神話、狩る者たち(2)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
曰く、虫になっていた。
曰く、異世界に召還されていた。
曰く、性別が変わっていた。
古来から目が覚めるといきなり現実離れした状況に陥りやすいのは主人公と相場が決まっているわけだけど。
目を覚まして真っ先に飛び込んできた誰かの巨大な胸を見てボクは全身の血の気がサっと引いて、表情が青ざめるのを感じた。
最初はエアリオではないかとも思った。 しかしあのエアリオが・・・あえて明言するが、幼児体型極まりない彼女にこんな巨大なのはついていないはず。
となればまったく別の女性になるわけだけれど、ここは別に異世界でもなければボクは虫でもなくて、だからここは間違いなくボクの部屋で。
だからつまり何が言いたいのかというと、ボクの部屋に忍び込んできたこの人はもうなんていうか異常ってことで。
だって昨日ちゃんと寝る前に鍵はかけたわけであって、そもそも何故ボクなのか理解も出来ないし・・・。
「リイド〜・・・・?」
がちゃり。
休日の朝なのに意味も無く早起きしたらしいエアリオが抜群のタイミングで部屋に入ってきた。
最初はぬぼーっとした顔で目を擦っていたが、やがて何も言わずに去っていった。
「さて・・・・・・これは・・・・・どうしたものかな・・・」
涙が出てきそうだった。
一つもセリフ無いまま出て行くってどうなんだよ。 色々な意味でさ・・・。
しかし参った。 すぐ目の前、というかもうほぼ接触するような状態で胸が目の前にある以前に、何故かボクは全身を彼女に拘束されていた。
腕も足もまるで動かないのは彼女ががっちりとボクの身体をホールドしているからに他ならないわけだが・・・。
「・・・・エッ、エアリオッ!! ちょ、まって! 助けて! この人知らない人だよ!!」
「ん?」
部屋の前で聞き耳でも立てていたのか、エアリオはすぐに部屋に入ってきた。
どうせそんなことだろうと思っていたけれど、なんというかこいつは。 もしかして・・・もしかしなくても性格悪いんじゃないか。
ベッドの近くまで歩み寄ると、腕を組んで考えはじめる。 何度かうつらうつらしながらもエアリオは懸命に考えていた。
「考えないでもわかるでしょ・・・! 警察を呼ぶかこれを解くかどっちか早くしてよ!」
「ああね・・・」
「本当にわかってんのかおまえ!?」
「大丈夫だ・・・・んむ」
大丈夫といいつつ、ベッドにもぞもぞ潜り込んできて寝こけ始めるエアリオ。
目の前には巨大な胸。 後ろにはエアリオの背中。 全く身動きが取れない。
「というかなんだこの状況は・・・ボクが何をしたっていうんだ・・・・・」
冷や汗がだらだら出てくる。 何で朝からこんな事になっているんだ。 ていうかほんとこの人マジで誰だ・・・。
「んゆ・・・」
「エアリオ・・・? ちょ、エアリオよだれ! ボクの枕によだれが!!」
「ああね・・・」
「お前絶対わかってないだろ!? テキトーに受け答えすんじゃねえよ!!」
「リイド〜、あっそびましょ〜! 友情をふっかめっましょ〜!」
扉が開いて、カイトが笑いながら入ってきた。
長めの髪の毛をヘアバンドで留め、腰にじゃらじゃらとなにやらアクセサリをぶら下げたなんか売れないインディーズバンドのボーカルみたいな格好だった。
図体がデカイ上に顔も悪くないので似合っているといえば似合っているのだが、扉を開けた姿勢のまま笑顔が固まって身じろぎ一つしないのは気持ち悪い。
「カイト・・・・・あのね、これはね」
「リイド・・・・わかった。 お前がそういうつもりなら俺にも考えがある・・・」
「何が・・・」
「ふざけんなあああああっ!!! お前はライトノベルの主人公かよっ!!!!」
「ぐほおっ!?」
思いっきりドロップキックを喰らった。 呼吸が出来ないほど痛い。 そして隣接しているエアリオもどこの誰だか知らない人にも掠りもしないという命中精度。
そのまま強引にベッドから引っ張り落とされ、首根っこを掴み上げられたままぶらぶらと宙を漂う。 というかお前はどんな馬鹿力なんだ。
「一応ツッコみつつ救助を試みてみたが、どうだ?」
