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追放聖女は最強の救世主〜隣国王太子からの溺愛が止まりません〜  作者: Futahiro Tada


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18/25

裂けた国 ― 開戦前夜

裂けた国 ― 開戦前夜


王都アルスターの夜は、

二つに裂けた心臓のように鼓動していた。

城壁の内側では、

兵の足音が石畳を叩き、

火の灯が絶え間なく移動している。

外では、

民が戸を閉ざし、

祈りと恐怖が同時に広がっていた。

――戦争の前夜。

それは、剣よりも重く、

祈りよりも静かな時間だった。


アレンは、王宮地下にある

古い戦時会議室に立っていた。

地図が広げられ、

城壁、門、地下水路、

すべてが赤と青の印で塗り分けられている。

「王都の東門と南門は、

すでに王弟派が押さえている」

「教会派は、

大聖堂を中心に武装神官を配置」

報告が次々と上がる。

アレンは冷静に聞いていたが、

その視線は一点――

地図の北側、

森へ続く細い道に注がれていた。

「……北の旧巡礼路は?」

老将ヴァルドが答える。

「まだ生きている。

だが、狭く、

大軍は通れん」

「それでいい」

アレンは言った。

「俺たちは軍ではない」

「今夜は――

逃げる」

その言葉に、

若い騎士の一人が息を呑んだ。

「殿下……

それは……」

「恥ではない」

アレンははっきりと告げる。

「今、王都で血を流せば、

民が犠牲になる」

「王太子派が戦うのは、

この城の中じゃない」

沈黙。

皆が理解していた。

この脱出は、

敗走ではなく

旗揚げのための一歩だということを。

そのとき、

扉が静かに開いた。


「……失礼します」

リリアナだった。

白い法衣の上から、

簡素な外套を羽織っている。

「来るなと言ったはずだ」

アレンは思わず言った。

「……でも、

聞いておきたかったんです」

彼女は一歩、前に出た。

「わたしたちは……

どこへ行くんですか?」

アレンは答えた。

「北へ。

旧王領だった場所だ」

「そこなら、

まだ俺に従う者がいる」

「王弟派も、

教会派も、

すぐには手を出せない」

リリアナは、

地図を見つめた。

(ここを出たら……

もう、戻れない)

王都。

祈りを捧げ、

聖女として生きてきた場所。

それを、

自分の足で離れるということ。

胸が、

少しだけ痛んだ。

「……一つ、聞いてもいいですか」

「何だ」

「もし……

わたしがいなければ」

「この戦いは、

起きませんでしたか?」

その問いに、

誰もすぐには答えられなかった。

アレンは、

しばらく沈黙した後、

静かに言った。

「起きた」

「お前がいなくても、

いずれ起きていた」

「権力と信仰が、

同じ場所にあれば、

必ずぶつかる」

リリアナは、

小さく息を吐いた。

「……なら」

彼女は顔を上げた。

「わたしは、

逃げません」


深夜。

王宮の裏門――

使われなくなった石門の前に、

人が集まり始めていた。

騎士、兵、

貴族、従者。

数は多くない。

だが、

その目には

迷いがなかった。

アレンは、

彼らの前に立った。

剣を抜き、

月明かりに掲げる。

「ここにいる者は、

もはや王宮の兵ではない」

「俺個人に従う者だ」

ざわめきは起きなかった。

「この先、

裏切り者と呼ばれるかもしれない」

「反逆者と、

処刑対象になるかもしれない」

それでも――

誰一人、動かなかった。

「それでも来る者だけ、

ここに残れ」

アレンは剣を下ろし、

宣言した。

「俺は、

この国を取り戻す」

「恐怖ではなく、

支配でもなく」

「人が選べる国を」

その瞬間。

老将ヴァルドが、

膝をついた。

「我が剣、

殿下に預ける」

続いて、

一人、また一人と

膝を折る。

それは、

即席の儀式だった。

だが――

確かに。

王太子派は、

ここに誕生した。

リリアナは、

その光景を見つめていた。

(……この人は)

(逃げない)

(守るために、

すべてを捨てた)

胸が、

熱くなる。


その頃――

王都の別の場所では、

まったく異なる動きが進んでいた。

大聖堂の地下。

「王太子が動いたようです」

武装神官が報告する。

司祭長エルドレッドは、

静かに頷いた。

「想定通り」

「では――

聖戦の準備を」

「民衆には、

聖女奪還と伝えよ」

一方、

王弟メルクリオの陣営。

「北へ逃げたか」

「ならば、

討伐名目で軍を出せます」

メルクリオは笑った。

「よい」

「教会と歩調を合わせろ」

「王太子を反逆者として仕留める」

信仰と権力。

目的は違えど、

敵は一致した。


夜明け前。

旧巡礼路へ向かう前、

一行は短い休息を取っていた。

焚き火の傍で、

剣を磨く音、

祈る声が混じる。

リリアナは、

少し離れた場所に立っていた。

夜風が、

白い髪を揺らす。

(怖い)

正直な気持ちだった。

戦場。

血。

死。

これまで、

祈りで救う側だった。

それが、

戦争の只中に立つということ。

「……リリアナ」

背後から、

アレンの声。

振り返ると、

彼は外套を肩にかけていた。

「眠れなかったか」

「……はい」

しばらく、

二人は黙っていた。

焚き火の音だけが、

時間を刻む。

「なあ」

アレンが言う。

「怖いか」

「……怖いです」

「それでいい」

彼は答えた。

「怖くない者は、

簡単に人を殺す」

リリアナは、

彼を見つめた。

「……アレン様」

「もし、

わたしの力が――」

「誰かを、

傷つけることになったら」

言葉が、

途中で途切れた。

アレンは、

彼女の手を取った。

温かく、

確かな感触。

「そのときは」

「俺が止める」

「お前が壊れる前に」

「お前が、

自分を嫌いになる前に」

リリアナの喉が、

小さく鳴った。

(この人は……

いつも、わたしの先を考えている)

胸の奥で、

何かが静かに固まった。


リリアナは、

ゆっくりと息を吸った。

「……わたし、決めました」

「何をだ」

「逃げないこと」

「でも……

闇に身を任せないこと」

彼女は、

自分の胸に手を当てる。

「癒しも、

破壊も――」

「どちらも、

わたしです」

「なら……」

顔を上げ、

はっきりと言った。

「選び続けます」

「誰を守るか」

「何を壊さないか」

アレンは、

その言葉を聞いて

目を閉じた。

(……強くなったな)

彼は、

静かに彼女を抱きしめた。

「なら、

一緒に行こう」

「戦場へ」

「俺たちの国を、

取り戻すために」

夜明け。

東の空が、

わずかに白み始める。

旧巡礼路へ向けて、

隊列が動き出した。

その背後で――

裂けた王都が、

ゆっくりと遠ざかっていく。

これは、

逃亡ではない。

戦争の始まりだ。

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