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追放聖女は最強の救世主〜隣国王太子からの溺愛が止まりません〜  作者: Futahiro Tada


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信仰の刃、人の盾

信仰の刃、人の盾


夜明けは、静かすぎるほど静かだった。

風が止み、

鳥の声も聞こえない。

丘陵の向こうから立ち上る白い霧が、

まるで世界そのものを覆い隠そうとしているかのようだった。


霧の向こうから、

規則正しい足音が響く。

――ざっ、ざっ、ざっ。

金属が擦れ合う音。

鎧が鳴る音。

祈りの詠唱。

それは軍の音ではない。

儀式の行進だった。

「神は我らと共に」

「異端を討て」

白い外套に身を包んだ教会軍。

その列の中央に、

王弟派の重装兵が控える。

剣と信仰。

武力と正当性。

二つが、完全に結びついていた。


一方、聖女軍の陣地。

盾を構える手が、

震えている。

「……来るぞ」

誰かが呟く。

だが、

声は強くない。

訓練不足。

統率も不十分。

農具を改造した槍。

寄せ集めの鎧。

彼らは、

戦う覚悟は持っていた。

だが――

戦い方を知らない。

リリアナは、

その様子を見つめながら

胸が締めつけられるのを感じていた。

(……わたしが、

立たせてしまった人たち)

(この人たちは……

祈りのためにじゃない)

(生きるために、

ここにいる)

アレンは、

最前線で剣を抜いた。

その姿を見ただけで、

兵たちの背筋が伸びる。

「恐れるな」

低く、

しかし確かな声。

「相手は多い」

「だが――

恐怖で動く軍は、

必ず隙を作る」

彼は、

霧の向こうを睨む。

「俺たちは、

守るために立っている」

「それだけで、

十分だ」


鐘の音。

教会軍の先頭が、

剣を掲げた。

「神の名のもとに――

進め!」

次の瞬間。

矢が、

空を裂いた。


「伏せろ!」

「盾を上げろ!」

だが、

反応は遅れる。

矢が、

人を貫く。

「――あっ!」

「助けて……!」

血の匂い。

恐怖が、

一気に広がる。

教会軍は、

躊躇しない。

祈りを唱えながら、

剣を振るう。

「異端を滅ぼせ!」

その姿は、

狂気と紙一重だった。

聖女軍は、

押される。

列が崩れ、

叫びが増える。

(……このままじゃ……)

リリアナの胸の奥で、

あの感覚が

強く脈打った。


彼女は、

戦場の中央へ走った。

「――待って!」

その声は、

剣の音に掻き消されそうになる。

だが――

彼女は、止まらなかった。

膝をつき、

地面に手を当てる。

(……神様)

(もし……

あなたが人を見ているなら……)

(この声を……

奪わないで)

祈りは、

言葉ではなかった。

感情だった。

恐怖。

痛み。

守りたいという衝動。

それらが、

一つに束ねられる。

その瞬間――

空気が、

震えた。

目に見えない波が、

リリアナを中心に広がる。

剣を振るっていた兵の手が、

一瞬、止まる。

「……?」

次の瞬間、

彼らは気づく。

――怖くない。

恐怖が、

薄れている。

疲労が、

消えていく。

代わりに、

湧き上がるのは

立っていたいという意志。

「……なんだ?」

「……落ち着く……」

聖女軍の列が、

再び整い始める。

盾が、

揃う。

槍が、

前を向く。

リリアナの祈りは、

傷を癒していない。

敵を倒してもいない。

だが――

人の心を、折らせなかった。


アレンは、

その変化を見逃さなかった。

(……来た)

彼は、

剣を高く掲げる。

「今だ!」

「前進!」

命令が、

一気に伝播する。

盾兵が前へ。

槍兵が続く。

未熟な動き。

だが、

意志が揃っている。

教会軍は、

一瞬、戸惑った。

「……なぜ、

怯まない……?」

信仰に守られているはずの軍が、

逆に圧を感じ始める。

恐怖は、

信仰の裏返しだ。

それが崩れたとき――

刃は、鈍る。


アレンは、

前線を駆け抜けた。

目指すのは、

中央。

王弟派の旗。

(……ここだ)

彼は、

全軍に合図を送る。

「中央突破!」

「左右は、

俺が引き受ける!」

副官が叫ぶ。

「殿下!

それでは……!」

「構わん!」

アレンは、

剣を振るった。

一人で、

複数の敵を引きつける。

無謀。

だが――

計算された無謀。

教会軍と王弟派の

連携の要。

そこを崩せば、

信仰と武力の結びつきが

一瞬、緩む。

アレンは、

その一瞬に賭けた。


アレンは、

敵兵の前に立ち、

叫んだ。

「俺は、

王太子アレン・アルスターだ!」

その名に、

ざわめきが走る。

「この戦いは、

神の名を借りた

権力争いだ!」

「神は、

人を殺す理由にならない!」

その声は、

戦場に響いた。

信仰の刃に、

疑念という亀裂を入れる。

それだけで、

十分だった。


リリアナは、

祈りを続ける。

膝が、

震える。

力が、

削られていく。

だが――

やめなかった。

(……剣には、

ならない)

(でも……

盾には、なる)

彼女の祈りは、

守る理由を

人々に与え続ける。

倒れていた兵が、

立ち上がる。

「……まだ、

守れる……」

教会軍の一部が、

後退を始める。

恐怖が、

逆流した。


やがて、

角笛が鳴った。

――退却。

教会軍は、

完全撤退ではない。

だが――

初めて、

足を止めた。

戦場に、

静寂が戻る。

血と土と、

荒い息だけが残る。

聖女軍は、

立っていた。

多くの犠牲。

多くの涙。

だが――

壊滅しなかった。


リリアナは、

その場に崩れ落ちた。

アレンが、

すぐに駆け寄る。

「……よくやった」

「無茶を……」

彼女は、

かすかに笑った。

「……無茶は……

あなたの方です……」

アレンは、

彼女を抱き寄せる。

「……これで、

引き返せなくなった」

「はい……」

リリアナは、

彼の胸に顔を埋める。

「でも……

逃げなくて、

よかった……」

アレンは、

静かに頷いた。

信仰の刃は、

確かに存在する。

だが――

人が人を守ろうとする意志は、

それに負けなかった。

この日。

聖女軍は、

初めて戦った。

そして――

世界は、

もう後戻りできなくなった。

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