「蹴りはいらないよっ!! なんで朝から何もしてないのにけられなきゃいけないんだよ! 本気で涙出てきちゃったろボク!」
「そうか・・・・なんていうか・・・それはご愁傷様だな・・・」
「あんたのせいだろうが! 何を哀れんだような顔してんだよ!?」
疲れる・・・・バカと付き合ってるとホント疲れる・・・・。
そうしてカイトの手を振り解いて床に下りる。 カイトは相変わらずニヤニヤしていてなんだかもうソレを見ていたら怒る気力も失せてしまった。
ベッドを振り返り、巨大な胸のせいで拝めなかった女性の顔を凝視する。 腕を組み、それから目を凝らす。
「・・・・んんんっ・・・?」
「どうした? やっぱり知り合いだったか?」
「うん・・・」
「マジでか? 誰だこの人」
「・・・・・えーと、ボクの母さん」
ボクらは互いに苦笑いしながら向かい合う。
カイトは母さんとボクとを何度も交互に見つめ、それから首をかしげ、搾り出すような声で言った。
「はっ?」
⇒神話、狩る者たち(2)
「始めまして〜・・・・わたしが、リイドちゃんのお母さんのリフィル・レンブラムですっ! カイト君、エアリオちゃん、よろしくねぇ」
カイトもエアリオも目を丸くしていた。
一階のリビングに移動したボクらは四人まで座る事の出来るテーブルについていた。
ボクの隣に母さんが、正面にはカイトとエアリオが目を丸くしたまま座っている。
何故彼らの目が丸くなっているのかというと、それには事情がある。
確かに母さんは性格的にちょっとどうかと思う部分があるけれど、人の家の事情なのでそこは立ち入って欲しくは無い部分だ。 親がどんな性格であろうと子供にその非はないし、それに口出しするようなことでもないからだ。
ただ問題というのは確かに実在するものであり、それはボクの母さんの外見に関する事だった。
ごくりと生唾を飲み込むカイト。 何故そんな真剣な目をしているのかわからないけれど、とにかく彼は真面目な表情で言った。
「失礼ですが・・・・お母さん」
「なにかしら〜?」
「お幾つですか・・・?」
「二十三歳です♪」
再びカイトとエアリオの目が丸くなる。 エアリオに至っては全く理解出来ないのか、頭の上にクエスチョンマークを連打していた。
カイトの視線がボクへ向けられ、それから席を立ち、ボクの手を引いてリビングの隅っこまで牽引される。
「・・・・リイド・・・」
「何・・・」
「お前何歳だっけ・・・」
「・・・・・・今年で15だけど・・・」
「・・・・・・・・・・じゅうごっ!? じゃああの人はなんだ・・・・・!? 八歳の時にはお前を生んでたっていうのか!? この鬼畜野郎!!」
「仮にそうだったとしてもボクは産まれちゃったんだからしょうがないだろ!?」
「お母さん・・・・・っ! とんでもない苦労が貴方の人生にはあったんスね・・・・!」
カイトは母さんの肩を叩きながら泣いていた。 ボクは椅子まで戻り、それから溜息をつく。
毎度毎度母さんの存在を知られるたびにこうなってきたわけだが、カイトのリアクションは派手すぎる。 ボクとしては特に騒ぐようなことでもないんだけど。
そう、ボクの母さんはとんでもなく若い。 ついこの間まで十代だったような気すらする人だ。 ぶっちゃけ、今も。
とぼけた性格で、勤務先はジェネシス。 どこで何をしているのかは知らないけれど、とにかく若くてボクが気づいたときには既にジェネシスに居た気がする。
稼ぎはかなりのもので、ボクひとりでこの一軒家に普通に住んでいることからもそれは伺えるが、彼女の収入について深く考えた事はない。 というか考えたくない。
ボクも人の事は言えないが童顔のせいで未だに十代と間違えられても全く不思議は無い母親・・・それがリフィル・レンブラムだった。
「当たり前だけど・・・・母さんとボクとは血がつながってないからね」
「え!? あ、そうだよな・・・・びっくりしたぜ」
「あらあら・・・でも、まさかリイドちゃんにお友達が出来るなんて母さん思ってなかったからとっても嬉しいわぁ」
「変な事言うなよ・・・こいつのどこが友達なんだ・・・」
「友達じゃなかったのか!?」
