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4.つつじ


 自分は明確寺という寺の本堂に正座している。

 

 小高い山の奥なのだが陽当たりは良く、すぐ外の垣根には赤いつつじを咲かせているような寺である。畳敷きの室内には自分同様、黒い法衣ほうえを身に付け黄土の袈裟けさを肩にかけて頭をまるめた坊主達で埋め尽くされていた。

 正座する坊主頭の林を抜けた先の先、部屋の最前には、自分たちとは色の違った鶯色の法衣を身にまとい正座する和尚の背中がある。

 和尚の袈裟には、流水や蓮花、金雲などの模様が金糸でほどこされているのがうかがえた。

 その和尚のさらに奥、本堂の前方中央には高さ四メールほどの観音様が左右に開いた仏間のなかに佇んでいる。金色でほどこされた観音様の表情はどうも仏間の中が暗いせいかうまくうかがうことができないのであった。

 

 

 チーン……

 

 (りん)が鳴る。

 今はお経の最中である。

 和尚の打った鈴の音が部屋のなかに一筋となって響きわたる。

 一筋は着物の帯ほどの太さで室内を順々に渡ってゆき、それが綱くらいとなり、紐となり、やがて細って琴線となり細々延び続いて、ついにはほどけ、途切れてゆく。

 それを待ってから和尚が章の頭にある題目を読み上げてゆく。

 和尚のそれが読み終わり、一呼吸おいてから題目の次に続く経文を後ろの自分たちも和尚と揃って読み上げてゆく。

 

 チーン……

 

 りんが鳴る。

 一章を全部読み終わり次の章へと移る。

 次の題目を和尚が読み上げてゆく。

 それを聴き終え自分たちが一斉に読み上げてゆく。

 二章目を読み終わる。

 

 チーン……

 

 りんが鳴る。

 和尚が次の題目へと移る。

 自分たちがそれに続く経文を読み上げてゆく。

 それも読み終え和尚は一つ鈴を鳴らす。

 

 そのようにして読み進めてゆくなか、しだいに、右斜め前に座る坊主の声がなんとなく早いと感じる。

 そうかと思えば、自分の真後ろの坊主は一文字文ほど遅いと感じる。

 章のなかばあたりへ入ったところで、だんだん左斜め前の坊主は声の抑揚が大波を打ってくる。

 自分は和尚の声に倣って読み上げるよう努める。

 皆、各々、自我が強い。

 

 チーン……

 

 りんが鳴る。

 最後の題目へと入る。和尚一人が始めと変わらない声で読み上げてゆく。

 そして、その後ろにならって座る坊主らの、各々の法衣の尻と畳とに挟まれる白い足袋の足が、一足、二足……と微妙に蠢き始める。

 そうして蠢く足袋の数が増えてくると、今度は黒い法衣の肩がこれまた一つ、二つ、三つと少しずつ揺れてゆく。しだいに蠢きと揺れは大きな波となって広がってゆく……

 

 和尚の声はお経を淡々と続けている。

 

 やがて、坊主頭の林の中から一人抜ける。それを合図に、一人、また一人……三人とひたひた立ち上がりお経場を去ってゆく。

 足がしびれて耐えきれなかったのだろう。

 お経は構わず続いてゆく。あと三ページほどある。

 

 チーン……

 

 りんが鳴る。

 本堂には和尚の背中と、自分だけが残っていた。

 金色の観音様は薄暗い観音開きの中で、本日もひらけたお経場を黙って見据えている。


 修業なのだ。これは。


 つくづくとそう思った。

 それからこんなことを思う。


 この寺は一体何宗であろうか。


 自分は本堂を出て渡り廊下の上から外に目をやる。

 つつじの花が今日も朝露に濡れて、垣根の中で赤々と咲いていた。

 


 

(完)


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