7.日常の欠片
◇ひと欠片目~縁側~◇
少女が一人顔に手を当て泣いている。
青ざめた顔をした家族に咎められ責められたのだ。
少女は家の縁側で一人で遊んでいた際、座敷わらしを見てしまったからだ。
座敷わらし。
一度目に見るのはその家にやって来た挨拶。家に幸福が運ばれる。
二度目に見れば別れの挨拶。その家を去ってゆく合図。
―――家が朽ちてしまうではないか。
少女の家は座敷わらしの迷信を信じる一家であった。
暗い晩。少女は一人しくしく泣いていた。
*
座敷わらしは、今まで数十年ほど『奉公』していた家の任期が明けたので、家の者の一人に挨拶を終え、身支度を済ませ、座敷から出ていこうとしていた。
その途中、目をやればこの家の少女が縁側で泣いているのを見た。
『奉公』が終わったならば、本当はすぐにおばばのところへ帰らねばならない。
それでも座敷わらしは、かわいそうだと思いそちらへ行くのだった
「大丈夫?そんなに泣かないで」
少し間を置き少女は顔をあげる。隣を見ればさっきの座敷わらしが自分と同じくらいの頭の位置でしゃがみこんでいる。
暗い夜にもかかわらずその身体は白くにじんでおり、輪郭がぼやけて見えていた。
「座敷わらしさん、帰ったんじゃないの?」
涙が残るかぼそい声で少女は座敷わらしにきいた。
座敷わらしは答える代わりに、はらりと明るい、子供のような笑顔を見せた。
「……座敷わらしさんはなんで見えてるの?」
少女は続けてきくのだった。
座敷わらしはこれには言葉で答えた。
「ここでの『奉公』を終えたから」
「……それじゃあ、ホウコウしていたら見えないの?」
座敷わらしはこれにも答えずに子供のような笑顔を見せた。
『さっきとは違う子供の笑顔だ』
そう少女は思った。
いつのまにか少女の顔からは涙がからりと消えていた。
(完)
◇ふた欠片目~新幹線~◇
ビューと空を切る音が永続的にしている。車体は灰色の高層ビル街を抜けてゆく。
平日の午前。天気は曇天。東京へ向かう。
車窓の外を見れば、車体はビル街を通り抜け山へと入る。そしてトンネル。それを抜けると山の見える町。ビル街。山。そしてまたトンネル。それをしばらく繰り返す。
途中、車両内の通路では一定の間隔をおいて制服を着た従業員が後部扉から入ってきては通りすぎ、前方扉の向こうへと消えていく、を繰り返している。いっこうに折り返し戻って来るところは伺えなかった。
車体は次のトンネルへと突入する。
ゴーーー……
車窓の外が暗くなる。長いことその中を走っているように思われた。空洞の中では空気に圧がかかり耳が塞がる。
しばらくたってトンネルを抜けると車窓の視界が開け、一面に湾岸が広がった。駿河湾らしい。
ひとときの間雲の隙間から日光が注がれ水面がさざめく。
ガラァー……
車内後部の扉が開く。
コツ、コツ、コツ、コツ、……
幾度目となるか分からない制服を着た乗務員が、車内中央に伸びる通路をまっすぐ歩いてゆく。
規則正しい足音を車体の走行音と重ねてこだまさせる。そのまま前方扉へと消えてゆく。
車体は湾岸を抜けて町を通ってゆく。
……富士山は見えるだろうか。
現在車体が正確にどこの位置を走っていてどちら側から山岳が現れるのかなどということは分からない。
車体の空を切る走行音のみが満ちる静かな車内。人はまばらで喋る者は誰もいない。
ガラァー……
またもや後部扉が開く。
コツ、コツ、コツ、コツ、……
乗務員が規則正しい足音を通路にこだまさせ歩いてゆく。
……この車内には何人乗務員がいるのだろか。
変わらず前方扉へと消えてゆく姿を遠目に見ていた。
道中はいくつか川を通った。空は一向に一面曇り空であった。曇っていると水面に雲が反射して白濁色の川に見えるのだとわかった。
ガラァー……
後部扉が開く音がする。
コツ、コツ、コツ、……
と規則正しい足音で通路を通ってゆく。
その音が遠のき、やがて前方扉へと消えてゆく。
もうとっくに、何人目なのか数えるのはやめてしまった。
まどろんできた。
車内は相変わらず走行音のみが満ちている、静寂。
車窓を眺めていたがついに、目を瞑る。
そのまま眠りに落ちる。その間も車内では扉の開閉音と通路を通り過ぎてゆく一定の靴の音が二、三度ほど聞こえていた気がする。
東京の少し手前で目は覚めた。
目的地は晴れていた。
(完)
◇さん欠片目~飛行機~◇
幼い自分は親の軽自動車の後部座席で寝転がっていた。
スーパーマーケットの広い駐車場に停められた車内で一人留守番をしているのであった。
車の後方のガラス越しに空を眺める。
空に浮かぶ雲が緩慢な動きで流れながら、徐々に形状を変えてゆくことを観察する。
それがなかなか面白いのだ。
しばらくそんなことをしていると、
ゴォーーー……
空が揺らぐような鈍い轟音が車体越しに空の中から聞こえてくるのだった。
思わず体を起こし、自分の向かいにある後部座の右側の窓から空を覗き見た。
