがないという事実をボクの脳裏に過ぎらせ、悪寒が背筋を駆け巡る。
ああ、出来れば誰かに一目会いたい。 ボクが守りたかった、ボクが愛した人たちに出会いたい。
そうだ。 長い間ずっとずっと守り続けていた何かを、失ってしまったのだと知るのが恐ろしかった。
砂の上に膝を着いて、涙を流しても何も見えはしない。
曇った瞳に映るのは所詮空白と虚像の空だけ。 だからボクは声を張り上げ、彼女達の名前を叫んだ。
自分でも知らないその名前を精一杯叫んで、それから力なく砂の上に倒れこむ。
やがて自らの存在すら空白の白の中に溶けて行ってしまうような錯覚を覚える頃。
「目が覚めた?」
誰かの優しい声にふと瞳を開く。
先ほどまでの景色はどこへやら、そこは地獄のような場所に変わり果てていた。
全ての命が燃え尽き灰燼に帰す。 瓦礫と朽ち果てた命の残骸が無残に転がる大地。
いや、ここは大地なのだろうか? 雲があまりに近く、あまりに太陽が近い。
彼女、名前も思い出せない彼女はボクを抱きかかえながら穏やかに微笑んでいる。
胸の辺りがやけに苦しい。 自分の体を目で追ってようやくこれからボクがどうなるのか理解する。
全身血まみれ。 それは紛れも無くボク自身の血液に他ならない。 つまりは死に体。
いずれはこのかすかな感覚すら無へと消え去り、彼女の中のボクもまた思い出に変わる。
何もわからないというのに心だけは妙に安らかで、まるで既にボクの命は失われていてとっくの昔に幽霊かなにかになっていて、心だけここに浮いているような感覚。
何せよ体の感覚はないのだから仕方ない。 痛みもなければ、ぬくもりも無い。
酷く寒いということだけが理解できる。 それを少しでも和らげようと彼女は体を寄せる。
ああ、どうやら彼女は怪我をしなかったらしい。 それは何よりだ。 それは幸いだ。 だったらいい。 ボクはいい。 死んでも、いい。 彼女が無事なら、きっとボクの人生には何か意味が残るんだ。 だからいい。 大丈夫だ。
「ありがとう・・・・ありがとうね・・・・きみのおかげ。 きみはやり遂げたんだよ。 きみは勝ったんだよ」
指差すその先には何か・・・そう、巨大な人のようなものが膝を付いていた。
巨大な鋼の翼は今は朽ち果て、その全身から血液を零しながら、命尽きてそこで死んでいた。
ボクがアレに勝ったのだろうか? なんだかもうよくわからない。 何もかも、わからない。
意識が薄れていく。 何も判らなくなる。 風が気持ちいい。 最後はこんなでも、かまわない。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・・・・・きみのことが大好きだったよ・・・・」
誰かの腕の中で死んでいけるのならば、それはきっと幸せだ。
それがもし恋する人や愛する人であったのであれば、それはきっとこの上なく。
だからボクはここで死のう。
いつかまたこの夢の続きを見るために。
「だからきっと、会いに行く。 きみがどこにいたって、わかるよ。 だからいつでも、必ず、きみのそばにいる」
誰かの優しい笑顔。 その人が誰なのかも分からないのに、ボクは静かに微笑んでいた。
ああ・・・。
誰かに愛されて死ぬのなら、それも悪くはない。
そんな風に、ゆっくりと瞳を閉じて。
夢ならいずれ覚めるだろう。
終わりの続きにある目覚めを、待ち遠しく。
⇒弱さの、温度(1)
妙な夢を見た日の朝、ボクの体調は酷いものになっていた。
別段、熱があるわけでもない。 ただ、自らの身体が自らのものではないかのような違和感を覚える。
激しい倦怠感と全身を駆け巡る悪寒。 まるで何かとても恐ろしい体験をした直後のような、とめられない根源的な恐怖。
ベッドから降りるのも億劫だった。 その上に寝転んだまま、シャツの胸元のボタンをいくつか緩める。
妙に身体が熱い。 風邪を引いたという気分ではないのに、何故こんなにも疲れているのだろうか。
フィリピンゲートでの戦いから約一週間。 敵の襲撃も出撃もなく、まるでぽっかりと空いてしまったような空白の中、ボクは何度も同じ夢を見た。
その夢の中での景色は、フィリピンゲート周辺で見た世界の終わりの景色によく似ている。 初めて見たはずのゲートの映像がボクの中で余程重要な位置を占めているのか、それともボク自身にとってあれは何か自らの過去に関係するものなのか。
何はともあれあの白い死と生に満ちた世界の様子が忘れられない。 あの日を境に、ボクの中にあった何かがゆっくりと動き出したような。
全身の倦怠感。 びっしょりと汗に濡れたシャツ。 この一週間、夢を見れば同じような症状に陥ってきた。
けれど今日はより一層ひどい。 まるで動ける気がしない。 原因は簡単だ。 今までの夢と今日の夢とで違う部分。
それは、見覚えのない少女の存在だ。 彼女の存在をはっきりと認識したのは今日の夢が始めて。 ボクはきっと、彼女の事が好きだった。
好き、だったのだろうか? そんな気がするだけで今は何とも思えない。 ただどうしても守りたいと、願っていた気がする。
ならそこまでして守りたかった何かをボクはあっさり手放してしまったのだろうか。 記憶にすら残らない名前も知らない少女。
「エアリオでも、イリアでもなく・・・・レーヴァに関係のある・・・少女・・・・?」
そんなものは知らない。 そもそもボクはレーヴァとかかわりなんかなかったはずだ。
「いや・・・」
本当にそういいきれるのか?
