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5 騒ぎ

 翌日は日が昇らぬうちに目覚めた。

 窓の板戸を空け、新鮮な空気を取り込む。

 川が多いせいだろうか。かすかに水の匂いがするような気がした。

 これも碧国の特性というものなのかしら。

 昨夜のことを考えると、気が重い。

 事情を知らなかったこととはいえ、自分の居場所はついにこの国にさえなくなってしまったのだから。


 それでも私は嫁いだ身。

 たとえ陛下に望まれなかったとしても。

 祖国でも自分にできることをした。

 それはこの国でも決して変わらない。

 寝巻から襦裙に着替え、紙とすずり、筆を手に部屋を出る。

 向かった先は、書庫。

 昨日、ここへ到着すると同時に、建物の構造は李豹から一通り教えられていた。

 私は重たい扉を開けると、中に入る。

 あまり出入りがないせいか、少し埃っぽかったけれど、棚に並べられた冊子は、分野別にしっかり整理がされている。


 史書、地誌、内政、軍事、儀礼……。

 まずはやっぱり都、暁京から理解していこう。

 現在の人口はおよそ百万。

 都の地下には水路が流れ、これが下水の役目を担い、都市全体を清潔に保っている。


 知らないことが分かっていく。

 知的好奇心を満たされる瞬間が、好きだ。

 同時に、具体的な情報を手に入れることでどうすれば民のためになるを知ることができる。

 碧国は大小様々な川が網の目のように巡り、船が重要な役割を果たしているらしい。

 その一方で、水害が多いということを意味する。

 史書を紐解けば、一人の皇帝の治世で何度も大きな水害が発生していた。

 書物に目を通しながら、覚えておくべき事柄を一つ一つ、紙に写し取り、そこへ自分の考えを付け加えていった。


 

「李豹様、大変でございます!」

「いかがした」

 早朝の静かな空気を壊すように慌ただしく駆けてくる女官に、目を向けた。

「皇后様でございますが」

「何かあったのかっ」

「先程、お部屋へご起床の時間をp知らせにまいったのですが反応がなく、仕方なくお部屋に入ったのですが、いらっしゃいませんでした」

「誠か!?」

「はい。他の女官たちと一緒に探してみたのですが見つからず……」

「門番たちは?」

「誰も通っていないと言われました」


 昨夜のことが頭を過ぎった。

 異能に目覚めていないということは本当だろうか。

 嘘をつくような人には見えなかったが、それでも、あれがこちらの油断を誘うためのものだとしたら?

 異能で城を抜け出し、碧国の皇帝の余命幾ばくもないことを祖国へ伝えに向かったのだとしたら?

 血の気が引く。

 女官たちに引き続き探すよう命じ、さらに部下に早馬を出させ、国境線を固めるよう命じた上で陛下の元へ向かった。


「陛下、失礼いたします」

「どうした?」


 陛下は寝台に横たわっていた。

 少しでも体を起こすと、辛そうに顔を歪めた。


「皇后陛下が、行方不明でございますっ」

「逃げたか」

「……未だ、確定はしてございません」

「俺があの女なら暴君の弱みを手土産に祖国へ戻るな。粗末に扱われいたのなら、尚更」

「なにを冷静に仰られているのですか。もしこのことが他国に漏れるようなことになれば……いいえ、皇太后陛下のお耳に達することも十分、考えられます」


 陛下が小さく舌打ちをする。


「国境の封鎖は?」

「すでに行っておりますが、万が一、異能を使えぬことが嘘であれば……」

「俺が馬を走らせる」

「いけません。どうか、陛下はご無理をなさらず……!」

「そんな悠長なことを言っている場合か。あの女が異能を使うのであれば、俺でなければ止められないだろう」

「とにかく今は我々にお任せ下さい。この国は見知らぬ者からすればほうぼうに川が流れ、似たような景色が続き、簡単に国境線へたどりつくことはできないかと」

「……分かった。今日はお前に任せる。だが見つからねば、俺が行く」

「はっ」


 多くの人間を使わせたが、皇后陛下の行方は分からないまま、夕方を迎えてしまう。

 何ということだ。

 暗澹あんたんとした気持ちでいると、女官が現れる。


「皇后陛下が見つかりました!」

「どこにいた!」

「書庫にございます」

「書庫……というのは、あの書庫、か?」

「は、はい。そちらでお休みに」

「寝ていた、と?」

「はい。見つけた女官によりますと、たくさんの紙の上に倒れ込んでいらっしゃったそうでございます」


 説明を聞いても意味が分からない。


「今はどちらへ?」

「知らせを聞いてすぐにこちらへ参りましたので、今も書庫かと」

「陛下へは?」

「すでに別の者をいかせました」


 書庫? まさか朝からずっと書庫に? 何故だ?

 頭の中を疑問かぐるぐると回る。

 しかしひとまず見つかって良かった。

 皇后陛下は逃げてなどおられなかった。

 色々と疑問はあるが、ひとまず彼女が碧国を裏切っていなかったことが分かり、ほっとしていた。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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