普段米粒ほどの大きさで白い尾を引きながら飛ぶ白いハネをしたものとは異なる重厚な灰色の機体が空中を横断してゆく。随分と低空飛行なため、赤と白の日の丸の国旗が体の横に貼り付いているのが目に入った。
それは自衛隊の演習だったのだろう。
機体を目で追うが、一時車のボディの死角に入ってしまい見えなくなる。それでも後部ガラスへ体を向ければすぐに窓枠の左から顔をだした。
機体は車の後方奥に建つスーパーの方角へとまっすぐに飛んでゆき、米粒ほどにもならないうちに右へと軌道を曲げるのだった。そしてガラスの枠を横断してゆき、枠外へと出て見えなくなった。
それを見届けてから、自分は先ほど同様、車体の右の窓側に足、左の窓側に頭として寝転がる。
頭の下に敷いた腕の右肘が座席の背中に当たって少々窮屈だ。それでも後部ガラスを見上げて空の中を覗く。
ゴーーー……
数秒後、二機目の灰色の機体が後部ガラスの左から現れる。
機体はそのまま空中を奥へとまっすぐ進み徐々に小さくなる。米粒にならないうちに右へと軌道をそらしガラス中を横断し、やがて枠の外へと消えてゆく。
ゴーーー……
一定の間隔をあけて、三機目が現れる。
機体は先ほど同様に、空をまっすぐと奥へ進んでゆき、すぐに右へと軌道を変えて、やがて見えなくなる。
ゴーーー……
四機目が空を揺らしてやってくる。
まっすぐ飛びやがて軌道を曲げて見えなくなる。
ゴーーー……
五機目が通ってゆく。
ゴーーー……
六機目が通る。
ここまでくると初めあれほどびくついていた音にも慣れ、機体の目新しいと思われた色や動向もさすがに見飽きてくる。
なのでこのあたりでそろそろ眺めるのを終わりにしようかと思い始めていた。
そんな時、先ほどまでと若干間隔があいて空から音がした。
ゴォォーーー……
今回のは、先ほどまでの機体よりも低空飛行なのかやけに音が大きく空へ反響しているように感じられた。
親はいっこう帰ってくる様子もない。
暇なのでそのまま後部座席からの観察を継続することにした。
ところが、音ばかり盛大で機体はなかなか枠の中へ姿を現さない。
それを不思議に思っていると少し遅れて枠の中に灰色の機体が現れた。
先ほど同様、スーパーのたたずむ前方奥の空を直進するその機体を呆然と眺め、遅れて目をみはった。
空飛ぶ物体の色は先ほど同様、灰色。
ただ、形状は逆三角であった。
見るからにどんぶり型をした灰色の物体は、空を物凄い音で揺るがせながら先ほどまで機体が通っていた軌道をみるみる直進し、軌道を変えることなく米粒となり、瞬く合間もなくスーパー向こうの空へと消えてしまった。
たちまち空は静かになる。
数秒後あけて、七機目の機体がいつもの音をたてながら通常の軌道を飛んでゆくのだった。
(完)
◇よん欠片目~無の空間~◇
私は学校から帰宅し自室へ入る。
「はあ、やっと終わった……」
今日は普通科目の国語。英語。数学。化学。社会。が全てある日だったので、週の中で特に気力と忍耐力を使った。
荷物をおろしてとにかく勉強机の椅子へと座る。
座る際、通常通りギィと椅子が軋む音が出る。
お前の体重はこれだ、と毎回提示される気がしてけして気分の良いものではない。
しばらく座ってそのまま、ぼーとする。
この何もないこの時間が好きだ。シーンとした静寂が室内に広がり満ちてゆく。
日々、喧騒に満ちた室内で日中を過ごしている。
クラスメイト達はこんな世界を知っているのだろうか。
それは分からない。この空気を正確に言い表わし、どう説明すれば適切なのかが分からないのだから。
日中にそんなことに割いていられる時間など無いのだから。
私はこの『無の空間』がずっとは続かないことを知っている。
いつかは終わりは来る。ずっと有るものなど無いのなら、ずっと無いものもないのだから。
「無常観(国語の授業で習った)」
思い付いたので呟いてみた。
しばらくこうして無の空間に身を置く。そうしているといつかきっと何かが起こり、『無』に終わりが訪れるのだ。
カターン。
ほら。どこからともなく音がした。
無の空間はたちまち壊される。
ガタッ、コトン。
木製の置物を動かすような音だ。げんにこの部屋にはそういう物がある。
もうそろそろぼーとするのはやめて、課題をやろう。ノート、教科書、筆記用具をカバンから取り出し、ページを開いて書き始める。
カキカキカキカキカキ……カキカキ、ぽきっ……かちかち……カキカキカキカキ―――
筆記音だけが聞こえる一人の部屋。なんかいい。
ゴトッ。コトコトコト……
また先ほどの物音が入ってくる。
「うるさい」
シーン……
そう言えば途端に音はおさまる。
「よしっ」
気を取り直して課題に取りかかる。
カキカキカキ……ごしごし、カキカキカキカキ―――。
筆記音だけが部屋に満ちる静寂の室内。
このひとときが好きだ。
それでも静寂はいつかは破られる。
必ず終わりはくる。
(了)
嘘のような本当の話。
現実のような夢の話。




