続・アイは勘違いから(笑)
前話を見ていないと意味が解らない不親切設計です。ご注意ください。
玄関への侵入を果たした俺が真っ先にしたことと言えば、鍵を掛けることだった。よし、これで戸締りはバッチリ。力尽くで追い出される可能性もますます低くなっただろう。
そうして俺は、俺と距離を取るために部屋の奥に行ってしまった真司を改めて観察する。うーん、流石は俺の運命の相手、惚れ惚れするほど格好いいぜ!
それはさて置き、さて、これからどうしようか。恋人になるには体から陥落させるのが一番手っ取り早いらしいが、俺の力で真司を押し倒すのは難しそうだ。思いっきり警戒されてるし。
大体、男同士が安全にセックスしようと思ったら手間が掛かる。その間ずっと真司を大人しくさせておくなんて、不可能だろう。
俺は珍しく頭をフル回転させて考えた。真司と恋人になるためなので真剣だ。
「……なぁ、腹減ったんだけど」
結論としては、真司を油断させ、警戒が解かれたところで一気に畳み掛ける、と言うことで落ち着いた。
突然、今までの遣り取りを無視して全く関係の無いことを言い出した俺に、真司は毒気を抜かれたらしい。数秒の逡巡の後、ため息をつく。
「インスタントは無い。冷蔵庫には材料があるけど、簡単な物しか作れないぞ。それに、今から作ったら時間も掛かる」
とかなんとか言いつつ作ってくれるつもりのようだ。こっち、つまりキッチンに寄ってくる。仕掛けた俺が言うのもなんだけど、お人好しすぎないか?
「それは全然構わないけど、真司が台所触られるの嫌じゃないなら俺、自分で作るよ?」
ちょっと潔癖そうだから断られるかも、と危惧しだけど、杞憂だった。真司はあっさり「ならどうぞ」と許可を出す。さっきまでの警戒心は何処に行ったんだろう。俺らの前世ならこのくらい当たり前だったろうけど、その影響?
何はともあれ、作戦が順調に進むのはいいことだ。俺は遠慮無く冷蔵庫を開けて中身を確かめる。
前世の記録があって何が良かったかって、腹が減った時に自分でパパッと料理できることだよな。別にデタラメに作っても食べれるのかもしれないが、どうせなら美味いものを食べたい。
「なぁ、米って炊いてる?」
「冷凍庫に小分けして入ってるよ」
「おお、節約術のあれか。マメなんだなぁ」
冷蔵庫漁ってたら本当に腹が減ってきたので、手早く作れるリゾットに決定。
「真司も食う?」
聞いてみたらちょっと悩んだみたいだけど頷いた。男はすぐに腹が減るから大変だよな。……いや、俺の前世も結構燃費悪かったし、男に限った話じゃないかも。
ま、関係の無い話は置いといて、男を捕まえるには胃袋から作戦、実行と行きますか。
作戦は、結果から言うと微妙だった。不味いとは言われなかったけど、特にこれといったリアクションも無し。可もなく不可もなく、みたいな? もっと料理スキル上げとくんだった。反省。
食器を洗い終わると、小さなテーブルに向かってる真司の反対側に腰を落ち着ける。真司は受ける講義を選んでいた。真面目だ。俺も目星くらいは付けておかないとなぁ。と言っても必修以外は何を取ればいいのやら。
「なぁ、真司は選択必修どれ取んの?」
「そんなの聞いてどうするんだ」
「なんか説明読んでもピンと来ないし、参考にしようかと」
呆れた顔されたけど、ちゃんと教えてくれた。やっさしー。でも俺ハングルには興味無いからパスしよう。いくら真司と一緒にいたいからって、全然興味の無い講義を選んだら単位を落としかねない。そんで再受講か別のを受ける羽目になって、結局巡り巡って真司といられる時間が減るわけだ。そんなのゴメンだね。
あーでもない、こーでもないと唸りつつ、時間割(仮)が完成した。後は本当にこれで良いのか、実際に体験して合う合わないを見極めるしかない。
「サンキュー、真司。アドバイス助かった」
「別に、大したことは言ってないけどな」
「でも迷ってる時って、自分の意見を人に肯定してもらいたいもんじゃね?」
「そういうものかな」
「そういうもんなのっ。あー、もうこんな時間か」
時計を見たら八時だった。かれこれ三時間は経ってる。時間割決めるのってこんなに時間かかるもんだったっけ? 卒業までの分、一気に決めたからこんなもんかな。ま、都合は良いに違いない。
「本当だ。いつの間に」
「なー、泊まってっていい?」
「え?」
流石に真司が戸惑いを見せる。俺がなんでここにいるのかも思い出しちまったかも。でもしょうがない。突っ切るのみだ。
「俺さ、実家通いなんだよね。今から帰ったら十時回っちまう。そんで遅くなるって連絡してなかったから、賭けてもいいけど俺の分のメシ、無い」
まず間違いなく弟どもに食われてるな。過去の体験を思い出して本気で凹んでいると、不憫に思ったのか、真司は躊躇いながらも許してくれた。やったねっ。
「でも、明日の服はどうするんだ。まさかスーツでは行けないだろ」
「んー、俺が受けるつもりの講義は午後からだし、一回帰るわ。あ、そだ。シャワー借りていい?」
「いいけど、着替えは?」
「それも貸して?」
「……分かったよ」
ため息つかれた。自分でも図々しいとは思うから、この反応も当然だけど。代わりに晩メシはまた俺が作ることになった。あんまり美味くなかったんじゃないのかと尋ねてみると、美味しかったよと不思議そうに返された。ああ、そうか。特別口に出すほどじゃないけど、美味いとは思ってたんだな。良かった。
「食器洗うから、先にシャワー浴びてきなよ」
「いやいやいや、俺が泊めてもらうのにそれはおかしいだろ。真司が先に入ってこいって」
そういうものなのか、なんて言いながらシャワーを浴びに行く真司を見送って食器を洗う。台所を見れば調味料は一通り揃ってるし、フライパンや鍋も幾つか置いてあった。真司も料理するんだなーとか考えて、前世の記録があるんだから何もおかしい事ではないかと思い直す。それに、真司って器用そうだ。前世と違って。
やたら不器用だった真司の前世を思い出して、やっぱり全然似てないなぁという感想を抱く。真司の前世は不器用っていうか、要領が悪かった。真面目にやってんのに能率の上がらない、損な性分だったと思う。その点、真司は真逆と言っていいんじゃないかな。この数時間を一緒に過ごしただけでもそう思える。
なんだよ、惚れ直しちまうだろうがっ。
「上がったよ。君が入ってる間に着替え用意するから、取り敢えずスーツ脱いで。はい、ハンガー」
「あ、うん」
「タオルはこれ使って。使い終わったらこの籠に。ああそれと、下着も新しいのあげるから心配しなくていいよ」
「……ありがとうございます」
気が利くと言うか、至れり尽せり? ちょおっと世話焼きすぎじゃね? ってくらい気を回すところは変わらないんだな。
前世との共通点を見付けつつ、俺はシャワーを浴びに浴室へ。ふっ、このまま何事もなく今日が終わると思うなよ! セックスの準備に時間が掛かるなら、俺が用意してから迫ればいいんだ! 俺って天才!
