2 売られる公主
数日後、お父様から執務室へ呼び出された。
媛明様と蘭月がいた。
媛明様はともかく、政務には一切関わりのない蘭月がいるのはどうして?
「お父様、いかがなさいましたか」
「数日前、碧国より外交使節がやってきた」
「存じております」
私は別の政務のため、同席できなかった。
碧国は四神の一柱、青龍様によって建てられた国。
数年前、新しい皇帝が立ったはず。
そしてその皇帝は、実の父や兄弟姉妹を手にかけた暴君という噂。
「我が国の公主と、皇帝との婚姻を持ちかけてきた」
他国の公主を妻に迎えるのは異例だ。
皇后の血筋は、同じ四神の血統より出す。
それが古来からの原則だからだ。
「なぜそのようなことを……」
「さあ、何かしら事情があるのだろうが、どうでもいい。大切なのは条件のほうだからな。碧国は、公主を招くためならば、今どちらの領有かを争っている最中の金山を諦めても良いと言い出してきた」
耳を疑ってしまう。
そこまでして?
金山の領有は、先代の頃から五十年近く続いた懸案だ。
正直、そこまでして他国の公主を皇后を招く理由が分からない。
埋蔵量を考えれば、正直、皇后よりもずっと重要であるはずなのに。
「嫌ですわ、お父様! 碧国の皇帝は暴君という噂ではありませんか! 私はそんな男の元へ嫁ぎたくはありません! どんな目に遭わされるか、考えただけでも震えが止まりません……!」
蘭月が大袈裟に泣きわめき、父上の膝に縋り付く。
皇帝の妃になるのだ。
当然、羽化をしている蘭月しか……。
「安心しろ。嫁ぐのはお前ではない。陽蓮だ」
「ですが、私は羽化を……」
「そうだ。だが彼の国はその事実を知らない。そもそも羽化をしている公主とは言われていない。公主が欲しい、そう言われただけだ」
「あらぁ、そうでしたのね。ふふ。お父様ったら驚かせないでください。良かったですね、お姉様ぁ。ようやく役立たずの赤錆女が、わたくしたち役に立つ時が来たようですわぁ!」
「……で、ですが」
「まさか、嫌だという訳ではあるまい? 今日まで役立たずのお前を育ててやった恩を忘れたのか!?」
媛明様、蘭月が、叱責される私をにやにやしながら眺める。
血の気が引く。
つまり金山のために私を売るということ?
確かに私は羽化できていない。
それでも多くの政務をこなし、関係省庁と協議し、国と民のために尽くしてきた。
父上たちからしてみれば、私はいつまでも役立たずであることは変わらなかったのね……。
愛されることはとうに諦めていたけれど、それでも、ほんの僅かでも親子の情はあると思っていた私が愚かだったのね。
「お前は碧国の皇帝に嫁げ! それがお前がこの国にできる唯一のことだ!」
全身から力が抜ける。
「……承りました」
私は頭を下げ部屋を退出する。
恐ろしさで震える体を精一杯、押さえつけながら、足を動かして部屋へ戻る。
しかし途中で限界を迎え、柱に寄りかかった。
怖ろしい。親や兄姉にも一切容赦をしない皇帝に嫁ぐなんて。
近づいてくる足音に振り返れば、蘭月だった。
「お姉様ぁ、まさか泣いてるのぉ? どうしてぇ? 金山があればぁ、わたくしたちはもっと贅沢ができるようになるのに? お姉様、いっつも国のため、国のためって言ってたじゃない。金山がやっと手に入るのよぉ!?」
「……金山は、民のために使われるべき、かと」
「はぁ? 民ぃ? あんな奴らのために使う訳ないじゃない! 連中に金の価値なんて分かる訳ないでしょう。あーあ。お姉様ってほんと馬鹿よねぇ。きっと、お姉様が羽化もできない役立たずだって分かったら、暴君に首を刎ねられるだろうから、きっとこれが今生のお別れね。でも安心して。お姉様の犠牲で手に入れた金山、大切に使ってあげるからぁ。ふふ……あははは! 純金の耳環に首飾り、繍金をたっぷり使った襦裙……楽しみぃ! あ、お姉様が死んだら、お墓にもすこーしだけ金粉を使ってあげるから楽しみにしててねぇ! あははははは……!」
無邪気な顔で残酷なことを告げた蘭月は上機嫌で、お父様たちの元へ戻っていく。
涙で視界が滲む。
私は唇を噛みしめ、部屋へ走った。
その間に涙はとめどもなく溢れた。
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