狂愛の追放聖女
※途中で視点変更が行われます
sideソフィア(主人公)
「ソフィア。お前はもうクビだ。今すぐこのパーティから出て行ってくれ」
薄暗い宿屋の一室。最愛の勇者アルス様は、私に向かって冷酷な言葉を突きつけました。その顔は青ざめ、私と視線を合わせようともせず、握りしめた拳は小刻みに震えています。額からは大粒の汗が流れていました。
(ああ……アルス様。私のことを想うあまり、そこまで身を切られるような痛みを耐えていらっしゃるなんて……!)
「これからの戦いは、今までとは次元が違う。お前のような戦闘力のない聖女を連れていては、俺の命に代えても守りきれない。俺の足手まといになるだけだ。だから……二度と俺の前に現れるな」
アルス様の言葉は、どこまでも純粋な愛に満ちていました。私が死ぬかもしれない恐怖に、彼の精神はとっくに限界を迎えているのです。「足手まとい」だなんて嘘をついて、あえて私に嫌われる悪役を演じることで、私を安全な場所へ避難させようとしてくれている。本当は一分一秒だって私と離れたくないはずなのに。
「わかりました、アルス様。そこまでおっしゃるなら、私はここで大人しくパーティを離れますね」
私が可憐に微笑むと、アルス様は「……あ、ああ。分かってくれればいいんだ」と、心底ホッとした顔でそうおっしゃいました。そのまま逃げるように部屋を去っていったのです。
パタン、と扉が閉まった静かな部屋で、私はそっと自分の胸に手を当てました。愛されている。私は世界で一番、アルス様に愛されているわ。
確信が、私の胸を温かい幸福感で満たしていく。同時に、ふつふつと強い決意が湧き上がってきました。アルス様は優しいから、私を守るために「クビだ」なんて悲しい嘘をついた。
……でも、そんなの絶対に間違っているわ。愛し合う二人は、いつだって隣にいるべきよ。
「私たちが一緒にいるために、邪魔な魔王軍が存在するからいけないのね……」
そう、すべては魔王軍が悪いのだ。あの醜い化け物どもが世界を脅かしているせいで、アルス様はあんなに心を痛めながら私を追放しなければならなくなった。なら、答えは一つしかありません。
「待っていてくださいね、アルス様。二人の愛を邪魔するゴミ虫どもを、私が今から一匹残らず『お掃除』してあげます。そうすれば……私たちはもう、一秒だって離れなくて済むのですから」
私はクローゼットから、いつもアルス様の寝顔を特等席で見守る時に使っている、お気に入りの頑丈なメイス(魔法媒体)を取り出しました。瞳からすっと光が消えていくのを自分でも感じながら、私はウキウキとした足取りで、単身、魔王領へと歩みを進めたのです。
♢♢♢
sideアルス(勇者)
――あれからちょうど一ヶ月が経った。
「……よし。よし、完璧だ。俺は生き延びたぞ」
魔王城の冷たい廊下を進みながら、俺――勇者アルスは、誰にも聞こえない声でそう独白し、勝利の笑みを噛み締めていた。
一ヶ月前、俺は人生最大の死線を見事に潜り抜けた。
あの、最恐にして最悪のヤンデレ聖女、ソフィアの追放劇だ。思い出すだけで今も背筋が凍る。
毎晩寝顔を見下ろしてくる狂気や、俺と親しげに話した女性たちが翌日には消える怪現象。
魔王と戦う前に、俺があいつに殺されると思った。
だから俺は、あえてクビ宣告を突きつけた。ソフィアを刺激しないよう、「君の安全を思うがあまり、心を鬼にして突き放す悲劇の勇者」を120%の演技力で演じきったのだ。
あいつは俺が自分を想ってクビにしたと勘違いして、今頃は安全な王都で引きこもっているはずだ。
(ざまあみろ! 俺の計画の勝ちだ! あいつの隣にいる恐怖に比べれば、魔王討伐なんて天国のようなもんだ!)
