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1. 十夢駅

ここでこれから語られるのは何の落としどころも、どんでん返しもない、ただ、現実に紛れた少し不思議で無体ないくつかの話し。


 

 こんな夢を見た。


 自分はいつの間にか、電車の座席に座っていた。


 電車はゴトゴト軋んだ音を立てて揺れながら山道を進んでいる。

 今は夕刻らしい。


 見るからに自分は荷物を少しも持ち合わせていないようである。

 一体どこにゆくつもりなのか自分でも分からない。


 周りを見れば客はまばらにいる。


 それもそのはずだと思った。

 まだ終点には着かないのだ。

 今は路線の中ばあたりである。


 車窓の外へ目をやる。

 車体は木々の脇を次々と通り抜けてゆく。

 そして山道を抜け集落の村を走ってゆく。


 田畑が広がり木造の家々がぽつりぽつりと建っているのが見える。


 田植え前とみえて田んぼには何も植わっていない。

 中も脇の畦道も枯れ草色をしている。


 畑にもこれといった青い作物が無いようだ。

 そんな村の淋しい風景をしばし眺めていた。

 

 すると、車窓のガラス越しに見える畑の一つに三人の人間が見えた。


 畑の中あたりで、二人の子供らがなにやら頭を寄せ合うようにして屈みこんでいる。

 それを見守るような形で母親と思われる人が奥に一人立っている。

 屈んでいるうちの片方の子供が土の上から何かを拾う。

 その何かを二人して覗き合っているようだ。


 その何かは、子供が車窓側へ向いているのと、それが夕日の赤い光に照らされありありと輝いていたため見ることができた。


 子供の手の平には、大粒のアメジストがのっていた。

 

 ここまで見たところで電車は三人の人間を通り過ぎてしまう。

 

 しばらく電車は平地を走る。

 

 その間、自分は何も見るものが無く暇だったので、なかなか通りすぎることがない空の雲でも眺めることにした。


 車窓の外を見上げると早速観察するにはちょうど良い大きな塊の雲があった。


 夕方時の雲というのは昼間のものとは違い、ツヤを帯びた濃厚な色をしている。


 さらに観察してみるとその塊の雲には微かな切れ目があった。


 その切れ目は雲の中腹あたりから徐々に亀裂が広がってゆき、尾が切り離されるがごとく新たな一つの雲を作り出した。


 新たにできた子の雲も、もとの親雲同等に光沢をはらみつつ、宙を漂いゆっくりと広がってゆく。


 しばらくそんな雲の過程を眺めていた。


 そうしたら、どうも雲は生き物だという気がしてならなくなった。


 次に新たにできた子の雲だけを眺めることにする。


 するとこれにもまた小さな切れ目が尻の方にある。

 切れ目はまだまだ小さいもので、ほんの糸一本分くらいの隙間があるばかりであった。


 切れ目は着々と広がってゆき針を二本束ねたくらいとなる。


 さあ次はどうなるかとじっと見ていると、突如、なにやら雲でもない別のものが出現するのだった。


 本体である親雲の中から頭を出し、切れ目の空を伝って、隣に浮かぶ子の雲の中へと入ってゆく。


 うねりうねる、白く細長いもの。


 白蛇だ。

 白蛇がうねりながら宙を渡っていったのだ。


 ここまで見ると自分は、一度車内へと向き直る。

 日没前の薄暗い車内の乗客が皆、下を向いているか目をつむっていることを確かめる。


 あの白蛇は本当に速くて微細なもので、雲の色と識別できないものであったことから、きっと誰も見てはいないだろうと内心、ほくそえんだ。


 そして良いものを見たと満足し雲の観察はもうやめた。

 

 ゴトゴトと電車は揺れている。

 外は相変わらず夕方の燈色に包まれている。

 思えばいつまでたっても夕日は降りてこない。


 それもそうだ。今はいつまでも夕方時なのだから。

 


 シューーーーー……

 

 電車はゆっくりと減速してゆく。


 もう次の駅か。

 じきに木造の小さな駅へ止まった。

 どうやら無人駅のようだ。

 ホームにも奥にある木造の待合室にも人の姿はない。

 

 『十夢~十夢~……駅でございます』

 

 聞くからにここは十夢と言うらしい。

 自分にはこの十夢駅というのが人名の「トム」にしか聞こえなかった。それでも専門家の言い方はきっとこうなのだろうと納得した。

 

 ふしゅゅーーー

 

 ドアが開くとすぐに車内で座っていた客達が一人、二人、三人、四人……と次々に切符を切られて降りてゆく。


 はて、こんなにも乗客はいただろうか?


 そんな疑問が浮かんですぐ、自分もここで降りなければならない気が無性にしてきた。


 そうと思うが早いか、自分の体は自然に座っている席から離れ、足は出口の方へと歩んでゆく。


 一人また一人、次々とドアの外へと出てゆく人々に紛れて、自分はついに出口の目前までやって来た。


 開けたドアの方へ目をやる。外は、桃のような淡い光に包まれていた。

 そして柔らかい光が注がれるホームへと自分は足を踏み出して行く―――――――――






 ―――こんな夢を見ていた気がする。

 ひたと、目を覚ます。

 自分は今日も、療養所のいつものベッドの上で白い天井を仰いでいるのだった。





(完)


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