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追放聖女は最強の救世主〜隣国王太子からの溺愛が止まりません〜  作者: Futahiro Tada


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祈りの制御 ― 代償と覚醒

祈りの制御 ― 代償と覚醒


朝の鐘は七度鳴り、王城の大評議の間に人々が集まり始めていた。

石柱が並ぶ広大な議場には、重厚な赤絨毯が伸び、壁面には歴代王家の絵画。

光を受ける大窓の向こうには、白銀の街並みが輝く。

しかし、内部の空気は冷たく重い。

昨日、リリアナは病棟で癒しの奇跡を示し、死に瀕した兵士を救った。

その証拠は揺るぎない。

だが――認めたくない者も確かにいた。

評議の円卓に並ぶ貴族たちが、互いにささやき合う。

「確かに治癒は本物のようだが……」

「暴走の危険もある。制御できなければ脅威だ。」

「女一人の力に、この国の命運を賭けるなど――」

どれも聞こえている。

リリアナは胸の前で手をそっと組み、息を整えた。

(緊張している……でも、逃げる気持ちはない。)

その横に立つアレンは、彼女より遥かに堂々として見えた。

だが彼の瞳は冴えたまま周囲を警戒し、声を上げるタイミングを見計らっているようでもあった。

扉が大きく開かれる。

「王太子アレン殿下、並びに――」

司会役の重臣がわずかに言葉をためらい、それでも続けた。

「新たな聖女候補、リリアナ・フィーネを迎えよ。」

議場に一瞬の静寂。

そして――割れるように拍手と嘆息が交差した。

賛同の者は立ち上がり、歓声すらあげる。

反対の者は眉をひそめ、冷たい視線を突き刺す。

歓迎と排斥。

二つの波がぶつかり合う音が響く。

リリアナの視界がぐらりと揺れた。

熱と痛みが胸の奥でうずき、昨日抑えた「暴走の境界」が疼き始める。

(だめ……今はまだ、制御できない。)

手がかすかに震えたその時、アレンの声が議場を打ち破った。

「沈黙。」

短く、しかし圧倒的な力を持つ言葉。

喧噪が収束し、全員の視線が一斉に彼へ集まる。

アレンは進み出て宣言した。

「リリアナ・フィーネは、昨日三名の重傷者を完全治癒させた。

――その奇跡は、すでに証明済みだ。」

壇上に医師団長が立ち、深く頭を下げる。

「傷は完全に閉じ、魔傷の呪いも消滅しております。

回復速度は前例のないもの。聖女として認める他ありません。」

賛同の声が広がる。

しかし、反対側は引かない。

ひとりの老貴族が杖を鳴らし、立ち上がった。

「ならば問おう。彼女の力が暴走したとき、責任はどこにある?

王太子よ――貴殿は国を危険に晒すつもりか!」

挑発、怒号、期待、恐怖。

感情が渦巻く。

アレンは目を伏せずに受け止める。

「危険は承知している。だからこそ――

俺が彼女の制御を支える。責任もすべて背負う。」

「背負う? 一国の未来をか?」

「――彼女は価値がある。」

即答だった。

迷いの欠片もない響き。

その瞬間、議場の空気は再び揺れる。

驚き、疑い、そしてわずかな敬意が混ざった。

リリアナは胸を押さえた。

さきほどの痛みではない。

言葉が心にしみる痛み。

(価値……私に?)

自国では与えられなかった、ただの一度も。

アレンは続ける。

「彼女の力を制御できれば、魔獣戦線は持ち直す。疫病も抑えられる。

我らが大陸の存続に関わる問題だ。リリアナは鍵となる。」

賛同派が声を上げる。

反対派はさらに声を荒げようとするが、議場中央に王の紋章旗が掲げられた瞬間、全員が口を閉ざした。

評議長が低く重い声で告げる。

「――聖女の正式認定に向け、条件を二つ設ける。」

「一、力の制御が可能であると証明すること。」

「二、魔獣討伐遠征で実戦に耐え得る成果を出すこと。」

リリアナは息を吸う。

どちらも逃げ道のない試練。

(制御……戦場……)

だが同時に、胸の奥に静かな灯がともる。

再び前へ進む理由。

リリアナは席を立ち、はっきりと声を放つ。

「条件、受けます。」

議場がざわめく。

勇気か、無謀か。評価は割れる。

アレンは横目でわずかに微笑む。

(逃げなかった……)

その視線に、かすかに安堵と誇りが揺れた。

たった数秒、けれど確かに距離が縮まった瞬間だった。


評議が終わった後、リリアナとアレンは訓練場へ向かった。

石畳の広場、中央には魔力抑制陣が刻まれ、空気には微かな鉄の味。

制御訓練専用の空間――失敗すれば命を落とす危険がある。

だが、逃げない。

アレンが隣に立ち、手を差し出す。

「まずは微量の祈りを発動し、意識で止める。

俺が魔力の流れを見て制御の補助をする。」

リリアナは静かに手を伸ばす。

触れた指先に、小さな電流のような温度。

(不思議……怖いのに落ち着く。)

「始めよう、リリアナ。」

彼の声は真っ直ぐで、導きのようだった。

リリアナは祈りを胸の奥へ沈め、小さく息を放つ。

「癒しの光――」

淡い灯が生まれ、手の中で揺れる。

昨日より柔らかく、制御が効いている……と思った瞬間。

胸の奥で、何かが蠢く。

(また来る……!)

今度の波は昨日より静かだが、深い。

まるで底知れぬ水脈が裂け、光と闇の源泉が同時に噴き上がろうとしているような感覚。

アレンはすぐに反応し、彼女の手を包み込んだ。

魔力が重なる。

彼の体温が、暴走を押し返すように作用する。

「落ち着け。光はお前の敵じゃない。」

「でも……この感覚……怖い……!」

「怖くていい。怖さは制御の証だ。」

彼の声は強いが、優しさが内にある。

導く声ではなく、隣で共に立つ声。

その瞬間、リリアナの祈りが変質した。

癒しの光――のはずが、

中心に黒い焔にも似た色が混ざった。

アレンの瞳が拡がる。

「……これは――」

光と闇がゆらぎ、ひとつに溶け合いながら脈打つ。

慈しみだけではなく、断罪にも等しい力――

生かすか、殺すか。

救済と破壊が一体となった神気。

リリアナ自身がこの力を理解できていない。

ただ胸の底で聞こえた声はひとつ。

—わたしは救いであり、滅びでもある。

膝が崩れそうになる。

しかしアレンが支えた。

肩を掴む手は強く、迷いがない。

「リリアナ、聞け。」

「お前は光だけじゃない。だが――闇でも終わらない。」

「お前は両方を持つ。だからこそ価値がある。」

その言葉は救いだった。

涙が滲むほど、胸に沁みた。

訓練場の風が二人を包む。

手はまだ繋がれたまま。

距離は近いのに、心はまだ途中。

だが確かに一歩、前に進んだ。

そして――リリアナの力は覚醒の兆しを見せ始めていた。

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