神話、狩る者たち(1)
四話目です。ちょっと読者増えてきてやる気UP。
霧掛かった薄暗い白の闇の中、一つの神の姿があった。
それは霧の中で街をから街へと往来し、そこに住む命全てを光に還してきた。
今またそうしてある街へとやってきた神は地上に住む者たちを見下ろしながら光を広げていく。
逃げ惑う人々、破裂して血をぶちまける人々。 誰もが無力であり、それに抗う術を持たない。
このままならばこの街も今までのそれらのように等しく死都となり得るだろう。 そしてそれは誰にも止められない・・・そのはずだった。
霧の中、轟音と共に飛来するのは無数のミサイルだった。 複数の戦闘機がそれらを放ち、神を攻撃する。
人類とてただ黙ってやられているわけではない。 自らに天罰を与える神だとしても、その存在に抗うのが人の性というもの。
しかしその無力な力では神の光に通じるはずもなく、次々に撃墜されていく戦闘機たち。 しかし誰もが街を救おうと必死で命を投げ捨てていった。
「・・・・・・もういい、連中を下がらせろ」
男の、声だった。
薄暗いコックピットの中、コンソールの淡い光に照らされながら男は溜息混じりに呟いた。
その指示に従ってか、戦闘機たちはやがて戦闘範囲から去っていく。 男はそれを見届けてから身体を起こし、操縦桿を握り締めた。
「エンリル」
「・・・・・・・はい」
「戦闘モードで起動後、目標を破壊する」
「・・・・・・はい」
か細く消え入るような声を頼りに目を凝らせば、闇の中には少女の姿が伺える。
彼の背後、彼の背中をただ見つめながら少女はゆっくりと目を開いた。
褐色の肌に銀色の髪。 金色の瞳に光が宿り、それは動き出した。
瞳に火を点し、ゆっくりと腰を上げ、立ち上がる。
鉄板のような鋼の翼を広げ、黒いボディを霧の合間から輝かせながら、ゆっくりと。
それは、まるで彼らが戦う、人類の敵と呼べる存在のような。
人型をした、巨大なロボットだった。
「ガルヴァテイン=ティアマト・・・これより戦闘行動を開始する」
『こちら司令部、了解した。 ティアマトの戦闘行動を許可する』
「行くぞ、エンリル」
「・・・・・・はい」
黒い機体が両手を天に翳すと光が収束し、そこにはあるはずのない巨大な二丁の拳銃が現れていた。
出現と同時に駆け出し、戦闘機よりも早く、一瞬で市街地を通過して敵を目指す。
放たれた無数の弾丸は神が展開する結界に弾かれる。 ティアマトの名を持つアーティフェクタは跳躍し、神の頭上を飛び越えながら弾丸を吐き出す。
着地点には人がいた。 悲鳴を上げて逃げる子供がいた。 踏みつけてしまっても仕方が無い位置だった。 丁度着地点にいたのである。
しかも周囲は既に死人ばかりであり、ろくに生きているものなどいないこの場所で、一人の子供の命など、どれほど軽いものか。
だが男はそうしなかった。 不器用な体制で着地し、神が放つフォゾンの波動から子供を守るように身を翻す。
衝撃と共に干渉者の全身に走る痛み。 しかし男は少女を振り返る事すらしない。 ただ拳銃を前に、子供を踏み潰さぬように、歩む―――。
放たれる光の弾丸を拳銃で弾き、かわし、駆け寄りながらその銃の先端が開き・・・光の刃が現れる。
銃剣。 それはただの拳銃ではない。 対象を切り裂き、突き刺し、そうして放つ・・・格闘戦闘に特化した特殊兵装。
「貰った」
最後の光弾を屈んでかわすと同時に刃をコアに突き刺した。 一瞬、全ての時間が停止する。