……なんて思ってた頃が俺にもありました。無理。絶対無理。あんな所に入るわけないって。誰だよ最初に思いついた奴。頭おかしいんじゃねーの?
すっかり心折れた俺は、真司が貸してくれた着替えに袖を通して大人しくしていた。湯上りの色香で迫るとかそんな気力無い。だが体から落とせないとなると、これはもう、正攻法で距離を詰めていくしか……いや、つーか恋人になったら普通はセックスするよな。え、どうすんの。本番は無しとかありかな。
悶々と考えていた俺に、TVを見ていた真司が振り向いた。ニュースは終わったらしい。
「待たせてごめん。もう寝るだろ?」
「そうだな。特にすることも無いし」
今夜は寝かせない予定だったんだけどな! 心の中で血涙を流す俺を知る由もない真司は平然と布団に潜り込む。って、あれ、そう言えば俺、何処でどう寝ればいいわけ?
そんな俺の疑問に答えるよう、真司が体ごと顔をこちらに向けた。
「悪いけど、布団の予備は無いんだ」
あ、つまり床で寝ろと。まぁ耐えられないこともないけど。
「だからちょっと狭いけど、一緒に寝よう。拓哉けっこう細いし、なんとかいけるだろ」
「え?」
いや、いやいやいや、警戒心解いてもらえるよう頑張ったの俺だけど、俺なんだけどっ。
「どうした、拓哉」
どうしたもこうしたも、何一つ手出しできない状況で惚れた相手と一緒の布団で寝ろとか、何の拷問だよ! つか、急に名前を呼ぶんじゃねぇよ。俺が部屋に上がり込んでからはずっと君としか呼んでなかっただろうが!
でもこんなこと馬鹿正直に叫べるわけもないから、俺は辛うじて自制した。
「俺が、お前に好きだって言ったの、覚えてるか?」
「あ……じゃ、じゃあベッドは拓哉が使ってくれ。俺は床で寝るから。コートでも羽織ってれば大丈夫だろ」
「なっ、バカっ、風邪引くだろ! それなら俺が床で寝る! 俺はこれで体けっこう丈夫だし、客でも何でもないんだからっ」
「いやでも拓哉、顔真っ赤だぞ」
「……誰のせいだ、誰の」
サラッととんでもないこと言い出すし、ここに来て急にポンポン名前呼んでくるし、完全に真司のせいだ。
自分でもはっきり判るくらい熱くなった頬を冷ますため、顔でも洗おうかと立ち上がったところで腕を捕られた。
「やっぱり一緒に寝よう」
「は?」
何を言ってるんだこいつは、と思ってたら、力一杯腕を引かれてバランスを崩した。布団のお陰でそこまで痛くはなかったが、文句を言ってやろうと顔を上げ、固まる。目の前に、真司の顔があったのだ。しかも楽しそうな笑顔で。
訳が解らなくて、でもつい見惚れていたら、真司がくすりと笑った。
「拓哉って、案外初心なんだな」
言われた意味を理解できないでいたら頭を撫でられる。
「思ったより可愛いところ、あるじゃないか」
にっこりと微笑まれて、俺は限界を迎えた。力が抜けて布団に突っ伏す。真司はそんな俺に構わずベッドを後にすると、クローゼットを漁りコートを引っ張り出した。
「ベッドはやっぱり拓哉が使いなよ。じゃ、お休み」
電気が消され、真司が床に寝転がってコートを布団がわりに羽織るとそれきり静寂が降りる。俺はのそのそと布団に潜り込み、純情を弄ばれたと一人しくしく心の中で泣いてる内に眠ってしまった。
いつか、絶対に惚れさせてやるからな!
続けないはずが、続けてしまいました。今度こそ続きません。多分。拓哉は当初は襲い受けな設定だったのですが、どうしてこうなった。この後、惚れた弱みで真司に振り回されつつもめげずにアタック続ける拓哉が変態オヤジに襲われたり、あんまりよろしくない噂の同級生にちょっかい出されたりするのを真司が助けている内に、真司も拓哉にずるずる嵌っていくのだと思います。