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追放聖女は最強の救世主〜隣国王太子からの溺愛が止まりません〜  作者: Futahiro Tada


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隣国の黒馬車と契約の条件

隣国の黒馬車と契約の条件


リリアナは揺れる馬車の中で小さく息をついた。

王都の城壁が遠ざかり、灰色の石造りが緑の丘の向こうへ溶けていく。

追放された国を離れたという実感はまだ薄い。

ただ胸の中心だけが重く、空洞のように疼いていた。

黒馬車は見たことのない紋章を掲げている。

銀糸で刺繍された双翼と三つ星――アルスター王国の象徴だ。

深い色の木材で組まれた車体は頑丈そうで、揺れも少ない。

緊張をほぐすように、淡い香草の匂いが漂っている。

それが旅の不安をほんの少し和らげてくれる。

向かいの席に座る青年――アレン王太子は、外の景色を眺めたまま黙っていた。

話しかけるべきか迷ったが、リリアナもまた言葉が浮かばない。

手を差し伸べてくれた恩人。しかしまだ信頼して良いのか判断できない相手。

距離は近く、けれど、遠い。

沈黙がしばらく続いた後、アレンが口を開いた。

「……あの国は君を救えなかった。」

「―――」

言葉は刺さるように鋭く、しかし哀惜を含んでいた。

リリアナは目を伏せたまま、返す言葉を探す。

「私は……何も、できないと言われました。」

「その判断が誤っている可能性を、俺は見過ごせなかった。」

短い会話のひとつひとつが、胸に深く沈む。

あの国で誰より信じたかった王と大臣に否定された記憶が蘇る。

だが、この青年の声には嘘がないように感じた。

アレンは視線を戻し、真っ直ぐに彼女を見る。

「俺たちアルスターは、疫病と魔獣の侵攻に苦しんでいる。」

「……魔獣、ですか?」

「君の国には及んでいないようだが、南部を越えた大陸では深刻だ。

聖女の祈りがあれば、鎮圧と治癒の見込みは大きく変わる。」

言葉の重さは理解できた。

国を救えるほどの価値を期待されている――

それが嬉しさか、恐怖か、判断がつかない。

リリアナは服の袖を握る。

「……私に、国を救えるだけの力があるのでしょうか。

聖女だと信じてもらえなかった私に。」

アレンは一拍置き、低く静かに言う。

「リリアナ、君は偽物だったと信じているのか?」

「……!」

答えられなかった。

自分でもその真実を知らない。

祈りは確かに奇跡を生んだ。

しかし――あの日、聖堂で倒れた傷兵に触れた瞬間、

胸の奥に広がった異様な熱。あれは何だったのか。

救った命の裏で、時折感じた破壊衝動。

癒すはずの手が、なぜあんなにも震えたのか。

(私は……本当に聖女? 本当に、人を救える?)

アレンは沈黙ごと受け取るように視線を逸らした。

「君の力が本物かどうか、確かめればいい。」

「……確かめる?」

「アルスターで契約を交わす。聖女として国を救う代わりに――俺が君を守る。」

リリアナは思わず息を呑んだ。

守られることに価値を求められたことなど一度もなかった。

いつも人々のために祈り、自分を削り、ただ尽くしてきた。

国から必要とされず切り捨てられた今、その提案は温かすぎて、逆に怖い。

「……それが、契約ですか。」

「ああ。ただし条件がある。」

アレンの瞳が深紅に揺れた。

「君の力は癒しだけじゃない。暴走すれば――国を滅ぼす。」

胸の奥がざわりと波立つ。

知られたくなかった真実の影が、名前を与えられたように形を持った。

リリアナの視界に、一瞬だけ記憶が閃く。

血の匂い。

泣き叫ぶ兵士。

腕の中で砕けた命。

祈りが届かず、傷口が異様に膨張し、破裂したあの日。

誰にも言えなかった。

癒しきれず、むしろ死を早めてしまったのではないか――

己の力に恐怖した瞬間。

(暴走……気づいていたのね、ずっと。)

リリアナは震える声で問う。

「どうして……あなたは私を恐れないのですか。」

「恐れている。」

アレンは即答した。嘘がない声音だった。

「だが恐怖は、力を否定する理由にはならない。

それに俺は、君の中に壊すだけじゃない光も見た。」

「私の光……?」

「救いたいと願う心だ。」

言葉が胸に刺さる。

ただの優しさではない。観察し、理解し、認めた上での肯定。

その眼差しには打算や欲望の影はなく――

リリアナの心を弱く揺らした。

馬車が木々の影を抜け、丘を下る。

遠くに城壁とは異なる建造物の影。

白銀の塔、赤い屋根の街並み。

アルスターの国境へ近づいていた。

その瞬間――胸に激痛が走った。

「……っ!」

呼吸が乱れ、視界が眩む。

体内に縛られていた力がうねり、解き放たれようと暴れ始める。

脈拍が速くなるにつれ、空気が微かに震えた。

馬車の窓ガラスまで振動する。

アレンが素早く彼女に手を伸ばした。

「リリアナ、深呼吸しろ。」

「だめ、抑えないと……暴れる……!」

目の奥で光が瞬く。

祈りが暴走し、癒しの魔法が制御を失って溢れだす。

体内に宿る神気が暴れ、破壊と再生の閾値で膨張していた。

アレンは彼女の手を強く握り、低く指示する。

「俺の声だけを聞け。お前は今、ひとりじゃない。」

「――っ……!」

息が荒い。

それでも彼女は意識をアレンに縫い止める。

彼の手の温度が現実の錨となり、暴走する力を繋ぎ止める。

祈りが静まり、霧のように消えていった。

胸に残る痛みは未だ鋭いが、それでも崩れ落ちるほどではない。

リリアナは肩で息をしながら、絞り出すように言う。

「……ありがとう、ございます。」

「礼はいらない。」

アレンは短く答えるが、ほんの一瞬だけ目を細めた。

先ほど握った手を離さずにいたことに気づき、リリアナは頬を赤らめる。

二人は同時に視線を逸らし、しかしどちらも手を離せなかった。

距離はまだ遠い。

けれど確かに、温度がひとつ交わった。

――黒馬車はゆっくりと進み、アルスターの門へと到達する。

衛兵が旗を掲げ、門が開かれる。

新しい国の風が流れ込み、リリアナの髪を揺らした。

第二の人生が始まる。

救世主としての真価を問われる日々が、ここから幕を開ける。

そして、その傍らには――

青年王太子アレン・アルスターの影が確かにあった。

次の一歩が、未来を形づくっていく。

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