ボクの記憶にない二年以上前。 その時既に兄であるスヴィアはレーヴァに乗り込んでいた。
その時ボクが兄スヴィア同様、レーヴァと関係していたとしたら?
いきなりレーヴァに乗り込み、高い開放値をたたき出した自分と言う存在。 天才と言うだけでは説明できない何かがあるのも確かだった。
今まではそれでよかった。 自分にとって都合がよければ、疑問なんて必要なかった。
なのに今はこんなにも気になる。 自分自身に過去がないことが、酷く滑稽で・・・・惨めたらしかった。
今になって記憶がどうこうなんて、女々しいにもほどがある。 過去なんて関係ない。 そうやって生きてきたはずだ。
でも、スヴィアやみんなが持つボクの知りえない『過去』が酷くうらやましく感じるのも一つの事実で。
ボクもその時・・・記憶があったなら・・・・あの輪の中にいられたのかな、なんて考えてしまうのもそうで。
だからボクは自分の中のわけのわからないごちゃごちゃした感情から意識を離すため、とりあえずベッドからおきだす事にする。
それでも目覚めたとはとてもいえない状況だった。 学校に行く気なんて、もうどうしてもなれそうにない。
「リイド? もう、朝」
ノックの音に続きエアリオの澄んだ声が聴こえてくる。 ボクはだるい身体を押して何とか扉まで辿り付いた。
「リイド・・・・・? また、具合が悪いのか・・・?」
こうなったのは初めてではない。 そのたび学校にはなんとか通っていたものの、今日のところはダメそうだとエアリオもすぐに分かったのだろう。
心配そうにボクの額に手をあて、それから不思議そうに首をかしげる。
「本当に、風邪とかじゃない?」
「うん。 まあ、何だろう・・・これも反動の影響みたいなものなのかもね」
ウソだった。 反動の影響とコレとは関係ない。 何かもっと、根本的な。
けれどそれをエアリオに言っても余計に心配をかけるだけだ。 ただのサボりということにしておくくらいが恐らく丁度いいのだろう。
そんな他人に気を遣うなんてことになろうとは、誰よりボク自身が予想しなかった状況だけれど。
「先生には何か言っておいてくれ。 悪いけど・・・・今日は休むよ」
「・・・・・わかった。 リイド、わたしに出来る事は何かないか?」
「ボクに心配かけないよう、出来るだけ真面目に授業を受けてきてくれ。 お前寝てばっかりだろ」
「わかった。 ちゃんと勉強してくるから、大人しくしてて」
エアリオはなにやら気合を入れて登校していった。 シンプルな脳の持ち主でうらやましいことだ。
それにしても、エアリオと顔をあわせるのも少し疲れると感じるようになったのもやはりあの日からのことだ。
自分はエアリオにとって特別な存在でもなんでもない。 エアリオにとっての特別は、ボクじゃなくてスヴィア。
それを嫌って程見せ付けられた日から、なんとなく、そう、どうでもいいくらいに、ほんのすこしだけ、ボクはエアリオが苦手になっていた。
彼女が自らを覆っている、目には見えない他者との境界線のようなものを、まざまざと見せ付けられてしまった気がして。
ああ、ボクはきっとその線の内側には入れないんだろうな、なんて事を考えてしまった。
『線の内側』につながる事の脅威とその素晴らしさを、イリアとシンクロしたことで知ってしまったせいだろうか。
自分では、エアリオとシンクロすることなんて・・・夢のまた夢。 そんな気がしてしまった。
「何はともあれ、何か口に入れてから休もう・・・」
階段を降りて一階のリビングへ。
普段どおりの動作で朝食を作っているはずなのに、何をしていても気がはいらない。
指先を包丁で切ってしまって、そこから流れる紅い血をじっと見つめていた。
「血・・・・」
血。
何故、血が流れるんだ?
