8. 話の長いギデオン①
「ギデオン様、話が長いですわ」
「なんだと、ワシの話をはいはいと聞く。そういう契約だったじゃろうが」
「反論禁止とは契約書にありませんでしたわ」
「なんと生意気なオナゴじゃ」
「あら、お言葉ですが。じゃじゃ馬で口の達者なオナゴをお求めになったではありませんか」
クックック、ジョナの新しい契約結婚相手が愉快愉快と笑う。
ギデオン・モートメン侯爵、昔々の騎士団長である。髪もヒゲも真っ白な六十五歳。立派なじいさまである。
現騎士団長であるヒューゴの紹介で、新たに契約結婚相手となったギデオン。元騎士団長なのに、いや元騎士団長だからと言うべきか、王家に対して非常に辛辣なことで知られている。
「軟弱な。こんな条約を結ぶとは、信じられん。弱腰では隣国になめられるぞ。国王のくせに相変わらず気弱なヤツだ」
ギデオンが新聞を見ながら文句を言い始めた。
「あいつは昔っから要領がよくて、手を抜くことばっかり考えておる」
「あら、効率がいいって長所ではありません? 手間暇かけても結果が伴わなくてはねえ」
「バカ者、国王たるもの、努力・根性・勇気・忍耐じゃ」
「ははー」
「ワシが直々に鍛錬を見てやったときにだな。少年時代のあやつは口ばっかり達者で」
「ほほー」
「ワシが若い時は、師匠に口答えなどあり得なかった。師匠が走れと言ったら、やめと言われるまで走ったもんじゃ。おかげでワシは馬よりも健脚よ」
「始まった」
ギデオンが、ワシが若い時はと言いだすと、ジョナはやれやれと紙とペンを持ち出すことにしている。
「師匠の鍛錬は、それはもう厳しいものじゃった。ある時など、九つの首を持つ水蛇ヒュードラーをたったひとりで退治せねばならんかった」
ジョナは紙の束をパラパラとまくり、人差し指を上げる。
「ギデオン様、この前は騎士仲間のマッケラン様と共闘したとおっしゃいましたけれど。ヒュードラーの首をどちらが多く切るか競い合ったとか。ギデオン様が五つ、マッケラン様が四つ。ギデオン様が辛うじて勝たれたと」
ギデオンがクワッと目を見開く。
「笑止。辛勝などではないぞ。ワシひとりで九つ切れたところを、無能なマッケランを哀れに思って四つ譲ってやったまでのこと。ワシは慈悲深いからの」
「そうですか。では、おふたりで共闘されたということですね」
「ぐ、まあな。マッケランめの存在感があまりに薄くて、記憶のかなたに消えかけておったわ」
かっかっか、ギデオンが高笑いする。笑い過ぎて、ギデオンがむせ始めた。ジョナは強めに背中を叩く。
「いい師匠と頼もしい仲間に恵まれてよかったですわね」
「うむむ」
ギデオンが水を飲みながらうなる。
***
父ニコラウスとヒューゴが、ジョナの次の契約結婚相手にギデオンを選んだとき、王家は反対した。
「老人ではないか。祖父と孫の年齢差、ジョナがあまりに不憫ではないか? 師匠といえども、賛成できん」
国王は苦い顔をする。数々の伝説を持つ英雄ギデオンだが、昔から口が悪かった。歯に衣着せぬ物言いは、王族に対しても遠慮はなかった。
「国民から絶大な人気があるお方ですから。辛辣ですが、それは王家への愛ゆえのこと。国民のうっ憤を晴らすため、わざとひどい発言をされているとも言えます」
ニコラウスの言葉に、国王は嘆息する。
「昔はそうとも思えたが、最近は八つ当たりのようにも感じられる。家族と疎遠になって孤独だからであろうが」
「陛下、ご安心ください。私、偏屈で頑固で手がかかる老人の取り扱いは得意ですから」
「言い方ー」
父ニコラウスが青ざめる。
「それに、私にはとっておきの秘策がありますからね」
ジョナは不敵に笑った。
契約結婚相手に初めて会う日は、とても重要だ。この人ならとひと目で思ってもらわないといけない。相手の望みを聞き出し、できることできないことを明示しなければならない。言った聞いてない問題にならないよう、契約書を交わさなければならない。やることがいっぱいなのだ。
「何はともあれ、お化粧しないと」
ジョナは保湿をたっぷりし、クリームを塗りこんだ。肌が艶やかになったら、ブラシをクルクル回しながら顔全体に粉をのせる。ピンク色の頬紅を、ほお骨の高い位置からこめかみに向かって長めに。少し濃い目の粉を細いブラシで取る。鼻先から左右のくぼみに沿いながら小鼻に向かってぼかす。小鼻がキュッと引き締まった。眉頭から目頭のくぼみもブラシに残った粉でほんの少しなじませる。別のブラシで光沢のある真っ白な粉を目と目の間、鼻の低いところにサッとひとなで。鼻が立体的になり、スッキリとして見える。
次は目。眉の下にうっすらと銀色の粉、淡い水色を目の目頭から目尻までほんのりと。
「モーリッツのお母さまからいただいた新しい化粧品の出番ね。真っ黒ね」
砂漠の国の女王が愛用している目元専用の化粧品。殺菌力の強い植物を燃やしたススを植物油で練っているのだそう。極細のブラシで目元を囲むように塗っていく。目の下は目元と目尻を少しだけ。目の上はしっかりと。
「目尻は大胆に跳ね上げて。猫っぽくなったら成功。うん、完璧ね」
最後はピンク色の口紅を唇から少しはみ出るぐらい大きめに塗る。狙い通り、ぽってりふっくらの唇になった。
金髪のカツラは頭頂でゆるく結び、櫛で逆毛を立ててフワフワに。重めの前髪は目にかからないよう、しっかり巻く。