何故かショックを受けて机に突っ伏してなにかブツブツ言っているカイト・・・。
「ああもう、友達だよ! 仲いいよね、ボクらっ!」
「おう、当たり前だろ?」
復活はえー。
「でもうらやましいなリイド。 こんな若くて綺麗なお母さんと同居して・・・いて・・・・・・・・お前お母さんと間違いを起こしたのか?」
「それは今朝の事か? だったら全く関係ないから。 母さんはそもそも一年中殆ど家にはいないしね」
そうなのだ。 それはボクが母さんの巨大な胸が何なのか忘れてしまうくらい、とにかく家には帰ってこない。
殆ど一人暮らし状態ではあるが、母さんは一応ここに住んでいる事になっている。 今ならわかるが、ジェネシスには社員用にいくつか部屋が用意されていて、そこできっと寝泊りしているのだろう。
ボクらレーヴァパイロットにも部屋は用意されているので、ボクもそれを最近理解したんだけど。
その母さんが珍しく帰ってきたのである。 多分半年・・・・いや、それ以上久しぶりに見る母親の顔だった。
「リイドちゃん、一人でちゃんと何でも出来てるみたいね。 おりこうさんおりこうさん」
頭を撫でられる。 屈辱すぎて眉がぴくぴくするのを感じるが、腕を組んで必死に堪える。
目の前でカイトとエアリオがニヤニヤしているのが気になって仕方が無いが、後で何か仕返しを考えるとしよう。
ここで拒否すると母さんは泣き出しかねない。 リイドちゃんが反抗期になっちゃった〜とかなんとかほざいて。
「母さん・・・戻ってくるなら電話くらい入れてよ。 ボクだって準備することもあるしさ・・・」
「家族が揃うのに準備なんて必要ないわ。 それともリイドちゃん、女の子を連れ込んでたのを隠すつもりだったの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
冷静に考えてみたら、エアリオのことは何も説明していないわけで。
「い、いや・・・連れこんだっていうか・・・・彼女がうちに来たいって言ったっていうか・・・」
「まあ! それってもう結婚を前提としたお付き合いってことかしら!?」
何をいってるんだろうこの人は。 我が母親ながらマジでバカなんじゃねえか。
「エアリオちゃん・・・だったかしら? すごく可愛い女の子じゃない・・・リイドちゃん、母さんに何もしてこないと思ったらこういうロリな子が好みだったのね!」
涙が出てきた。 流石にどこから突っ込めばいいのかわからない。
「えーと、あなたはリイドに手を出されてもいいんですか〜っていうかロリって〜・・・くそ!! 俺は突っ込みの才能がないらしい!」
一人でがんばっているカイトを置いてきぼりにして話を進める。
「あのね母さん、そういうつもりはないから・・・あらゆる意味で。 で、エアリオとは一時的な関係だから・・・」
「違う。 私は命令があるまではずっとリイドと一緒」
「エアリオ・・・・殺すぞ・・・」
自分でも目が血走っているのを感じる。 エアリオは口笛を吹きながら明後日の方向を眺めていた。
このサタンが・・・いつか必ず地獄に落としてやるから覚悟しろよ・・・。
「何はともあれ、これからもリイドちゃんをよろしくお願いしますね」
「はい」
「任せてください!」
二人にふかぶかとお辞儀をする母さん。 ボクはもう何も考えない事にした。
考えている限り世界はボクに残酷だから、窓の向こうの雲の形がコロネパンにみえるなあとか馬鹿な事を考えよう。
そうだ、馬鹿になろう。 馬鹿でいる間はカイトみたいに幸せで居られるのだから・・・・。
そんな母さんとの久しぶりの邂逅をこれでもかというほど楽しんだボクら三人は家を出て街を歩き始めた。
と、言うのも昨日一緒に訓練をしに本部に行った帰り道、四人でどこかへ遊びに行こうということになったのである。
無論ボクは断ったが、カイトが泣きそうな顔をしていたので仕方なく同行することにした。
なんだかんだでカイトはボクらの中心的存在であり、レーヴァパイロットたちはカイトを中心に回っているような気すらしてくる。
まあそうしたかれの馬鹿馬鹿しい一面に振り回されるのも慣れればオツなのかもしれないが。
「でもカイト、よく入って来られたね」
