S1-3
「私は、全てを放棄することにしたんです」
「全てを…?」
「はい、全て」
「そんなの、変だよ」
「そうですか?」
「そうだよ、君はまだ若いんだよ? まだ17なのにもう色々諦めちゃうの?」
「・・・・・・」
「俺だって、君より数年長く生きてるだけだけど何もかも諦めてしまいたい時あるよ。
でも、負けたら進めなくなっちゃう気がするから。
俺は諦めないようにしているんだ。」
「それって・・・子供です。 ただの理想です。 我儘です」
「そこで諦めて、あとで後悔するくらいだったら子供でいい。
我儘だっていい、だってこっちの方が“生きてる”感じがするだろ?」
「・・・」
「君にだって、まだまだ未来があるんだ。 きっと俺より“幸せ”になれると思う。
病気だって治って、すぐまた元気に暮らせるようになるさ」
「・・・・・・・・・・・・」
そう、俺は悪気なんか無かった。
元気づけてあげようと、少しでも前向きな気持ちになってもらおうと
ただ、励ましてあげたつもりだった。
「・・・してください」 少しの沈黙の後、鈴は俯いたまま何かを呟いた。
「え? なに?」
「いい加減してください!!!」
今までの声とは比べ物にならないくらいの大きな声で彼女は叫んだ。
「へ・・・?」
「あなたに私の何が分かるんですか?! “生きてる感じ”? “幸せ”? “病気が治る”??
何を言ってるんですか? そんな甘い話、あるはずないじゃないですか!
だったらなんで、私はここに居るんですか?!
なんで、ロクに外にも出歩けないんですか?!
私は何年間もずっとここに居るんですよ?! あなたが思っている程私は幸福でもないですし
寧ろ不幸と言ってもいいと思ってます。 あなたの言っていることは無責任です!
何も出来ないくせに、何もしてくれないくせに! 勝手なこと言わないでください!!」
一気に捲し立てた鈴は、緊張の糸が切れたように嗚咽を漏らし始めた。
「う・・・えぐ・・・っ」
「ご、ごめん・・・そんなつもりじゃ・・・」
動揺した。 俺の何気ない言葉が、善意で出た言葉が彼女を傷つけてしまった。
どうしたらいいのか、一瞬で分からなくなった。
先程まであった、彼女を元気づけてあげようという気持ちは
彼女にとっては逆に重荷だったのかもしれない。
「私は・・・」
鈴は嗚咽交じりに、こう呟いた。
「あなたとは、違うんです・・・」
「鈴・・・」
「ごめんなさい・・・今日は帰ってください・・・」
「・・・分かった、ごめん」
俺はベッドから立ち上がり、静かに泣いている鈴を見つめた。
弱弱しく、儚げなその姿を俺は直視できず視線を逸らす。
何か言わなきゃいけないと思った、でも今の俺には多分彼女を傷つける言葉しか言えない。
だから俺はフラフラと覚束ない足取りで病室を後にした。
う・・・ぁぅ・・・。
「―――バカぁ・・・」 あたしの、バカ―――
- 3 -
「・・・・・・」 無言で軽すぎるほどスムーズに動くドアをスライドさせて閉める。
「淳さん・・・でいいんだよね?」
そんな俺に一人の女性が話しかけてきた。
「あっ・・・あなたは受付の」
「そう、受付のお姉さんよ。 ・・・て、そんなことはどうでもいいの。
今、時間あるかしら?」
「え、ああ。 はい、今日は休みなんで時間はありますけど」
「なら、場所を変えて少し話をしない? 貴方と話さないといけないことがあるの」
「は、はい・・・」
・・・・・・。
「あの、ここ俺が入っていいんですか?」
女性に連れて来られたのは、2階の小さな会議室みたいな部屋だった。
「いいのよ、ちゃんと許可は取ってあるから」
「そうですか、どうも」
「コーヒーがいい? それともお茶?」
「あ、いや。 お構いなく」
「ん~・・・ならコーヒーでいいわね。
貴方コーヒーが好きそうな顔しているし」
どんな顔ですか、それは。
会議室の中には四角い机が中央に配置されていて
その横に対になるように、椅子が一つずつ置かれていた。
これから面接でも行うんじゃないかという感じの配置。
女性が奥の椅子に座ったので、俺は余っている反対側の椅子に腰を掛けた。
「はい、コーヒー」
「ありがとうございます」
て、これ缶コーヒーじゃないですか。 まぁ、いいけど。
ちなみに女性が持っているのも缶に入っている緑茶。
「それで、話ってなんなんですか?」
プシュっと軽快に缶のプルタブを開ける女性に問う。
「ああ、話ね。 うん、その前に自己紹介しておきましょうか。
あたしの名前は“小鳥遊 琴乃”」
「小鳥遊…えっと、まさか」
「そう、鈴蘭の姉よ」
驚いた、まさか鈴の入院している病院の受付を鈴の姉がやっているとは。
「鈴のお姉さん…じゃぁここの受付をやっているのは鈴の関係ですか?」
「いやいや、いくらなんでもそんな事あるわけないわよ…
と、言いたい所だけど半分は当たり」
「半分?」
「まぁいいじゃない。 あたしのことは。
それより、鈴蘭のことなんだけど」
「あ、はい。 なんでしょう?」
「あの娘とは、どうやって知り合ったの?」
「え?」
「いや、あの娘、結構人見知りする方だし今まで仲良くなったのだってほんの数人。
しかも、ある時からずっと友達はおろか親戚すらも人間関係を絶っていたくらい。
そんなあの娘が、貴方みたいな若い人と。 しかも病院の関係者でもない貴方と
どうやって知り合って、仲良くなったのか知りたくて」
「・・・なるほど」
・・・・・・。 俺は今までの鈴との経緯を覚えている限りで説明した。
「へぇ、たった2回話しただけで部屋まで入れたの? あの娘」
「ええ、まぁ」
「もっと警戒したほうがいいと、言っておいた方がいいかもしれないわね」
「あの、俺ってひょっとして、信用されてません?」
「当たり前じゃない? だって、貴方とあたしはこの前知り合ったばかりだし
まともに話すのも今日が初めてなんだから。
あの娘は、まぁ少しは心を開いているみたいだけど」
琴乃さんは、そう言うとお茶をずずっと啜った。
「心を…そうでしょうか?」
「?」
「俺には、鈴が心を開いているように思えないんですが…」
「…さっきあの娘を怒らせたとか、傷つけたとか。 そう言いたいの?」
琴乃さんは、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「聞いていたんですか?」
「失礼ね、ドアの前通りかかったら“たまたま”聞こえたのよ」
「たまたま、ですか」 はは・・・ と俺は苦笑いした。
「一つ忠告しておくわ」
「・・・?」
「あの娘の事、助けたいと思っているなら。 やめた方がいいわ」
「なんでですか?」
「あの娘も言ってたでしょ? 全てを放棄しているって。
なのに、わざわざ大人がシャシャリ出てきてあの娘の意思を邪魔する事はないわ」
「でも、それだと鈴はどうするんですか?