これでようやく、世界を救う旅に集中できる。そして、あいつから逃げ切るのだ――そう、浮かれていたのは、魔王領に入るまでのことだった。進軍を開始してから、俺の胸には拭いきれない強烈な違和感がこびりついて離れなくなった。
「おかしい……あまりにもおかしくないか……?」
俺は立ち止まり、思わず口を突いて出た疑問を呟いた。後ろを歩く仲間たちも、一様に青ざめた顔で頷く。
おかしい。
魔王領に入ったというのに、周辺への被害や襲撃が不自然なほどに少ないのだ。絶え間ない夜襲や奇襲に怯える地獄の進軍になるはずだった。しかし、襲撃してくる魔族の姿はほとんどない。それどころか、世界を恐怖に陥れてきた魔王軍の『幹部』たちすら、一人として前線に攻めてこないのだ。
国一つを滅ぼす力を持つ彼らが、なぜ動かないのか。冷や汗が背中を伝う。脳裏を最悪の仮説がよぎった。
(もしかしたら……魔王は、幹部も含めた全戦力を城の最奥に集結させて、俺たちを待ち構えているんじゃないか……!?)
そうでなければ、この不気味なほどの無風状態の理由がつかない。俺たち勇者パーティを確実に一網打尽にするため、最深部で恐ろしい罠を張っている可能性がある。
「みんな、油断するな……。この扉の向こうに、全戦力を集めた魔王軍が待ち構えているのは間違いない。世界を揺るがす魔王軍との決戦だ」
心臓が警鐘を鳴らすように激しく脈打つ。恐怖で震えそうになる右手を左手で押さえつけ、俺たちはついに、魔王が座る最深部の大扉の前へとたどり着いた。俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決して大扉を力任せに押し開けた――。
♢♢♢
sideソフィア
ギギィ、と重々しい音を立てて、魔王城の最深部の大扉が開かれました。
「あら、アルス様。遅かったですね?」
私は振り返り、大好きな人の姿を見つけるなり、パッと顔を輝かせました。私は豪奢な玉座の前に立ち、お気に入りのメイスを純白の法衣で丁寧に拭きながら、最高の笑顔を浮かべます。
「ひ、ひっ……! な、なんでソフィアがお前、ここにいるんだよ……っ!?」
アルス様は涙目で情けない悲鳴を上げ、床を這いつくばって私から必死に距離を取りました。ガタガタと歯の根を合わずに震えています。
「お前は一ヶ月前に王都へ追い返したはずだろ! ……ま、まさか貴様、裏切って魔王軍と結託したのか!?」
アルス様の後ろから、武器を構えた戦士が、憎悪と恐怖の混じった声を張り上げて私を睨みつけてきました。私は小首をかしげ、まるで無実の罪を課せられた子供のように、いたずらっぽく微笑んでみせます。
「ふふ、そんなわけないじゃないですか。結託だなんて、失礼しちゃいます。私がアルス様を裏切るわけないじゃないですか」
私は満面の、それはそれは素晴らしい笑顔を浮かべ、細い指先で部屋の隅をさっと指し示しました。
「見てくださいアルス様! 私たちの愛を邪魔するゴミ虫どもは、幹部も含めて私が一匹残らず『お掃除』して、あそこにまとめておきましたよ♪」
アルス様たちの視線が、私の指先へと向けられます。そこで彼らが目にしたのは、まさに地獄絵図でした。
部屋の隅にゴミのように積み上げられていたのは、魔王軍の『全戦力』だった肉塊です。
世界を恐怖に陥れた魔王も、国を滅ぼす力を持つ四天王たちも、私の放った高密度な光属性魔法によって、肉体の大部分を跡形もなく消し飛ばされ、物言わぬ死体の山と化していました。
ある者は胸から上が消失し、ある者は半身を丸ごと抉り取られ、焦げ跡すら残さず分子レベルで消滅しています。
「あ……あ……」
あまりの光景に、戦士も魔法使いも絶叫すら上げられず、ガタガタと武器を落として腰を抜かしました。私はそんな彼らを気に留めることもなく、アルス様に両手を広げます。
「さあ、もう私を『足手まとい』なんて言って、心を鬼にして遠ざける必要はありませんよ。早く私を抱きしめてください!」
「ソ、ソフィア、貴様まさか魔王軍を全滅……。アルス、やはりこいつが人間なわけがない! 迎撃だ!」
