第2話:歌に潜むノイズ
「……これ、ほんとにバグなの?」
配信画面に走るノイズ。
映像が止まり、画面の奥から浮かび上がる“助けて”の文字。
他の誰にも見えていない。けれど、私にははっきり見えた。
『ERROR:映像出力制御プロトコル 異常波形検出』
そんなログ、いちいち出すなって。こっちは素人なんだけど。
「まあ、いいけど。アーカイブだけでも……っと」
自室に戻って、ターミナルにアクセスする。アーカイブ管理画面に入り、先ほどの配信を消そうとする。
──が。
「……あれ? 削除ボタン、グレーアウトしてる……?」
ボタンを押せない。いや、それどころか、動画そのものの編集権限が消えている。
「ちょ、運営ふざけてんの? 事故動画なんだけど。こちとらクリーンで無害な収容者目指してんのよ」
文句を言いながらも、なんとなく腑に落ちない。
これはシステム側の不具合じゃない。もっと“意図的”な……。
その違和感が、次の瞬間、確信に変わる。
【次回配信予約:強制設定済】
【視聴対象:管理者層】
【タグ:観察対象A / 共鳴因子 / 歌声感応領域】
「…………ちょっと待って? 観察対象Aって私じゃないよね? ね?」
どう考えても私だ。てか、歌声感応ってなに、厨二病か?
「……あ~、なるほどね。そういうこと?」
肩をすくめて椅子に座り、天井を仰ぐ。
「私の歌に、なんかあるんでしょ。で、それが一部の誰かにとって“問題”ってわけか」
別に気取るつもりはないけど──少し、気持ちいい。
今まで、誰にも届かなかった“私の声”が、誰かに何かを起こしてる。
けど。
それと同時に、もう一つの感情が生まれていた。
──「気持ち悪い」。
まるで誰かに監視されてるみたい。いや、実際にされてるのか。
ステージの照明、カメラ、アバター制御……全部、向こうの手のひらの上。
自由に歌ってるつもりで、ただの実験台?
「……なんかさ、こういうのって、ホント笑えないんだよね」
次のライブの日。強制配信。
選べる曲は制限されていて、用意されたリストの中に、一曲だけ見慣れないものがあった。
『SILENT LINK(システム制御下)』
「なにこれ。……逆に気になるじゃん」
悪い癖が出る。
押すなと言われると押したくなるし、聴くなと言われると聴きたくなる。
「ま、こういうのは直感で選ぶ派なんで」
開始カウントダウン。ライトが灯り、視界が切り替わる。
【3、2、1──LIVE START】
イントロと同時に、空気が変わる。……いや、画面のノイズがリアルタイムで混入してる?
歌いながら、私ははっきりとそれを見た。
【音声バリアを突破】
【情報波形:強制書き換え開始】
視聴者コメントがざわつく。
「今の、音飛び?」「うわ、画面止まった」「この演出、やばすぎじゃね?」
画面の向こうでは混乱が広がっていたが、私はただ──歌い続けた。
だって、それが一番、自由でいられる時間だから。
曲が終わる。
視界に、またあの文字が浮かぶ。
『君の声は、閉じられた監獄の扉を開く』
『でも、その先にあるのは──』
「……黙ってろよ。続きは、自分で確かめるから」
私は、ニヤッと笑った。