ずっとあのまま、絶望しながら何もかも諦めながら生きていくんですか?
そんなの間違っている! 俺はそんな鈴は見たくない!」
琴乃さんの目つきが鋭くなった。
「なら、貴方はあの娘の為に何かしてあげられる? 助けてあげられる?」
刹那、さっきの鈴の言葉を思い出した。
“何も出来ないくせに、何もしてくれないくせに!
勝手なこと言わないでください!!”
「確かに、俺にしてあげられることなんかないかもしれません。
鈴の病気の詳しいことや、昔の事。 そして家族や友人の事。
何も知りません。 でも、助けてあげたい。 笑顔にしてあげたいと本気で思ってます。」
「笑顔・・・?」
「はい、俺は鈴の笑顔が可愛いと思ったんです。
普段あまり見せない、可愛い笑顔をもっと見たい。 これは俺の我儘なのかもしれない。
鈴が言うとおり、自分勝手で無責任なのかもしれない。
でも、少しでも笑ってくれるなら・・・俺は・・・!」
グっと拳を握る。 そして真っ直ぐ、琴乃さんを見つめた。
「鈴の為なら、死ねます!!」
・・・・・・シーン。
その俺の一言を最後に、部屋は無音になった。
「えっと・・・あ、あれ・・・?」
その空気に耐え切れなくなった俺は、思わず苦笑いして俯く。
やばい、多分ハズした。 今俺は空気を読まない発言をしてしまった。
どうしよう、どうしよう??
「ぶっ! あっはははははは!!」
時間が戻ったかのように、琴乃さんは腹を抱えて笑い出した。
なんか、受付に居た時の印象とかなり違う気がするなぁ。
「淳さん、変過ぎ! なんか面白い!!」
ケラケラと笑っている。
「変ですか、鈴にも言われました」 もう俺は苦笑いから当分解放されないだろう。
「でも、さっきの瞳、真っ直ぐで良かったよ。 淳さん」
「そ、それはどうも」 なんだか、照れくさい。
「まぁ、色々言ったけど。 あたしだって、あの娘に笑ってほしいよ。
そして、最近全く笑わなくなっていたあの娘を、貴方は笑わせてくれた。
貴方なら、もしかしたら奇跡を起こしてくれるかもしれないわね」
琴乃さんは、そう言って微笑んだ。
「奇跡、ですか?」
「なんでもないわ。 …分かった、少しの間鈴の事、貴方に頼むわ」
「え?! 俺にですか?」
「ええ、詳しい事はまだ、色々お話しできないけれど。お願いできるかしら?」
「はい、毎日は無理ですけど。 あの、休みの日とかで良ければ」
「十分よ、あの娘をよろしくお願いします」
丁寧に、頭を下げる琴乃さん。
「いや、そんな頭を上げてください。 俺の方こそなんか無茶苦茶言っちゃって。
俺で良かったら、鈴さんの力になります。 いや、なってみせます」
「ふふ、頼もしいですね」 クスクスと無邪気な子供を見るような目で笑っている。
「あ、あたしの事は呼び捨てでもいいですよ」
笑っていたが思い出したかのように、琴乃さんは口を開いた。
「え、いや。 それは流石に」
「鈴蘭の事は呼び捨てで、あたしは呼び捨てに出来ないと?」
「いや、でも・・・」
「大丈夫、あたしも貴方とタメの22ですから。 遠慮はなしで」
ウインクされた。
タメの割には、色気あるなぁこの人。
「分かりました。 琴乃」
「ふふ、これから、よろしくお願いしますね。 淳くん」
・・・・・・。
それから、間も無く琴乃さん。 いや、琴乃は仕事が残っているので
持ち場に戻っていった。
何はともあれ、鈴と仲直りしなくてはいけない。
このままだと、笑顔にするとか力になるとか以前の問題だ。
俺は、再びエレベーターに乗り込み。 3階を目指した。