全ては一瞬の出来事だった。 男は後方で子供があの攻撃で尚無事である事を確信し、引き金を引く。
同時に何度も繰り返し一点に向かって直撃するフォゾンの弾丸はコアを砕き、神を光へと還した。
ゆっくりと振り返り足元を見る。 子供はおびえた目でティアマトを見上げ、呆然と立ち尽くしていた。
子供にとってはこの霧の中、あの化物を倒した『何か』はそれ以上の化物、くらいにしか理解出来ないのだろう。 男はそれもわかっている。
だが、男の実力ならば全ての攻撃を避けきれたというのに、わざわざ銃で弾くなんて事をしたのは・・・その子がそこにいたからで。
それを分かっているから、少女は彼の背中を見つめ安心して言う事が出来る。
「・・・・・戻りましょう、マスター」
「ああ」
囁くような声に従い、男はティアマトを下がらせる。
その姿は恐ろしい悪魔かなにかのようであり、冷たい無機質の銃剣を引っさげた化物であり、搭乗者もまた無口でその心は理解出来ない。
しかし子供はそれを見上げ、思うのだ。
恐ろしくても、わけがわからなくても。
ソレは確かに、自分を救ってくれた英雄なのだと。
⇒神話、狩る者たち(1)
エアリオが退院して学校に戻ってきたのは、アルテミスを倒してからまた数日後の事だった。
肩には包帯を巻いていたけれど、効果があるのかどうかはわからない。 何しろ彼女は実際には怪我などしていないわけで。
でも、エアリオが無事に戻ってきてくれた事がボクにとっては何よりだった。
「エアリオ!」
そんなわけで、休み時間になるとボクはすぐにエアリオの教室まで走っていく事にした。
エアリオは教室の隅っこでうつ伏せになって寝こけていたので、相変わらずだなあと思いながら教室に失礼する。
「おーい・・・ボクだけど・・・」
肩を何度か揺さぶってみると、寝ぼけ眼をごしごし擦りながら顔を上げるエアリオ。
というかこいつは授業中も完全に爆睡していたのか。 恐ろしいやつだな。
「リイド・・・・おふぁよう」
「おはよう。 それより怪我、もういいのか?」
「ん・・・・・へーき。 元からたいしたことなかった。 でも、アルバが大事をとれって・・・」
「そ、そう・・・・・」
ならよかった。 最近は授業中も窓の外をちらちらみてエアリオが戻って来ないか気にしていたから、これでようやく安心だ。
そんな変な行動のお陰で授業中に登校してきたエアリオの姿に気づく事が出来たのだから、一応は効果があったのだろうか。
エアリオは相変わらず眠そうだった。 ボクに比べればいつも遥かに多く寝ているはずなのに、いつも眠そうだ。
寝ている間と食べている間はずっと幸せなんだろうなあなんて前に考えた事があったけど、きっとそうなんだろうな。
「というわけで・・・・はい、飴」
「ん」
包み紙をあけてぽいっと口に放り込む。
無表情に口をもごもごさせているが、多分ご満悦なんだろう。
「はい、クッキー」
「ん」
「はい、ポテチ」
「ん」
「はい、煎餅」
「ん」
「・・・はい・・・・マシュマロ・・・」
「ん」
「・・・・・・」
そろそろツッコんでくれるかと思ったけど、エアリオは容赦なく食べ続けている。
青ざめた笑顔を浮かべているボクを見て『何か?』とでも言わんばかりに眉を潜めているが、今口の中はどうなっているのだろうか・・・。
というかもう食べ終わっているように見えるのだが、飴はどうしたんだろう。 飲んだのか? 飲んだのかよ?
