6. 神々への誓い
父ニコラウスが目立たないことを信条としている一方。長女ノラは目立ってなんぼだと思っている。
「だって、美人なんですもの」
母譲りの整った顔立ちと、天性の妖艶さ。寄せてあげなくても、コルセットでぎゅうぎゅうにしなくても。豊かな曲線と、天然のくびれを持つ女。それがノラ。男も女も、みんなノラに骨抜きになる。子どもの頃から、山のように届くラブレター。心配性の父は、全ての送り手を調べ上げていたものだ。
似たようにモテモテ人生を歩んできた母は、大らかに笑っていた。
「あなた、そんなに心配しなくも大丈夫よ。この子も年頃になったら、この人って運命の相手をみつけるわよ。私にとってのあなたみたいに」
「おまえ」
「あなた」
見つめ合う両親をノラは放っておく。それに、ノラは結婚する気はないのだ。誰かひとりに決めるのもまっぴら。
「だって、私はみんなのノラですもの」
老若男女から愛されているノラ。誰かひとりに決めたら、みんなが泣いてしまうではないか。色んな人から憧れの目で見られているノラが、誰よりも溺愛しているのは妹のジョナ。五歳下の妹は、小さいときは体が弱かった。強くて能天気な三つ下の弟ロドニーとはまったく違う、かよわい生き物。ノラは妹を猫かわいがりした。
そんな目に入れても痛くない、愛しい妹ジョナが、十歳のときに大きな使命を果たすことになった。うっかり帰ってこられなくなった、うかつなモーリッツ王子を救出するというのだ。
「お父さま、ジョナにはまだ無理です。私が行きます」
「ノラもロドニーも大きすぎて通れない。この任務はジョナにしかできない。俺たち家族にできることは、神に祈り、ジョナを信じることだ」
涙目の父に言われ、ノラは祈り続けた。
「おお、神よ。愛と美を司るアフロリーベよ。我が妹ジョナを救い給え。ついでにうっかり王子モーリッツもお願いします」
父ほどはまだ王家に忠誠を誓っていないノラ。どこぞの王子より最愛の妹が優先に決まっている。それでも、いずれは影の長となるつもりはあるノラ。王子のこともおまけで祈った。
「もしもジョナとモーリッツ王子を助けてくださるなら、片思いの人たちを助けます」
十五歳にしてモテモテのノラである。男や女を手玉に取る、もとい、恋に迷える子羊たちを導く手練手管は既に身に着けているのだ。技術を自分のモテのためではなく、他者に使うことにした。
間諜おじさんたちをこき使い、誰が誰を好きか調べ上げる。ノラは誰かに告白されたら、すかさず新しい愛への道筋を整えるのだ。
「告白してくださって、ありがとうございます。でも、ご存じでしょうが、私はみんなのノラなのです。お分かりいただけますね」
ノラがぬけぬけと言っても、崇拝者たちは当たり前のこととして受け入れる。
「もちろん、もちろんですとも。ノラ様はみんなのノラ様です。ただ、記念にと。一生の思い出にと、告白したのです」
「ええ、そういう方、よくいらっしゃるわね」
ノラは嫣然と余裕の笑みをみせる。のべつまくなし告白されてきたノラだもの。
「私はみんなのノラなのですが。あなたには、あなただけの特別な相手がいらっしゃるはずなのです。少しお待ちくださいましね。神に祈ってみましてよ」
神妙な顔で祈りを捧げる。彼と彼女がうまくいきますようにって。ノラはパッと目を開き、ニッコリ笑った。
「私、なんとなく見えましたわ。あなたのことを愛する人が、週末に市場でお花を買うって。そうね、ええっと、そうそう。ユリを探していらっしゃるご令嬢がいらしたら、そっと一輪お渡ししてみてくださいな」
「ありがとうございます。ノラ様のお告げなら、間違いないですね。今日のことは一生忘れません。ノラ様はいつまでも私の女神です」
「ありがとう。私はみんなのノラですが。あなただけの女神様はユリの花のご令嬢ですからね。お忘れなく。今週末、市場でしてよ」
ノラは念入りに繰り返す。もちろん、ノラは天啓を受けてはいない。全て仕込みだ。女性たちから愛の師匠と崇められているノラ。色んな令嬢から恋の悩み相談を受ける。この人とあの人はお似合いね、きっとうまくいくわ。そう確信が持てたら、後押しするのだ。
後日、初々しい恋人たちがノラの元を訪れる。
