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輝石草原の女剣士  作者: xxx
第四章
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2・終焉(1)

「もう止めろ、リズ! お前はどうして、そこまでして復讐を遂げようと望むんだ!」


 シャリファンの言葉が、混沌とする戦場(いくさば)に響き渡る。


「どうして、だって……?」


 リズルカはぴたりと動きを止め、やがてゆっくりと振り返った。


「そんなの決まってる。……君が、死んだからだ」

「……しかし、私は生きている。ここで、こうして、お前と同じ目的を抱いて」

「違う。君は、あの娘を殺そうとはしなかった」

「同じだ」


 外套の奥で揺らぐ瞳を、シャリファンはまっすぐに見据えた。


「私が剣を向けるべきは、彼らを袋小路に迷い込ませた忌神(デシク)だ。ネルグイではない。……リズだって、本当はとっくにわかっているんだろう」

「……っ」


 リズルカの体が小さく震えるのがわかった。


「……だからって、僕にどうしろと言うんだ。君が死んだ――そう母さんから告げられたときから、僕の世界は闇に沈んだ。仲間のことなんてどうでもいい。君の仇を討つことだけが、僕にとって唯一の光だったのに」

「なら、もう終わらせるべきだ。私は今、確かにここにいる。……お前の目の前だ、リズ」

「でも、僕は……!」

「私だって、同じだったんだ!」


 なおも言い募るリズルカの言葉を封じるように、シャリファンは叫んだ。


「義母上が、父上が、そして多くの仲間たちが死んだ! でも、こうして剣を持つことを選んだのは……お前が、死んだと思ったからだ……!」


 シャリファンの顔がくしゃりと歪んだ。

 目の奥が熱くなるのを必死で堪えようとするように、手のひらを強く握り込む。


「ネルグイのことだって私たちと同じだ! 可愛い娘を忌神に奪われたくないという思いの結果が、私たちの生活を侵したんだ! ……でも!」


 シャリファンは、握りしめていた剣をおもむろに地面に放った。

 空いた両手を、目の前のリズルカへと伸ばし、その体を抱き締める。


「私は生きている! お前も、生きているんだ! ……もう、それだけでいいだろう」

「ファン……僕、は……」


 ためらいがちに、リズルカの手が動いた。シャリファンの体を優しく抱きしめる。


「……リズ……」

「…………悪い夢だと、何度も思った。けれど一度も目は覚めなかった。今日まで、ずっと」

「……ああ」


 吐息のように囁かれた言葉に、そっとうなずく。


「けど、君にひとつだけお願いしなきゃいけないことがある」


 言葉と同時に、リズルカの体はさっと離れた。


「僕がこれからどうなったとしても……君はもう、自由に生きて欲しい」

「リズ……? お前、いったい何を」


 するつもりだ、と。問う声は最後まで言葉にならなかった。

 突然、リズルカに突き飛ばされて、シャリファンの体はそのまま地面に向けて倒れていく。


「大丈夫か、シャリファン」


 駆け寄ってきたサーナが、シャリファンを優しく受け止めた。


「私よりも、リズが……!」

「……駄目だ。ここにいろ」


 慌てて走り出そうとしたシャリファンを、サーナの腕がきつく引き止めた。


「何故だ、サーナ! リズだけを、あの忌神の元に向かわせようというのか!?」

「ああ、そうだ。これはあいつの問題で……俺ですら、手を出せるような領域じゃねぇ」

「……どういうことだ」

「見てれば、すぐにわかるさ」


 リズルカは黒い外套を脱ぎ捨て、今や昔のように草原の男としての姿を取り戻していた。


「止めなさい、リズルカ! この母をどうしようと言うのですか!」

「……忌神の分際で、僕の母さんを汚すな」


 ぞっとするほど冷たい声だった。

 リズルカはそのまま手に持った剣を、己の母の姿を借りるそれへと突き立てる。


「無駄ですよ、愚かな息子。……わたくしは草原の大いなる力を司るもののひとつ! (シュピルァ)の力で我が体を滅することはできませぬ!」

「愚かなのは、果たしてどちらかな」


 本性を現した忌神の哄笑に、しかしリズルカは冷たい声でただ一言を告げた。


「僕の剣は(シュピルァ)で作られたものじゃない。……知っていると、思ってたんだけど」


 呟くようにそう言って、リズルカは剣を引き抜いた。


 ――瞬間、声にならない絶叫が草原に響き渡った。


 ティグナの姿を形作っていたものが、溶けるように大地へ崩れ落ちていく。


「僕の剣は、草原の外で暮らす南の人々から譲り受けた鉄で作ったものだ。草原の(ことわり)から外れたものであり、だからこそお前を滅ぼすことができる」

「ああ、あああ……」


 ぐずぐずに崩れていくそれは様々な女の形に姿を変えたが、やがて動きを止め、言葉にならない言葉を怨嗟のように発してから、大地に吸い込まれるように消えた。


「……終わりましたな、シャリファン殿」


 気付けば、サーナに抱えられたままのシャリファンの近くに、ガラが立っていた。


「あれは、間違いなくネルグイを狙ったものです。いくつか、見たことのある姿が混じっておりました」

「ええ。……これで、すべて」


 けれど。


 ――まぁだだよ、愚かな人の子たち!


 その声は、どこからともなく辺りに響き渡った。


「わたくしは忌神! 姿を失えど、わずかな力くらいは残っているものよ! ……だから、終わりを迎えるまでの短い時間で、ひとつ教えておいてやろうと思うの!」

「……」


 剣を持ったまま、リズルカはきつい顔で空を睨みつけていた。


「ねぇ、ねぇ! わたくしの愛しいリズルカ! ……わたくしが失われれば、お前も終わりだと知っているのでしょう? それなのに何故、わたくしを斬ったんだい!」


 優しげに響く問いが、にわかには信じられない言葉を突き付けた。


「お前は本当は死んでいたの! それをわたくしの力で生き返らせて、多くの命を喰らうための手足にしたのよ! 賢いお前ならば、目覚めた今、心のどこかでそのことに気付いているでしょうね?」

「……本当なのか、リズ」

「そうだよ、ファン。だから君を、あの忌神に向かわせるわけにはいかなかった。君が復讐を選んだのが僕のためだって言うのなら、なおさらだ」


 振り向いたリズルカは、かすかに笑っていた。


「あの忌神が滅びるのと、僕の死は同義だ。君は僕から解き放たれる。……自由に、ファン」

「待て! リズ……!」


 頑なに自分を繋ぎとめようとするサーナの腕から逃れようと、シャリファンは必死に足掻いた。


「止めろ、シャリファン。ここで見てるんだ」

「離せ、サーナ!」

「……あいつは、それを望んでる。そして俺は、あいつを守護する土地神でもある。その願いを聞き届けてやりたいんだ」

「だが、それでは、リズは……!」


 サーナは無言で首を振った。シャリファンは足掻くのを止めない。足元が、頭の中が、今にも崩れ落ちそうなほどに揺れている。


「リズ……!」


 叫んだ、その瞬間。

 ――リズルカの体もまた、忌神と同じように地面に崩れ落ちていた。

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