「自慢じゃないが、開錠は得意だからな」
本当に自慢にならねえな。
「門は勝手に開けるとアラームが鳴る場合があるから飛び越えて、玄関は針金でちょちょいとな」
何で電子ロックの扉を針金でちょちょいと出来るのかわからなかったがあえてそこは何も考えないようにすることにした。
最近、馬鹿と話すときは基本真面目に受け答えしてはいけないという方程式をボクは学んだのである。
今の時期は比較的温かい事もあり、薄着で出かけるつもりだったのだが、何故か今日は少し冷え込んでいた。
それがだからどうというわけでもないのだが、上着を羽織って家を出る時ボクは何か違和感を覚えたのである。
その違和感の正体はあっさりとカイトに指摘されることとなった。
「そういやお前、顔の腫れが引いてるな」
「えっ? あ、ほんとだ」
昨日あんなに派手にぶん殴られて顔がものすごいことになっていたのに、今はもう全然痛くないどころか全くの無傷だ。
そっか、ボクが怪我してたら母さんが騒がないわけがないんだ。 それにこのサマーセーターだって着る時痛かったはずで。
昨日から頬を気にしながら生活していたつもりだったんだけど、一体どうしたっていうんだろう。
「まあ、いいんじゃない? 怪我した顔で出歩くよりはさ」
「そうだな」
エレベータに向かい、下層フロアである90番プレートを目指す。
90番プレート。 アミューズメントプレート、『ユーテリア』。
ジェネシスが経営するゲームセンター、遊園地、レジャー施設が所狭しと並ぶただ遊ぶ為だけの街だ。
所謂巨大アミューズメントパークなわけだが、入場料が存在しないのが大きな違いだろう。
エレベータを降りるとめまぐるしいネオンの輝きがユーテリアを照らし出している。 あえて照明を暗くして常に夜のような状態を演出しているこのパークはヴァルハラの中でも数えるほどしかない居住目的を完全に排他した施設だ。
故に近場のプレートの人々も休日になればここに集まってくる。 ジェネシス社製なので安全性もばっちりだ。
後がつかえているエレベータを降り、エレベータフロントでイリアの姿を探すと缶ジュースを飲みながらベンチで手を振っている彼女の姿を確認した。
「遅い!」
そんなわけで、ボクらはユーテリアの町に繰り出す事になった。
薄暗い街を照らし出す明るいイルミネーションの数々。 どこを見ても楽しそうな若者や家族連れでにぎわっている。
人ごみは嫌いなのだが、まあ来てしまった以上は仕方ない。 エアリオも人ごみが苦手なのか、人をこまめに避けながら歩いていた。
「さーて、どうするか・・・とりあえず飯か?」
言われてみるともう昼になりそうだった。 ボクも珍しく今日は寝坊してしまったせいか、朝食は食べていない。
その提案に飛びついたのは言うまでもなくエアリオで、ファーストフードショップにカイトを引っ張って行ってしまった。
「相変わらず食い意地張ってるわね、エアリオ」
紅い髪を掻き上げながらイリアは溜息をつく。 胸元が派手に露出したその格好は十代後半になったばかりのボクらにはちょっとどうかと思う。
黒いチョーカーについた鈴とハイヒールを鳴らしながらボクの前を歩き、それから腕を組んで振り返った。
「そういえばあんた、顔どうしたの?」
「ん〜・・・・なんか治ったっぽい」
「えぇ・・・? まあいいけど・・・・ほら、はぐれるわよ」
ボクの手を引いて歩いていくイリア。 なんだかこの間の一件以来、彼女は時々おせっかいに見えるのはボクの気のせいではないと思う。
そしてそれを成すがままにしておいているボク自身も、ある意味おせっかいになってしまったのだろうか。
それぞれが食事を注文し・・・エアリオはまたBLTバーガーだった・・・・ボクらは席につく。
四人してこうして出かけるのは初めてだったけれど、あまり緊張もしなければ居心地も悪くない。 ボクとしては不思議な経験だった。
「そうだ、イリアにも報告しねぇとな。 リイドのお母さんの事を」
「カイト! もうその話題はいいだろっ!」
「え、なになに・・・興味あるわね、その話」
「だろ? 実はな〜・・・」
カイトが笑いながらボクの話を続ける。 もう勝手にしろと思ってボクは窓の向こうを眺めた。
