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6 陽蓮の才能

「皇后陛下、皇后陛下」


 頭の上から振ってくる声に、目蓋を開け、顔を上げる。

 そこには何人もの女官や兵士が、私を覗き込んでいた。

 がばっと体を起こすと、私を囲んでいた人たちがぎょっとする。

 どうやら眠ってしまったらしいと気付き、恥ずかしさに頬が熱くなった。


「全員、下がれ」


 そこへやってきたのは陛下。

 女官たちは叩頭し、そそくさと書庫を出ていく。


「……お前、こんなところで何をしている」


 陛下の刺すような視線に縮こまってしまう。

 勝手に書庫に入り込んだことをお怒りになられているのだろうか。

 きっと、そう。

 良かれと思ってしたことではあるけれど、ここは朱国ではない。

 自分は碧国にとっては余所者よそもの

 それが何の断りもなく勝手に書庫へ入り、書物を読み漁ってしまった。


「も、申し訳ございません……っ」


 私にできることは震える声で、謝罪することくらい。


「謝れとは言ってはいない。何をしているのかと聞いているんだ」

「……少しでも陛下のお力になりたく、碧国のことを学んでおりました」


 私は陛下の言葉を待ったけれど、いつまで待っても、陛下は何も仰られなかった。

 それほどに怒りが深いということだろうか。


「皇后陛下! こ、これは陛下」


 駆け足と共に、李豹様の声が聞こえた。


「李豹、こいつを部屋へ連れていけ」


 陛下はただそう告げた。


「皇后陛下、お部屋へ参りましょう」

「……は、はぃ」


 私は立ち上がり、最後に陛下に一礼をして書庫を出た。


「朝からずっと書庫へ籠もられていらっしゃったのですか?」


 廊下を歩いていると、李豹が心配そうに振り返る。


「はい。少しでもこの国のことを勉強したくて。ですが、許可を取るべきでした。陛下もお怒りになられて……」

「……そうでしょうか」

「はい?」

「陛下は──」


 その時、ぎゅるる、と気の抜けるような音が大きく廊下に響く。


「!」


 はっとした私はお腹を押さえた。

 振り返った李豹様は唖然として私を見ていた。

 最悪だわ……。


「すぐに食事の支度をさせます」

「……す、すみません」


 部屋で待っていると、ほどなくして卓を埋め尽くすほどの料理が運ばれてきた。


「他にも一緒に食べる方がいらっしゃるのですか……?」


 女官たちが顔が見合わせる。


「いいえ、全て皇后様のお食事でございます。皇后様の好みが分からないもので、嫌いなものなどがございましたら、お教え下さい」


 魚料理が多いが、肉や山菜を使った料理も並んでいた。

 何より全ての料理が湯気をたてている。

 魚の肉はほろほろと崩れ、汁物は温かく、いつもの調子で飲むと火傷しそうになる。

 温かい食事はどれくらいぶりだろう。


「どれもこれもとても美味しいですっ」

「お口に合ってようござりました」


 女官たちはほっと胸を撫で下ろす。

 朱国では蘭月が口に合わないと言っただけで、料理を担当する女官がごっそり入れ替わりになったことも一度や二度ではなかった。

 彼女たちも内心、それを恐れていたのかもしれない。

 嘘いつわりなく、本当に美味しい食事だった。



「陛下、お呼びでございますか」


 周礼が部屋に入ってくる。


「これを見てみろ」


 俺は、陽蓮が書いた何十枚という紙の束を渡す。


「これは、我が国の……? ふむ、よくまとまっておりますな。誰がこれを?」

「陽蓮だ」

「皇后陛下が!? しかし、あの御方はつい昨日、碧国へいらっしゃったばかりのはず……」

「今日一日書庫へこもり、必要な事柄を備忘録として書き連ねていたらしい」


『……少しでも陛下のお力になりたく、碧国のことを学んでおりました碧国のことを学んでおりました』


 あの女はそう言っていた。

 俺は、誰もが美辞麗句を並べ立てながら、内心で相手を呪うことが当然のような後宮で育った。

 殺したい、甘い蜜を吸いたい、あわよくば皇族を利用して成り上がりたい。

 腹に一物を持った大勢の人間と言葉を交わした俺は、ある程度、人間の嘘をかぎ分けられるようになっていた。

 生き残るために自然と身についたのだ。

 だから分かる。あの女は本気だった。

 嘘をつく訳でも、見栄を張る訳でもなかった。

 あの女の行方が分からなくなったのが早朝であることを考えると、それよりも前から書庫に籠もり、力尽きて眠るまでずっと真摯に碧国のことを理解しようとしていた。

 そのまっすぐさに、俺はなんと言えばいいのか分からなかった。


「皇后陛下は優れた御方でございますなぁ」

「公主をしているより、官吏に向いているとさえ思った」

「確かに。身分が違えば、能吏になられていたでしょう」


 周礼がこれほど手放しに誰かを褒めるのは珍しい。

 こいつは俺の太傅(家庭教師)だったが、子どもの頃から何事にも厳しく、決して世辞は言わない。

 だからこそ成人した今も信頼に足る人間と、そばにおいている。


「これを読んで意見を聞かせてくれ」

「これも陽蓮様が?」

「そうだ」

「……ふむ。ほう、なるほど……」

「どう思う?」

「これまでになかった視点でございますな。やってみる価値はあるかと。陛下はどう思われましたか?」

「俺もやってみるべきと思っていた」


 俺は手元にあった鈴を鳴らせば、外で待機していた侍臣が入ってくる。


「陽蓮を連れてこい」

「かしこまりました」

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