正気を取り戻した戦士が剣を振りかざし、魔法使いが震える声で呪文を唱え始めます。ですが、私とアルス様の感動の再会を邪魔するなんて、あまりにも不作法が行き過ぎています。
「……あの、失礼ですが、あなたたちは誰でしたっけ?」
私は満面の笑みのまま、冷たく言い放ちました。一ヶ月前まで同じパーティにいたようなきがする彼らの顔も名前も、私の脳内には一切残っていません。
私の世界には、アルス様という光しか存在しないのですから。
「邪魔です。私はアルス様と二人きりになりたいの」
私が静かにメイスを振るった瞬間、目も眩むような神聖な閃光が玉座の間を包み込みました。戦士の怒号も、魔法使いの詠唱も、一瞬で光の中に掻き消されます。爆発の衝撃すらありません。ただ、放たれた超高密度の魔力が、彼らの肉体の大部分を断面ごと消し飛ばし、その場から永遠に『消去』しただけでした。
「あ、あ、あああああ……っ!!」
一瞬で仲間を失い、完全に一人になったアルス様が絶望に顔を歪めます。
「違う! 違うんだソフィア!! お前を危険に晒したくなかったんじゃない! 俺の身の危険からお前を遠ざけたかったんだよ!! 毎晩俺のベッドの横でに来るのをやめろ! お前が一番危険なんだよ!! 本当に怖くてクビにしたんだァァッ!!お前なんて好きじゃないんだ───俺に近づくな!!!」
アルス様は泣き叫びながら、ついに本音をぶちまけました。私は一瞬だけきょとんとしましたが、すぐに、すべてを理解して愛おしさに胸を詰まらせました。
アルス様ったら、私の圧倒的な強さに気圧されて、すっかり気後れしてしまっているのです。男の人のプライドというやつでしょうか。
「俺が守りたかったのに」と、拗ねていらっしゃるに違いありません。そんな本心にもない嘘をついて照れるなんて、本当に可愛い人。
「嘘なんてつかなくていいんですよ、アルス様。おいたが過ぎる照れ隠しは、お仕置きです♪」
私は一瞬で間合いを詰めると、世界で一番大好きな人の四肢を、神聖な魔力で作った頑丈な鎖で優しく縛り上げました───
♢♢♢
数日後。新しく私が支配者となった魔王城の地下深く。窓一つない、防音完備の特等席(檻)の中で、アルス様は鎖に繋がれていました。
私は部屋の隅で、彼から譲り受けた(奪い取った)勇者の紋章を愛おしそうに眺め、満面の笑みを浮かべます。
「アルス様を脅かす危険な世界なんて、私がすべて管理して、お掃除してあげます。だからアルス様は、この安全な私のお部屋で、一生私だけを見ていればいいのです」
私はアルス様の頬を優しく撫で、至福の笑みを浮かべました。
「愛しています、アルス様。私たちは世界で一番幸せな、相思相愛のカップルなのですから♪」
最初は「出してくれ!」と毎日泣き叫んでいたアルス様でしたが、人間、環境に慣れるのは早いものです。私の深い愛がようやく届いたのか、ある日を境にアルス様は暴れるのをやめ、虚ろな瞳でただ静かに微笑むだけの、とっても聞き分けの良い素敵な旦那様になってくれました。
それから、さらに数年の月日が流れました。
「お母さま! お父さまと一緒に、お庭のお花を摘んできたよ!」
新しく建て直した美しい城の庭園に、愛らしい子供たちの元気な声が響き渡ります。アルス様にそっくりな、輝く金髪を持った私たちの宝物です。
「ふふ、ありがとう。お父さまの手をしっかり繋いであげてね」
私は優しく微笑み、アルス様の手を握りしめました。アルス様は何も言わず、焦点の合わない瞳で穏やかに微笑んだまま、私の手を優しく握り返してくれます。
私が「あーん」と言えば大人しく食事を口に運び、私が「笑って」と言えば優しく微笑んでくれる、世界で一番優しい私のアルス様。二人の愛を邪魔するものは、この世界にもう何もありません。
その後、私は大好きな勇者様との間にたくさんの子供を授かり、家族みんなで、末永く幸せに暮らしました。
(完)
皆さんヤンデレは好きですか?
好評なら長編化する……かも