「人間なんだから当然だろ・・・・」
何故そんな疑問を浮かべてしまったのかわからない。
わからないけれど、ボクの中で確かに何かが変わってしまったのだと思う。
自分自身の存在が、酷く希薄に感じる。
結局料理は諦め、部屋のベッドに再び寝転がる事にした。
夢の中でなら、もう一度会えるかもしれない。
ボクの過去を、知っている彼女に・・・。
「え? リイドが体調不良?」
こくりと頷くエアリオ。 イリアとカイトは『うーん』と唸って、それからエアリオをもう一度見つめる。
「レーヴァパイロットなら、身体に負担がかかるのは当然だし・・・一度本部で見てもらうべきなんじゃないの?」
「あ・・・・・そうかもしれない」
今気づいたという様子のエアリオにイリアは盛大に溜息をついた。
放課後、本部にいつもの訓練のためやってきていた三人はそこにきてようやくリイドが学校を欠席したという事実に気づいたのである。
昼食時、エアリオは教室に篭って一生懸命に勉強をしていた。 無論途中で寝てしまったが、おろおろしている内にとっくに昼休みは終了。
リイドとエアリオが揃ってカフェに顔を出さなかったので、二人はどこか別の場所で食事でも摂っているのだろうと思い込んでいたイリアとカイトはココに来て真実を知ることになった・・・というあらましである。
「あんたねえ、パートナーの体調くらい気を遣いなさいよ」
「ん・・・・ごめんなさい」
「珍しく素直ね・・・・でも、リイドがパートナーだっていう自覚、あんたあるの?」
「・・・・・・よく、わからない」
背後で手を組み、エアリオは視線を逸らす。
普段からきっぱりさっぱりとした返答を帰すエアリオにしてはその対応は珍しく、カイトに至っては口をあんぐりあけていた。
「どうしたエア子・・・なんで急にそんな女の子っぽい状態になってるんだ・・・?」
「あんたは黙ってなさい」
「はいごめんなさい」
瞬殺だった。
「で、よくわからないってどういうこと?」
「それは・・・んー・・・・言葉にするのは難しい」
「・・・・・・そう。 ま、いいわ・・・今からリイドの家に行ってあの子連れてくるけど」
「俺も行こうか?」
「大人数でゾロゾロ行ってもしょうがないでしょ・・・カイトとエアリオは先生に話を通しておいて」
「OK。 んじゃ、いくかエアリオ」
「ん」
こうして三人は別々の方向に歩き始めた。
イリアが本部を出てリイドの家にたどり着くまで約十五分。 交通が便利なのはやはり大型の高速エレベータのお陰だろう。
エレベータを下りて82番プレートへ。 リイドの家はメインエレベータのすぐ近くだったので、迷う事無くたどり着く事が出来た。
「しかしでかい家ね・・・・全く」
チャイムを押す。
返答はない。
勝手に門を開き、エアリオから預かっていた鍵で玄関を開く。
そのまますたすた階段を上り、リイドの部屋の扉を無造作に開いた。
「リイド、生きてる?」
少年はベッドの上に寝転んだまま静かに寝息を立てていた。
想像していたよりよほど暢気そうなその状況にイリアは静かに苦笑し、それからデスク前にあった椅子に腰掛け寝顔を覗き込んだ。
「なんていうか・・・こうして黙ってれば女の子みたいな顔でかわいいのにね」
軽くウェイブした髪を指先に絡め、そっと頬に触れてみる。
特に熱があるわけではない。 イリアは安心し、その肩を優しく揺さぶった。
「リイド、起きなさい。 もう夕暮れよ」
ゆさゆさ。 ゆさゆさ。
目覚める気配は一向にない。 故にもう少しだけ強く。
「リイド〜」
ゆさゆさ。 ゆさゆさ。
目覚める気配はまだない。 少しだけ可愛そうだけれど、悪戯も込めてリイドの頭を軽く引っぱたいてみる。
「おきろ、こらー!」
ばしーん。
「・・・・・・・・・・・リイド?」
肩を強く揺さぶってみる。 顔を叩いてみる。 ベッドから引っ張り出して、身体を起こしてみる。
静かに寝息を立てているだけで、リイドが目覚める気配は一向にない。
その状況が流石に異常だと気づいたイリアの表情がみるみる青ざめていく。
別段身体に異常は見られない。 けれど全く目覚めない・・・・それは明らかに異常事態だった。
「リイド! ちょっと、起きてよ! 何があったの!? リイドッ!!」
