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無能扱いの底辺ギルドマスター、助けた仲間がなぜか全員最強になっていく  作者: 甲賀流


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12/23

ざまぁってわけじゃないけど



 酒は、別に好きじゃない。


 嫌いでもないが、好んで飲むほどでもない。


 それでも今こうして一人で杯を傾けているのは、他にやることがないからだ。


 ……いや、違うな。


 やることがないんじゃない。


 考えることから逃げきれないから、せめて手元に酒でも置いているだけだ。


 街の外れにある小さな酒場は、夜にしては静かだった。


 騒がしすぎない。


 だからこそ、余計なことばかり頭に浮かぶ。


 リーゼ・エルン。


 自分で追放した魔法使いの名前をオレ、ヴェルナーは頭の中でもう何度も反芻していた。


 銀翼に入ってきた当初、あいつは厄介だった。


 才能があるのは誰の目にも明らかだった。


 火力は高い。


 理解も早い。


 魔法式の組み立ては綺麗で、しかも応用が利く。


 伸びれば確実に主力になる。


 そう思っていた。


 だから抱えた。


 多少扱いづらくても、多少不安定でも、育てる価値はあると判断した。


 だが実際は違った。


 出力が上がるほどに制御が壊れた。


 味方を巻き込む寸前までいったこともある。


 一度や二度ではない。


 ギルドを預かる立場として、あれを放置することはできなかった。


 だから切った。


 あの時はそれが正しいと思っていた。


 いや、今だってあの時点の判断だけを切り取れば間違いだったとは言い切れない。


 実際、あのまま抱えていれば銀翼全体に被害が出ていた可能性は高い。


 問題は、その先だ。


 今日見たリーゼは、オレの知っているリーゼではなかった。


 暴走していない。


 どころか出力そのものは以前より上がっていた。


 それでいて制御は完璧だった。


 味方も巻き込まない。


 地形も無駄に壊さない。


 必要な場所だけを、必要な分だけ燃やす。


 あんなこと、以前のあいつにはできなかった。


 いや、違う。


 以前のリーゼはそういうふうに戦わせてやれなかった。


 そこまで考えたところで、オレは手元の杯を見下ろす。


 酒は減っている。


 だが、喉を通った感覚はほとんど覚えていない。


 それくらい頭の中がうるさかった。


 リーゼが変わった。


 それだけでも十分に堪える。


 だが本当にきついのは、そこじゃない。


 あのギルドは、上手く機能していた。


 短剣の女が前衛として働き、


 リーゼが火力で押し通す。


 そして、その全てをあの男が噛み合わせていた。


 ロイド・バルハルト。


 剣も魔法も、見た限り飛び抜けているわけじゃない。


 むしろ地味だ。

 年季だけはあるが、それだけの男に見える。


 だが今日の指揮を見る限り、少なくともギルドマスターとしては、悔しいがオレより何枚もうわて。


 必要な位置に仲間を置き、必要なタイミングで動かし、迷わせない。


 しかも、ただ命令している感じじゃない。


 あの二人は、あの男の言葉を疑っていなかった。


 信じていた。


 そこが、一番きつい。


 ヴェルナーはリーゼを制御できなかった。


 だがロイドは、リーゼを制御しているわけではなかった。


 リーゼが暴走しない形を、当たり前みたいに成立させていた。


 それは制御よりも厄介だ。


 仲間の率いる立場の人間ほど、その差が痛いほどによく分かる。


「……はぁ」


 知らず、ため息が漏れる。


 情けないと思う。


 A級ギルド《銀翼》のギルドマスターが、こんなふうに一人で酒場に座って、過去の判断を噛み直している。


 格好のいい話ではない。


 だが、笑えもしない。


 リーゼを切ったこと自体を、今さら全部間違いだと言うつもりはない。


 あの時点では、あれしかなかったとも思う。


 ただ――もし、だ。


 もしあの時、自分にもう少し別の見方ができていたら。


 もう少し違う抱え方ができていたら。


 あるいは、あの男みたいに仲間を扱えていたら。


 そこまで考えたところで、オレは目を閉じる。


 考えても仕方ない。


 終わった話だ。


 終わった話のはずなのに、終わった気がしないからこうして酒を飲んでいる。


 未練がましいにもほどがある。


 自嘲しながら杯を置いた、その時だった。


 酒場の扉が開く。


 夜の空気が少しだけ流れ込み、続いて聞き覚えのある声がした。


「あーもう、疲れたわ……」


 妙にくたびれた声だった。


「マジでたまには一人にさせてくれっつーの……」


 オレは顔を上げ、目を細めた。


 入ってきた男も同じように足を止める。


 そして目が合った。


「……は?」


 ロイド・バルハルトだった。



 * * *



 なんちゅうタイミングだ。


 いやほんと、なんでだよ。


 たまには一人で飲ませろと心の底から思って酒場に入ったら、よりによってそこにヴェルナーがいる。


 嫌がらせか何かか。


 俺は入口で一瞬だけ立ち止まり、それから観念して肩を落とした。


「……ヴェルナー、お前まだいたのか」


「こっちの台詞だよ」


 軽く会話を交わし、とりあえず一番近い席に座る。


 帰るという選択肢もなくはなかったが、ここで露骨に避けるのもそれはそれで面倒だ。


 だいたい、今のギルドに戻ったところでどうなる。


 執着女が距離ゼロで隣に座り、研究変態女が目を輝かせて手帳を開くだけである。


