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追放聖女は最強の救世主〜隣国王太子からの溺愛が止まりません〜  作者: Futahiro Tada


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断罪と追放の朝

断罪と追放の朝


夜明け前の王都は、まだ薄い靄に包まれていた。

宮殿の高い塔から見下ろせば、人々の暮らす家々の屋根が霞の中に沈み、世界がまだ眠っているように静かだ。

しかし、その静けさとは裏腹に、王宮内だけが異様にざわついていた。

今朝——聖女リリアナの断罪が行われる。

長い回廊を、リリアナは白い礼服のまま歩いていた。

袖の先はほつれ、裾に刻まれた細かな刺繍はくすんでしまっている。

歴代の聖女が纏ってきた格式ある儀礼服のはずなのに、彼女が着ると痛々しさばかりが浮かぶ。

それでも姿勢は凛としていた。

背筋は折れず、視線も下げない。

——王国の祈りを背負ってきた誇りだけは失いたくなかった。

「……行きましょう、リリアナ様」

横に付き従う侍女は怯えた声で囁く。

まるで彼女の隣を歩くだけで罪に問われるとでも思っているかのようだ。

無理もない、とリリアナは心の奥で微かに思う。

王宮の誰もが今や、リリアナを「偽物」「疫病神」と避けていた。

——数日前までは違ったのに。

病に苦しむ民の元に赴き、祈り、癒しの奇跡を起こした。

傷病兵に聖歌を与え、その命をつないできた。

王都に疫病が流行した年には、一日に何十人もの治癒に立ち会った。

人々は彼女を「優しき聖女」「慈愛のリリアナ」と呼んだ。

しかし、ひとたび宮廷に嫉妬と噂が渦巻き始めると、評判は脆く崩れていった。

王妃に近い側仕えが、リリアナの能力を「見せかけ」と吹聴した。

聖女の奇跡は魔法師団の力で補っていた、リリアナは王太子の婚約者の座を狙う野心家だ——

そんな根も葉もない噂は瞬く間に王城を駆け巡り、やがて国王の耳へ届いた。

真実など誰も見ない。

胸の奥に苦いものが渦巻く。

大広間の扉が開かれると、冷たい空気が流れ込んだ。

黄金の柱が整然と並ぶ謁見の間は、朝日を受けて煌々と輝いている。

しかしその中心に立つ王と貴族たちの表情には温度がない。

王妃がゆっくりと微笑み、リリアナを見下ろした。

「偽りの聖女リリアナ。王国は、本日をもってお前を追放とする。」

——その瞬間、息が止まった。

言葉は理解した。しかし、心が追いつかない。

慈しみも、祈りも、誓約も、全てを捧げてきた国。

その国が自分を不要と言い放つ。

「……お待ちください、陛下。私は——」

言いかけた声を王妃の扇が遮った。

「これ以上の反論は無用です。祈りすら偽物だったのだもの。

ああ、どれほど国庫があなたの嘘のために費やされたか……」

嘲る声が大広間に広がる。

聖歌を讃えた神官でさえ、目を逸らした。

リリアナは奥歯を噛みしめた。

否定したかった。叫びたかった。

けれど、そんな彼女の内で、別の感情が静かに芽を出した。

——もし私の力が本物なら。

——この人たちは、私を恐れただけなのでは?

胸の底から熱が込み上げる。

「私は……人々を救いたかっただけです。」

声は震えていなかった。

清澄で、静かだった。

王は一瞬だけ眉を動かす。だが決定は覆らない。

「明日の朝までに城を立ち去れ。二度と戻ることは許さん。」

膝が崩れ落ちそうになるのを、リリアナは必死に耐えた。

侍女の指先が小刻みに震える。けれど手は伸ばさない。

触れれば彼女まで処罰されると知っているからだ。

リリアナは小さく礼をし、踵を返した。

足音ひとつが広間に響く。

誰も止めない。誰も呼ばない。

私の祈りは、もう誰にも届かないの?


城門の外に出たとき、朝日はすでに高く昇っていた。

光は眩しく、皮肉なくらい清らかだった。

リリアナの持ち物は、わずかな旅装束と小さな鞄一つだけ。

慣れた城の回廊も、豪奢な寝室も、すべて手放した。

門兵たちは冷ややかに視線を向けるが、それ以上は何も言わなかった。

追放者に情けをかける義務はない。

「……これで良かったのかもしれない。」

呟いた声は風に消えた。

涙は落ちない。誇りだけが胸に残っている。

だが、歩き出してしばらくすると、肺の奥が痛み始めた。

祈りの力が、理性の枷を外そうとしている。

胸の奥に燃える何かが、脈打つように広がっていく。

(……私の力は、まだ終わっていない。)

そのときだった。

遠方から蹄の音が響く。

土煙を上げながら、黒い馬がリリアナの方へ駆けてきた。

咄嗟に身構える。

剣を帯びた兵、追手かもしれない。

だが、馬上の人物は鮮やかな青の外套を翻していた。

王国の紋章ではない——隣国アルスターの色だ。

青年が馬から降り、迷いなくリリアナへ歩み寄った。

その姿は鋭く美しく、陽光を受けて銀の髪が光る。

その瞳は深緋色——見る者の心を射抜くようなまっすぐさだ。

彼は立ち止まり、静かに名を呼んだ。

「聖女リリアナ・フィーネ。」

呼ばれた名に、彼女は息を呑んだ。

今や自国では禁忌の名——それを平然と口にした。

「……あなたは?」

青年は微笑を浮かべる。

冷たいのではなく、凛とした温度を秘めた笑みだった。

「俺はアレン・アルスター。隣国の王太子だ。」

風が吹き、彼の外套がはためく。

視線はリリアナを逸らさない。

「君を迎えに来た。……俺たちの国は、君の力を必要としている。」

胸が震えた。

追放されたばかりの心に、その言葉はあまりに眩しい。

(私に……居場所が?)

リリアナはまだ知らない。

この青年と出会ったことが、世界の命運を動かすことになることを。

そしてこの瞬間から始まる関係が、信頼へ、友情へ、そして——

静かに燃える恋へ変わっていくことを。

ただ、ひとつだけわかっていた。

歩き出さなければ、何も始まらない。

リリアナは息を吸い、アレンの差し出した手を見る。

迷いはあった。恐れもあった。

だが、それよりも強い感情が胸に灯る。

「……私でよければ。」

そっとその手を取る。

次の瞬間、世界が動いた。

追放の少女は、新たな大地へと踏み出す。

ここから、彼女の物語が始まる——。

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