S2-2
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コツコツと、階段を下りながら考える。
鈴が俺の事を好きになる。
いや、いくらなんでもその可能性は低いだろう。
ただ、気になるのは。
“鈴、妹に恋愛禁止を強いる”姉。 琴乃の発言だった。
理屈は分かる。 でも、そんな考え方はあまりに悲しいと思う。
姉だから、家族だからこそ妹にも普通の恋愛もさせてあげたいだろうに。
でも、してしまうと結果的に傷つくのは鈴の方だ。
俺に対するお願いも、鈴の事を考えてのこと。
それは、十分に理解できる。
「はぁ・・・なんだかなぁ」 呟いて、後ろ頭をポリポリと掻いた。
まぁ、俺が考えてもどうしようもないことなんだけど。
「ん?」 階段を下り、もう少しで3階に着こうかという辺り。
髪の長い、茶髪の少女らしき背中を発見した。
何やら一人で階段に座り込んでいる。
「あの、何かありました?」 気になって、その少女に話しかける
。
「・・・・・・」 返事は返ってこなかった。
具合でも悪いのかな? そう思い、もう一度問いかけてから肩を軽く掴んだ。
その瞬間。
「触らないで!!」
「・・・?!」 頬に痛烈な痛みを感じて、慌てて右手を痛む頬に
添えた。
即座には分からなかったが、少し思考を巡らせた俺はようやく理解した。
その少女にビンタされたのだと。
「・・・」 階段に座り込んでいた少女はすくっと立ち上がると
俺をキっと睨み付けた。
「な、何すんだよ?!」 いきなりのビンタに意味が分からない。
つい、ちょっと声を荒げてしまった。
「ふぅ・・・」少女は深呼吸を一つすると
「なんなんですの? あなたは。 いきなり女性の肩に触れるなんて」
肩まで伸びたサラサラの髪の毛をふわっと掻きあげる少女。
綺麗な顔立ちだ、それに出るとこは出て、凹むとこは凹んでいる。
モデルか何かだろうか?
4階と3階の階段の踊り場で対峙する。
よく見ると、この病院の入院服を着ている。
「君、ここの病院に入院してる人?」 俺が尋ねると
「そうですけど・・・貴方なんなんですの?」明らかに怪しんでい
る瞳をこちらに向ける。
「いきなり触ってすまかった。階段に座り込んでいたからどうした
のかと思って」
「・・・」彼女は無言のまま、目を背けた。
「本当にごめん」
俺は頭を下げた。こうする以外にどうしたらいいか分からなかった。
「はぁ・・・」彼女は何かを諦めたかのように
「いいですわ、このわたくしに触れたことは許してさしあげますわ。」と苦笑い気味に言った。
「ありがとう」
「全く、結城家の一人娘のわたくしに触れるなんて、あなたいい度
胸してますわね?」
「結城? はて、どっかで聞いたような・・・?」
俺がそう首を傾げていると
「あなた、まさか結城を知らないんですの?」
彼女は少し驚いたように言った。
「ごめん、この町に最近来たばっかりでよく知らないんだ」
「そうですか・・・なら説明してさしあげますわ」
彼女は“えっへん”とばかりにその豊満な胸を張って
「わたくしのお父様は何を隠そう、この病院の院長なのですわ!!
どうですか?! 驚きまして?!」
異様に強気な言葉に一瞬呆気にとられる。
「つまり、君はこの病院の院長の娘?」
「そうですわ。 だからわたくしに逆らうとこの病院では働けなく
なりますわよ?」 ふふん、と何故か得意げに話す。
「いや、俺ここの職員じゃないし」
「へ?」 彼女の目が点になる。
「いや、だからね。俺は別にここの職員ってわけじゃ・・・」
「じゃあ、貴方は何者なんですの?!」
ビシィ!! と俺に指を差して勝手に驚愕する。
・・・おもしろいな、この娘。
俺はとりあえず自分の状況を説明した。
風邪でこの病院に通っていたこと。
そして、今はこの病院に入院している少女に会いに来たこと。
「そうでしたか・・・わたくしとした事が、変な勘違いをしてしまいましたわ・・・くぅ・・・」
急に唸り、その場に蹲る。
「大丈夫か?」
「なんだか急に恥ずかしくなってきた・・・」
「いや、気にすることはないよ」
「だって、こんなの恥ずかしいっしょ・・・あたしったら勝手に勘違いして・・・」
ん?
なんか話し方がさっきと違うような。
「大丈夫だって」
「う~・・・」
う~ん、どうしたらいいんだろう?
困った俺はとりあえず頭を撫でてみることにした。
なでなで。なでなで。
「っ・・・何するの?!」
驚いたのか、彼女は立ち上がりこちらを睨みつけた。
見ると、彼女の顔は真っ赤だった。
「ごめん、やっぱ嫌だった?」
「嫌じゃなかったから、驚いたの!」
「え?」
「あ、いや・・・その・・・」
顔を真っ赤に蒸気させて、そんなこと言われるとなんか意識するな・・・。
「今のは無し・・・忘れてください・・・」
シュー・・・と音が聞こえそうなくらい真っ赤な顔を伏せる。
「分かったけど、一つだけいい?」
「なんですか・・・?」
「さっきと話し方が違うと思うんだけど」
「!!」
ハっとなったように「気のせいですわ!」と言う。
おお、元に戻った。でも。
「いや、もう遅いから」
「うう・・・」
「なんでわざわざそんなお嬢様みたいな話し方してるの?」
「だって、パパにもっと結城家の自覚を持てって言われて・・・」
「自覚?」
「うん、一応あたしの家ってお金持ちじゃん?」
「いや、じゃん?って言われても」
スラリと嫌味な事を言いやがるな。
いや、悪気がないのは分かってるんだけど。
「お金持ちの家の自覚を持てってことだから、もっとお嬢様っぽく
してしてみようと・・・」
「いや、多分それ違うと思うよ」
「え?!」また目が点になる。
おもしろいな。
「じゃあ、どういう意味なの?」
「う~ん、それは自分で考えるべきだと思うよ」
「え~、教えてくれてもいいじゃん・・・ケチ」
「まぁ、自分の将来のことに繋がることだと思うから。
きっとこれは自分で解決するしかないんだよ。」
「そういうもん?」
「そういうもん。」
ふむ、と少し考えた後に彼女は。
「そうだね、ありがと。色々考えてみる。」と笑った。
なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。笑えば可愛いのにな。
「そろそろあたし行くね、病室戻らないと。」
「そうだね、俺もそろそろ行かないと」
鈴が遅いってスネそうだからな。
「ありがと、なんか貴方と話せてスッキリしたよ」
「そっか、よく分からないけど。なら良かったよ」
「じゃあね、貴方とはまた会える気がする」
そう言い残して、彼女は階段を一段下った。
と思うと、何かを思い出したかのように振り向いて
「あたし、結城 燐301号室だよ。 あなたは?」
と俺に問う。
「俺は野村 淳、病室はない」
「あはは、淳。また会おうね」
彼女、燐は微笑むと背を向けて階段を降りていった。
おもしろい娘だったな。
燐ちゃんか、確かにまた会えそうな気がする。何故だか分からないけど。
さて、俺も行くか。
俺も階段を降りて、鈴の元に行くことにした。
―――よくよく考えて見れば鈴に会いに来る限り病院内で会う可能性があるのは当たり前だったのだが。
そして、燐が鈴の隣の病室だという事に気がつくのは
鈴の病室に着いてからだった。




