神話、狩る者たち(4)
ちょっと長かったけど四話終了。
「オイ、見ろよセト、こいつはご機嫌だぜ。 始めて見るが、ありゃ傑作だな」
太平洋上に浮かぶ艦隊。 どれもが対神話用に特殊な装備を搭載した同盟軍の最新鋭艦だった。
その甲板の上に大空を見上げる女の姿が一つ。 肩ほどで短く切りそろえた髪を海風に揺らしながら夜の闇を切り裂いていく光を見送っていた。
それは今正に戦地に赴こうとする一陣の風だった。 巨大な鉄の塊を携えてまっしぐらに突き進んでいく巨大な輸送機。
ヴァルハラのロゴが刻まれたそれには無論、アーティフェクタであるレーヴァテインが格納されているのであろう。
女は迷彩柄のアーミージャケットの内側に仕込んであった小型の望遠鏡を覗き込む。 その視線の先、確かに輸送機にはレーヴァテインが吊り下げられている。
「おいおい、今時ぶら下げて運ぶかよ? 時代遅れにも程があるが・・・ま、そりゃお互いに言えた事でもねぇしな〜・・・しかしありゃ面白いな。 見てみろよセト、マリオネットみたいだぜ」
「ネフティス。 一応僕たちも作戦行動中だって事、覚えてる?」
女の背後には長い髪を背後で一つに結わいた細身の少年が立っていた。
少年・・・セトと女・・・ネフティスとではネフティスのほうが二つ年上であり、なおかつ背丈もネフティスの方が上なのだが、どちらかといえば彼らの主導権はセトにあると言える。
それは二人の関係が適合者と干渉者というものであるのに加え、考えるのが苦手なネフティスは自らの思考をセトに預けてしまう事が多いからだった。
浅黄色の髪の少年は同盟軍の軍服に身を包み、ネフティスが見上げていた夜空の闇を切り裂いていく輸送機のバーナー光を見上げる。
「レーヴァテインかな? 1stってくらいだから、相当なものなんだろうけど」
「何言ってやがる・・・・どう考えてもオレたちの『トライデント』の方が強いに決まってんだろ? 比べるまでもない」
「アーティフェクタ同士が戦うなんて状況は、余り想定したくないんだけどね・・・」
アーミージャケットのポケットに両手を突っ込んだままバーナー光を見送るとネフティスは立ち上がり甲板の上から彼方の海を見渡した。
漆黒の闇に包まれたそれらは月明かりを持ってしても尚暗く、底は知れず果ては見えない。
どこまでも続くこの海の彼方に、彼らが倒すべき敵は待っている。 それを考えるだけでネフティスの背筋はぞくぞくしてくる。
「これから敵さんのど真ん中に殴りこみだと思うと堪らないねぇ・・・景気付けにトライデントで踊りでも披露するかい?」
「その余裕は作戦開始まで残しておけ、ネフティス」
声の主は会いも変わらず漆黒のスーツの上に漆黒のコートを身に纏、甲板を歩いていた。 革靴が鋼の床を叩き、規則正しいリズムを奏でる。
「おかえり、スヴィア。 どうだった? 弟さんとの再会は」
「想定通りの展開だ。 ネフティス。 トライデントはハンガーで整備中か?」
「あん? そうだが、それがどうした?」
「今すぐ出撃準備だ。 セトも手伝ってくれ。 トライデントは準備が整い次第即座に作戦行動に移ってもらう」
唐突な申し出だったが二人は・・・特にネフティスはトラブル大歓迎の様子だった。 嬉しげなステップを踏みながら艦内へと引っ込んでいく。
のこされたセトは溜息をついて肩を竦めると静かに目を閉じ、夜風に耳を澄ませる。
「ガルヴァテインはどうするの?」
「ガルヴァは予定通り、ベトナムゲートの破壊活動を優先する。 今はエンリルが起動チェック中だ」
「ということは僕たちだけ、ということですか・・・で、僕らはどうすればいいんです?」
「何、特に難しい事ではない・・・・・」
コートを翻し、海の向こうを眺める。
そしてその先を指差し、表情も無く振り返った。
「ただの、おつかいだ」