声を張り上げても目覚める気配はない。
慌てて本部に連絡し、救急隊を要請する。
「リイド・・・・ねえ、おきて! リイドったら!」
救急隊が到着するまでの間もずっとリイドに呼びかけ続けた。
しかし少年は目を覚まさず、少女の声は静かな部屋に空しく響き渡っていた。
少年はすぐさまジェネシスの救急隊により本部医療施設へと運び込まれた。
医務室の前、検査のためか関係者以外立ち入りを禁止された扉の前でイリアたち三人は呆然と立ち尽くしていた。
エアリオは不安そうに扉を見つめ、カイトは腕を組み、原因を自分なりに模索している。
そしてイリアはその場に座り込み、拳を強く握り締めていた。
「どうしよう・・・・・なんでリイドがこんなことに・・・・」
「・・・・・リイド、フィリピンゲート作戦後から少し様子がおかしかった」
「・・・・・っ・・・・・フィリピン・・・ゲート作戦の後・・・・?」
イリアの頭の中に余り考えたくない可能性が浮かび上がる。
フィリピンゲートで行った事。 リイドが始めて経験したこと。 箇条書きにでもすればわかりやすいだろう。
その中でも一際大きい『初体験』・・・・それは、
「あたしとのシンクロが原因じゃ、ないよね・・・・?」
強烈なシンクロ状態はむしろ『トランス状態』と呼んだほうがいいのかもしれない。
一時的にレーヴァの暴力性に身を任せ、イリアと思考を接続することでアイデンティティと倫理性を一部削り取る作業。
ソレは本来ならば『死』を越える存在の終末だ。 死して尚、人はその人物個人であり続ける。 死んだからといってなくなるわけではない。
それを、削り取る作業。 だからこそシンクロは適合者に強い負担をかける。 しかし―――。
「イリアのせいじゃねえだろ? シンクロだったら俺も何度も体験してるんだ。 そう自分を責めんな」
カイトの言うとおりだった。 それは原因としては薄いだろう。
カイトがシンクロ後このような状況に陥った事は一度もない。 故にその関連性は薄いと言える。
しかしそれでも、少女は自分を責め続けていた。 自分が何かミスを犯したせいで、リイドは眠り続ける事になってしまったのではないか、と・・・。
それはもはや脅迫的な観念に等しかった。 もしも、仮に・・・そうした様々な可能性が、自分自身を苦しめ続ける。
「大丈夫だ。 眠ってるだけで、死んだとかじゃねえんだし・・・・もう少し待ってみようぜ」
「・・・・・うん」
願うように、祈るように、少女は扉に手を触れる。
どうか、目覚めてほしい。 彼が、いつもどおりに悪態をついてくれればそれでいい。
自分の弱さを、否定したいと願うかのように。
ただただ目を伏せ、祈り続けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢?」
長い事夢を見ていたような気がする。 いや、それともここが夢なのだろうか。
広がる草原。 どこまでも果てしない空。 手を伸ばせば届きそうな太陽。
見覚えのないはずの景色なのに、ずっとここにいたような、そんな懐かしさを覚える。
空のにおい。 風のにおい。 草のにおい。
振り返ればどこまでもひろがる草原のその彼方に、ボクが守りたかったものがある。
あるはずなのに、それは霧が掛かったように見通せず、どんなに近づきたいと願っても近寄る事が出来ない。
だからこれは夢なんだろう。 ボクが望み願ったとしても、叶う事のない夢。
「・・・・・・・・・・・空、かぁ」
蒼いなあ。
下らないくらい真っ青で、ボク以外だれもいなくて。
ああ、清清しい。 この孤独の中で、この陽だまりの中で、永遠を過ごしていけたらどんなにいいだろう。
誰とも関わることもなく、傷つく事もなく、傷つけてしまう事もなく。
悲しい事もなく、辛い事もなく・・・。
けれどそれはきっと退屈で、だからボクは飛び出してしまったのだと思う。
居心地のいい永遠の孤独よりも手に入れたい何かがそこにあったから。
ボクは―――。
「よう、お目覚めかい?」
すぐ目の前に、カイトの顔があった。
色々な意味で最悪の目覚めだった。
「その言い方はないだろ・・・」
心を読まれていた。
「ここは?」
「本部の医務室ベッドだよ。 寝心地も最高級だろ?」
