7. 姑たちはたくらむ
それは、晴天の霹靂であった。ヒューゴがカトリンを亡くして呆然自失としているとき。密かに王家から話がもたらされた。
「はあ? 契約結婚ですか? ヒューゴが、若いお嬢さんと?」
そんな訳の分からない話、息子が受けるとは思えなかったが。王家からもたらされた話だ。王家に忠実であり続けたカッターマン伯爵家。国のために命を懸けて働いてきたヒューゴ。だからこそ、提示されたのであろう。丁重に断るであろうと思っていたヒューゴだったが。いざ令嬢と会ったら、あっさり受けてきた。
「彼女は、王家の大切な女性だそうだ。他の男の魔の手を防ぐためにも、いい話だと」
令嬢と会った後、王家から詳細を伝えられたらしい。お互いと、王家にとって利のある話であるから、前向きにと。
そして、長く細々とした契約を交わした。要約すると、彼女の素性は探るな、秘密は墓場まで持っていけ、だ。もちろんそのつもりだが。
明るく朗らかで、突拍子もないことを笑顔でやらかす義娘ジーナ。ヘレナは、心から気に入った。男ばかりのカッターマン伯爵家。実の娘のようにかわいがっていたカトリンを失い、悲しんでいたのは姑であるヘレナも同じだった。カトリンの思い出をニコニコしながら聞いてくれるジーナ。ヒューゴの目に少しずつ光りが戻り、ヘレナの心労も減った。
願わくは、契約結婚ではなく、いずれ本当に後妻になってくれないかしら。そんなことをこっそり思っていたというのに。
「ついにモーリッツ殿下がジョナと結婚することになりました。私との契約結婚も終わりになりそうです。殿下とジョナから直々にお話しいただけるそうです」
ヒューゴが晴天の霹靂、二回目をヘレナに飛ばした。いまだ婚約者が決まっておらず、貴族令嬢たちをソワソワさせていた、アレクサンドロ・カール・モーリッツ第三王子殿下。信頼している貴族にのみ、モーリッツ殿下と呼ばせる御仁。
なるほど、腑に落ちた。ジーナは、いえ、ジョナ様はモーリッツ殿下の掌中の珠でしたのね。お返ししないとなりません。でも、でも、でも。無理は承知の上だけれど。契約結婚を続ける方法はないのかしら。いえ、あるわけがありません。もしも、ジョナ様と殿下にも利のある奇策があればいいのに。
ヘレナは、ジョナという宝を共有している他の夫と姑に思いを馳せた。あちらも、さぞかし悲嘆に暮れていることでしょう。皆、醜態をさらさないようにこらえるのでしょうね。わたくしも、貴婦人らしく、悲しみは隠し、今までのことを心から感謝し、ジョナ様を殿下に気持ちよくお返ししなければならないわ。
ヘレナは、己を叱咤激励し、一方では奇跡が起きないかと祈りながら、その日を迎えた。
***
「お義母さまたち、私の本名はジョナ。シャッテナー子爵家の末娘ですの。実はシャッテナー家は王家の影を代々しておりまして。私の契約結婚も仕事の一環だったのです」
父ニコラウスとモーリッツの許しを得た上で、ジョナは姑たちに素性を話した。守秘義務契約を結んでいるし、姑たちの人柄を知っているので、何も心配していない。
「やっとモーリッツと結婚することになりました。私とモーリッツが結婚すると、シャッテナー家が王家の影として仕事がしにくくなりますの。それに私の評判が悪すぎるので、いつ発表するのかはまだ決まっていないのですが」
ジョナはこともなげに言うが、ニコラウスの肩はどんどん落ちていっている。ニコラウスのどんよりとした雰囲気に流されず、ジョナはあっけらかんと姑たちに告げる。
「いつ結婚を公表するかは分かりませんが、とりあえずジーナ、ジーン、ジョリーは死ぬことになりました。短い間でしたが、お世話になりました。これからは、ジョナと呼んでください。さて、死因は何がいいでしょうかねー」