めまぐるしく行きかう人の笑顔と浮かれた声の嵐。 人間と言うのは、笑ってさえいれば・・・楽しんでさえいれば、悪くないものだと思う。
誰もがこうしていつでも笑っていられたら、それこそ世界は平和になるのだろうに。
ホットコーヒーを口にしながら苦笑する。 そういえばと思い出して、ボクはずっと気になっていた事を尋ねてみる事にした。
「イリアとカイトってさ、ボクとエアリオみたいに同居してるんだよね?」
「そうだぞ?」
「二人って付き合ってるの?」
「ごふっ!!」
イリアが派手に噴出した紅茶がエアリオの食べかけのBLTバーガーにぶっかかって、エアリオの表情が見る見るヘコんでいく。
目をうるうるさせて、唇をきゅっとヘの字に結んだまま、小さく震えながらボクを見ていた。
「・・・・そんな驚く事?」
仕方ないのでボクは自分のチーズバーガーをエアリオに渡す。 エアリオはそれを満足そうに食べていた。
「なななん、なっ・・・なぁっ!?」
目がものすごい勢いで泳いでいるイリア。 もう何がしたいのかわからない。 せわしなく動き回った後、顔を真っ赤にして俯いた。
「・・・・ごめん、付き合ってるっていうリアクション? それ」
「違うわよぅっ!! あんた突然何言い出してるのよ!? あたしとカイトが付き合ってるなんてそんな、あるわけないでしょ!」
「そうだぞリイド。 それは正直ありえない」
「・・・・・なんでありえないのよ・・・・?」
「だってイリアが俺を好きになるはずがない・・・ちょっとまて、なんで刺し殺しそうな目で俺を見てるんだ・・・?」
二人を見ていると一体どういう関係なのかわからなくなってくる。
カイトをすごい目つきでにらんでいるイリアは、カイトの事がやっぱり嫌いなんだろうか? 思えばいつもカイトは蹴飛ばされている気がする。
でもカイトは、
『その度にパンツが見えるからそう悪いもんでもねえさ』
とか爽やかに笑っていた気もする。 だとすると、カイトはけられて嬉しいってことになる。
ん? 単純にカイトが変態なのか? いや、でも普段は仲よさそうだし、同居してるわけだし・・・よくわかんないな。
「まぁ、カイトの反応を見ればわかるでしょ・・・? あ り え な い ・・・・そうだから!」
あえてそこを強調したイリアは完全にふて腐れて紅茶を飲みながらそっぽ向いてしまった。
「結構二人はお似合いだと思ったんだけどな・・・・」
「そ、そう? へ、へぇ〜・・・カイトとあたしがお似合いね・・・ふうん・・・リイド、このフライドチキン食べる?」
「あ、うん・・・・ありがとう?」
急にご機嫌になったイリアはボクにフライドチキンをくれた。 意味はわからなかったがとりあえずありがたく頂戴することにした。
「ま、まぁ・・・確かにカイトみたいな超馬鹿の面倒を見られるのはあたしみたいなお人よしじゃないと無理よねぇ〜」
「ボクもそう思う」
「リイド、あんたよくわかってるじゃない! すいません店員さーん! デザート注文していいですかー! リイド、何が食べたい!?」
「え・・・・じゃあ・・・ティラミスアイス・・・」 ちなみに期間限定商品である。
そんなわけでティラミスアイスが届き、食べているとエアリオがよだれをたらしながらこっちをみていたので、どうせもらい物だし半分食べたあとエアリオにあげることにした。
エアリオは幸せそうにアイスを食べているが、さっきから一向に会話に参加する気配がないな・・・。
「んふふふ、そうよねえ、やっぱりカイトはあたしが居ないとだめよねえ」
「いや、そんなことはないんじゃないか? つか、イリアが居ると色々不便な気が・・・はい、ごめんなさい」
レーヴァに乗るようになってから人間の殺意とか敵意みたいなものに対する勘が鋭くなったけれど、イリアは時々そういうのを隠さず放出している。
というか・・・感情の起伏が激しい人だなあ・・・・イリア・・・。
そして気づけばもらったフライドチキンもエアリオが平らげていて、ボクは全く何にも得しなかったという結果に陥ったとさ。
結局ボクらは何をするでもなく街を練り歩いた。
目的も無く、意味も無く、ただただ歩き回った。