⇒神話、狩る者たち(4)
眼下を流れる闇の中、月明かりを反射して蠢くような海を眺めていた。
そのどれもが不規則に動き、乱れ、まるで今の自分自身の心理を映し出しているかのようでなんだか不愉快だった。
視線を海から空へと移し、リイドは溜息をつく。 空中に一時的に生み出した揚力によりコックピット内に浮かんでいるリイドは何も言わず振り返った。
その視線の先にはリイド同様、だまって空を見上げるイリアの姿があった。 二人はこれから旧フィリピン領を陣取るヘヴンスゲートを破壊せねばならない。
そしてそれはお互いにとって別々の意味を持ち、そして共通の何かが存在していた。 だから二人はその何かに対して想いを馳せる。
二人にとってこの任務はこれといって特別でも何でもない。 緊張しているわけでもない。 ただその先に見据えているもののせいで、いまいち集中出来ないでいた。
そんな状況を打開する為か、リイドは何とはなしにイリアに声をかけ始めた。
「そういえばさ・・・・」
「何?」
「この間・・・・・・アルテミスと戦った時、イリア言ってたよね。 一度負けたことがある、って」
「・・・・・・・そうね」
「もしかしてそれって、スヴィアと関係のある事なの?」
「ええ・・・・まぁ、そうよ。 その時一緒に乗っていたのが・・・スヴィア先輩だったの」
その日二人が立ち向かったのは第一神話級・・・・アルテミスやクレイオスを遥か凌駕する力を持つ高位存在だった。
確かにそれは、勝てない相手ではなかった。 事実それまでもスヴィアはそれらの敵を討伐してきたのだから。
しかしその日に限って作戦は失敗する事になる。 最優秀の適合者であるスヴィアの足をひっぱった、ある干渉者の存在の為に。
「その時戦ったのは、第一神話級『ホルス』・・・人型の・・・炎を操る神だったわ」
同じく炎の能力を持つイカロスはホルスに対して有効なダメージを与える事が出来なかった。
ならばそこで退却し、干渉者を変えればいいだけの話のはずだった。 そうしなかったのは、イリアが意地になってホルスを倒そうとしたからである。
「その無茶なワガママに、先輩は付き合ってくれたのに・・・・全然攻撃効かないし、あいつイカロスよりずっと早くて・・・混乱して、気づかなかったのよね・・・高度がどんどん下がって、地球に落下しているってことに」
大気圏外での壮絶な戦いはあっけなく終幕を迎えた。 その結果は、イカロスの自滅という何ともお粗末な結果だった。
それでもイリアにとってはとんでもない恐怖であり、そしてその結果彼女は様々な大切なものを失う事となった。
一言で表すことの出来ないそれは、本当に様々なものであり・・・イリアは一度はレーヴァに乗る事を諦めたほどだった。
「そんな時、あたしにもう一回頑張ろうって声をかけてくれたのがカイトだったの」
今まで見下していた仲間達が自分に温かい声をかけてくれた時。 手を差し伸べてくれた時。 その時イリアは、涙が止められなかった。
「だからあたしは仲間を見捨てない・・・何があっても必ず救って見せる。 それはあんたでも同じ。 あたしは全てを諦めない」
あの日。
自信を喪失しかけ、泣き出す少年の頭を撫でて強く手を引き明日へと連れ出してくれた紅の少女。
その姿はいつしかの少年と少女の姿であり、少女は少年にそれをまた送り返しただけのことなのである。
「でも、結局あたしは先輩に謝る事も出来なかった」
「どうして? さっきだってそのチャンスはあったのに」
「・・・・・・・自分でも分かってるけど・・・・でも、ダメなのよ・・・なんでかしらね・・・? 本当に大事だと思う人の前じゃ、素直になれないの」
照れくさそうに笑うイリア。 そう、本当に大事だからこそ・・・・口下手な彼女だからこそ、思いは行動でしか伝えられない。