それぞれ、貴婦人らしく自制をしていた姑たち。ジョナからあっけらかんと、死にますわと告げられ、心の堤防が決壊してしまった。王家の影としての悩みも合わせて打ち明けられたからこそであったが。三人の姑たち、別れを告げるのではなく、契約を続ける方向へ全精力を注ぐことを瞬時に決める。
社交界を知り尽くす貴婦人たち。謀略はニコラウスに劣らない技術と経験を持っている根回し、たくらみ、裏工作、泣き落とし、威圧、懐柔、ときには金を積むことも。でも、相手は愛しい義娘ジョナ。正攻法で心をさらけだすことにした。
「ジョナ様、お待ちになって。死ぬのはまだ早いのではないかしら。ヒューゴとの契約結婚をうまく活用できる方法があるかもしれません。あなたがお嫁さんに来てくれて、我が家は本当に助かったのですもの」
「おかげで愚息が少しはまともになりましてね。できればずーっと契約結婚を続けていただきたぐらいですのよ。ええ、無理なのは存じ上げておりますけれど。殿下に怒られてしまいますものね」
「う、かわいいお嫁さんを着飾らせて楽しんでいたのに。悲しすぎるわ。はっ、そうだわ。バカ息子をこき使ってくださらない。その手柄を横取りしてもらっちゃっていいのよ。実は仕事だったんですーって世間に好評すればいいのではないかしら」
というようなことを、三人の姑からコンコンと言われたのだ。夫たちは、母親の勢いに逆らえず、ジョナとモーリッツを申し訳なさそうに見るばかり。
「わたくしの北の方の領地でね、悩んでいたことがあったのです。お茶飲み話で気軽にジョナさんに愚痴をこぼしましたのよ。そうすると、たちどころに解決策を伝授してもらったの」
「ほう、それは興味深い。詳しく聞かせてくれないか」
騎士団長ヒューゴの母、ヘレナが切り出したところ、モーリッツが身を乗り出す。
「領地の若者たちの間で、妙な言葉づかいが流行ったのです。イケている、尊い、萌えなど」
「普通の言葉に聞こえるが?」
「文脈が違うのです。例えばですね。まあ、エマさんの今日のドレス、イケてますわね。ですと、素敵なドレスですわねという意味です。イケているご面相でイケメンとも使います。あの護衛、イケメンですわね。といった感じですわ」
「それは、初めて聞いた」
「尊い、萌えは例えばこうです。殿下とジョナ様のいちゃいちゃしているお姿、尊いですわ。胸がキュンとしますわ。萌えですわ~。いかがでしょう」
「なるほど。なんとなく分かるような気もする。妙な言葉が流行るものだ」
「わたくし、頭を痛めておりましの。ところがですわ、ジョナさんがおもしろい策を授けてくださって。実践してみたら、あっという間に廃れましたの」
ヘレナがいたずらっぽい笑顔を見せる。
「若者は、年上世代が自分たちの流行を真似すると、興醒めするのですってね。ですから、彼女たちの母親世代の貴族たちで、わざとその言葉を使いましたのよ。グレタ夫人の帽子、イケていらっしゃるわあー、ですとか。そのバッグ、萌えましてよー、などと」
ははは、モーリッツが楽しげに笑う。
「もうね、若いお嬢さんたちの顔がね。ホホホ、殿下にもお見せしたかったですわ。さっと真顔になって、目をそらして、無になってましたわ。それからは、妙な言葉が流行るたびに、夫人たちと楽しみながら真似してますの」
ジョナは姑たちに全力で褒められ引き止められ、ニコニコしている。自分の仕事がうまくいったと知るのは、とても自信がつくのだろう。
モーリッツは笑顔のジョナ、勢いのある夫人たち、小さくなっている三人の契約夫たちに理解ある視線を向けている。度量の大きい、柔軟な王子であることが察せられる、余裕のある態度。ジョナが死なないですむのなら、そういう道を探ることもなきにしもあらずと目が語っているようではないか。それならこちらのわがままを通すこともそれほど不敬にはあたるまい、機とみたヘレナがここぞとばかりに切り出す。
「思いつきました。ジョナ様、いっそのこともっと契約結婚相手を増やすのはいかがでしょう?」