「ノラ様、私だけの女神に出会いました。ユリを探す可憐な人に目を奪われ、白いユリを捧げたのです」
「なにもかも、ノラ様のおかげですわ。ありがとうございます」
「よかったわ。私、両想いが大好きなのですもの」
ノラはうまくいって、ひと安心。こっそり神様に報告する。
「おお、神よ。愛と美を司るアフロリーベよ。またひと組、両想いへの橋渡しをいたしました。ジョナとモーリッツ殿下を助けてくださったお礼です。まだまだがんばりますので、ジョナとモーリッツ殿下が結ばれるよう、引き続きご加護をよろしくお願いいたします」
そう、難関中の難関、ジョナとモーリッツをなんとかひっつけてあげたい。身分違いでなにかと面倒だけれど、ジョナが望むならノラは全力で支えるつもりなのだ。
「でも、こればっかりはね。私がしゃしゃり出るわけにもいかないわ。ジョナとモーリッツ殿下がふたりでがんばることだもの。私はそっと遠くから見守るだけ」
まあ、モーリッツ殿下に粉をかけようとするオジャマ虫を、こっそり排除するぐらいはするけれども。フフフ。ノラは不敵な笑みを浮かべると、ジョナとお茶でもしようと探しに行くのであった。
***
「オッス、俺ロディー。今日もみんなを助けに来たから。俺に笑顔を見せてくれよな」
ノラの弟、ジョナの兄ロドニーは、今日も今日とて救貧院にやってきた。大事な妹ジョナが、決死の覚悟で洞窟にモーリッツを助けに行ったとき、ロドニーも祈ったからだ。
「おお、神よ。笑いを司るツェーロスよ。我が妹ジョナを救い給え。ジョナは、俺の冗談にいつも笑ってくれる、優しい妹なのです。王子はともかく、ジョナはなにとぞ」
父ニコラウスに聞かれたら、げんこつをくらいそうな祈りではあったが。ロドニーは真剣だった。姉のノラには下僕のように顎でこき使われているロドニー。「ロディーにいたま、だいしゅき」と言葉を覚えたてのジョナに言われてから、ジョナの下僕にもなった。それからずっと、ロドニーはジョナを笑わせることを第一として生きてきたのだ。
「もしもジョナを助けてくださるなら、恵まれない人たちを笑顔にします」
神様と約束したので、ロドニーはせっせと救貧院に通っている。シャッテナー子爵家の長男とバレるとなにかと面倒なので、雑に変装している。いつもはボサボサの髪をピシッとなでつけ、帽子をかぶり、メガネをかけただけだ。
ロディーと名乗る妙な男が突然やってきて、最初は面食らっていた救貧院の人たち。今ではすっかり慣れて、生温かく放っておいてくれる。全方位に滑っているが、害はない男とみなされているらしい。
ロドニーは窓際に座ってボーッと庭を眺めているじいさまの隣にどっかりと座る。
「ようよう、じいさま。なにしけた顔をしてやがりますかい。俺様ロディー様が来たって言うのに」
じいさまはほとんど表情を変えずに、チラッとロドニーを見て、また視線を庭に戻す。
「ようよう、じいさま、聞いてくれよ。俺のかわいい妹が、ついに長年の両片思いを卒業したんだぜ。めでたいだろう。今日はみんなを全力で笑わせようと思って、とっておきの芸を仕込んできたぜい」
ロドニーはわきに抱えていた帽子の中から、カラスを取り出した。カラスはカアと鳴きながら、じいさまの膝の上に飛び乗る。固まっているじいさまにロドニーはウィンクし、次の獲物に向かう。
「こんにちは、姫ばあさま。ご機嫌いかがですかな。姫ばあさまお気に入りのロディーがやってまいりましたよ」
ロドニーは朗らかに笑いながら、本を読んでいるばあさまに近づく。さっと跪くと、ズボンの裾から小さな花束を出した。ほたほたと笑いながら、花束を受け取るばあさまにロドニーは恭しく頭を下げる。
「笑顔、いただきました。神様、笑顔いただきましたよー」
天井に向かって高々と報告すると、ロドニーは老人たちに次々と小さな贈り物を渡す。
「ふー、全部隠すの大変だったんだけど。やっと配り終わった。みんな、俺の妹の幸せを祈ってくれよな」
老人たちは、もらった贈り物を高く掲げ、モゴモゴと何かを言ってくれている。
「あ、ついでに、笑顔もお願いしまーす」
ロドニーが大きな声で言うと、さざなみのように小さな笑い声が上がる。ロドニーは満面の笑みで、また天井に向かって「笑顔いただきましたー」と叫んだ。