 それに比べりゃ、目の前の後悔してる男の方がまだ静かだ。


 ……いや、比較対象としてどうなんだそれは。


「酒、頼むか?」


 ヴェルナーが聞いてくる。


「奢りなら飲む」


「そうか」


 店員を呼ぶ声がやけに自然で、なんとなく腹が立った。


 まぁ、A級ギルドのマスター様だしな。


 こういう店にも慣れてるんだろう。


 出てきた酒を受け取り、俺は一口だけ喉に流す。


 別にうまくはない。


 だが、今はそれでよかった。


 沈黙が少しだけ落ちる。


 先に口を開いたのは、ヴェルナーの方だった。


「あの魔法制御、説明がつかない」


 やっぱりそこか、と思う。


 こいつの頭の中には、今その話しかないんだろうな。


「お前が何かしたんだろう」


「しつこいな」


 酒を机に置く。


「さぁな、って言っただろ」


「誤魔化してるようには見えないのが、また余計に厄介だ」


「そりゃどうも」


 実際、誤魔化してはいない。


 本当に分かっていないからな。


 ただ、分かっていない俺の周りで結果だけが勝手に積み上がっていくので、説明のしようがないだけだ。


 ほんと困る。


 ヴェルナーはしばらく黙っていた。


 手元の杯にはほとんど触れない。


 飲みに来たくせに、全然飲めてないなこいつ。


「……俺が間違っていたのか」


 ぽつりと落ちた声は、思ったよりずっと小さかった。


 問いかけというより、独り言に近い。


 だが聞こえた以上、無視もできない。


 俺は少しだけ目を細める。


「お前とあいつの問題だ」


 そう言ってから、酒をもう一口飲む。


「俺が口を出すことじゃない」


 それが本音だった。


 リーゼを切った判断を、俺が善悪で裁く筋合いはない。


 あの時の銀翼の事情も、ヴェルナーの立場も、俺は全部知ってるわけじゃない。


 知ってるのは結果だけだ。


 リーゼがうちに来た時、腹を空かせて倒れる寸前だったこと。


 それだけだ。


 だから本来なら、ざまぁだの何だの言ってやってもいいのかもしれない。


 正直、あいつをそんなところまで追い込んだ相手としてむかついたのは事実だ。


 だが。


 今こうして目の前にいるヴェルナーの顔を見ていると、そこまで気持ちよく殴れる感じでもない。


 後悔してる顔だった。


 苦い酒を飲み込めずにいる顔だ。


 ああいうのに、俺はあまり強く出られない。


 たぶん知ってるからだろう。


 ギルドから人が減っていった時のあの感覚を。


 自分の選択が間違ってたんじゃないかと、夜になってから急に息苦しくなる感じを。


 ヴェルナーも味わったんだろうな。


 しかもこいつの場合、自分から離した側だ。


 そりゃ、もっとたちが悪い。


「……お前は、責めないんだな」


「責めてほしいのか?」


「いや」


 ヴェルナーはかすかに首を振った。


「責められた方が楽な気もしたが」


「だろうな」


 思わずそう返す。


 気持ちは分かる。


 分かるから困る。


 俺は肘をついて、少しだけ前を見る。


 酒場の空気はぬるい。


 さっきまで静かだったのに、今は変に息苦しかった。


「……リーゼがどうしてああなったのかは知らん」


 俺はぼそっと言う。


「だが、今のあいつは前に進んでる。それだけは確かだ」


 ヴェルナーが黙って聞く。


「だったら、お前が今やることもだいたい決まってるだろ」


「……決まってる、か」


「いつまでも酒飲んで後悔してる暇があるなら、今いる仲間のことを見てやれ」


 魔法の暴走を止めてやったらよかっただろ、なんてことは言わない。


 俺だって、好きで止めたわけじゃない。


 ワケわからんうちに治まっただけだからだ。


「銀翼みたいなデカいギルド背負ってるなら、なおさらだ」


 ヴェルナーは苦く笑った。


 初めて少しだけ、人間っぽい顔をした気がした。


「そうだな」


 そこで立ち上がる。


 椅子が小さく軋む。


 会計を済ませたのち、


「……ありがとう」


 去り際、ヴェルナーは背中越しにそう言った。


「いーえ」


 軽く返した。


 まぁこれくらいがちょうどいいだろう。


 ヴェルナーはそれ以上何も言わず、酒場を出ていった。


 扉が閉まる。


 ようやく空気が少しだけ軽くなる。


「……やれやれ」


 思わず息を吐く。


 たまには一人で静かに飲むつもりだったのに、結局変な疲れ方をした。


 なんなんだ今日は。


 俺は酒を飲み干して、少し遅れて席を立つ。


 外の空気は酒場の中より冷えていた。


 夜風が頬に当たる。


「さっさと帰るか」


 だが帰ったら帰ったで、ベタベタくっつく執着女と目を輝かせる研究変態女が待っているだけ。


 ……まぁ。


 それでも、帰る場所があるだけマシか。


 そんなことを思いながら、俺はギルドへの道を歩き出した。



 ギルドに戻ると、もう建物の中は静まり返っていた。


 食堂にも人影はない。


 フィオナもリーゼも、今日はもう寝ているらしい。


 あれだけ騒がしい二人がいないだけで、やけに広く感じる。


「……まぁ、たまにはこういうのもいいか」


 誰に言うでもなく呟く。


 俺も今日はもう寝るか。


 そう思って部屋に入り、壁際の鏡へ何気なく目をやった、その時だった。


 鏡の中の俺、その頭上に――


【才能:???】

【戦闘適性:???】

【状態:???】

【副作用:???】


「……は?」


 見えちゃいけないものが見えてしまった。


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