「もっと契約結婚相手を増やす、ですか?」
「ええ、ヒューゴもヴィクター殿もライアン殿も、王家に忠実な貴族家の生まれです。次は、反王家派の貴族とも契約結婚を結べばいいのです」
ヘレナが言うと、残るふたりの姑たちが目を輝かせた。
「なるほど合点が行きましたわ。ジョナ様の人たらしの術で、反王家派を王家派に転向させればいいのですね」
「それは立派な手柄になりますわ。ジョナ様の契約結婚は、王家のための仕事であった、そう発表すれば、皆が納得するのではないかしら」
三人の姑はジョナとモーリッツの顔を交互に見る。モーリッツはあまり気が進まない様子だが、ジョナは乗り気のようだ。
「いいですわね。私の得意分野で手柄を立てられるのですね。それなら、できそうな気がします。モーリッツ、どう思う?」
「ジョナにまた夫ができるのは、正直言うとイヤだ。でも、代替案を思いつかない。ジョナがそれでいいなら、応援する」
「決まりね。では、誰がいいかしら? お父さま? 私の魅力でコロッと王家派に転向できそうな反王家派、心当たりありますか?」
「お前、そんな都合のいい男がいると思うのか? いや、待て、そもそも論だがな、手柄を立てて、実はジョナはできる子なんですよーと世間に知らしめたとする」
ニコラウスは困り顔になって、三人の姑を見回した。
「それだと、シャッテナー子爵家が余計に目立ってしまいます。影としての仕事ができなくなります」
姑たちはポカーンとし、顔を見合わせる。姑たちは、何度か咳払いし、水を飲み、呼吸を整え一気に話し始めた。
「シャッテナー子爵家は、とっくに目立っておりますわよ。何をおっしゃっているのやら」
「慈善活動に熱心な家族として、有名ですわ」
「よもやあの善行一家で知られるシャッテナー子爵が、王家の影だったとは。とても驚きましたのよ」
「そんな、まさか。目立たないこと苔のごとしの信条で生きてきましたのに」
ニコラウスは目をパチクリさせた。姑たちは深いため息を吐く。
「ニコラウス様、いえ、ニコおじさんとお呼びしましょう。孤児院を陰に日向に支えていらっしゃること、知っている人は知っておりましてよ」
「長女のノラ様は、片思いに悩む若人たちを助けていらっしゃるし」
「長男のロドニー様は、救貧院に笑いを届けていらっしゃるし」
「奥様のセルマ様は治癒魔法をかけまくっていらっしゃるし」
「確かに、ノラ様以外は皆さん変装され、偽名で活動されていますが。ジョナ様の変装と違って、そのー、あのー、バレバレですわ」
「そう、ですから、割と皆さんご存じですわよ。でも変装をなさっているから、こっそり善いことをなさりたいのだなと、どなたも突っ込まなかっただけですのよ」
「ねえー」
姑たちは顔を見合わせ、ねえーねえーと頷き合う。
「うそーん」
ニコラウスは椅子から転がり落ち、目が点になっている。まさか、そんな、まさかである。
「ですからね、末娘のジョナ様が実は素晴らしいお嬢様でしたって、手柄を世間に公表しても、なんの問題もありませんわ」
「やっぱりね、そうだと思った。知ってた、ぐらいの反応ですわよ」
「善行一家の末娘は、なるほどやっぱり善良なお嬢様でした。善行一家ここにあり、てなものですわ」
「聖者の集まりのようなシャッテナー子爵家が、王家の影を生業にされているなんて、誰も思いません。わたくし、今日知って仰天いたしましたもの」
「素晴らしい隠れ蓑ですわ、と感心しておりましたが。まさか、そんなつもりではなかっただなんて。それにもビックリいたしましたわ。今日は驚いてばかりですわ」
姑たちはホホホウフフと笑いながら、ニコラウスをほめそやす。
「さあ、何も気にすることはありませんわ。ジョナ様に手柄を立てていただき、ババーンと殿下との結婚を公表いたしましょう」
「は、はい」
ニコラウスは涙目で答えたのであった。