だから、見せ付けるしかないのだ。 強い在り方を。 今はもう一人でも大丈夫だという事を。 今はもう、一人ではないということを。
「カイトにもそう言ってあげればいいのに。 喜ぶんじゃないかな、彼」
「ばか・・・・そんな恥ずかしい事出来ないわよ」
「で、ボクには言えると・・・・ボクのことはどうでもいいんだね、先輩?」
「違うわよ・・・あんたは何ていうか・・・・そうねぇ」
しばらく腕を組み、苦笑し、それから視線を合わせないように景色を眺めながら言った。
「多分似たもの同士だから、でしょ・・・?」
「・・・・・・・・・んー・・・・受け入れがたい事実だけど、そういうことにしておいてもいいかな」
「何よそれ? ホントかわいくないやつね」
「あんたには言われたくないな」
静かに笑い合う二人。 そうだ、何故だかはわからないけど、二人だったら素直になれる。
争う事もなく、傷つけあう事もなく。 意見を違えることはあれども、二人の本質はよく似ているのだから。
そう、負けず嫌いで、責任感が強くて。
そして・・・行動する事でしか何かを示せない。
「不器用ね、あんた」
「それはお互い様だ」
緊張はすっかりほどけていた。
だから二人はあとは静かに待つだけだった。
目的地に到着するのを。
『こちら本部、こちら本部。 イカロス、状況を報告せよ』
「こちらイカロス。 間もなく作戦領域に入るよ。 指示は?」
『イカロスは陸地に着陸後はしばらくその場で待機してください。 輸送機が放つ計12発の大型フォゾン弾道ミサイルの着弾を合図に作戦開始とします』
「そんな環境に悪そうなものぶっぱなして平気なんですか?」
『見ればわかると思うわ。 それと、特にヘヴンスゲート周辺は電波が通らないから、所詮後付である通信機は通用しなくなるわ。 作戦開始後はヘヴンスゲートの電波障害範囲から離れて終了報告を行って』
「なるほどね・・・了解」
ユカリとの通信が終了し、リイドはいよいよ気を引き締める。
負ける気はしない。 今は、戦って居る間くらいは、何もかも忘れて全力を出したい。
そう思えるようになったのは、今そう思えているのは、きっと背後で強い瞳を輝かせてくれている少女のお陰なのだろう。
だから。
「目標地点に到着。 レーヴァテイン=イカロス、降下する!」
作戦が始まった。
機体を空中に縛り付けていたいくつものワイヤーが火花を上げて取り外され、一瞬で大地へ向かって降下していく。
それと同時に無数のミサイルが発射され、輸送機はUターンしヴァルハラへと引き上げていく。
着弾するまでの間に地上へ降り立ったイカロスはその場で立ち上がり、周囲を見渡した。
「・・・・なんだこれ」
延々と、砂浜が続いていた。
白い、砂の大地。 砂漠と呼んだほうがいいのかもしれない。 周囲のフォゾンはとっくに吸い尽くされ、そこに生命は存在していない。
あらゆるものが朽ち果て分解され、ただただ最終的には白い砂のようなものへと成り果てる大地。 ヘヴンスゲートの浸食領域だった。
だというのにそこにはレーヴァテインが活動するのに相応しい程の膨大なフォゾンが満ち溢れ、生命が生まれる前の無の存在で満ち溢れた空間のようでもあった。
「原初の世界ってのはきっとこんな景色なんだろうな・・・」
命と死が満ちている大地。
遠く離れた場所で無数の光の爆発が巻き起こるのを確認し、イカロスは砂の大地を駆け出した。
翼を持たぬ故に大地を走るという愚行を繰り返すイカロスは砂の大地に足を取られながらも必死にヘヴンスゲートへと進んでいく。
しかしそれが視界に届くよりも早く、わらわらと湧き出してきた数え切れぬ数戦という数の天使たちの歓迎を受けることとなった。
空を、大地を埋め尽くす白い翼の群体。 それら全ては全て共通した意思を持つかのように、イカロスめがけて襲い掛かる―――!
