後悔
これは私の後悔の話。
ずっと心のどこかにあって、ふとした時に思い出す。
そんな程度のものでしかありません。
でもこれは、私の唯一の本気の後悔です。
これだけが、忘れられない後悔です。
今回お話したいのはとても大きな後悔の話。
拙作『戯言文集』にあります「大切な人」にも絡んでくる話ですから、それも交えてお話したいと思います。
【】の中は「大切な人」の本文です。
【大切な人を亡くしたあの日 ただ悲しみと涙があふれた
何もかもを置き去りにしたまま ただ時間だけが変わらずに過ぎて行った】
最初は涙なんて流れなかった。ただただ胸に穴があいたような喪失感だけを感じていた。
慌ただしく祖父を送る準備が進められていく中、ただ時間だけはそれまでと同じように流れて行った。
【大切な人がいなくなっても 世界は大きく変わることもなく
私だけを置き去りにしたまま ただいつもの日常を繰り返す】
人一人が死んだところで、世界にさしたる影響があるわけでもない。
ただ、私の家族から一人欠けてしまっただけ。
葬儀も納骨も終わってしまえば、それまでと同じ生活に戻るだけだった。
祖父の場合は、亡くなるまでに数ヶ月間入院していたから、祖父のいない生活サイクルは出来上がってしまっていた。
【大切な人を見送ったあの日 その骸に触れられなかった
その冷たさを知ってしまったら もう私は消えてしまう気がした。】
家族が、親族が、祖父の骸に触れていく中、私だけは触れることができませんでした。
祖父の死を認めたくなかったというわけじゃない。ただ怖かっただけだ。
触れてしまえば、その瞬間に自分が死んでしまうように思ったから。
当時の私は、半ば鬱で、常に死にたいと思っていた。
けれど、あの日、あの時、あの瞬間に、その頬に触れるまでもなく感じた冷たさで、私は初めて「死」の恐怖を知った。生まれて初めて、本気で死にたくないと、生きたいと思った。
だから触れられなかった。触れたくないと思ってしまった。
祖父の骸がオゾマシイものに思えて。
何のためらいもなく触れて行くみんなが、化け物のように思えた。
あの日、あの時、あの瞬間、そう思ってしまったことこそが私の人生最大の後悔だ。
【大切な人を忘れていく私 そんな自分がゆるせなく思えた
せめてその暖かさだけは ずっとずっと覚えていたかった】
ゆるせないなんて思ったことはない。忘れていくのが当たり前だと、当然で仕方ないことなんだと思っている。だって、忘れるからこそ人でしょう? だから、私も忘れたの。
でも、それが《当たり前》な自分が怖くて仕方なかった。
自分もそんな風に忘れられていくんだって思ったから。
でもやっぱり、《当たり前》なんだよね。
【あの人の声も暖かさもすべて 優しさも厳しさも何もかもを
私の中にとどめておきたいのに 涙ともに 全部流れて 何もかもが色褪せてしまう】
暖かさなんて覚えていない。声も表情も全部。厳しくされたことなんてない。
祖父はいつも私に優しかった。いつでも私の味方をしてくれた。
でも、その姿は思い出すこともできない。薄れていくのが当たり前だと、消えてしまうのが普通だと思っているから。
【愛しい人よ 私は いつかあなたを 思い出せなくなるでしょう
愛しい人よ 私は いつかあなたと もう一度出会えるでしょうか】
優しかった祖父へ 私はもうあなたが思い出せません。
優しかった祖父へ 私はもうあなたがわかりません。
あなたはどんな表情で、私を抱き上げてくれたでしょうか。
あなたはどんな顔で、私の名前を呼んだでしょうか。
私には、もうそれさえも思い出せません。
思い出はたくさんあるけれど、あなたの姿はもう思い出せません。
たくさん話を聞いたけど、あなたの声はわかりません。
それでも、私はあの頃幸せだったと思います。
だから、ありがとう。そして、ごめんなさい。
あなたに触れられなかったことに、ごめんなさい。
あなたの死を悲しめなかったことに、ごめんなさい。
これが私の後悔。
忘れることなどできません。ふっきれることなどありません。これは私の後悔です。
これが私の後悔です。
これが私の後悔です。
この文に意味はありません。この文に価値はありません。
読んでほしいわけではありません。知ってほしいわけではありません。
ただ、書かなければいけない気がしたのです。
ただ、書かないなんて選択肢はない気がしたのです。
これは私の後悔です。ただそれだけのものです。