第1話 プロローグ
はじめまして、あるいはいつもお読みいただきありがとうございます。
本作『ファースト・サーブ 〜0から世界へ〜』は、陸上部で青春を過ごしてきた少年・火野蓮が、ひょんなきっかけからテニスと出会い、右も左も分からない"0"の状態からプロ、そして世界の頂点を目指していく物語です。
派手な才能や特別な血筋があるわけではない、ごく普通の少年が、悔しさや挫折を一つひとつ乗り越えながら成長していく——そんな王道の物語を、丁寧に描いていきたいと思っています。
更新は基本的に1話3000字程度、少しずつではありますが、蓮の成長を長い目で見守っていただけると嬉しいです。
それでは、本編をお楽しみください。
第1話 プロローグ
グラウンドに、乾いた風が吹き抜けていく。
火野蓮は、スタートラインに立っていた。膝に手をつき、息を整える。周囲では同じ陸上部の部員たちが、思い思いにストレッチをしたり、タイムを確認し合ったりしている。
「蓮、次のタイム測るぞ」
顧問の声に、蓮は小さく頷いた。100メートル。中学に入ってからずっと走ってきた距離だ。スタートの合図とともに、地面を蹴る。腕を振り、視界が流れていく。ゴールを駆け抜けた瞬間、タイムを告げる声が聞こえた。
「11秒8。……まあ、いつも通りだな」
顧問の言葉に、蓮は苦笑いを浮かべた。悪くはない。悪くはないが、それ以上でもない。県大会でベスト8に入れるかどうか、という程度の実力だ。全国を目指すような選手たちとは、明らかに何かが違う。その「何か」が何なのか、蓮自身にもよく分からなかった。
中学3年生の夏。引退まであと少し。この三年間、蓮は誰よりも真面目に練習してきたつもりだった。朝は誰よりも早くグラウンドに来て、放課後は誰よりも遅くまで居残った。それでも、タイムは思うように縮まらない。努力すれば報われる——そう信じてきたはずなのに、最近はその言葉に、どこか虚しさを感じ始めていた。
「なあ、蓮。お前、引退したらどうすんの?」
部活終わりの帰り道、隣を歩く同級生が聞いてきた。
「さあな。まだ決めてない」
「受験勉強一本? それとも、高校でも何かやるの?」
「……分かんねえよ、そんなの」
素っ気なく答えながらも、蓮の心の中には、言葉にできないもやもやとしたものが渦巻いていた。陸上は好きだ。走ることも、記録が伸びる瞬間の高揚感も、嫌いではない。ただ、心のどこかで「このままでいいのか」という声が、ずっと鳴り続けている気がしていた。
自分より才能のある選手が、涼しい顔で自分より速いタイムを出す。そのたびに、蓮は「努力」という言葉の意味を考えさせられた。努力は、才能に勝てないのだろうか。そもそも、自分は本当に「向いている」ことをやっているのだろうか。
答えの出ない問いを抱えたまま、夏の日々は過ぎていく。
家に帰ると、母の由美子がパートから戻ってきたところだった。
「おかえり、蓮。今日はタイムどうだった?」
「……いつも通り」
「そう。まあ、焦らなくていいのよ。蓮のペースで」
母は笑いながらそう言ったが、蓮はその言葉を素直に受け取れなかった。母がどれだけ苦労して自分を育ててくれているか、分かっているつもりだった。だからこそ、「このままでいいのか」という焦りは、余計に強くなる。
その夜、蓮は自分の部屋でベッドに寝転がりながら、スマートフォンで何気なく動画サイトを開いた。特に見たいものがあったわけではない。ただ、退屈な時間を埋めたかっただけだ。
おすすめ動画の一覧を、指先で流していく。ゲーム実況、お笑い動画、料理系のチャンネル——どれもなんとなく心に響かない。そんな中、ふと一つのサムネイルに指が止まった。
テニスの試合映像だった。
特に興味があったわけではない。テニスというスポーツを、まともに見たことすらなかった。それでも、なぜかそのサムネイルに写る選手の姿——小柄な体格でありながら、コートの端から端まで信じられないスピードで駆け抜けている姿——に、蓮は妙に引っかかるものを感じた。
軽い気持ちで、再生ボタンを押す。
それが、蓮の人生を大きく変える出会いになるとは、このときはまだ、知る由もなかった。
(第1話・了)
第1話、お読みいただきありがとうございました!
「ファースト・サーブ」というタイトル通り、蓮の物語もようやく最初の一歩(というより、まだラケットすら握っていませんが……)を踏み出したところです。次話からは、いよいよ蓮がテニスの世界に足を踏み入れていきます。陸上部で培った脚力が、テニスコートでどう活きていくのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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次話もお楽しみに。(2026年9月14日更新予定)