そうして過ごす無意味な時間の中で、ボクは少しずつこの世界の事が好きになっていったのかもしれない。
見上げる空はいつも鉄板で塞がれていて、見える空はいつも上じゃなくて横だけれど。
こんな人工の、自然の気配が感じられない街だけれど。
きっとボクはそれなりに気に入っていて、だからそう・・・それを好きになれたのは、きっと彼らのお陰なんだと思う。
そうした日々がずっと続いて当然だと思っていたボクは、それが大事な事なんだって全然気づけなくて。
だからきっと、いつか思い返した時にでも思うのだろう。
ああ、あの時もっと・・・こうしていればよかったなあって。
時間が巻き戻ればいいのになあ、って。
なにやらちょっと用事があるからと言ってイリアとカイトは町並みに消えて行った。
多分、何か買い物でもあるのだろう。 だからボクとエアリオは幾つか並んだ大きな噴水の前、イルミネーションに照らされながら肩を並べていた。
白いワイシャツにチェック柄のネクタイとミニスカート。 何故か学園指定のソックスを穿いて、エアリオはボクの隣で街を眺めている。
その銀色の髪が風に靡いて、きらきらと星をちりばめたように輝いていた。
気づけばそれに触れたいと思っていて、実際に触れてしまっていたボクを見上げる彼女の何を考えているのかよくわからない瞳を見つめる。
それは吸い込まれるような金色で、瞳の奥に映りこんでいる自分自身の姿を見るとなんだか少しだけ寂しくなる。
手を離してそれをポケットに突っ込むと、彼女は少しだけボクに肩を寄せ、目を閉じて微笑んだ。
「・・・・リイド・・・退屈?」
「いや・・・むしろ不思議な事に結構楽しかったりしたよ」
「そう」
会話はそれで途切れてしまったが、エアリオの方から話しかけてくる事そのものがちょっとした奇跡なので、それはそれで喜ぶべき事なのかもしれない。
「エアリオはさ・・・・何ていうか・・・・ボクでよかったの?」
的外れな質問だった。 選ぶ権利はボクらにはないんだ。 出来る人が限られている役目ならば、それを選ぶのはただの贅沢と言う物だ。
だからそれはちょっときっとなにかの思い違いで、ボクの何かどうでもいい余計な感情が口走らせた失態で。
それでも彼女は目を開き、それから黙ってボクの手を取った。
「・・・・・・カイトたち、遅いね」
指先を絡めると彼女の手は冷たくて、その見た目も相まってボクは氷を連想していた。
氷のような少女は目を閉じ、いつものように何を考えているのかわからない表情のまま、ただただそこに立っていた。
肯定するでもなく、否定するでもない。 そんな彼女の距離感の取り方がボクは好きなのかもしれない。
触れようとすればいなくなるくせに、いざという時には戻ってきてくれる。 気まぐれな猫かなにかのように。
「待たせたな!」
カイトとイリアが駆けてくる。 どうでもいいけどイリアはハイヒールのサンダルなんだからあんま走らないほうがいいと思う。
自然な動作で、そっとエアリオは手を離していた。 ボクも気恥ずかしかったのでそれを意識しないように振舞う。
カイトが手にしていたのはインスタントカメラだった。 初めて四人で出かけた思い出なのだから、形に残そうというのはイリアの提案だったらしい。
「というわけで、通りすがりのカップルをつかまえて・・・お前ら並べ!」
噴水を背にボクら四人は並んだ。
左からイリア、カイト、ボク、エアリオの順番で。
写真を撮る時、カイトはボクとイリアの肩に腕を回し、その指先でエアリオの頭を撫でていた。
すぐ隣にあるカイトの笑顔はむかつくくらい爽やかで、照れくさそうなイリアの表情と、エアリオの無表情なVサインが印象的で。
だからボクは、下らない事に笑顔を浮かべて、きっと馬鹿みたいにいい笑顔で写真に写りこんでいた。
ああ、だからきっと、これからもずっとこんな日が続くのだと信じていた。
けれどそれが、ボクら四人揃っての最初で最後の写真になるなんて。
やっぱりボクは心のどこかでそれを知っていて。
だから、悲しくなんかないはずなのに。
「はい、チーズ!」
四人揃って映りこむファインダーの向こう側。
その景色がずっと続けばいいのにと、ボクは願っていた。