並行世界(パラレルワールド)
次の日、純一はスマートフォンの着信音で目を覚ました。
いつもの目覚まし時計の音ではない。軽快なメールの着信音だ。
純一は眠い目をこすりながらスマホの画面を見る。差出人はなんとなく予想がついた。
案の定、差出人は昨夜、散々メールのやり取りをしたあの『めぐみ』だった。
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:フリーターの純一さんへ
昨日メールのやり取りをした、めぐみです。
昨日はごめんなさい。
いろいろとおかしなことになっているみたいなので、少しお話したいと思ってメールしました。
良かったらお返事ください。
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おかしなことといえば、確かにおかしい。
昨夜は電話がかかってくるかもしれないと、弁当を食べ終えてからも眠らずにかなりの時間まち続けていた。おかげで今日は寝不足だ。
あきらめて布団に入るころには空が白み始めていたほどだ。
昨夜は『電話が来ないということはやはりいたずらなのだろう』と考えていた。
しかし、ふたたびメールを送ってくるというのは、相手はいったいどういうつもりなのだろうか。
『まだぼくのことを、からかい足りないのだろうか?』
純一は眠気でくらくらする頭で考えるが、寝不足の頭では思考に靄がかかったようではっきりしない。少し悩んだあげく、純一は返信を行うことに決めた。
いたずらならいたずらで、とことんつきあってやろうと開き直ったとも言える。
純一はまだ眠りから冷め切らない頭を無理に働かせて、返信のメールを書いた。
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:めぐみさんへ
フリーターの 純一です。昨夜は寝ないで電話を待っていたんですよ。
昨日、遅くまで起きて待っていたので、今目覚めたばかりです。もし、いたずらならもうやめてください。
このメールに対して、返信はすぐに戻ってきた。
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:純一さん、ごめんなさい
すみません。いたずらではないんです。
ホントにあなたは私の知っている「純一」とは別人なんですね。
昨夜はちゃんと電話したんですよ。でもつながったのは私の彼氏の純一だったの。まあ、当たり前よね、純一の番号にかけたんだから。
メールだけが違う純一さんに届く方がおかしいのよね。
あのあと、メールアドレスに間違いがないか、何回も確認したんですよ。でも、彼のアドレスとまったく同じなんです。
色々試してみたんだけど、どうやらメールアプリの受信ボックスにある着信メールに『返信』としてメールを送ると、あなた、つまり『フリーターの純一さん』に、アドレス帳から選んでメールを作成すると、私の彼の『純一』にメールが送れるみたい。
そこで私考えたんだけど、もしかしてあなたの世界と私の世界は並行世界になっているんじゃないのかな?なんて、一人で興奮していたんですけど、純一さんはどう思いますか?
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「並行世界、パラレルワールドだって?」
朝っぱらからのいきなりなSF話に、純一は思わず声を上げた。
話には聞いたことがある。この世には、別の可能性の世界が無限に存在しているという。
平行世界とも言われるもうひとつの可能性の世界。
確かに、純一にも立派な社会人として過ごす可能性もあったはずだ。そんな世界がもしかしたらどこかには存在しているのかもしれない。でも、そんなものは小説か漫画の中での話。現実世界ではナンセンスだ。
「ありえない……」
純一はそう思いつつも、この「パラレル女」とのメールを楽しんでみようかと思い始めていた。
別段、他に予定があるわけでもない。ひとつの娯楽として付き合ってやるのも一興だろう。
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:平行世界のめぐみさんへ
確かに不思議ですね。でも本当にそんな世界が存在するのでしょうか?単に同姓同名の別人が近くに住んでいるだけかもしれませんよ。
ここはひとつ実験してみませんか?
方法は、同じ時間に、同じ場所に行ってみるのです。そこでぼくたちが出会えたら、ただの偶然が重なっただけとわかりますし、もし出会えなければ、二人の世界がどのくらい違うものなのか比べることができると思いませんか?
ぼくの方は結構、時間を自由にできるので、良かったらめぐみさんの都合で待ち合わせを決めてください。
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純一はメールを打ちながら、自分がこの女性に興味を持ち始めていることに気付きびっくりした。
顔も見たことのない、文字だけのやり取りの女性が気になるなんて自分でも初めての経験だ。
もっとも昨日の電話の件を考えても、めぐみが姿を見せる可能性は低いように思える。
まあ、それならそれでもいい。どうせこっちも暇つぶしに過ぎない。純一はそう考えることで自分を納得させることにした。
程なくして、スマホはメールの着信を伝えた。
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:面白そう!
いい考えだねっ!今日はちょうど土曜日で仕事も休みだから、早速待ち合わせしてみない?
場所は、仙台駅のステンドグラス前でどうかな?
お昼の十二時にはつけると思うよ。到着したらメール入れるね。
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めぐみはメールから読み取る限り、かなり乗り気のようだった。純一のアパートから仙台駅まではバスで三十分程度の距離だ。自転車でもいいが、万が一彼女にあったとき始めから汗だくというのもいただけないだろう。幸い時間的な余裕は十分にある。
純一は待ち合わせの了解をメールで伝えると、出かける準備を始めた。
全身鏡の前で、気合を入れておしゃれな服を選ぶ。そんな自分に気づき、苦笑した。
顔もわからない。本当に来るのかもわからない。そんな女のためにぼくは何をしてるんだろう。
そうは思っても、純一は鏡の前からなかなか離れることができなかった。
結局、色々悩んだものの、ジーパンにTシャツという、いつものラフなスタイルに落ち着いた。
あれだけ悩んだのは何だったのかと、自分に問いかけつつ、あわてて家を出る。無駄なおしゃれに時間をかけすぎたため家を出たときは、すでに待ち合わせまで三十分を切ってしまっていた。
時間に間に合うかどうかは、バスの運転手のがんばり次第というところだ。
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