取捨選択
さてもともと定期的な更新をするつもりは毛頭なかった故間隔があいてしまった。まあバンドマンのブログのようなものだと思ってくれてかまわない。
元カノ元カレといった存在は何とも厄介なことか。過去何人か交際した人はいたが特例の一人を除いて
私はできる限りかかわりたくない。幼い少年少女のほとんどは自立できない。よって家族、友人、恋人といった存在に依存している節が強い。今実際に元カノと連絡を取らざる負えない状況にいるのだが一言一言会話をするたびに過去の自分の行いの罰を受けているような気分になってしまうのだ。無論これといった悪いことをした覚えはないのだがなぜだろうか。後ろから腕をつかまれるような首を絞められるようなそんな気分になってしまうのだ。何とかならないものか。私ももう今年19だ。恋愛自我も固まってきたからか以前ほど簡単に人を好きになることがなくなってきたせいで恋愛にたいしてかなり消極的になっている。
落ち着ける人が見つかるといいと思う今日この頃である。このようにして電脳世界に意味のない文字をられるすることに意味はあるのかと自問自答したいがこれは前に進むための廃棄行為ということで完結することにした。私は人よりも人づきあいがうまいせいかXも少数のいわゆる親友とつながっているし、インスタも本アカは洒落た投稿以外していないしサブ垢と名を付けたものも頻繁に遊ぶ友人が見ている。誰にも見られず何かを吐き捨てるにはここがベストだ。
これを読む人たちの年齢層はわからない。享楽として読みふけっている人もいればすでに廃棄した私の過去をみて何かを求めている人もいると信じたいものだ。彼らの悩みは何だろう。取るに足らないものもあれば私程度では干渉できない闇を抱えている人もいるのだろうか。どんな悩みでも当人にとっては悩みであって、心を蝕む病魔なのだろう。だからこそ規模が大きくならないことを切に願う私としてはそんな苦悩におせっかいを少しさせていただきたい。匿名だからこそ話せることもあるだろうし淡くセピア色になった高校時代も今となっては心の励ましだ。多くの人にもそうなってほしい。前に話したかもしれないが今というものははるか遠くの未来で大きな意味を持つ。それは未来の私たちが困難にぶつかったとき、その壁を超えるために必要になってくるものだ。だからこそ若輩者の皆様はぼやきを投げかけてくれてかまわないし、先輩方は若輩者の意見として耳を傾ける程度でいいから何か書いてくれ。もしかしたら新しい考え方につながるかもしれないだろう?とまあ長々とつづったところでお開きとしよう。では、また。