「リイド」
「え!? な、なに?」
もしかしてちょっと失礼な事を考えているのがバレたのだろうか。 慌てて一歩下がると、その手を取られて無理矢理引き寄せられた。
エアリオは相変わらず無表情で、ガラス球みたいに透き通った目でボクを見つめていた。
「私の事は、気にしなくていい」
「・・・・・・・な、何が」
「怪我した事、リイドは気にしてる」
図星だった。 ただ、素直に謝るのもなんだか恥ずかしくて、こんな餌付けみたいな事をしてみたのだけど・・・。
視線を逸らし、ネクタイを緩める。 なんというか、こういう会話は苦手だ。 ボクは人に謝った事なんて・・・本当に数えるほどしかない気がする。
「気持ちは嬉しい。 けど、リイドが気にする事でもないのにそうしているのは不自然。 だから、いい」
「ボクの所為だよ・・・・気をつけてれば、勝てなかったとしてもやられる事なんてない相手だったんだから・・・」
「・・・・・・リイド・・・んっ」
なにやらちょいちょいと手招きされる。 仕方ないから近づく。
さらに手招きされるので、仕方ないからもっと近づく。
そうして首をかしげていると、彼女は背伸びしてボクの頭を小さな手で撫でた。
「・・・・・何してるの?」
「許した」
「・・・・・・何を?」
「リイドが気にしている事、許した。 だからもういい」
それから珍しく笑って、それから机にうつ伏せになる。
「あと、休み時間・・・終わる」
「あっ・・・・ごめん、ボクもう行くから!!」
エアリオはうつ伏せになったまま手をヒラヒラ振っていた。
そうだった、昼休みじゃなくて授業と授業の合間に来たのだった。 このままじゃ優等生なのに遅刻しちゃうよ!
そんなわけで何故か廊下を全力疾走したせいで、教室に向かってきていた先生に捕まって珍しく怒られてしまった。
しかしエアリオが怒っていない事に安堵し、ボクは先生に怒られていることなど激しくどうでもよかった。
昼休みが少しだけ待ち遠しくて、みんなと一緒に何を食べようか・・・そんな事を考えていた。
そうして昼休みになるといつもどおりエアリオがすぐさまやってきてボクをつれて中庭のカフェテリアへ。
そこへカイトとイリアが並んでやってきて、いつもどおりのメンバーが集合した。
でもって、エアリオが持ってきたのはBLTバーガーであり、ボクが授業中に考えた食事メニューは遠いものになりそうだった。
「まあいいけどね・・・」
四人で食事を摂るのは別に今までもあったはずなのに、少しだけ空気が変わった気がした。
何より変わったのはきっとボク自身が彼らに少しだけ興味を抱き始めたということだろうか。
基本的に他人に対して無関心なボクは目の前で誰が何をしていようが関係のないことだ。
しかし今はこうしてエアリオとイリアがにらみ合いをしていて、それを苦笑しながら眺めているカイトがいて、そんな様子が少しだけ心地よかった。
そうしてボク自身が少しだけ変わった事をボクはまだ強くは意識していなくて、そうして背後から肩を叩かれてボクは我に返った。
「リイド君、何をしているのかな〜?」
「・・・・先輩・・・あれ、なんか久しぶりですね」
立っていたのはこの第三学園生徒会長であるカグラ・シンリュウジ先輩だった。 なんだか久々に見た気がするのはボクだけだろうか。
ポニーテールにまとめた金髪を揺らしながら四つしか椅子のないはずのテーブルに強引に五つ目の椅子を持ち込み、挙句の果てボクのBLTバーガーを食いながら当たり前のように笑った。
「久しぶりっていうか、元々そんな頻繁にはあってなかったけどねぇ」
「カグラじゃねえか。 なんだ、急に?」
カイトは目を丸くしているが、どうも知り合いらしい。 イリアも特に驚いていないところを見ると知り合いのようだ。
というか、この学園の生徒で彼女の事を知らない人間など居ないだろう。 他者に疎いボクですら知り合いなのだ。 知り合っていない人間などいるのだろうか。
「ん〜・・・・別に急でもなくない? お昼休み以外は結構一緒にいるじゃんカイトとイリアは」
「まあ、そうね」 と納得しているイリア。
いや、これって確かレーヴァ関係者の集まりだったような気がするのはボクだけ?