冗談を言って笑うカイト。 でも確かにベッドの寝心地は最高だ。
周囲には似たようなベッドがいくつか並んでいて、しかしインテリア的には医務室というよりはどここあのオフィスのようだった。
おそらくここを管理している人間の趣向なのだろう。 どちらかといえばこうしたインテリアの方が落ち着くので、歓迎だけれど。
何はともあれ起きなければ・・・・そう思って身体を起こすと、足の上になにやら思い感覚が・・・。
「・・・・・何やってんの、この二人は?」
左右の足、ベッドの左右から身体を乗り出して眠るイリアとエアリオが居た。
二人はイスの上に座り、ボクの足の上にうつ伏せに眠っている。
カイトは黙って自分の腕に巻かれた時計を指差す。 その針はとっくに深夜を指し示していた。
「うそだろ・・・・20時間近く寝てたっていうのか・・・」
正直新記録だ。 ここまで寝坊すると逆にスカっとする。
椅子に腰掛けたカイトはコンビニの袋から飲み物とパンを差し出してくれた。 そういえば何も口にしていなかったせいか妙におなかがすいている。
ありがたく袋を開けてパンを口に含む。 カイトもまた缶コーヒーを口にしながら事情を説明してくれた。
「ってなわけで、お前は本部に運び込まれたあとぶっ続けでココで寝てたってわけだ」
「でも、なんで急に・・・・?」
「それが原因は全くの不明らしいが、身体のどこかに異常があるとかそういうわけじゃないってよ。 死ぬとかじゃねえから安心していいそうだ。 それに目が覚めたら多分もう大丈夫になっているだろうってのが医者の見解だったが、どうよ?」
確かに眠気、気だるさのようなものは完全に抜け落ちていた。
眠りすぎていたせいで身体がだるいのはあるが、これはまあ、仕方がないことだろう。
しかし今までずっと起きていてくれたカイトがすごいと思う。 イリアやエアリオが眠ってしまってもなんらおかしい事はない時間だった。
「今晩は俺らもここに止まって行っていいそうだ。 明日は丁度休みだし、気にすんなよ」
「・・・・そっか。 なんか、心配かけたね」
「先に気にすんなっていったのにそういうかね」
「そうだね・・・・ごめん、ありがとう」
人懐っこく笑うカイトの笑顔が眩しかった。
エアリオとイリアを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出し、汗だくのシャツを煽ぎながらジュースを一気に飲み干す。
これだけ汗をかけば喉も渇くというものだ。 素青に生き返った気持ちだったのでカイトには感謝しておこう。
「しかし、何が原因なんだろうな? お前に心当たりはないのか?」
「あ、うん・・・・・なんでだろう・・・? よく、わからないけど・・・・ただ・・・」
「ただ?」
「女の子の夢を見るんだ。 知らないはずなんだけど、なんだか懐かしくて・・・」
あの子は一体何者なんだろう・・・ボクの何を知っているんだろう・・・ってシリアスに振り返ってみるとカイトは笑いを堪えてニヤニヤしやがっておりました。
「何その顔は」
「いや、お前も男の子だねえ」
「何が!?」
「まあ、あるある。 だがなリイド、空想の彼女は頭の中だけにしておけよ」
「だから、何がっ!?」
思いっきり同情の顔で肩を叩いてくるカイト。 いつもながら時々ウザったいなこいつ・・・。
「まあまあ・・・・出て話すか? 夜中に女起こすのもどうかと思うしな」
「あ、うん・・・・カイトは眠くないの?」
「いや、全く。 勘違いしてるみてーだけど、俺さっきまで寝てたんだよ、はははは!」
そういうことですか。
カイトの優しさランクが少しだけ下がりつつ、ボクたちは夜中で静まり返った本部の通路に出た。
普段から人気なんて全くない通路だけど、深夜だという事を意識するとより静かな気がしてくる。
真夜中でも平然と稼動しているエレベータで移動し、本社ビル内にあるレストランへ入った。
本社ビルは二十四時間活動しているようで、人気も決して少なくない。 こんな夜中、いつもならボクが眠ってしまっている世界でも、人は確かに動いている。
そんな事を感じながらカイトとテーブルを挟み、軽食を頼んで待つことになった。
