序・昔語りの老婆
――……ガラハーンの草原を生きるものならば、誰もが知っていることだがね。
老婆は、ゆったりとした口調で言葉を紡いだ。
あまり広いとは言えない天幕の中、子どもたちはところ狭しと集まり、老婆の言葉を待ちわびるかのように視線をそそぐ。いくつもの瞳が、きらきらと輝いていた。
「ここに集うお前たちの胸には、薄青い石が大切に下げられている。今は何の力も持たない石だけれど、いつか大人になるとき、それはお前たちを助けてくれるものに姿を変えるんだ」
集落の中でもひときわ年老いたものの昔語りは、子どもたちにとっては立派な勉学のひとつであり、また、数少ない娯楽でもある。
「皆、いつも聞かされているね。男は剣を、そして女は首飾りを選び取る。お前たちの親を見ていればわかることだ。……けれどね」
老婆が笑った。めくれ上がった唇からは、ほとんど歯の残らない口内が覗く。
「女でありながら剣を選び、そして首飾りをも手にしたものの話を知っているかい」
老婆の言葉に、子どもたちは一斉にざわめいた。
かれらの感覚からすれば、それはけしてありえないことだった。非力な女が剣を手にして戦うなんてもってのほか――それどころか、首飾りを持たない女は男の元に嫁ぐことができないはずだ。
ざわめきはしばしのあいだ続き、やがて治まった。
子どもたちの驚きを愉快そうに見つめながら、老婆は再び口を開く。
「お前たちにも充分に起こりうることだよ。よぉく耳を澄ましてお聞き。
……そうだね、なにから話そうか――」