「リイドともアタシは知り合い・・・というかマブダチの関係なので特に問題はないと思うんだよね!」
「誰がマブダチだ・・・・意外な言葉でボクを表現するな・・・」
「も〜照れちゃって! 夕暮れの部室で一緒に機械弄りした仲じゃないか〜!」
「あんたは見てただけだろ・・・あと別にボクは機械弄ってないし・・・」
「いじってたじゃん、なんかこう、端末みたいなの」
「バラしてたわけじゃないからね! なんだよ、ボクは機械オタクかよ! しかも一人でか! 寂しすぎるだろ!!」
と、そこまでツッコんでからボクは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
エアリオの、イリアの、カイトの視線がボクに釘付けになっている。 無論、ボクが勢いよくツッコミを入れたからだろう。
元々このカグラという先輩相手にはボクは意外と素直というか、素・・・というか、とにかくよく喋る事があった。 遠慮も無いので、こうした人前で見せない姿を見せてしまうことはたまにあったのだが。
まさかよりによってレーヴァ関係者の前で思い切り鋭くツッコんでしまうとは。 先輩の首筋に入った手刀をおそるおそる引っ込め、咳払いする。
「・・・・・って、カイトが言ってました」
「ぅ俺かよっ!?」
カイトにツッコミ返される。 これはさすがに無茶フリだったようだ。 というかツッコまれて逆に余計に恥ずかしくなってしまった。
「何何?カイトとリイドってもしかして漫才の勉強とかしてんの?」
「してねーよっ!!」 同時にボクらのツッコミがカグラに飛んでいく。
「あっはっはっは! おもしろ〜・・・きみらなかいいんだねえ」
「いや・・・・別に」 「おう、まぁな」
ちぐはぐな答えになった。
カイトはニヤニヤしながらボクの肩を組み、頭をワシワシ撫でながら言う。
「テレんなよ! 同じ境遇の仲間じゃねえか!」
「ちょっと・・・暑苦しいからやめてくださいよ」
「ひでぇ!?」
そんなこんなでぎゃあぎゃあ騒いでいるうちにすぐに昼休みは終わってしまった。
あっという間だった。 驚くほどそれは早くて。 だからボクは自分が楽しかったんだってようやく気づいた。
なんだか今後はカグラが混ざりそうな気がして、少しだけ疲れるけど・・・まあ、きっと相手はカイトあたりがやってくれるだろうからいいかな。
そんな事を考えながら一日が過ぎ、放課後になって教室を出ようとした時だった。
「待てよ・・・リイド・レンブラム」
顔を上げるとそこには少しだけ見覚えのある人の顔があった。
いつだったか、イリアを階段の踊り場で問い詰めていた上級生だ。 いかにもボクが気に入らないという目でこちらを見ている。
鞄を手に取り、立ち上がる。 ボクは笑いながらその人の隣に立った。
「何か用ですか?」
「話がある・・・・ついてこい」
ボクの返事も聞かないまま彼は廊下を歩いていく。 少しだけ教室がざわめき、ボクは彼についていくことにした。
向かった先は屋上だった。 放課後の屋上に人の姿は殆ど無く、先に居た数名も彼のただならぬ雰囲気を感じてすぐに去ってしまった。
フェンスを背に彼は振り返り、ポケットに手を突っ込んだままボクを見下ろす。
カイト並に背の高い彼は、完全にボクを見下ろす姿勢のままゆっくりと口を開いた。
「お前・・・・レーヴァテインのパイロットなんだよな」
「前にそう言った覚えがありますけど」
「・・・・・じゃあイリアは・・・・何をしているんだ?」
「何を、と言うと?」
「・・・・・・・・イリアはロボットにどう関わってるんだって聞いてるんだよ」
「それにボクが答えるとでも思いますか?」
鋭い目つきで睨まれる。 しかしそんなもの怖くもなんともない。 ああ、またバカが何かやってるよ・・・それくらいにしか思えない。