「なんだこの数・・・・尋常じゃないぞ!? イリア、何か武器を!」
「ないわ」
「は? 今何ていった?」
「だから、ないわ。 イカロスは武器なんて創れないもの」
しれっと、そう告げた。 髪をふわりと掻きあげながら、自慢気に。
だからイカロスはマンガのように走行途中にずっこけ、それから何とか起き上がり、リイドは気迫の表情で振り返る。
「ないって、じゃあどうしろっつーんだよ!?」
「あたしとシンクロしなさい」
「シンクロ・・・・・って何?」
「いいから目を閉じて。 あたしの心臓の鼓動を聞いて・・・そのリズムを意識するの」
「目の前に敵すごいきてるけど・・・」
「いいから早くしなさい」
言われるがままに目を閉じる。 頬を汗が伝い落ち、生唾を飲み込んだ。
何がなんだかわからないまま、ただただイリアの事を考える。 よりイリアを理解出来るように。 よりイリアと心を触れ合わせるように。
やがてそこには明確な一つの線が現れる。
それは二人の心の境界線。 線はその二つを別々の存在で留めるための何かであり、それが崩れ去った時二つを隔てる何かは消滅する。
何かが消え去った時、ヒトという存在は個ではなくなるだろう。 そうした意思と精神と魂と・・・曖昧なものを形作っている何かの線が現れるのだ。
脳裏に浮かんだその線に、ゆっくりと、イリアは消しゴムをかけていく。
擦り合わせるように、踏み消すように。 ごりごりと、がりがりと、心の壁を削り取っていく。
やがて二人を隔てていた果てしなく永遠に続く線のどこかが決壊した時、リイドは理解する。
「これが・・・・シンクロ」
心の間にあった何かが崩れ去った瞬間、『イリアが何を考えているのかが手に取るように分かる』ようになる―――。
それは、自分の心と相手の心とが殆ど一つになってしまたっという錯覚。
そのアイデンティティの壁を踏み越えた先に見える何か・・・・それこそが適合者と干渉者がたどり着く先。
「前を向きなさい。 あたしたちのその手が砕く敵を、見届けなさい―――」
群がる数百の天使。 続々と押し寄せるその翼の大軍がイカロスに触れようとした瞬間、光が爆発した。
それは炎の決壊。 イカロスという神が内に秘めていた溢れんばかりの炎をただただ装甲の合間から噴出しただけの現象。
それは炎の結界。 故に何人たりとも近づくことは許されず、どんな攻撃もその業火の前では無意味。
それは浄化の結果意。 あらゆるものを寄せ付けず、己の定めを行動でしか示す事の出来ない不器用な人間が見せる一瞬の輝き。
だから、今ならわかる。
「行くよ・・・・イカロス」
指先の爪が赤く輝き、ただただその暴力性を発揮したいとリイドに訴えていた。
その手を振り上げ、単純に振り下ろすという動作を冠した暴力―――。
一撃で数十の天使を細切れにし、血と悲鳴の雨の中、イカロスはゆっくりと口を開く。
洩れるのは獣の唸り声。 目前に弱者を、捕食するべきものと対峙した時、獣は歓喜に声を震わせる。
舞い踊れ鮮血の大地。 白く果てしない死と生で溢れ変える世界を朱に染め上げろ。
「このまま突っ切る・・・・イリアッ!!」
「どうぞ、ご自由に!」
火柱を立ち上らせながら駆け出すイカロス。 姿勢を低く、ただ全力で前に走るというだけの動作だというのに、近づいた天使は見る見る燃え尽きていく。