侍女ふたりにコルセットを締め上げてもらう。白いシャツは上まできっちり留め、襟には赤いリボン。ふんわり広がるスカートは白と赤の格子模様だ。
「どうかしら?」
ジョナがクルリと回ると、スカートがフワッと後からついてくる。侍女たちは拍手喝采した。
「お嬢様、本当にかわいいです。お嬢様史上最高かもしれません」
「清楚なのに色っぽくて、頭が混乱します」
「でしょう」
ジョナは自信たっぷりに、ギデオンの屋敷に向かった。執事に案内され書斎に入る。薄暗い部屋の中で、白髪のじいさまが机に向かっている。ジョナの方を見もしない。ジョナは気にせず、快活に挨拶した。
「初めまして、ギデオン様」
ギロリと音がしそうな目つきで見上げられた。ギデオンの目が飛び出しそうに大きくなり、顎がガクッとさがる。あらあら、そんなに口を開けたら顎が外れるわよ。ジョナはちょっとだけ心配になった。
「ダ、ダイアナ」
「ジョーリーン、もしくはジョーとお呼びくださいませ。契約結婚の条件を詰めましょう」
そこからは簡単だった。ギデオンの亡き妻、最愛のダイアナにそっくりに化けたジョナに、ギデオンはあらがえなかったようだ。計画通りである。
「つまり、まとめますと、ギデオン様の昔語りを聞き、分かりやすく書き留め、関係各位に事実確認をし、出版社を探し、華々しく出版して大儲け。突然若い女と結婚したという醜聞。遺産が減るかもしれないという焦り。これらにより、疎遠になった家族や友人が戻ってくることをもくろむ。そういう理解でよろしいでしょうか」
「……言い方」
ギデオンは口をパクパクさせ、やっと抗議の言葉を絞り出した。
「ギデオン様は口が悪く、思っていることをよりひどく言うお方だと聞いております。先手必勝、最初からぶちかませ。ダニエル国王陛下からの助言でございます」
「あやつ。あのこわっぱ。生意気な。そもそもあやつは、ちんたらちんたら走りおって。ダニエルなどもったいない。ダメ男のダミーと呼んでやったものよ」
ジョナ以外の生意気には、流れるように文句が出るようであった。こうして、ジョナとギデオンの契約結婚生活が始まったのであった。
***
思ったより楽しい契約結婚生活。ある日ギデオンが誇らしげに告げた。
「書籍の題名を決めたぞ」
「まあ、まだ書きあがってもいないのに、気の早いこと」
「いいから聞きなさい。いいか? 言うぞ」
「どうぞどうぞ、もったいぶらずにさっさと言ってくださいな」
ギデオンは咳払いし、ヒゲをひねり、背筋を伸ばした。
「『英雄ギデオンの冒険』だ」
「却下」
ギデオンの顎が落ちる。
「な、なぜだ。少年から冒険者まで、皆がこぞって買うであろう心躍る題名じゃろうが」
「題名は編集者と既に候補を決めております。ギデオン様の案も、考慮に入れます。ギデオン様の良さを出しつつ、あれは本当のところどうだったのー知りたいわーという庶民の欲求をかきたてる題名にいたします。売れるかどうか、題名で大いに左右されるそうですわ」
書籍売上の一割をもらうことになっているジョナ。妥協するつもりはない。
ジョナはギデオンの反論を笑顔で封じると、紙を広げた。
「さあ、どんどん書きませんと。さあ、ワシの若い時は、をお願いします あ、そうでした。ダイアナ様との馴れ初めを教えてください。胸がキューンとする甘い感じでお願いします」
ギデオンがモジモジするのを、ジョナは辛抱強く待った。悪口なら立て板に水のように出てくるギデオン。愛妻のこととなると、口にパンでも詰まっているのかと疑いたくなるほどの口下手なのだ。
「まあ、あれだな。騎士団の訓練の後に酒場に行ったんだ。しこたま飲んで、明日も朝早くから訓練だから帰るぞとマッケランに引っ張られてな」
「はあ」
「酔い覚ましに川で泳いで溺れかけてな。凍えそうになりながら宿舎に帰って寝た」
「愚かですし、ダイアナ様出てこないですし、しっかりしてください」
ギデオンはうむと言いながら口ひげをひねりあげている。口ひげがクルクルになったとき、ようやく続きが始まった。
「若かったから二日酔いにもならず、しゃっきり目覚めた。早朝の訓練を終えて休憩時間にマッケランとふたりで街に繰り出してな。屋台をひやかしながら食べ歩きをしておったのよ」
「ははー」
「暑い日じゃった。ふと見ると、スイカをうまそうに食っとるオナゴがおっての。手も口もベタベタにして、キャーキャー叫びながらかじりついておった。明らかに食べ歩きに慣れていない、貴族令嬢じゃった」
「ほほー、それで?」
「ワシは昔から紳士じゃからの。洗い立てのハンカチはいつもポケットに忍ばせておる。それをサッと取り出して差し出したんじゃ。恥ずかしそうに真っ赤になって、ハンカチで顔と手を拭いていたな。あれは、まあ、なんじゃ。よかった」
「それで、デートに誘ったんですね?」
「何をぬかすか。ワシは硬派な男。ナンパなぞせぬ。あっちから誘われたんじゃ。ハンカチのお礼をさせてくださいってな。それで仕方なくデートに行ってやったのよ」
「なるほど」
実に疑わしい。これは親族に要確認だな。ジョナは印を入れた。でも、今日はたくさん聞けた。このまま続けてもらわなきゃ。ジョナは適度に合いの手を入れながら、話を引き出し続けた。