「そういえば、カイトとイリアって三年生だよね?」
「ん? ああ・・・・それがどうした?」
「そろそろ受験じゃないの?」
それがボクの頭から完全にすっぱり抜け落ちていたのは恐らく彼らがそんな風に全く見えなかったからだろう。
受験と言うを苦虫を噛み潰すような表情で受け止めたカイトは、水を一気飲みして笑う。
「いやあ、そうなんだけどな。 まあ成績悪くても進学できねえってわけでもねーし」
ボクらは完全なるエスカレータ制で進学することになる。
もちろん、プレートの中には私立の学園も存在するが、基本的にプレートシティに学園はそれほど多くない。
殆どの子供が同じプレートの上位階級に上がるだけで、他の学園にいくとか、ましてや学園ごとに学術レベルの差があるということは殆どない。
それに該当しない私立学園はともかく、確かにボクらは勉強できなくても進学ができない、というわけではなかった。
とりあえず高校くらいまでは入りたいと希望するなら入れてもらえるが、ボクらは基本的に学力に応じたクラス分けを行われている。
ボクのいるクラスはAクラスで、最も学力に優れた生徒が集まるクラスだ。 教えられる内容も他のクラスとはわりと異なる。
人数などにもよるけれど、クラスはざっとAからEくらいまでに分けられている。 無論、Aに近づくほどあらゆるものが有利になるのは言うまでもない。
「一応勉強しておいたほうがいいんじゃないの? 進学した時クラス分けで痛い目みるよ」
そもそも教室の設備が違う気もする。 Eになると結構なオンボロ教室だ。 Aは快適に過ごせるので文句ないが。
「いや〜俺元からEだからな〜・・・別にいいんじゃないか?」
「よかないだろ! というかそこまでバカだっていうのは初耳だよ!」
「よく授業サボってたしな・・・・」
ここでボクの注文したスパゲティとカイトが注文したトンカツ定食が登場する。
まあ、カイトのボリューム満点な食事内容についてはあえて言及しないことにする。
「しかし、俺よりイリアのほうが頭悪いんだぜ? それ本人に言うとすげえ剣幕で怒るから絶対タブーだけどな」
「そ、そうなんだ・・・・意外・・・・でもないか」
確かに直情タイプの人間であるイリアはあんまり御利巧そうには見えなかった。
しかしバカ二人が並んでバカやってるとなると、もう永遠にバカなんだろうな。
バカって単語が三つも入る文章なんて我ながら異例だよ。
「よければ勉強教えようか? 三年の勉強くらいもう全部頭に入ってるけど」
「マジか!? そりゃ助かるよ。 イリアのやつこのままEで進学したら引きこもるって泣きながら勉強してたからな〜」
どんな状況だそれは。
「そういや、イリアとは打ち解けたみたいだな」
「え? あ、そう・・・・なのかな?」
初めて会った時、イリアはボクに対して敵意丸出しだったと思う。
その理由は未だによくわからないわけだけど、何故か最近は少しだけ丸くなったような気がしていた。
そんなボクの心境を読み取ったのか、カイトは爽やかに笑って、湯呑みを口にしてから語りだした。
「あいつが怒ってた理由はな・・・別にお前が気に入らないからってだけじゃねえんだよ」
「え?」
「今のお前なら冷静に聞いてくれそうだから話すけどな・・・・確かにあれは、お前が怒られて当然だったんだ」
街中で流転の弓矢を放った事だろうか?
それだったら、あの時はそうするのが一番良かったと今でも思っている故に、ちょっと不満が残る。
けれどカイトはきっとそんなことを言いたいのではないのだろう。 カイトはこうみえて、かなり大雑把な性格をしている。
確かに正義感は強くて誰からも好かれる兄貴肌なのだけれど、どこか何もかもを割り切っているような冷静さを備えているのだ。
だから彼がそんな風にいうということは、倫理的にどうとかではなく、きっとボクがイリアを怒らせるような・・・個人的な何かをしでかしてしまったということなのだろう。
そう思うと確かに少し納得がいく。 ばつが悪くなって、一気にグラスを空にした。
「明日暇か?」
「え? あ、うん」
「だったらその理由、見に行くか」
有無を言わせぬカイトの力強い笑顔。
ボクは黙って、グラスを口につけたまま、小さく頷くことしか出来なかった。