ジャマな敵は爪で切り裂き、蹴り飛ばし、叩き潰し、まるで何かを求め一心不乱に駆ける魔物のように、白い大地を炎で汚して行く。
一際巨大な群体に軽く跳躍し飛び込んだイカロスは空中で両手を振り回し、回転しながらその中を突き抜けて白い大地に着地した。
一瞬で消え去った数え切れないほどの光の命が霧に還り、放出した炎の代わりにするように、レーヴァは口からそれらの霧を深く吸い込んでいく。
そう、レーヴァテインもまたフォゾンを動力源とする兵器である以上、食物はフォゾン。 そしてそれを最も効果的に摂取するためには・・・その塊である敵を屠るのが手っ取り早いのである。
故にレーヴァは敵を前に狂喜する。 食事の時間を待ちわびていたとでも言わんばかりに、その凶悪な暴力性を発揮するのである。
そして互いの心の境界線が脆くなるにつれ、その力はより引き出され・・・そして適合者もまたその暴力性に飲み込まれていく。
そのまま正気に戻れなくなってしまうのを食い止めるのは干渉者の役割であり、イリアは必死で暴力に支配されるリイドの心を背後から抱きとめていた。
「ザコはいくら倒してもキリがないわ! ゲートがある限りいくらでも増えるんだから!」
「わかってる・・・・! しかし、あれがゲート・・・・」
そこにあったのは、巨大な門だった。
淡く輝く無数の光を集めたような円形のリングの中央が虹色に輝き、そこから数え切れないほどの天使があふれ出してきている。
そのゲートはあまりにも巨大であり、直径はゆうに5kmを越えている。
これでもまだ、『そこそこ巨大なゲート』であり、放って置けばこのフィリピンゲートはより巨大な拠点へと進化を遂げるだろう。
一刻も早くそれを壊さなければならないのに、それを壊せなかった理由・・・それをリイドは思い知っていた。
ゲートを守っているのはただの天使だけではない、複数の神話級・・・確認できるだけでも八体の神が周囲を浮遊していた。
どれもが別々の形状であり、どれもが個別の能力を持った敵・・・いわばアルテミスやクレイオスのような敵が同時に展開しているという事だった。
だから僅かに進軍を躊躇う。 神の一体が放った光弾がレーヴァに迫り、大地を根こそぎ吹き飛ばすような威力が直撃する・・・・その時だった。
舞い降りたのは八つの棺桶。
どれもに美しい金色の装飾が施され、一つ一つが別々の何かを敬う為の棺なのだとわかる。
棺に浮かび上がった不思議な象形文字は光弾を無力化し、イカロスを守っていた。
『どうした、苦戦中かい? 1st』
棺桶に続き、上空から飛来する巨大な影。
それは人の形を模倣した神。 赤褐色に迷彩柄を刻み込んだ機体は腕を振るい、棺桶を集わせ翼と成し、レーヴァのすぐ隣に並んでいた。
「・・・・・・レーヴァテイン以外の・・・・アーティフェクタ・・・・!?」
『こちら同盟軍所属アーティフェクタ、トライデント=アヌビス。 これよりゲート破壊任務に参加するよ』
少年の声だった。 レーヴァのコックピットに映し出されたアヌビスのコックピット映像は、無論アヌビス側にも同様に映し出されている。
そこに映し出された自分達と同年代の二人組の映像は互いに新鮮味があったのか、多少の驚きを伴うものになっていた。