暴力的手段に出たり、他人を威圧したり・・・そんなのはバカのやることだ。 とてもじゃないが利口な人間の手段じゃない。 そんなことをやってるのは決まってバカで、どうせ自分の中に正しさなんか持ち合わせても居ないくせに、偉そうに感情論で相手を傷つける。
そういう人間がボクは大嫌いだ。 この様子だともしかしたらまだイリアに付きまとっていたのかもしれない。 そう考えると何故か酷くイライラした。
「イリアがレーヴァにどう関わってようが、あんたには関係のない事だろ? いつまでもしつこくてウザったいんですよ、わかんないんですか?」
「んだと・・・・? てめえこそイリアとどう関係があるんだよ」
「仲間ですから。 無力なあんたと違って、この街の平和を守る正義のヒーローですから」
「あれが正義だと・・・・? ふざけるなよ! あんなもののどこが正義だ! あんなただの暴力が、正義であってたまるか!」
胸倉を掴み上げられる。 刺すような敵意を全身に感じるが、ボクはそれを笑い飛ばした。
「暴力を口にする人間がこの態度ですか? じゃあ訊きますけど・・・あんたたちが振るう暴力とボクがレーヴァで振るう暴力、どこが違うんですか?」
「何・・・・」
「だから、あんたがこうやって今ボクの襟首を掴み上げている行為と、ボクがレーヴァで街を踏み壊す行為と、違うところがあるんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ボクはまだ敵を倒して街を守るって理由がありますけど、あんたのこれはただの私情だ。 そんな幼稚な感情を他人に押し付けないでくださいよ」
彼の拳が振り上げられ、ボクは殴り飛ばされていた。
殴られた頬は痛かったけれど、別にそれがどうというわけでもない。 全く負けたわけでもなければ、むしろこれは相手の降参のサインなのだから。
乱れた制服についた埃を叩いて落としながら立ち上がり、汚いゴミ屑を見るような目で見上げてやる。
「で・・・・満足しましたか?」
「・・・・・」
「イリアに付きまとうのも、やめてくださいよ・・・・人の迷惑考えた方がいいと思いますよ」
「てめえにイリアの事はわからねえ・・・・っ」
少年は去っていった。 捨てセリフまで吐いておいて、何の発展も得られないまま引き下がっていった。
馬鹿馬鹿しい。 酷く馬鹿馬鹿しい。 人間と言うやつはいつもそうだ。 なんでそうなのだろう。
ああ、バカのする事が馬鹿馬鹿しくて当たり前か。 別におかしなことは何もない。
「帰るか・・・・」
鞄を拾い上げて屋上から降りようと振り返ると、昇降口でカグラが手を振っていた。
「はい、オレンジジュースでオッケー?」
何がオッケーなのかわからない。 モロに口の中が切れてしまっているのにオレンジジュースを飲めとはただの嫌がらせですか。
校内の自動販売機で買ってきたオレンジジュースとココアを片手ずつに持ちながらカグラは人懐っこい笑顔で笑った。
ボクの視線に気づいてか、それとも冗談だったのか。 彼女はココアをボクに差し出し、紙パックのオレンジジュースにストローを差し込んだ。
フェンスを背にしながらストローでジュースを吸うカグラの笑顔から目を逸らし、ずるずると、ゆっくりとその場に座り込んだ。
指先から冷たいココアの温度が紙パック越しに感じられて、あとはもうどうでもよかった。 何だか酷く疲れていて、何もする気が起きない。
殴られた頬が熱くて痛い。 その頬にオレンジジュースを当てながらカグラはボクのすぐ隣に座っていた。
「アンタ、不器用だねぇ」
「何が・・・・?」
「なんでわざわざ相手を怒らせるようなこと言うわけ? テキトーにへらへらして謝ってれば少なくとも殴られはしなかったっしょ」
「・・・・・・・・・・んー・・・」
そりゃ、そうなのだろうけど。 ボクは自分の思った事は全部口に出てしまうタイプだから仕方ない。
それはカグラだって分かってるだろうに、なんでそんな事を今更訊くのかよくわからなかった。