***
ジョナの父、姉、兄ときたら、もちろん母セルマ。ジョナを産むときと、ジョナ十歳の初任務のときに同じく祈っていた。
「おお、神よ。寿命を司るモイラーンよ。我が子を助け給え。もし我が子を救っていただけるのなら、私の寿命を捧げー、いえ、やっぱりそれはやめて。私が早死にすると、夫と子どもたちが悲しむものね。ええっと、そうねえ」
死の縁をさまよいながら、割とのんきにセルマは何をどうすればいいかしらと考える。
「ああ、そうでした。私は治癒魔法が使えるのです。気の毒な人々や動物たちを癒します」
セルマは誓いの通り、治癒魔法をかけまくった。病院に行っては魔力を使い果たして昏倒。街でケガをしている人に会っては治癒の大盤振る舞い。動物たちは屋敷までやってきて、癒しを求める。
もちろん、夫ニコラウスの目立ちたくない生き方を尊重し、屋敷以外ではきっちりとマントを深くかぶり、顔を隠している。お礼を言われ、名前を尋ねられても、「いえ、名乗るほどの者ではございません」と匿名を貫いている。
毎日、限界まで治癒魔法をかけ続けたセルマ。癒しの力は、すっかり聖女の粋まで達してしまった。
ジョナの家族たちは神との誓いを守るため、全力でがんばっただけなのだ。大っぴらにはせず、ひっそりと活動していたつもりだったのだ。でも、世間は、見ている人は、しっかり見ている。
「シャッテナー子爵家は聖人君子の集まりなのですかしら」
「慈善活動をあれほど熱心にされて。なかなかできることではございませんわ」
「ご自分たちの服装はごくごく質素にされていますでしょう」
「立派ですわ」
図らずも、自由奔放に生きているように見えるジョナの評判が下がっていく。
「姉上も兄上もしっかりなさっているのに、末娘さんはあれねえ」
「色んな令息と遊びまわっているそうですわね」
「言うなれば、シャッテナー子爵家の黒い羊ですかしら」
「甘やかされてダメになってしまったのですわね、きっと」
人々は、ジョナがモーリッツを命がけで救ったことは知らない。ジョナが色んな令息とデートしているのは、王家の影としての情報収集の一環なのだが、それはもちろん明かせないことだ。
父ニコラウスは、ジョナの評価がそんなことになっていることを知り、激しく落ち込んだ。
「俺のせいでジョナが淫乱みたいな扱いに。とても殿下との婚約発表ができるような状況ではない。バカ、俺のバカバカー」
父の深刻な悩みを、ジョナは軽く笑い飛ばす。
「大丈夫だから、私とモーリッツに任せてよ」
「その自信の根拠はいったいどこから」
「あら、ハッタリだけど、もちろん。いかなるときも、自信たっぷりに口から出まかせ。口八丁手八丁。そう教えてくれたのはお父さまじゃないの。あれ、それとも屋敷の間諜先生の誰かだったかしら」
小首をかわいらしく傾げるジョナの隣で、ニコラウスはがっくりとうなだれる。
モーリッツがニコラウスの肩を叩いた。
「ジョナは熱心に仕事をしていただけなのだから、それを公表してしまえばいいと思うが。そうすると、王家の影、全員に支障が出てしまう。相反する問題をどう解決するか。それを考えるのは僕の責務だ。なんとかするよ、お義父さん」
「殿下、いえ、近い未来の義息子。なんというありがたいお言葉」
王族の犬ニコラウス、感激のあまり泣き崩れてしまった。
「私が死ねばいいと思うのよね」
ジョナの言葉に、ニコラウスとモーリッツの動きが止まる。
「ジーナ、ジーン、ジョリーはどのみち死ななきゃならないわけでしょ。だって、もう契約結婚は続けられないもの。ついでに、ジョナも死ねばいいのよね。そして、新しい私が生まれる」
「それは、最後の手段にしよう、ジョナ。公の席で家族と会えなくなるじゃないか。ジョナの名誉はきちんと回復したい。ジョナには、ジョナとして僕と生きてほしいから」
「分かった。考えることが多すぎて大変だから、とりあえずジーナ、ジーン、ジョリーは葬りましょう。夫たちに話さないといけないわね」
「三人と話をしよう」
というわけで、三人の夫と密談することになったのだが。お家の一大事とあって、夫たちの母、ジョナの姑たちも参加することになった。