『なんだ、ガキじゃねえか・・・・セトより下かね』
アーティフェクタ同士のみが行う事が出来るエーテル通信の精度は通常の通信とは比べ物にならない。 透き通るようなその声にリイドは眉を潜めた。
「はん・・・・出遅れておいて生意気な態度じゃねえか。 あんたたちなんかいなくてもボクとイリアで十分なんだがな」
『まいったな、そう睨まないでくれるかい? リイド・レンブラム君』
「・・・・・・・・なんでボクの名前を・・・」
『僕はセトで、後ろのはネフティス。 でもとりあえず自己紹介は後にしようか。 このままだと的だよ』
再び飛来する光弾を回避し、二機は背中合わせに天使の群れに囲まれる事となった。
「自己紹介に興味はないよ。 そっちは無論うまくやるんだろうな?」
『そうだね・・・ヴァルハラのエースの期待に応えられるように頑張るよ』
穏やかな声だった。 だからリイドはその口調から余裕を読み取り、背中を預けることにする。
二機のアーティフェクタは同時に天使に襲い掛かった。 爪で敵を引き裂くイカロスに対し、アヌビスは棺を敵に叩きつけて吹き飛ばし、潰していく。
そして棺より飛び出したアヌビスの全長にも程近い長さを持つ巨大な長槍を両手に構え、それを勢いよく群体に向かって投げつける。
略奪者の賛歌。 アヌビスの主武装であり、それは天使をいくつも巻き込み群体に穴を開けていく。
神が放つ光の弾丸は棺で防ぎ、槍を構えたまま突撃するアヌビス。 それに続きイカロスもまた跳躍し、空中から美しい姿勢で敵めがけ落下していく。
『一つ目・・・・』 声と同時に神のコアを貫き、余った槍を隣の天使のコアに投げつける。
『二つ・・・』 飛来する無数の光の弾丸。 自らの周りに敷き詰めた八枚の棺によって全方向からの攻撃を防ぎ、弾き返す。
攻撃を跳ね返された神たちが浮き足立っているところ、その頭上から紅い光が降り注ぎ、その爪が頭頂部から爪先までをざっくりと引き裂いた。
「三つ・・・!」 イカロスが駆ける。 走りながら一瞬で1、2、3と神を爪で引き裂き、ゲートに向かって直進していく。
そのイカロスの動きを阻むために近づく神々の目前に棺が落ちてくる。 それを迂回しようとする神々は、一つ残らず槍に貫かれていた。
遠く離れた場所でアヌビスが棺の一つに突き刺した無数の略奪者の賛歌。
その先端部は棺の中に吸い込まれ・・・別の場所にある棺から出現し、コアを一撃で貫通する―――!
一瞬でゲートを守っていた神々は朽ち果て光に還る。 そして光を背に、イカロスは拳を強く握り締め、ゲート目掛けて跳躍する―――。
「「 こいつで決めるっ!! 」」
イリアとリイド、二人の声が重なった。
それは二人の心が重なった証拠であり・・・リイドは自然とイリアの戦闘スタイルへと心を合わせていた。
周り蹴りから放つ数百発の蹴り攻撃。 見る見る罅割れ砕けていくゲート。 そして空中から握り締めた拳を振り下ろし・・・・。
「「 砕け散れ・・・・! 一撃、必殺・・・・けぇえええええええんんんッッ!!! 」」
分かりやすく噛み砕いて言えば、ただフォゾンを込めただけのパンチ。
しかしそれは二人が一撃必殺であると願えば、必殺の攻撃なのだと願えば、その本質を摩り替える―――!
