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7 仮初めの皇后

 陛下からの呼び出しに、戦々恐々としながら向かった。

 書庫では結局、陛下は何も仰らなかったけれど、わざわざ呼び出しを受けたということは、処分が決まったということなのだろう。

 法制にかかわる書物に目を通した限り、そこまで重たい罪には該当しなさそうだけれど、間諜の罪に問われれば、最悪、死罪ということも……。

 考えるだけで震えてしまう。

 何度も怖じ気づき、立ち止まった。


「陛下、皇后様をお連れいたしました」

「入れ」

「失礼いたします」


 腹を決め、部屋に入る。


「どのような罪もお受けいたします……っ」


 私はぬかずく。

 すると、頭の上から深いため息が聞こえた。


「お前は仮にも公主だろう。顔を上げて立て。さも当然のように額ずくな。そうされるほうがよほど不愉快だ」

「あ、はい」


 そんなことを言われたのは初めてだ。

 朱国では何か失態をするたび、額ずくことを強いられた。

 私を額ずかせるたび蘭月は嬉しそうにした。

 彼女が機嫌良くなれば、面倒事が少なくなる。

 だから自然と額ずくことが当たり前のようになっていた。


「お前を呼んだのは罰するためじゃない。お前の書いたものを読ませてもらった」

「それは人様に見せるものでは。単なる備忘録として書かせて頂いたものでして……ですから、あの……っ」


 周礼が私を安心させるように柔らかく微笑んだ。


「皇后陛下、どうか落ち着いてくださいませ。陛下も、私も、あなたの書かれたものを読み、とても感心したのでございます。これほど良くまとまったものを、昨日来たばかりのあなたが書かれたことが信じられないほどに」

「そう言って頂いて光栄です」


 胸の奥がくすぐったくなる。

 こんなにまっすぐ誰かに褒めてもらえたのは、本当に久しぶりだ。

 私がどれほど政務をしても、それはやって当たり前。

 羽化でもできぬ身の穀潰しのだから、これくらいできなくてどうするのだ、とお父様には叱責ばかり受けていた。


「いかがされましたか?」


 周礼が慌てて、私に懐紙を渡してくる。


「え?」

「なぜ泣く」


 陛下が驚いたように眉を上げた。

 泣く……?

 私は目元に手を当てる。

 温かなものが指に触れた。

 ほとんど無意識のうちに泣いていたことに驚いてしまう。


「も、申し訳ございません……」

「だから謝るな」


 私は周礼にお礼を言って、懐紙で目尻の涙を拭った。


「さあ、そちらへ座って、お茶をどうぞ。落ち着いてください」

「ありがとうございます」


 お茶を口にした。

 美味しい……。


「落ち着いたか?」

「はい。お見苦しい姿を……。それで、どうして私を?」

「これについて聞かせろ」


 それは堤を補強するための案を書き付けたものだ。


「この考えはどうして出てきた? 朱国で水害という話は聞かないが」

「確かに水害はございません。そこまで大きな河川が流れてはおりませんから。しかしながら山崩れが頻発したことはございます。私は官吏たちと共に現場へ参りまして、一つの結論にたどりつきました。崖崩れが起こりやすい山では、無計画な樹木の伐採が行われていたのです。そこで樹木が強く根ざした山では地盤が補強され、それがなくなることによって緩みが生じ、崖崩れが起こりやすくなるのではないか、と。そこで植樹を行った山とそうでない山、二つの経過を観察いたしましたところ、植樹をした山の崖崩れが起こりにくいという結論を得ました」

「ほう、そこまでなさったのですか」

「周礼、これを実行に移せ」

「かしこまりました」

「よ、よろしいのですか!? 私はこの国の人間ではないのですよ……?」

「この地で骨を埋める覚悟はとうにできているのだろう。それに、お前が何者かはどうでもいい。お前の案を採用することを決めたのは身分や生まれとは全く関係ない。良き案だと判断すればこそ、だ」


 良き案……。

 そう言ってもらえたのは初めてだ。

 いいけない。また泣きそうに。


 他の誰かに、たとえば、周礼が同じことを言っても、それはきっと私を心配し、慮ってのことだと受け取っていたかもしれない。

 しかし陛下の言葉は不思議と、まっすぐ胸に届いた。


「それから、婚姻のことだが、お前を仮初めの皇后とすることにする」

「仮初め……?」

「周囲はとうにお前を皇后として扱っているから丁度いい。お前がいれば、自分の娘を薦めてくる連中を拒絶するいい理由にもなる。分かったか?」

「あ、は、はい。仮初めの皇后としての職務をお受けいたします!」

「仮初めゆえ、式はあげるつもりはない」

「では、勅命を出すべきかと」

「どんな?」

「──今は新帝が即位したばかりで国内が騒がしい。それゆえ、皇后との婚姻は十分に国内を鎮めてからということにする、と。さすれば、婚礼にまつわる儀式が行われなくとも、周りは納得せざるをえないでしょうから」


 陛下はにやりと笑う。


「早速、役に立ったな。周礼、手はずを整えろ」

「かしこまりました」

「陽蓮。これからはどこかに行く時には女官に一言声をかけてからにしろ。またお前を探すのに大勢を動員するのは面倒だ」

「それは反省しております……」

「下がっていい」

「失礼いたします」


 部屋を出た。

 陛下に褒めてもらえた言葉で、口元が緩んだ。

 異能がなくとも、この国でもできることがある。

 それがただ嬉しかった。

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