「今思うと、なんか・・・カっとなったんだ。 あんなやつどうでもいいはずなのに、なんかイライラして・・・」
それが何故だったのかは思い出せない。 でもボクにしては珍しくやり返してやりたいなんて少しだけ思ってしまった。
やられたからやり返す、なんてのはバカの短絡思考だ。 それを繰り返していたら終わるはずが無いわけだし。
だからボクは自分がそうして思い浮かべていた苛立ちの正体がわからなくて、不思議な気分になっていた。
「何でなんだろうな・・・・・なんか・・・・むかついたんだよ」
夕暮れの空を見上げながら呟くボクの前にカグラは躍り出て、それからボクの頭を撫でて言った。
「いい傾向じゃないか、少年」
なんだか最近人に頭を撫でられてばかりな気がする。
ちなみに男のボクがいうのもどうかと思うけど、女の子に頭を撫でてもらうのは・・・意外と気持ちいいのである。
「レーヴァテインだかなんだか知らないけど、そんなのに乗ってさ。 戦ってるんでしょ? きみは」
「・・・・・知ってたんだ」
「知らない生徒は居ないと思うよ。 みんな色々な意味できみを避けたり、きみの悪口を言ったり・・・・でも、きみは確かにそんな性格だけど、でも、ちゃんと逃げずに戦ってるもんね」
「・・・・・・当たり前でしょ」
「そうかな? みんな、戦争してるって事もちゃんと理解してなくてさ。 空から怪物が落ちてくるって事も、よくわかってなくてさ。 だからみんなきっと、急にそんなのが現実になったから少し驚いてて・・・・少しずつきみのことも受け入れてくれるんじゃないかな」
「・・・・・・・・・」
カグラの言うことはよくわからなかった。
でも彼女の言うことがはずれたことはないので、ボクはとりあえず頷いておいた。
彼女がしばらくボクを放っておいてくれたのは何故なのだろう・・・少しだけ考えてみる。
紙パックにストローを挿して吸い込むと、口の中がずきずきした。
「痛い・・・」
腰に手を当て、夕日を望む我が学園の生徒会長の姿は・・・やっぱり少し凛々しかった。
鞄を片手に家に帰ろうと校庭を歩き、校門まで行くと・・・その先で見覚えのある三人が話しているのが見えた。
相変わらず賑やかそうで、ボクに気づかず騒いでいる。
きっとボクを待っていてくれたのだろうと思う。 無駄なことをしていると思う。 でも、それが少しだけ嬉しかった。
近づけば聴こえてくる彼らの声に少しだけ安心しながら、ボクは彼らの元に向かって行った。
「お、リイド! 遅かったじゃねえか、何して・・・うおっ!? 顔すげえことになってんぞ?」
「ちょっと、どうしたのよ・・・大丈夫!?」
「いや・・・・・平気だから」
「あんた頭悪いんじゃないの? 思いっきり腫れてるわよ・・・あーあ・・・」
冷たいイリアの手が傷口に触れるとズキンと痛んだ。
でも心配そうにボクの顔を眺めているイリアを見ていると、何となく諦めに似た感情が沸きあがってくる。
「本当に平気だから、ほっといてくれよ」
「何よ心配してやってんのに・・・・はいはい、悪ぅございましたね」
「傷は男の勲章だぞ、リイド!」
何いってんだこの人。
エアリオは黙ってボクに少しだけ目配せする。 大丈夫か、って。
だからボクも苦笑してそれに答える。 痛いけど、大丈夫だよ、って。
夕暮れの中、ボクらは肩を並べて歩く。
伸びた影が四つ並んで坂道を降りていく様子が、少しだけこそばゆかった。
でも今はそれでいい。 何も考えず、出来ればずっとこのままで・・・。
そう願ってしまうのは、悪い事ではないと思うから。
「よし、今日も本部でトレーニングだ!」 盛り上がっているカイトが笑う。
「今日こそ勝敗を覆してみせるわよ」 イリアもなんだかんだで楽しそうだ。
「・・・・・」 エアリオは余裕の表情を浮かべている。
ボクは。
「ま、いっか」
何も考えず、行く事にした。
とりあえずは、それでいいだろうから。