打撃点から巻き起こる嵐のような破壊の概念は一瞬で空間も時空も、無論ゲートも粉々に砕き、一瞬でゲートは木端微塵に砕け散った。
それがイリアの戦い方。 武器にするのではなく、ただ一撃の拳に全ての想いを乗せ、無理を通し道理を引っ込める。
空中を華麗に舞い、砂漠に着地するイカロスの背後で砕け散ったゲートが激しい地響きと音を立てて崩落していく。
その景色を振り返りながら、イカロスは纏っていた炎を腕を振って払った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ただのパンチなのにな」
「要は気合って事よ」
余裕の微笑みを浮かべるイリア。 呆れながらもリイドはそれに同意した。
二人がそんな派手な戦いを繰り広げている間に残っていた雑魚は既にアヌビスが討伐し、何もかもが終了してしまっていた。
砂漠にて対峙する二機のアーティフェクタ。 アヌビスはゆっくりと後退し、棺の翼を広げた。
『レーヴァテインか・・・・また近い内に会える事を楽しみにしているよ』
「待て! あんたら何なんだ!?」
『同盟軍だって言っただろボウヤ。 それにオレたちはこれからまだ仕事が詰まってるんだよ・・・じゃあな!』
飛翔するアヌビスにイカロスが追いつけるはずもなく。
ただただ飛び去っていくアヌビスをイカロスは見送っていた。
真っ白な大地から見上げる漆黒の夜空。 リイドはゆっくりと目を閉じ、それから静かにイカロスを前進させる。
高ぶる気持ちは抑えられない。 敵意という暴走する思考に支配された自分を押さえつけるよう、リイドは額を押さえて歯を食いしばる。
「戻ろう・・・」
「そうね」
海岸線で膝を着くレーヴァを迎えに来る輸送機のバーナー光が見える。
それを確認し、リイドはレーヴァのシステムを落とした。
途端に全身にかかる気だるさと加速する苛立ち。 その正体を少年は知る。
やはりそうなのだ。 先ほどまで、たった一本の紅い線で結ばれていたリイドとイリアの心は、レーヴァが動かなくなれば切り離されてしまう。
それは自らの意思の一部を、心の一部を、或いは体の一部をなくしてしまったかのような強い喪失感。
そこから浮かび上がる、『自分自身を奪い取られた時』、その人間に最も強く浮かび上がる感情・・・それこそが反動。
自らを奪い取られた時、リイドは怒り狂い、
エアリオは全ての感情を閉ざし、
イリアは動揺し、情緒不安定に陥る。
ただそれだけの話。 レーヴァテインが何かをしたわけではない。
搭乗者の心が深くつながればつながるほど、それが途切れてしまった時・・・アイデンティティが二人を隔てた時、苦痛も大きいものとなる。
輸送機に再び吊り下げられ、リイドは溜息をついて目まぐるしく脳裏を駆け巡る激しい頭痛に絶えながらイリアを見つめた。
「・・・・・・・・・・・」
イリアはコックピットで膝を抱えていた。 椅子の上で丸くなり、がたがたと身体を震わせながら俯いている。
その隣に立ち、肩を抱きながら寄り添うとイリアは今にも泣き出しそうな表情でリイドに問い掛けた。
「あたし・・・上手に出来たかな・・・・?」
「・・・・・ああ」
「あたし、リイドの足引っ張ってないよね・・・・?」
「・・・・・うん」
「あたしは負けないよ・・・負けないから・・・勝ち続けるから・・・・だから要らないなんて言わないでよ・・・」
「イリアは要らなくなんかない。 イリアのお陰で勝てたんだから」
それは普段のイリアからは想像出来ないほど弱弱しく惨めな姿だった。
何もかもが不安で、本当はいつだって自信なんかなくて、誰かに必要とされたくて。
そういう弱さが、どうしても浮き彫りになってしまう。
他人も自分も許す事が出来ないリイドのように。
しかしそれでも、絶対に他人からはどうにも出来ないような自己嫌悪の中でも、心をつなげていた相手と一緒に居る時だけは、安心出来る。
だから適合者は干渉者を求め、干渉者は適合者を求める。
それはごく自然な行為だった。 まるで引き裂かれてしまった自らの半身を求めるかのように。
「イリアは負けない。 ボクが勝つから」
「・・・・・うあああああんっ! リイドーーーーっ!!」
泣きじゃくりながらしがみ付いてくるイリアの髪を撫でながらリイドはアルテミスと戦った夜の事を思い出していた。
ああ、そういえばあの時は逆の立場だったのになあ、なんて。
「いなくなっちゃやだよ・・・どこにもいかないで・・・傍に居て・・・・!」
「どこにもいかないさ・・・・」
どうせ、本部に戻るまでは時間がかかる。
だから早めにシステムを落として反動を起こした。
コックピットの中なら、誰にも迷惑をかけることもないから。
誰にも、弱い自分を見せることがないから。
「ボクだってね・・・・・本当は怖いよ」
死が、ではない。
「負けて・・・・自分が誰かにとってどうでもいい存在になってしまうことが・・・・」
かつての、退屈な日常に・・・・ありふれた・・・誰かの記憶にも残らないような日常に戻ってしまうことが。
「堪らなく、怖いんだ―――」
基地にたどり着くまでの間、二人はずっとそうして抱き合っていた。
一度の敗北は一つや二つの勝利では拭い去れない。
その恐怖を払拭できるまで、いつまでもそうしているしかないのだろうか。
互いの傷を舐めあうように、弱さをさらけ出して。
狩人たちは夜の闇にその身を震わせる。
狩人も獣も、その立場は変わらない。
いつだって手に入れる事より、失う事のほうが簡単で。
いつだって、得がたいものは零れ落ちてしまうものだから。
〜用語解説その4〜
*今更なキャラクター編*
『リイド・レンブラム』
年齢:15 性別:男 髪:黒 目:赤 身長:170弱
主人公。中学二年生。
何をやっても一通り人並み以上にこなせる天才肌だが、それゆえに他人を見下すクセがある。
ヒトと関わる事が苦手であり、一人の時間を好む。性格的な問題もあり、クラスメイトとはなじめない。
軽いイジメのようなものを受けており、本人はいつかいじめっ子に復讐しようと考えている。
レーヴァテインの適合者として高い才能を秘め、圧倒的な力を突如与えられる。
その力の使い方は酷く幼く、わがままであり、自分勝手なものばかり。
そうした力の使い方を周囲からとがめられるとふて腐れ、逃げ出す絵に書いたような中学生。
所謂ツンデレ主人公であり、美形。
ひねくれた性格はある事情によるもので、本人もそれを強いコンプレックスとしている。
『カイト・フラクトル』
年齢:16 性別:男 髪:金 目:青 身長:180強
身長の高い中学三年生。数少ない生き残った適合者。
適合者としてはリイドには及ばない性能であり、浸食も酷いため降板が予定されている。
最もシンクロが高いのはイカロスのイリア。本人も格闘戦を好む傾向にある。
十四歳の時からレーヴァに乗り続けているためリイドと比べるとかなり先輩になる。
明るく気さくな性格で、真面目で熱血漢。
リイドとは対照的に周囲の人間に非常に好かれる適合者。
他人に強く依存するイリアにとって必要不可欠な『光』。
ある事情により、レーヴァに乗って戦う事を強く自ら望んでいる。
『イリア・アークライト』
年齢:15 性別:女 髪:赤 目:赤 身長:140強
武術の達人、中学三年生。
カイトと最も相性がよかったためよくカイトと組まされていた干渉者。
様々な武術を齧り、運動神経は抜群だがおつむのほうはちょっとやばい。
バカと言われるのを何より嫌い、他人を見下した性格であるリイドとかなり相性が悪い。
リイドをパートナーとして絶対に認めたがらず、その歪んだ性格を容赦なく叩ききる。
頭は悪いが人格は正常であり、情に厚く涙もろい夢見がちな少女。
スヴィアと同行し第一神話級『ホルス』と戦闘後、墜落した事をトラウマとしている。
一見明るい性格だが、酷く自虐的な内面を持ち、他者に心を開かない。
『エアリオ・ウイリオ』
年齢:14 性別:女 髪:白 目:金 身長:130強
寡黙で従順な少女。中学二年生。 えらいちっこい。
リイドとは別々のクラスだが同学年。非常に美しいことで有名だが、本人はリイド以上に他人とは関わりたがらない。
何がおきても表情が崩れる事無く常に平坦。
自分にとって都合のいい存在のためか、リイドと組む事が多くなり自然とシンクロも最も高いものとなる。
しかしリイドに心を開いたわけではなくただ命令されればそれに従うと、それを遵守しているに過ぎない。
ジェネシス内部でも異端であり、何かとその存在は謎が多い。
普段は食べているか寝ているかの二択と言っても過言ではない食っちゃ寝キャラ。
ある事情からスヴィアに非常に懐いており、リイドにとっても特別な意味を持つ少女。